OKR運用指南

第4章OKRの運用を改善する ~最適なコミュニケーション手法を確立するためのヒント

第3章では、OKRをチームに導入する具体的な流れを解説しました。しかし、OKRは四半期ごとに設定と評価を繰り返すだけで自動的に達成されるものではありません。OKRを運用するためには適切なマネジメントが求められます。

そこで第4章では、第3章に引き続きOKRを導入したチームリーダーを主人公に設定し、⁠OKRの運用を改善する」という具体的なシナリオを通じて、OKRの運用に求められるマネジメント手法を解説します。

あなたは OKR を導入したチームリーダー

あなたは強いリーダーシップを発揮し、新規プロジェクトにOKRを導入しました。その結果、チームのパフォーマンスを引き上げることに成功したように見えます。そこであなたは、引き続きチームでOKRを運用し続けることにしました。

発生した問題

あなたのチームでは、OKRを運用するためのマネジメントは特に行っていませんでした。その結果、OKRを設定してから時間が経過するとともに掲げられた目標が忘れ去られてしまい、評価日になってから成果指標がまったく達成されていないことが判明する、といった問題が起き始めていました。

さらに、OKRが達成できない状態が続くことで、チームメイトが自己肯定感を失ってしまったり、不満やストレスを抱えてしまうなど、さまざまな問題も引き起こされていました。そこであなたは、図1で示されているOKRのマネジメント手法を、あなたのチームに合わせて導入できないか検討することにしました。

図1 OKRのマネジメント手法
図1

スクラムとの併用

あなたのチームでは、スクラムを採用しています。スクラムとはアジャイル開発手法の1つで、スプリントと呼ばれる短い周期を繰り返し、ソフトウェア開発を行います。あなたのチームでは、スプリントは2週間ごとに運用されています。しかし、スクラムのマネジメントには、OKRのマネジメント手法との重複も見られます。そこであなたは、OKRのマネジメント手法をチームに導入するにあたって、どのようにスクラムと併用すればよいのかについても検討する必要が出てきました。

CFR(Conversation - Feedback - Recognition)

OKRの運用に必要不可欠なコミュニケーションを、総称してCFRと呼びます。図2で示されているとおり、CFRは「Conversation(対話⁠⁠、⁠Feedback(フィードバック⁠⁠、⁠Recognition(承認⁠⁠」の頭文字をとったもので、CFRなしにOKRは成り立ちません。

図2 CFR
図2

OKRの運用に失敗する主な要因として、CFRが適切に実践されていないことが挙げられます。もしかすると、OKRの運用に失敗した組織からは、1on1ミーティングやチェックインミーティングを導入していた、といった反論を受けるかもしれません。確かにそれらの手法はOKRの運用には欠かせません。しかし、こうしたマネジメント手法の形式だけ真似ても、その目的や運用方法を正しく理解していなければ、その効果を最大限に発揮することができません。これらの手法は、CFRを実践するためのツールに過ぎません。裏を返せば、CFRが適切に実践されているのであれば、形式にこだわる必要はないのです。

OKRの運用において大切なことは、CFRを意識することで、それぞれの組織に合った最適なコミュニケーション手法を確立することだと言えます。そこであなたのチームでは、CFRを実践することで、チームに合わせたマネジメント手法を導入することにしました。

Conversation─⁠─対話

対話において大切なことは、それが意識的に行われるということです。確かに、特別にミーティングを設けなくても、必要があれば会話を交わすことはあります。しかし、対話と会話は異なります。対話の目的は、潜在的な問題を発見し、その問題が致命的になる前に解決することです。日常会話では、この目的を十分に果たすことはできません。

1on1ミーティングを実施する

OKRを運用する組織では、対話のために1on1ミーティングを実施することが一般的です。1on1ミーティングとは、定期的に上司と部下が行う面談を指します。そこであなたは、チームにも1on1ミーティングを導入することにしました。

1on1ミーティングが強力な点は、話される内容にかかわらず、実施されるだけで効果が得られることです。人間関係論を打ち立てたエルトン・メイヨーは、電気機器工場で働く2万人の面談を指揮しました。面談の内容は、自由に会話する雑談のようなものでしたが、メイヨーは面談を行うだけで、人々の生産性が向上することを発見しました。人々は対話を行うことで、抱えている不満に根拠があるのかを理解し、自己解決できるようになりました。また、上司もこれらの不満を聞くことで、現場の問題を把握し、対処できるようになりました。さらに、上司が個人の状況に耳を傾けることで、個人の生産性はさらに高まり、離職率も大幅に下がることを発見したのです。

1on1ミーティングの頻度を決定する

1on1ミーティングを定期的な頻度で実施すると、エンゲージメント(会社への愛着や思い入れ)3倍に高まります。しかし、どれぐらいの頻度で実施すれば良いかという点については、意見はまとまっていません。ただし、1ヵ月に1回では少なすぎるという意見は、多くの組織で共通しているようです。

