Cerebras Systems社訪問レポート――Wafer Scale Engineのその先へ、史上最大のチップを作るだけで終わらない彼らの挑戦

ここ何年か、米国に行くたびにCerebras Systems社を訪問しています[1]。Cerebras は WSE - Wafer Scale Engine[2]と呼ばれる「30センチのウェハー丸ごと1枚のチップ」を使ったAIスパコンを作っているスタートアップです。

コロナの影響で海外に行くことが難しくなったために、この夏、2年半の間を空けての再訪となりました。今回は新オフィスのようすなどをお届けします。

新オフィス

スタートアップは成長するにつれてオフィスを変えるのが常で、Cerebrasも前回訪問したオフィスから新しいところに引っ越していました。前回200人ほどだったスタッフも400人を超えたとのこと。

写真1 新社屋のタイトルとエントランス
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迎えてくれたのはAndy Hock氏。肩書きはVice President, Product Managementです。彼とも2年半ぶりの再会となりましたが、いつものように丁寧に対応してくれました。

写真2 Andy Hock氏
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新社屋はシリコンバレーの中心地、Sunnyvaleにあります。Andyによると、この地域は大規模なラボを必要とするようなハードウェア・スタートアップにとって、電力価格などの点で都合が良いのだそうです。

ラボ

新オフィスの魅力の1つはまさにそのラボです。以前のLos Altosのオフィスにもラボ・スペースがありましたが、ちょっと手狭な感じでした。新社屋のラボはとてもきれいで、広々としたものです。

ところで普通はスタートアップのラボに外部の者は入れません。デスクには開発途中のものがゴロゴロと転がっていますから当然です。気楽に写真を撮るわけにも行かず、ここにもあまり多くを掲載することができません。見たものすべて紹介したいところですが、そうもいかないことをご容赦ください。

ではラボ見学に参りましょう。

写真3 Andyの案内でラボ見学に出発
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写真4 あちこちにCS-2が置かれてテストされています(提供:Rebecca Lewington)
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Rebecca

見学にはRebecca Lewington氏がガイドとして付いてくれました。Technology Evangelistの肩書きどおり、彼女はラボのあらゆることについて、つまりCerebrasで行われているすべての開発について、とても詳しく把握しています。

写真5 Rebecca Lewington氏(中)
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筆者はこういう開発現場に行くと、何を見ても「これ何?」⁠何でこんな形してるの?」と子どもみたいな質問をたくさんしてしまいます。それに対してRebeccaは逐一とても詳しく、丁寧に説明してくれます。素晴らしい。

それにしてもCerebrasのラボは聞きたいことが無限に湧いてくるところでした。というのも、CerebrasはどうしてもWSE、つまりウェハーを1枚まるごと使った巨大チップに目が行きがちですが、彼らが作りだしたものはそれだけでないからです。

彼らはWSEという「まったく新しいコンピューティング・ユニット」を作ってしまったため、それ以外のほとんどすべても自己開発することになりました。よくわかるシステム構成図がCerebrasのWebにありますので引用しておきます(写真6⁠⁠。

写真6 システム構成図
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赤い丸が7つ付けられていますが、Webではそこをクリックすると各部の説明が出てきます。本稿では丸に番号を追加して、その順に各機能ブロックの名前を列挙しておきます。

①パワーディストリビューションモジュール(電力分配⁠⁠、②電圧制御モジュール用のコールドプレート、③電圧制御モジュール、④ウェハー、⑤コールドプレート、⑥I/Oモジュール、⑦内部冷却マニホールド(内部に作り込まれた細かな流路に水を流す)です。

どれ1つとっても見るからに普通でない、つまり既製ではなく何らかの開発作業が必要なものばかりだと思えるでしょう。

そして赤丸が付いていないものにしても油断できません。たとえば③と④の間、青色の矢印⑧の先にあるソケットに覆われた電力供給用の基板を見て下さい。⁠あれっ?」と思いませんか。なぜならこの基板、PCB - Print Circuit Board(プリント基板)では、電力はその表面から入って裏面に抜ける設計だと思えます。

しかし通常、プリント基板では電力は基板表面の銅箔を流れるもので、貫通する方向に流すものではありません。もちろんスルーホールは作れるでしょうが、従来的なスルーホールで穴だらけした基板に合計15KWもの電力を普通に流せるかどうか、筆者はパッと判断できません。

