インターネットって何だろう?

第47回日本におけるブロッキング[3]

数回連続して日本におけるブロッキングに関して紹介しています。

前回は、日本においてインターネットフィルタリングの原則化と、その後、さらにフィルタリングから一歩進んでブロッキングへと議論が行われた経緯を紹介しました。今回は、日本におけるインターネットブロッキングに関して大きく状況が動いた2010年以降の議論を紹介します。

2010年に入ってからの動き

ISPによるブロッキングの話は、2010年に入ってから大きく動きました。同時に、インターネットインフラ界隈でもブロッキングの話題が急激に増えていきました。

それまでISPは、できるだけ通信が行えるように環境を整えることが求められて来ましたが、ブロッキングは特定の通信を遮断するものであり、いままでのISPの運用とは大きくことなります。ブロッキングの議論がどのように進んでいるのかなどに関する勉強会や情報共有が行われていました。

アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン

ブロッキングに関して、大きな動きがあったのが2010年3月です。2010年3月25日に児童ポルノ流通防止協議会が「児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドライン案」に対する意見の募集結果についてを公表しました。2010年1月15日~1月29日まで行われた意見募集に対する対応などが公開されています。

児童ポルノ掲載アドレスリスト作成管理団体運用ガイドラインでは、アドレスリストの作成や対象に関して以下のように記しています。

(1)アドレスリスト作成時の情報提供元の範囲
原則として、警察庁及びインターネット・ホットラインセンターからの情報提供を受けるものとする。
(2)アドレスリストの対象とする範囲
アドレスリストの対象とする範囲は、特定のURL 上に掲載された児童ポルノであって、次のいずれかに該当し、警察庁及びインターネット・ホットラインセンターからの情報提供を受けたものとする。
  • サイト管理者等への削除要請を行ったが削除されなかったもの
  • 海外サーバに蔵置されているもの
  • サイト管理者等への削除要請が困難であるもの
  • その他、既に多くのウェブサイト又はウェブページを通じて流通が拡大しているなど、迅速かつ重層的な流通防止対策が必要で、事前に専門委員会の承認を得たもの

ブロッキングに関する法的解釈

その後、2010年3月30日に、安心ネットづくり促進協議会児童ポルノ対策部会法的問題検討サブワーキンググループが児童ポルノ対策作業部会 中間発表 法的問題検討の報告を公表しました。この法的解釈の報告書は非常に大きな意味を持ちました。

同報告書の4ページで、ブロッキングは通信の秘密の侵害となるという解釈が示されています。

ウェブサイトの閲覧においては、閲覧のためのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLは、いずれも通信の内容ないし通信の構成要素として通信の秘密の保護の対象となる。

そして、ブロッキングは、アクセスの途中、すなわち電気通信事業者の取扱中にかかる通信について、ISPにおいて、一定のサイトへのアクセスに係るホスト名、IPアドレスないしURLを検知・遮断する行為であるから、当該サイトへのアクセスを要求している通信当事者の意思に反して通信の秘密の構成要素等を「知得」し、かつ、利用すなわち「窃用」するものであり、通信の秘密の侵害となる。

しかし、例外的に通信の秘密を侵すことが許容される場合があることを6ページで述べています。

通信当事者の同意を得ることなく通信の秘密を侵した場合、原則として電気通信事業法に違反するものとして、違法性が認められる。しかし、正当防衛(刑法第36条⁠⁠・緊急避難(刑法第37条)に当たる場合や正当行為(刑法第35条)に当たる場合など違法性阻却事由がある場合には、例外的に通信の秘密を侵すことが許容されることになる。

そのうえで、ISPによるブロッキングは正当業務行為とは認められないとしています。

OP25B/IP25B、DDoSへの対処、帯域制御などはネットワーク安定運用等に必要であるため正当業務行為と認められますが、ネットワーク安定運用等に必要というわけではないブロッキングは正当業務行為とは認められないとしています。

10~11ページに小括として以下のように記述されています。

以上の検討によれば、電気通信事業者による通信の秘密の侵害が正当業務行為となるか否かを検討するにあたっては、基本的に、従来の実務の運用どおり、電気通信役務の提供にとって正当・必要といえるかという観点から検討されるべきである。

しかし、ブロッキングについては、電気通信役務の提供にとって必ずしも正当・必要なものではなく、電気通信事業者の事業の維持・継続に必要ないし有用な利益をもたらすものとも言い難いことから、正当業務行為とみることは困難と考えられる。