1on1ミーティングの頻度を決定するうえで大切なことは、ミーティングのキャンセルやスケジュールの変更が頻繁に起きてはいけないという点です。多くの組織で1on1ミーティングが設定されているものの、チームリーダーが忙しいといった理由で滅多に開かれないという問題が発生しています。しかし、1on1ミーティングが予定どおり開かれないと、チームメイトは自分が大切にされていないと受け取ってしまうリスクがあります。

そこであなたは、スクラムのスプリントに合わせて1on1ミーティングを行うことにしました。スクラムと同じ周期で1on1ミーティングを開くことで、一定のペースで話し合いが行えるように工夫したのです。

1on1ミーティングの内容を決定する

1on1ミーティングを効果的に実施するためには、チームリーダーは聞き手にまわらなければなりません。さらに、話される内容も定型的な内容に終始していては、潜在的な問題を聞き出すことができません。そこであなたは、図3で示されているとおり、意識的に相手の話を聞く時間や、自由に会話する時間を設けることにしました。

図3 1on1ミーティングの進行
図3

あなたは、1on1ミーティングの時間を50分に設定しました。時間をちょうど30分や1時間にしなかったのは、1on1ミーティングが連続して設定されている場合に、話し合いが長引いてしまったり、前後の移動で時間がとられてしまうことで、毎回1on1ミーティングに遅れてしまうといった問題を避けるためのちょっとしたテクニックです。

Feedback─⁠─フィードバック

フィードバックが強力なのは、そのループする性質にあります。たとえば、あるチームメイトがすばらしいドキュメントを書いたことに対して、あなたが「とてもわかりやすいドキュメントだ」というポジティブなフィードバックを与えたとします。すると、そのチームメイトは、次回からさらにわかりやすいドキュメントを書いてくれるかもしれません。

しかし、フィードバックがマイナスに働いてしまうリスクもあります。たとえば、OKRの達成率が低かったことに対して、あなたが「次回からもっと頑張るように」とネガティブなフィードバックを与えたとします。しかし、それでも結果が改善しなかったとすると、そのチームメイトに「どうせ頑張っても無駄だ」と思われてしまい、次回からさらに達成率が下がってしまうリスクがあります。

このように、フィードバックはとても強力であるがゆえに、そのリスクとリターンを正しく理解しなければなりません。

フィードバックの機会を増やす

フィードバックにおいて大切なことは、リアルタイムに行われるということです。1年前に起きた出来事をもとにフィードバックを行っても、改善につなげることはできません。さらに、フィードバックの機会が少ないと、過去の出来事よりも最近の出来事のほうが過大評価されてしまうため、適切なフィードバック行うことが難しくなります。このような背景から、1年ごとに行われる人事評価制度を捨て去り、継続的な人事評価を行うべきだという考えも普及してきました。しかし、人事評価制度を変えるほどのおおがかりなことをしなくても、フィードバックの機会を増やすことができます。そのために効果的な手法がチェックインミーティングです。

フィードバックという言葉から、チームリーダーが何枚もあるスプレッドシートに評価項目を記入したり、個室で難しい顔をしながら改善点を述べたりといった方法を連想してしまうかもしれません。確かに、そういったフィードバックも時には大切です。しかし、定期的に進捗を確認しながら、問題がなければ成功を賞賛し、問題があれば改善を提案するだけでも、価値のあるフィードバックになります。

そこであなたは、スプリントのはじめに、チェックインミーティングを開くことにしました。チェックインミーティングとは、OKRの進捗を確認するために、関係者全員で集まって行われる話し合いです。話し合いでは、図4で示されている4項目を確認します[1]。あなたはこの話し合いの中で、仕事の進捗や進め方について、フィードバックを与えることにしました。

図4 チェックインミーティングの項目
図4

双方向の会話を行う

フィードバックにおいてもう1つ大切なのは、それが双方向の会話で行われるということです。一方的なフィードバックは、それがポジティブなフィードバックであっても、相手の感情を傷つけてしまったり、パフォーマンスを下げてしまったりするリスクがあります。しかし、双方向の会話を行うことで、リーダーとチームメイトの関係性は良好になり、フィードバックが好意的に受け入れられやすくなります。

あなたは、双方向の会話によるフィードバックを実現するために、⁠ヒーロークエスチョン」を採用することにしました。ヒーロークエスチョンでは、ただ起きた結果に対して一方的にポジティブあるいはネガティブなフィードバックを与えるのではなく、仕事上の成功体験に関して、以下のような質問を投げかけます。

  • 最も仕事がうまくいっていると感じたのはいつか?
  • そのプロジェクトで役に立った強みはなにか?
  • そのプロジェクトに誰が協力してくれたのか?