何をするにしても普通では済まず、彼らが基礎実験と試作を繰り返したであろうことがわかります。そんなわけで、そのあたりに置いてあるどのパーツにしても、それを手に取って眺めると「あれ?」⁠何これ?」と思うことばかりで、本当にRebeccaにたくさん聞いてしまったわけです。たくさん教えてくれたRebeccaに感謝です。

写真7 パワーディストリビューションモジュールの重さと基板の分厚さに驚く筆者
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それと、⁠いつか見てみたい」と思っていたものの1つが写真8のものです。彼らが「Connector」と呼んでいた部品で、上のシステム構成図では省略されていますが、青色の⑨で示した位置、つまり先述の⑧電力供給用基板と④ウェハーの間に挟まるパーツです。

写真8 「コネクタ」と呼ばれる部品
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ちょっと写真ではわかりにくいですが、WSEと同じ形・大きさで、薄い、柔らかいシート状のものです。

このコネクタについては2019年のHotChips 31での、Sean Lieによるプレゼン・スライドにわかりやすい図があります。以下に引用します(写真9⁠⁠。

図の上側のSiliconがシステム構成図の④、下側のMain PCB Boardが同⑧です。その間にはさまっている「Connector」が私が手に持っているシート状の部品、というわけです。

写真9 メイン基板とシリコン(ウェハー)とコネクタの関係
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この図の下側の基板(Main PCB Board)から電力が供給され、上にあるウェハー(Silicon)に届けられます。しかしシリコンとプリント基板では熱膨張率が異なるため、両者を直接接触させてしまうと運用中に電気接点の位置がずれて離れてしまいます。これを解決する、つまり歪んでも電気接点が離れることがない特殊な機構が必要になったわけです。

彼らはこのパーツの開発で特許を取っています[3]が、その特許本文ではElastomeric Connectorと呼ばれています。思ったより薄く、こんなに柔らかいものだったのかと驚きました。

このコネクタは下の図にあるように、押しつけるなどして変形したときにでも、中のボールの並びは柔軟に追随して接触を保つのです。実物がこんなに薄いものだとは思っておらず、ちょっと驚きました。

写真10 特許 US 2020/0203308 A1のFigure 6B(一部)
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こういった過去のプレゼンや取材での議論などを通して聞いたものを直接、それもEvangelistであるRebeccaの解説を聞きながら手に取れたのは、とても良い経験となりました。

クリーンルーム

ラボ見学の最後にAndyはクリーンルームを(外から)見せてくれました。

写真11 クリーンルームのようす
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たしかに彼らの作業はシリコンダイを剥き出しで触る工程が多く、開発段階でクリーンルームが必要そうです。しかし以前のオフィスにはこうした設備はなかったはずで、これまではパートナーと一緒にやっていたとのことでした。もちろん今でもTSMCなどパートナーの設備でないと出来ないことも多いでしょうが、こうした設備を自前で運用することで彼らの開発サイクルがより加速されるのは間違いありません。

こんな大規模な、かつ全面的な開発が必要なプロジェクトを、始めてから4年半で最初の製品完成まで到達させた彼らの開発スピードには恐れ入るばかりなのですが、今後もこの超スピードで進んでいくのだろうなと感じました。

アップデート

ラボ見学のあと、Andyから最近のCerebrasの状況についてアップデートを受けました。

写真12 ミーティングルームでのようす
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話題はいくつかあったのですが、本稿では2021年8月のHotChips 33で発表された、MemoryXとSwarmXを使った並列分散学習について取り上げることにします。

前回、筆者がCerebrasを訪問してから、いくつかのことが起きています。まず2世代目のマシン、CS-2が出ました。オリジナルのCS-1が40万コアという大規模データフローマシンだったところ、CS-2ではそのコア数が85万となりました。ただでさえ巨大な機械学習のモデルを分割することなくそのまま1台に吸い込めていたところが、さらに大きなモデルが扱えるようになったわけです。そして去年、複数のCS-2をクラスタとして扱う仕組みが発表されました。

写真13 複数のCS-2を接続する構成図
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MemoryXはモデル全体のWeightを保持するもので、これをクラスタ内のすべてのCS-2にブロードキャストします。CS-2の中で得られた勾配(Gradients)は最終的にMemoryXに戻されて統合されます。SwarmXはこのCS-2クラスタ専用の、ちょっとインテリジェントなネットワークスイッチというわけです。

