アクセシビリティを組織で向上させる──社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまで

第1回アクセシビリティを経営方針とつなげ⁠プロダクトマネージャーと合意する

本連載は『Webアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善』を補うものです。紙幅の都合で同書に収められなかった原稿を再構成しました。
同書の第7章「アクセシビリティの組織導入」の続編にあたります。同書第7章は、会社内でたった一人でアクセシビリティの取り組みを始めてから、正式なチームを立ち上げるまでのノウハウを紹介しました。本連載はそこからさらに取り組みを広げていくためのノウハウをまとめます。

2024年4月22日追記:同書の第7章「アクセシビリティの組織導入」アクセシビリティを組織で向上させる ─⁠─たった一人から始めて、社内に認知されるまでとして公開しました。

取り組みを進めると、社内関係者への説明、社外広報、イベント登壇など、ことあるごとに「この会社がアクセシビリティに取り組んでいる理由」を説明する場面が訪れます。これを言語化するには「会社の経営方針とアクセシビリティの関係性」を考えることが有効です。さらに、経営方針をもとにプロダクトビジョンやロードマップを意思決定するプロダクトマネージャー(PM)とも、この関係性について合意することが必要です。

会社の経営指針とアクセシビリティとの関係を言語化する

会社に対してアクセシビリティがどう位置付けられるのかを考えるには、まず「その会社がどういうものか」を規定している文を眺めます。

会社のミッションやビジョンを見る

企業の使命であるミッションや、理想像としてのビジョン、それを実現していくための組織の価値観=バリューを見るとよいでしょう。ほかにも、企業原理、経営理念、社是、社訓、行動規範で表現されていたり、クレド、スローガン、カルチャーとしてまとめられていることもあります。

これらには、以下のようなキーワードが含まれていることが多いでしょう。

  • すべての
  • あらゆる人々
  • 誰もが
  • みんな
  • 世界中の
  • ユーザー
  • お客様
  • 多様性
  • 持続的
  • 社会

会社のミッションやビジョンにアクセシビリティは不可欠

こうしたキーワードで表現されるミッションを追い求め、ビジョンを実現するには、アクセシビリティは不可欠です。

  • 「すべての」⁠あらゆる人々」⁠誰もが」⁠みんな」⁠世界中の」というからには、アクセシビリティは必須である
  • 「ユーザー」「お客様」の中にはアクセシビリティを必要とする人がいる。典型例である障害者や高齢者の割合は増え続けている
  • 「多様性」⁠持続的」⁠社会」を挙げ、さまざまな人々が関わり持続的に社会を発展させていくときに、実現手段としてアクセシビリティは欠かせない

会社とは、大胆にいえば「その会社が存在することで社会が良くなる」というミッションのもとに運営されています。その社会は、多様な人々で構成されています。社会と関わるならば「自分たちが作っているサービスが、求める人すべてにとって、別け隔てなく利用できること」が大前提であり、それができてはじめて社会への貢献へとつながります。

Webサービス運営会社の場合であれば、Webを通じて別け隔てないサービスを提供することが必要だといえます。

Webサービス運営会社は、多くの人に低コストでサービスを提供できるプラットフォームとしてWebを選択しています。なぜWebを選んでいるかといえば、Webは圧倒的にアクセシブルなプラットフォームだからです。通信環境と端末さえあれば、時間や利用場所、デバイスなどの制約を超え、誰でもサービス利用の入口に立つことができるのがWebです。現時点で会社が自覚的かどうかは別として、このWebの利点を活用したいために会社はWebサービスという手段を選んでいるのです。

前述のキーワードの実現を会社が目指しており、その実現のためにWebを選んでいるのであれば、そこにアクセシビリティがなければおかしいのです。こういった関係性を考えれば、こじつけではなく、無理なく説明できるつながりが見いだせます。

企業のミッションやビジョンとのつながりを示す例

企業のミッションやビジョンとのつながりを示している事例として、同書の著者陣の所属企業の見解を紹介します。

小林大輔が所属するサイボウズでは「チームワークあふれる社会を創る」を企業の存在意義(Purpose)と位置付け、世界中のあらゆるチームに情報共有インフラを提供しようとしています図1⁠。サイボウズは、チームに参加・貢献したいと願うすべての人が「チームにアクセスできる」ようにアクセシビリティに取り組まなければなりません。

図1 サイボウズ企業理念 (https://cybozu.co.jp/recruit/about/philosophy/
図1 スクリーンショット:サイボウズの企業理念ページ。チームワークあふれる社会を創るという存在意義と、理想への共感・多様な個性を重視・公明正大・自立と議論という4つの文化から企業理念が構成されている。内容はリンク先を参照。

桝田草一が所属するSmartHRでは「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」をミッションとしています図2⁠。SmartHRのサービスやプロダクトを通じて「誰もがその人らしく働ける」ことを支えるのであれば、そのプロダクトやサービスは間違いなく「誰もが」使えなければなりません。

