2006年からほぼ毎年、日本で開催されているオブジェクト指向スクリプト言語Rubyに関するイベント「RubyKaigi 」 。世界中のRubyistたちにとっての祭典であるこのイベントは、多くの人々の尽力によって円滑な運営が行われています。
「RubyKaigi」に関わる方法の1つとして、“ スポンサーになること” が挙げられます。これまで「RubyKaigi」のスポンサーになってきた企業は、運営においてどのような工夫や努力をしてきたのでしょうか。そして、それぞれの企業が持つRubyコミュニティへの想いとは。
2023年2月7日に開催されたイベント『各社の技術広報が明かす「RubyKaigiスポンサーの裏話」運営ノウハウやコミュニティへの想い 』では、これまでスポンサーを務めた各社の技術広報が登壇。スポンサーになった経緯や運営におけるノウハウ、スポンサー活動を通じてコミュニティに貢献する理由などを語りました。本稿ではその模様をレポートします。
Why Money Forward contributes to Ruby and RubyKaigi./株式会社マネーフォワード luccafort(小西達郎)氏
はじめに登壇したのは、マネーフォワード社のluccafort氏。「 Why Money Forward contributes to Ruby and RubyKaigi.(なぜ、マネーフォワードはRubyとRubyKaigiにコントリビュートするのか) 」というテーマで発表しました。
多くの企業がそうであるように、マネーフォワード社でも技術カンファレンスのスポンサーになるのは「採用活動の強化のため」が重要な理由です。しかし、それだけではなく、同社では「交流ときっかけ作りを大切にしている」とluccafort氏は言います。技術カンファレンスによって、社員が登壇する機会を創出したり、コミュニティが活性化するきっかけを作ったり、イベント開催地で人々が交流したりといったことを期待しているのです。
こうした取り組みは、社内・社外のそれぞれにプラスの影響があります。社内では、社員がOSSにコントリビュートするようになったり、エンジニアのモチベーションが高まったりすること。社外では、エンジニア採用や技術ブランディングに効果があることです。
こうした解説の後に、luccafort氏は「なぜ、数ある技術カンファレンスのなかからRubyKaigiをスポンサー対象として選んだのか」について述べました。開発組織の主役はエンジニアです。そして、エンジニアにとって良い組織とは「個人やチーム、プロダクト、事業が成長し続けており、収益を上げてなおかつ社会貢献ができる組織」と言えます。
こうした好循環を生み出し、エンジニア組織の文化を促進する上でRubyKaigiのスポンサーになることは有効です。なぜなら、Rubyが発展すればコミュニティが活性化し、それによりRubyをプロダクト開発に利用するマネーフォワードも恩恵を受けるからです。
さらに、コミュニティの発展のためにもRubyの新規ユーザーを増やしたいこと、だからこそ今後もRubyKaigiのスポンサーを続けたいことをluccafort氏は述べ、セッションを終了しました。
はじめてスポンサー運営PMをやってみてわかった4つのこと/株式会社アンドパッド 鳩洋子氏
アンドパッド社の鳩氏は「RubyKaigi 2022」にて同社のイベント運営のプロジェクトマネージャー(以下、PM)を務めました。その業務を通じて、大きく分けて4つの「わかったこと」があったと言います。
1つ目は「非エンジニア職の人に技術カンファレンスの温度感を伝えることは予想より難しい」ということ。鳩氏はその理由として「カンファレンスのブース出展に対して抱くイメージが人によって異なる」「 エンジニアの持つボランタリーマインドに対する理解や共感が得にくい」などの点を挙げました。
その解決策として、鳩氏は「ブースはお祭りの屋台のようなもの」「 技術カンファレンスは、コミュニティに所属していたりOSS開発にコントリビュートしていたりする人たちが、自分たちの日頃の成果などを発表する文化祭のような場であること」をビジネス職の人々に伝えることが大切であると述べました。
2つ目は「ブースの必要備品や企画を考えるのは、予想より難しい」ということ。なぜなら「イベントに参加した経験がなければ、どのようなものを揃えたらいいのかイメージできない」「 どれくらい物が置けるのか、サイズがわからない」「 そもそも企画において考慮すべきことが非常に多い」などの課題があるためです。
鳩氏の場合は、イベント運営に携わった経験のあるエンジニアや人事にヒアリングしたり、ブースで展示すべき物をGoogle検索して画像で確認したり、マーケターや広報から意見をもらったり、ブースのイメージ図を描いて情報共有をしたりなどの工夫をしたと言います。
