エンジニアに捧げる起業幻想

第9回 起業の理想と現実~失敗だらけの体験談

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初めての起業はアメリカで

オン・ザ・エッヂが倒産したライブドアという無料プロバイダの民事再生のスポンサーになり,自社の事業がだんだんB2BからB2Cに変化していく中で,私は自身の初めての起業をアメリカですることにしました。このとき,オン・ザ・エッヂの取締役としては辞任を申し出たのですが,引き止めなどもあり技術担当の非常勤役員として籍は残ることになりました。

この初めての起業は海外だったこともあり中々いろいろと大変でした。

最初はコンサルティングから始めて,利益が少しづつ出る中でスタッフを増やしていって,2年後には4人のチームになっていました。ちなみにこの会社はささやかながらずっと黒字経営でしたが,個人商店に毛が生えたレベルまでしか行かなかったので経営手腕という感じはまったくしませんでした。

2度目の起業で経験したこと

最初は失敗の連続だった

その後いろいろあり,一瞬ライブドアに復帰して数ヵ月ですぐに今度こそ辞任することになって,2度目の起業をすることになります。それが今も社長をやっているゼロスタートという会社になりますが,この会社は最初経営としては失敗の連続でした。

ここまでが自身のキャリアということになりますが,エンジニアとして比較的大規模なシステムや環境の責任者として,全体の作り直しを2度経験したり,エンジニアとしては珍しく営業の経験もあり,またチームビルディングの経験もあり,起業するためにしていると良い経験は割りとしているにも関わらず,ゼロスタートの最初の2年は本当にダメでした。

ビジネスモデルが甘かった

まず何がダメだったかというと,一番は「ビジネスモデルが甘かった」ことに尽きると思います。

この連載でも何度も一番重要なのはビジネスモデルだということを伝えてきましたが,ゼロスタートはその前の経緯もあり「まず起業ありき」でスタートしてしまったためにビジネスモデルが後付けになってしまったのです。

ビジネスモデルが先にあれば,そのビジネスモデルの優劣はフェアに評価できたかもしれません(し,やっぱりできなかったかもしれません)が,起業ありきでスタートしている状態で考えたビジネスモデルというのは「よくぞ思いついた」と思えるような素晴らしい物に見えてしまうのです。

最初の2年の失敗の後に「ああ,これまでのキャリアではお金の稼ぎ方というのは経験していなかったんだな」ということをしみじみ思いました。

できあがったビジネスモデルの上で力を発揮することはできても,ビジネスモデルを作ること自体はできなかったのです。D社での営業の成績も,オン・ザ・エッヂでの技術担当役員兼データセンター事業責任者としても,ビジネスモデル自体の構築には携わったことがなかったのでした。

このため私の中では「ビジネスモデルありき」という反省が強く刻まれることになりました。

コミュニケーションの意識の甘さ

またもう1つ失敗だったのがコミュニケーションです。

社長の立場ではありましたが,職責という意味ではエンジニアとしての部分が大きく,営業部分は私より優秀で経験豊富なメンバーの考えや意見を尊重していました。正確にいうと,しているつもりだったのですが,それは今考えるとただ単に遠慮しているだけだったのだと思います。

できたばかりの会社としては過分に優秀なメンバーが揃ったということもあり,余計なことを言ってはいけないという気持ちや,営業部門に必要以上に口を出して愛想を尽かされたら困るという気持ちがあり,営業の成績自体は芳しくなかったにも関わらず,⁠大丈夫です」という言葉だけを拠り所にしていた結果,もう後がないという状況まで追い込まれてしまったのです。

前回の連載で,必要な前提はビジネスモデル,必要な要素はモチベーション,コミュニケーション,リソースの確保と評価と書きましたが,この中でビジネスモデルとコミュニケーションに問題があったのですから,うまくいかないというのも当然の結果だったのかもしれません。

もう後がないという状態になってからは,まずは会社の再生のためにできることは何でもやり,自分が思うことはなんでも極力正確に言うようになりました。

幸い3年目からはなんとか利益を出せるようになり,その中でビジネスモデルも模索しつつできあがってきて,ようやく少しは経営というものの一端がわかってきたような気もします。

ゼロからスタートしたらマイナスになってしまって,ようやくまたゼロまで戻ってきたような気分です。

経験があったことのメリット・デメリット

もちろんエンジニアとして起業してうまくいく資質がある人もたくさんいて,そういった失敗を経験せずに最初から成功できるケースもあるのだとは思いますが,仮に私はせめて平均程度の資質くらいはあったと仮定したら,平均程度の資質でエンジニアとしては結構良い経験が積めていて,かつ営業経験もあり,経営メンバーにいたこともあり,チームビルディングもしたことがあっても,それでもうまくいかないことが多いのが経営なのではないかと思ったりします。

次回はいよいよ最終回です。これまでの総括をしてみます。

著者プロフィール

山崎徳之(やまざきのりゆき)

青山学院大学卒業後,アスキー,So-netなどでネットワーク,サーバエンジニアを経験。オン・ザ・エッヂ(現ライブドア)のデータセンターである「データホテル」を構築,運営。2003年にベイエリアにおいてVoIPベンチャーであるRedSIP Inc.を創業。2006年6月に株式会社ゼロスタートコミュニケーションズ(現 ZETA株式会社)を設立,代表取締役就任(現任)。ECソリューションの「ZETA CX」シリーズとして検索エンジンやレコメンドエンジンを開発,販売している。

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