図2 SmartHRコーポレートミッション (https://well-working.smarthr.co.jp/
図2 スクリーンショット:SmartHR コーポレートミッションのページ。「well-working 労働にまつわる社会課題をなくし、誰もがその人らしく働ける社会をつくる。」と記されている。内容はリンク先を参照。

伊原力也と山本伶が所属するfreeeでは「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、⁠だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム」の実現を目指しています図3⁠。これを追い求めるには、個人で開業する人が使うサービスも、スモールビジネスで働く従業員が使うサービスも、⁠だれもが」使えるようになっていなければなりません。

図3 freeeミッション (https://corp.freee.co.jp/mission/
図3 スクリーンショット:freee ミッションのページ。ミッションとして「スモールビジネスを、世界の主役に。」、ビジョンとして「だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム。」を掲げている。内容はリンク先を参照。

当たり前のことのように見えますが、このように考えてみたことがない人もいます。会社の規定となる文章は、明言されずに活動に溶け込んでいる場合も多く、意識されにくいです。そこに新たな概念であるアクセシビリティがどう位置付けられるのかは、聞かれてもパッと思いつかない人が多いでしょう。そこを橋渡しできれば、会社の関係者が納得感を得る土台となります。

会社に対してアクセシビリティが何をもたらすのかを言語化する

アクセシビリティを高めると「自分たちが作っているサービスが、求める人すべてにとって、別け隔てなく利用できる」状態に近付きます。それは歓迎すべきことであり、また当たり前にやるべきことです。しかし、現実には「それが何をもたらすのか」を説明しなければなりません。

会社の資源をアクセシビリティに割り当てる理由

経営方針とアクセシビリティの関係性については合意しやすいでしょう。アクセシビリティの向上を面と向かって否定する人はほとんどいません。正しい行いだからです。しかし、会社の運営やサービスの発展という観点では、アクセシビリティ以外にも無数のやるべきことや投資領域があります。

ここで、多くの人にはひとつの問いが浮かびます。⁠今アクセシビリティにリソースを割り当てるのが良いことなのか?」という問いです。費用対効果という「見えない壁」と立ち向かう必要が生まれます。この問いには、ステップを分けて応えます。

まず最初に、Webアクセシビリティは次のような点で必要であるという、基礎的なポイントを伝えます。詳細は同書の第1章を参照ください。

アクセスできない人を減らせる
アクセシビリティを必要とする典型例である障害者や高齢者の割合は増え続けている
アクセスできると口コミが広がり⁠市場が生まれる
アクセス可能なサービスがコミュニティ内で口コミされる。使える人が増えれば市場化する
サイトやサービスの枠を超えて情報が広がる
機械が情報を読み取れれば、共有や改変が容易になり、新たな形で情報が流通する
ユーザビリティを高められる
多くの状況で見やすさやわかりやすさが向上すれば、個別のユーザビリティも底上げされる
権利を守り⁠法を遵守できる
国内の障害者差別解消法の求めへの準備や、海外でのアクセシビリティ訴訟への事前の対処になる

さらに、Webアプリケーションならではのアクセシビリティの必要性も挙げます。

繰り返しの利用で生活や仕事が変化する
継続的に日々利用するWebアプリケーションが使えれば、自力でできなかったことができる人が増える
共同利用するには全員が使える必要がある
複数人で利用するものを一部のユーザーが使えないと、コラボレーションは不完全になり、生産性が上がらない

新しいサービスにアクセシビリティがもたらすもの

そして、前述のポイントのうち、どこが自社にとって大きな影響を与えるのかを伝えます。会社の注力領域や方針、サービスの段階によって、アクセシビリティがどの点で大事かという認識も変わってくるためです。

まだサービスが新しいときは、次の点が重視されるでしょう。

  • アクセシビリティガイドラインに沿ってデザインや実装を行うことはユーザビリティ向上になること
  • マシンリーダビリティの向上によって、コンテンツの再利用価値が上がること
  • 将来対応が必要になったときの負債が減ること

成長したサービスにアクセシビリティがもたらすもの

一方、サービスがある程度まで成長した段階では、次の点が重視されるでしょう。

  • これまで未対応であるがゆえに機会損失していた状況への改善施策となること
  • 広報やコーポレートブランディングの観点において、会社の活動を伝えていくひとつの要素となること
  • 資金調達の観点において、社会的責任を果たしていく姿勢としての材料になること
  • 海外進出を目指す際に、法的要件として対応が必要なこと

アクセシビリティ向上にすでに取り組んでいる他社の事例記事やプレゼンテーションにも、⁠なぜ取り組むのか、どういった利点があるのか」は含まれています。先人の事例も引用し、あなたの会社ならではのロジックを組み立てます。

