IoTエンジニアとは
みなさん、こんにちは。株式会社ソラコムでソリューションアーキテクトをしている松本(ysk)です。本企画は「IoTエンジニアを目指すには」について、ソラコムのエンジニアが全3回でお送りします。第1回は私から、そもそも「IoTエンジニア」とはなんなのかについてお話してみたいと思います。
筆者は日頃SORACOMのサービスを導入するお客様向けの導入支援をしており、日常的に多くのIoTエンジニアの方々とお話をする機会があります。私の観測範囲だと「IoTエンジニア」に決った定義があるわけではなく、IoTを活用したりIoTのエコシステムで開発に従事するエンジニアがIoTエンジニアと称されているようです。
一歩引いてIoTの活用領域全体に目を向けると、IoTの技術が特定の業種や業界で独占的に活用されているわけではなく、あらゆる業種/業界で活用されています。例えば田畑をセンサーやカメラで監視して作業効率化したり、工場の消費電力見える化によって最適化したり、Webサービスの会社が物理的なデバイスを活用して全く新しい取り組みを始められるケースなどがあります。
先に挙げた活用例では、元から「IoTエンジニア」だった方だけが取り組まれたわけではなく、IoTに取り組んだ結果としてIoTエンジニアになってしまったケースが少なくありません。ある米農家さんは定期的に遠くにある水田に様子を見に行くために多くの時間が必要でしたが、カメラでの水田監視でいつでもどこでも最新の状態を確認できるようになり、往復の時間を別の作業に割けるようになった等の事例があります。筆者の感覚ではこの農家さんもIoTエンジニアです。
一方でIoTのシステム開発現場に目を向けると、IoTでは一般的にデバイスを活用して新しい価値を創造するといったイメージが先行していますが、昨今ではデバイス単体で価値を作り上げるケースは稀で、実際にはデバイスとクラウドサービスを連携させる仕組みが増えてきており、たとえばこれまでクラウド上でSaaS開発をしていたWebエンジニアが、新しく立ち上がったIoTプロジェクトに参加することが当り前になってきました。
現場のデバイスとクラウドと繋ぐ通信にも多様な通信方式があり、ユースケースに適した通信方式の選定には通信の専門知識を持つ人材のニーズが高まっています。IoTでは大量デバイスの管理、安定稼動、高いセキュリティが必要といった機能的・非機能的な要求への対応や、現場に電源がない、ネット接続環境がないといった環境依存の制約への対応など課題だらけです。これらの課題をあらゆる技術やテニクニックで解決することから「IoTは技術の総合格闘技」などと呼ぶ人もいるように、IoTの領域ではありとあらゆる専門性をもった人材へのニーズがあります。
プロジェクトの立ち上げ当初はないないづくしで、あらゆるリソースが限定されているなかでプロジェクトにデバイス・クラウド、通信の全てをこなせるスーパーエンジニアが参画していることは稀です。多くのプロジェクトで、様々な領域で専門性を持つエンジニアが組織の垣根を超えて協業するのが一般的です。また、プロジェクト初期ではビジネスゴールの検証や技術的な実現方式の検証が目的となることが多く、自ら手を動かさなければならないこともあります。もし今この記事を読んでいるあなたが立ち上げフェーズのプロジェクトにいる(または始めた)場合、過去の経験の有無に関わらず、手を動かしてトライアンドエラーしなければならないかもしれません。しかしながら、その中で蓄積した知識や経験が、円滑なプロジェクト推進の一助となっていきます。そして気付いたらIoTエンジニアと呼ばれていた…… きっと心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
今はIoTとは関りの少いエンジニアのみなさんにとって、こういった話は少し縁遠いものに聞こえるかもしれません、本当に将来IoTと関わるタイミングはやってくるでしょうか。ここで少しIoTを取り巻く市場環境をみてみましょう。
IoTの市場規模の推移とエンジニア価値の変化