あなたはこれらの質問を通じて、一人一人の強みや、チームへの貢献を正しく理解できるようになります。さらに、彼らがもう一度同じ成功体験を得られるように、あなたがサポートできるようになるのです。

相互に評価し合う

フィードバックは、何もチームリーダーからチームメイトに対する一方的なものだけではありません。チームメイト同士のフィードバックや、チームメイトからチームリーダーへのフィードバックも、ボトムアップを重視するOKRでは大切なこととされています。時には、ネガティブなフィードバックが行われる場面もあります。しかし、その場合は「心理的安全性」を守らなければなりません。GoogleはProject Oxigenというプロジェクトにおいて、優れたマネジメントの条件を調査しました。その結果、心理的安全性が最も重要な要素であることを発見しました。

心理的安全性とは、⁠対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方」であると定義されています。たとえば、⁠このフィードバックを行ったら、私は嫌われてしまうかもしれない」と思われている状態は、心理的安全性が低い状態だと言えます。Googleは、心理的安全性を高めるにはという記事において、チームリーダーは図5で掲げられている点を心がけるべきだと述べています。

図5 心理的安全性を高めるには
図5

Recognition─⁠─承認

承認とは、マネージャーがチームメイトに対して、一方的に与える賞賛のことだけではありません。承認において大切なのは、チームメイト同士が、小さな感謝を伝え合うことです。このように承認ができている組織は、そうでない組織に比べて成果を出しやすく、さらに離職率を下げることができます。

ウィンセッションを実施する

OKRを用いたマネジメントにおいて、承認を促すためのしかけの1つが、ウィンセッションです。ウィンセッションとは、金曜日の夕方などに開かれる、大小さまざまな達成を称え合う場です。ウィンセッションでは、どれだけ小さな進捗であっても共有され、め称えられます。ウィンセッションでは、批判は一切行われません。

あなたは、チームにウィンセッションを導入することにしました。しかし、ウィンセッションはスクラムにおけるスプリントレビューと、一部の役割が重複しています。スプリントレビューでは、スプリントの期間中に完成したものと完成しなかったものとが共有され、なぜそうなったのかが批判的に議論されます。

ウィンセッションとスプリントレビューは、成果物と進捗が共有されるという点については共通していますが、目的がまったく異なります。図6のとおり、ウィンセッションが承認を促すために開かれるのに対して、スプリントレビューは製品価値を高めるために開かれます。よって、一部の役割が重複しているからといって、安易にまとめてしまうことは危険です。

図6 ウィンセッションとスプリントレビュー
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そこであなたは、ウィンセッションとスプリントレビューは別々に開催することにしました。ただし、重複した内容が話されることを少しでも防ぐために、ウィンセッションでは進捗に焦点を当て、スプリントレビューでは成果物に焦点を当てて発表するといった工夫を行いました。さらに、ウィンセッションはチーム外のメンバーも招待し、スナック菓子やドリンクを配ることで、よりリラックスして参加してもらえるように工夫しました。

承認を制度化する

多くの組織が、何かしらの承認制度を持っています。たとえば、⁠○○賞」であったり「ギフトカード」であったり、その形態はさまざまです。しかし、それだけでは承認制度として機能しないことがほとんどです。このような制度には、エンゲージメントを高めたり、パフォーマンスを向上させたり、離職率を下げたりする効果は、ほとんどないことが知られています[2]

その原因として、これらの制度が、資格のような「外発的動機付け」と同じように受け取られてしまうことが挙げられます。もちろん、外発的動機付けは、内発的動機付けと組み合わせることで高い効果を発揮することができます。しかし、外発的動機付けだけでは、自己正当化を行わせたり、むしろ内発的動機付けを傷つけてしまうといったリスクがあります[3]

結局のところ、承認のための最善の方法は、積極的に「ありがとう」伝えることです。そこであなたは、ウィンセッションの最後に、チームメイトが感謝している相手の名前を思いつくままに挙げてもらうことを制度化することにしました。

特集のまとめ

本特集では、⁠個人のOKRを設定する」⁠OKRを導入する」⁠OKRの運用を改善する」といった具体的なシナリオを通じて、OKRの魅力を余すことなく伝えました。

OKRは、Googleで実践されていることで有名になりました。そのため、OKRの魅力を伝えても、⁠私たちはGoogleのような大企業とは違う」といった消極的な反応が返ってきてしまうことがあります。しかし、GoogleがOKRを採用したのは、1998年に会社が設立されてから1年しか経過していない1999年のことです。そのころのGoogleは、今私たちが知っているGoogleではなく、後発の検索サービスを提供し始めたばかりのほんの小さなスタートアップの1つでした。むしろ、GoogleはOKRの力を借りることで、今日までの成長を遂げたのだと筆者は考えています。

そう考えると、OKRを導入することやその後の運用を改善することにわくわくしませんか?

みなさんもOKRを活用することで、より一層活躍することを願っています。

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