次に「正当防衛」ですが、正当防衛と解することは困難であると述べられています

正当防衛では、急迫不正の侵害の存在が要件となるところ、ここにいう「急迫」とは、法益侵害の危険が切迫していることをいい、⁠不正」とは違法であることをいう。⁠侵害」は、他人の権利に対して実害または危険を与えることをいい、必ずしも犯罪であることを要しない。

もっとも、⁠防衛」行為は、侵害者に向けられた反撃でなければならないところ、児童ポルノサイトへのアクセスをブロッキングする場合、侵害者は基本的に児童ポルノ画像をアップロードした者と考えられるが、反撃に相当する行為は個々のユーザのアクセスの検知・遮断であって少なくとも直接アップロードした者に向けられたものではないから、防衛行為とは言い難い。侵害行為を個々のユーザのアクセスと捉えれば防衛行為といい得るが、その場合、常にアクセスという侵害行為があるわけではない以上、常時監視することを侵害の急迫性との関係で整理することは困難である。

よって、児童ポルノサイトのブロッキングの問題については、正当防衛により違法性が阻却されると解することは困難である。

次に「緊急避難」ですが、報告書では児童ポルノは緊急避難に該当し得るとしています。20ページに以下のように記述されています。

以上の検討によれば、児童ポルノがウェブ上において流通し得る状態に置かれた段階で児童の権利等に対する現在の危難の存在を肯定する余地がある。そして、検挙や削除が著しく困難である場合に、より侵害性の少ない手法・運用で、著しく児童の権利等を侵害する内容のものについて実施する限り、補充性及び法益権衡の要件も満たし得ると考えられる。

もっとも、ウェブ上において流通し得る状態に置かれた段階で一般的に危難の存在を肯定することができるのは、児童ポルノ流通による法益の侵害が類型的に著しく重大かつ深刻であるというきわめて特殊なケースだからであり、およそ他の違法有害情報一般に妥当するものではなく、安易に他の侵害行為一般への応用が許されるものではないことに留意することが必要である。

最終的には以下のように総括されています。

通信の秘密の保護は、国民の安全・安心な通信のための不可欠の前提であり、安易に侵されてはならないものである。とりわけ、ブロッキングは、適切な内容を含む通信全般を監視し、不適当な内容の通信を遮断するというものであり、事実上の私的検閲行為であること、技術的には児童ポルノ画像のみならずいかなる情報内容に対しても適用可能であることから、民間で自主的に実施するものとはいえ、その実施には明確な基準に基づくなど、特に慎重を期すべきである。いったんこうした仕組みを導入すれば、ブロッキングの対象が際限なく拡大していく懸念も払拭できない。

しかしながら、児童ポルノは、児童からの性的搾取ないし性的虐待というべきものであり、児童の時点ではもちろん成人した後になっても、心身及び社会生活に重大かつ深刻な被害をもたらすものであって、生命又は身体に対する重大な危険の回避に比すべき重大な法益侵害であり、しかもそのことは、児童ポルノ法の存在が示すとおり、社会共通の認識となっている。その意味で、ウェブ上を流通する多様な違法有害情報の中でも別格というべき類型ということができ、検挙や削除が著しく困難である場合に、より侵害性の少ない手法・運用で、著しく児童の権利等を侵害する内容のものについて実施する限り、児童ポルノのブロッキングにつき、緊急避難として、現行法のもとでも許容される余地はあると考える。

ただし、その実施にあたっては、電気通信事業法を所管する総務省の見解も踏まえつつ、その手法、ブロッキングの対象等について通信の秘密や表現の自由の不当な侵害が生じないよう、十分な配慮が求められるだけでなく、今後、電気通信事業者等が、緊急避難に基づいて自主的取組としてのブロッキングを実施するに際しては、その対象や手法等について、可能な限り明確性と透明性が確保されることが必要であることから、事業者や利用者、法学者等の幅広い関係者の参加を得て、引き続き検討していくことが望ましい。

個人的には、ISPによるブロッキングは緊急避難阻却事由により通信の秘密の保護を規定した電気通信事業法に抵触しないという検討結果がまとめられたのが非常に大きな影響を与えているという感想を持っています。これにより、一気にブロッキング実現に向けた動きが加速したようにも思えます。

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