スライドで示された構成はデータ並列を指向しています。日々、先端的なAI応用に取り組んでいる人たちは「今ごろデータ並列か」と思うかもしれません。つまりMLモデルはどんどん大型化しており、先端的なエンジニアリングではデータ並列だけでなく、パイプライン型のモデル並列処理をどう組むか、あるいは大きすぎるレイヤをどう分割配置するかといったことで、日々格闘しています。

それに対してCerebrasは真逆の、つまりWSE1枚があまりにも巨大であるためにモデルを分割しないことを前提としたアプローチを取っていることが分かるでしょうか。

従来的なGPUを使ったシステムでは、モデルが1つのGPUに入り切らないためにパイプライン型のモデル並列処理が必要となるのです。1つのレイヤが大きすぎてGPUに収まらないから分割する必要が生じるのです。Andyによると「CS-2なら世界最大のモデルでさえ1台で動作可能」とのことです。

そしてAndyは分散学習のエンジニアリングコストの高さが問題だと指摘します。

Andy:GPT-3のような大規模なモデルを(GPUを使った)クラスタシステムに分散させるには、さまざまな種類の並列化手法をすべて使用することになります。実際、アメリカや日本の有力なAI研究機関の話を聞いてきましたが、大規模なモデルを、たとえば数百・数千のGPUを持つクラスタに対して正しく分散配置する戦略を開発するだけでも、数カ月かかることがよくあります。これでは、開発が遅れ、技術革新が遅れ、AI研究者が本当の意味でAI研究をしていない状態になってしまいます。

そこで我々の出番です。つまりCS-2なら世界最大のモデルでさえ一台で動作可能で、もしもっと高速に処理したい場合はMemoryX/SwarmXでデバイスをクラスタリングして、シンプルなデータ並列モードで実行すれば良いのです。それだけリニアにスケールアウトさせることができます。

本稿ではちゃんと説明しませんでしたが、もちろんこうしたデータ並列がうまく行えるのは、もともと各CS-2にあったWeight情報を外部化して共有するWeight Streamingの機構があるからです。この手法の詳細についてはHotChipsでの講演のサマリが動画に上がっていますので[4]、そちらをご覧ください。

原点

Andyは2018年から2020年の間に、最先端のAIモデルのパラメータが数億から数千億になった、つまり2年で3桁もの成長をしたことを示し、これに対応するためには根本的に異なる種類のコンピュート・ビルディング・ブロックが必要になる、と言います。

「ここで私がなぜCerebrasに入社したのか、その原点に立ち返ることになります」とAndyは続けます。

Andy:私たちは、AI(による応用)を加速するためにWafer Scale Engineを作りました。AIができることの可能性は広がるばかりです。AIコンピューティングの成長は、本当にまったく減速しません。最新の素晴らしい、そして大規模なモデルは、たとえばGoogle、Microsoft、Facebookなどで動いていますが、このような最新技術を扱う機会を持つ組織や人は、世界でもそれほど多くはありません。

私たちの願いは、こうしたモデルをより簡単に実行できるようにすること、より多くの組織や人々にその能力を提供し、誰もが最大のモデルを利用できるようにすることなのです。そうすることで、私たち全員がAIの可能性を現実にすることができるのです。

つまり彼らは、指数関数的なモデルの巨大化に対応し、AI応用の利益を多くの人たちが享受できるようにする、という大きな目標を持ちながら今も開発を続けているのです。

この彼らの大きなチャレンジが認められる出来事がありました。Mountain ViewにあるComputer History Museumが「史上最大のチップ」としてWSE-2を彼らの収蔵品に加え、博物館の入り口に展示したのです[5]。ちょうど筆者が訪問した直後に公開が始まりました。

写真14 Computer History MuseumでのWSEの展示(提供:Rebecca Lewington)
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Computer History MuseumはENIACやSAGE、IBM System 360、AltoそしてGoogleの最初のクラスタシステム(ラック1つぶん)など、それぞれ歴史の転換点になったシステムをフィーチャーして展示しています。彼らのWafer Scale Engineは間違いなく大きなマイルストーンとなるものです。何年か後には「Cerebras以前、Cerebras以後」といったフレーズをあちこちで聞くことになるでしょう。

おわりに

スタートアップを取材していつも感じるのが、彼らはいつもそれぞれの大きなビジョンをもってプロジェクトに取り組んでいることです。そうしたビジョンを直接コアスタッフから聞くことができる、オフィスを訪問しての対面取材はやはり素晴らしいです。対応してくれたAndyとRebecca、そしてこの取材をアレンジしてくださった関係者の皆様に感謝します。

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