IoTの市場環境は引き続き成長の状況にあります。IDCの調べによると日本国内のIoT市場のユーザー支出額は2021年の見込実績は5兆8,948億円であり、2026年まで年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate) 9.1%で成長し、2026年には9兆1,181億円に達するそうです 。これまでの市場の広まりはエコシステムの拡大を生みました。共通課題の解決を目的としたSaaSや、特定の業界や特定用途向けの製品が充実し、ユーザー企業にとってはトライアンドエラーがしやすく、またコストや失敗リスクをコントロールしやすくなってきたといえますね。検証フェーズ向けのものから商用展開フェーズまで対応できるものまで、そのラインナップもさまざまです。
この状況下でこれまでWebの世界に軸足を置いていた企業が技術力を活かしてIoT領域に参入する例が増えてきています。クックパッドの「こだわり食材」をアプリから購入できる生鮮食品EC「クックパッドマート」やメルカリ(メルロジ)の「メルカリポスト」が良い事例ですが、こういったIoTを活用した新サービスが次々と発表され、これまでになかった新しいユーザー体験の創出によるビジネス拡大にチャレンジしています。IoTは特定の業界や企業によって独占される技術ではありませんので、今後ますますあらゆる企業がIoTを活用する時代になり、エンジニアにとって身近な技術領域になっていくことでしょう。多くのエンジニアにとってIoTは遠い存在ではなく、すぐそこまで迫ってきています。
クックパッドマートの概要
メルカリポストの概要
また、伝統的な産業の企業でもIoTの導入は進んでいます。西陣帯織から事業を初めたミツフジは高機能繊維に事業の軸を移し、最近ではIoTウェアラブルウォッチを提供しています。お客様ニーズをヒアリングし続けた結果、IoTにいきつくまでの詳細は、7/7に開催された「SORACOM Discovery 2022」 Day2 で視聴された方もいらっしゃるのではないでしょうか,アーカイブも用意されるようなので、聞き逃した皆さまはぜひアーカイブ配信をご利用ください!
このように、ありとあらゆる業種業界の企業がIoTを活用したビジネスにチャレンジしているため、エンジニアは常に人手不足です。過去になんらかのプロジェクトを成功させていたり、チャレンジしたことのあるエンジニアの市場価値は上っています。dodaによると最近のIT人材への求人倍率は6倍を超えており 、他業種と比較して人材獲得の加熱ぶりが伺えます。IoTに興味をもっていたとしても、IoTの領域でどのようなエンジニアリングが行われているのか、どういったスキルが求められているかはなかなか話が表に出てこないかと思いますので、次にいくつかの代表的なエンジニアの例をみていきましょう。
ハードウェアエンジニア
IoTと聞いて多くの方がイメージされるのは,ハードウェアエンジニアではないでしょうか。その名の通り、現場に置くデバイスの開発を担当するエンジニアロールです。マイコンとセンサーや通信モジュールを組み合わせて、この世に存在しないデバイスを開発するエンジニアです。華やかそうなイメージとは対照的に、現場に配備したデバイスが安定稼動するように高い品質水準を満す確実なモノ作りにはノウハウが必要で、特に量産では高い技術力が必要不可欠です。通信機能を搭載するケースが多く、BLE(Bluetooth Low Energy)やWi-Fiが代表的ですが、それ以外にもLPWA(Low Power Wide Area)やセルラー通信の採用も増えてきています。過酷な環境での利用や電源問題などリアルな環境への対応は、ハードウェアエンジニアならではの醍醐味です。
通信エンジニア
ハードウェアエンジニアとクラウドエンジニアを繋ぐのが通信エンジニアです。一口に通信といってもIoTでは無線だけではなく、有線方式の通信技術も活用しますので、守備範囲は幅広いものになります。スマートホーム領域ではBLEやWi-Fiの採用が一般的ですが、セキュリティ、利便性、そしてなによりもコスト要求を満す通信方式の採用には、通信モジュール自体への製品知識が必要になる場合も少くありません。据置きの業務端末では、閉域網内で動的ルーティングプロトコルでの経路制御、QoS、IDS/IPSでのセキュリティ保護なども必要です。IoTでは物理的なレイヤーから論理的なレイヤーまで、幅広い技術を持つエンジニアが求められています。