こうした「取り組みの必要性」をまとめたスライドやドキュメントを用意し、すぐに取り出せるようにしておくとよいでしょう図4⁠。アクセシビリティの活動はこの先広がりを見せていき、あなた以外がそういった説明をする機会も生まれます。すぐ出せる資料があれば、取り組みは加速します。

図4 アクセシビリティー研修 for All freeers (https://docs.google.com/presentation/d/1HvkDi5B5xaApz_5wxx8jw7yC8bY-9-kioHbK7J0i2d0/edit#
図4 スクリーンショット:アクセシビリティー研修 for All freeersの「なぜfreeeはアクセシビリティーに取り組むのか」というスライド。「だれもが自由に経営できる統合型経営プラットフォーム。」の「だれもが」の部分を強調しつつ、「統合型経営プラットフォームはみんなで使うもの。だれもが自由に自然体で使えるプロダクトを作っていきたい。」と記載している。

プロダクトマネージャーにアクセシビリティへの取り組みの意味を伝える

会社とアクセシビリティとの関係性が言語化できたとき、まず共通認識をもってもらう相手はプロダクトマネージャー(PM)です。PMはプロダクトのロードマップに責任を持つ存在であり、これからプロダクトの行く末を考える立場だからです。

また、プロダクトのロードマップは、会社のミッション・ビジョン→プロダクトビジョン→プロダクトロードマップという形で経営方針と接続しています。アクセシビリティも同じく経営方針と接続されている存在として並列で理解してもらう必要があります。

アクセシビリティは機能を利用可能にする品質であると伝える

ロードマップでは、今後何をやるかを決めていきます。逆にいえば、何をやらないかを決めていきます。たとえば業務アプリケーションであれば、⁠多くのユーザーに生じている重要な課題を解決する機能」を開発する代わりに、⁠ユーザーが少なくニーズが弱い機能」の開発は保留する、という判断が行われます。

ここで重要なのは、アクセシビリティを「ユーザーが少なくニーズが弱い機能」と誤解されないよう、その位置付けを正しく伝えることです。そもそもアクセシビリティは機能ではなく非機能要件であり、セキュリティやパフォーマンスなどと同列のプロダクト品質のひとつです。

アクセシビリティは、機能が使えない状況を減らす、言い換えるとWebの利点を最大化するための品質です。最も価値があると考えられる機能を提供していくことと、それを誰もが使えるようにすることはどちらも必要なことで、矛盾なく同居できます。

これは会社のミッション・ビジョンの実現という意味でも同列で語られるべきものです。前述のとおり、Webサービスを提供している会社は、会社のミッションやビジョンを、Web上にあるサービスを通して実現していきます。それはプロダクトの機能という形で存在し、それをデリバリーする設計や実装の品質としてアクセシビリティがある、という関係になります。この関係性をPMに理解してもらいます。

プロダクトマネージャーの不安を解消する

トレンドを理解しているPMであれば、アクセシビティの改善にはポジティブです。PMが気がかりなのは、⁠自分たちがすべきことがあるのか」⁠工数とスケジュールにどう影響するのか」でしょう。その取り組みが具体的に何をするかが見えないと、手間が増えるのではないか、リリース速度を鈍化させるのではないかと不安になります。

この点については良い方法があります。

「プロダクトにおけるアクセシビリティは、技術的品質におけるひとつの要素である」と考えてもらうのです。⁠デザイナーやエンジニアやQAQuality Assurance、品質保証)がうまくやってくれればよいもの」と理解してもらうのです。むしろ「実務担当者に任せてください」という姿勢を示しましょう。

PMはマイクロマネジメントをしたいわけではありません。あなたが実務者として信頼を得ていれば、取り組むことにネガティブな反応はないはずです。同書の第7章で挙げているような、エンジニアやデザイナーの裁量で進められる範囲から始めれば、実際のプロダクト開発でも問題なく進みます。

リリース速度を保ちながら品質を高く保つのは、サービス開発としては当然です。そこにアクセシビリティという視点が加わっただけです。当初は「新たなもの」に見えますが、以降は特別視せずに「品質の一環」として進められます。

プロダクトマネージャーは関係者との調整役を担ってくれる

PMはあらゆる関係者との調整役を担っています。

次回以降で紹介する広報やサポートなど、アクセシビリティの社外露出が増えてくると、PMに確認が行くこともあります。会社におけるアクセシビリティはどこに根ざしているか。この製品とアクセシビリティの関係性はどういうものか。PMに正しく認識してもらうことは重要です。

PMが適切に理解してくれていれば、社外で製品に関して語っていくところで触れてくれたり、今後の製品の露出を考えていくときにうまくアクセシビリティに絡めてくれます。

アクセシビリティを経営方針とつなげ、PMと合意することで、アクセシビリティが「アクセシビリティチームのもの」から「会社の意思」「プロダクトの意思」というように染み出していきます。それが、自信を持って取り組みを進める土台となり、今後の発信のための布石にもなるのです。

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