クラウドエンジニア
ここでのクラウドエンジニアとは、IoTシステムでAPI開発やクラウド活用を担当するエンジニアを指します。大量のIoTデバイスからのデータを収集や収集したデータを分析ロジックの実装や、サービス利用者向けの画面開発、認証などの機能を持つアプリケーション開発やサーバの運用が主な役割です。IoTは新規事業としてスモールスタートすることが多いため、クラウドサービスを活用して総所有コストを最適化し、ビジネス規模に合せてスケールさせていくのが一般的です。クラウド環境を事業規模に合せて最適化するには、VM(Virtual Machine:仮想マシン)だけではなく、エッジコンピューティングやコンテナ技術等のクラウドサービスをフル活用して、システム全体で一貫性のあるアーキテクチャが重要になります。また、データ分析のために高度なデータサイエンスの知見を持つエンジニアや、コンピュータビジョンに代表されるような機械学習の専門知識を持つエンジニアも需要が高まっています。
作るから使うへ
IoTをとりまくエコシステムに目を向けると、利用者向けでは特定業界向けの垂直統合SaaSの出現によってビジネス価値の検証がタイムリーに進められるようになった一方で、1つから調達可能な試作用の基板や、契約にコミットのない通信回線契約などの登場で開発者がPoC(Proof of Concept)を進めやすい環境が整ってきています。こうしたビルディングブロックを活用すると、これまで半年から年単位でかかっていた仮説検証のフェーズを、早ければ2週間から数ヶ月単位で済ませられるようになっており、便利なサービスを知っているかどうかがビジネススピードを左右する時代になってきています。ビジネスの初期フェーズでは特に、最も重要なビジネスのコア技術を除いて、できる限り「作らずに利用する」を心掛けることをお勧めします。筆者は個人的にはエンジニアとしても作る技術が大切だと考えているタイプですが、同じくらい使う技術も重要だと考えています。情報は待っていてもなかなか入ってきませんので、最新のサービス動向をキャッチアップするために、Twitter等のSNSの活用やコミュニティでの情報交換も積極的に取り入れていきましょう。
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この「作るから使う」のトレンドは、エンジニアにとってユーザ企業でIoTの新事業に関わるだけではなく、SaaSやビルディングブロックを提供する会社で技術を活かすチャンスが増えることを意味します。さらにその中でも直接プロダクト開発に携わる道もありますが、筆者のようにユーザ企業での価値創出を技術面で支援するエンジニアとしてのキャリアもあります。いまやありとあらゆる領域やレイヤーで技術知識が必要とされているのです。
今思えば、2010年頃からクラウドが普及してきた頃にも同様のことが言われていたように思います。クラウド技術は日進月歩で進化していて、その技術をキャッチアップし続けていること、変化を厭わずチャレンジしつづけることが競争優位の源泉となることに気付いた企業から積極的にクラウド技術を導入し始めました。スタートアップにとっては必然だったかもしれませんが、今やその流れは伝統的な産業や大企業にも広がっています。IoTの領域では、今まさにこういった変革が起きていて、サービスを利用する側、提供する側のそれぞれにエンジニアとして必要な要件が多少は異なるかもしれませんが、根底には変化を受け入れ新しい価値を作り続けることに意欲的な人材が求められているように感じます。
まとめ
連載第1回目の今回は、IoTエンジニアとはなんなのか、そしてIoTの市場環境からみるエンジニアへの期待やメンタリティについてお話しました。第2回では今カバーしておく技術要素やエンジニアキャリアパスについて、ソラコムでの具体例も交えながら紹介していきます。お楽しみに!!