3つ目は「ノベルティを考えるのは予想より“ はるかに” 難しい」ということ。ノベルティを受け取る人の観点、マーケティング観点、プロジェクトマネジメント観点で、複数の要素を鑑みて意思決定をする必要があるためです。
「これらの要素を、アジャイル開発におけるトレードオフスライダーの考え方で捉えて、どの項目に対する優先度を高めるべきなのかを見極める」「 最終的には、自分がPMとして決断をすることも大切です」と鳩氏は解説しました。
4つ目は「エンジニアがコミュニティに関わることで得られるものは、予想より大きい」ということ。自分たちが使っているプログラミング言語やフレームワークなどの技術にも作り手がいることや、自らもコミュニティの一員であることを実感できるのです。また、技術に対する愛着が湧いて、仕事が楽しくなります。
最後に鳩氏は「私がPMを務めて得られたものは予想よりはるかに大きかったです。ありがとうRubyKaigi」と述べ、セッションを終了しました。
RubyKaigiスポンサー体験がiCAREの開発組織にもたらしたもの/株式会社iCARE 荻野淳也氏
iCARE社は「RubyKaigi 2022」にて、初めてRubyKaigiのスポンサーを務めました。エンジニア9名、人事2名、カスタマーサクセス1名、開発組織の部長1名、ヘルパースタッフ1名という多くのメンバーが開催地である三重県に足を運んだのです。
荻野氏は「採用活動の強化のためスポンサーになりましたが、実際に参加してみるとそれ以外の効果も高いとわかりました」と解説します。生じた効果の1つは「参加したメンバーが、ソフトウェアは人が作っているのだと実感してくれたこと」です。
RubyKaigiに参加する前まで、メンバーたちは「OSSの開発者は、自分たちとは遠い世界の人々」だと思っていたのだと言います。しかし、実際にイベントに参加したことで「自分たちと同じような人間が、不断の努力の結果としてOSSを作り出している」と実感できたのです。
さらに、iCARE社のCredo(行動指針)である「楽しまなければプロじゃない」にちなみ「参加したメンバーたちは、RubyKaigiの会場にいる人たちがすごく楽しそうにしているのが印象的だったようです。ソフトウェア開発をこんなに楽しんでいいのだと、感動したようでした」と荻野氏は語りました。
RubyKaigiの参加者たちは、イベント後の思考や行動にも変化がありました。人事のリーダーや開発組織の部長がRubyとRuby on Railsの学習を始めたり、エンジニアが低レイヤーの技術に興味を持ったりしたそうです。また、スポンサーブースで他社の人々に自社の概要を説明したことで「自分たちが何のためにどのようなプロダクトを作っているのか」を言語化する経験ができたのも、参加者にとってプラスの経験になったと言います。
「採用活動の強化のためにRubyKaigiに参加したわけですが、応募数には非常にポジティブな影響がありました。また、会社としての知名度も向上した実感があります。そしてそれ以上に、RubyKaigiに参加したメンバーのマインドにかなりの好影響があったことが、何よりの成果でした」と荻野氏は結びました。
クックパッドがRubyKaigiに20名以上の社員で参加するわけ/クックパッド株式会社 緑川敬紀氏
クックパッド社は、RubyKaigiに20名以上の社員で参加しています。その利点として緑川氏は「社員の知識がアップデートされる」「 多くの人が参加することでコミュニティが盛り上がる」「 社外の人々とのコミュニケーションを増やす」「 クックパッドを知ってもらう」などを挙げました。
こうした技術広報活動が重要である理由として、現代では企業がエンジニアを採用することが極めて大変であるという実情があります。ITエンジニアの売り手市場が続いているのです。パーソルホールディングス株式会社が発表する「転職サイト『doda』における転職成功者の平均応募社数 」のデータによれば、概ね50%のエンジニアが3社ほどに応募して転職活動を終えていることを示しています。つまり、IT企業はエンジニアの第一想起から第三想起までに入らなければ、転職先として選ばれることができないのです。
こうした前提があるからこそ、エンジニアに選ばれる企業になるために技術広報活動が重要になります。そして、技術カンファレンスでエンジニアが登壇することは広報において効果的であるため「技術広報担当者は登壇のためのサポートを積極的に行うほうがよい」と緑川氏は解説しました。
たとえば、締め切りを含む各種スケジュールの把握やカンファレンスへの応募を促進するための企画立案、アイデア出しの壁打ち、もくもく会やレビュー会の実施、エンジニアへの直接的な依頼など、技術広報担当者ができることはたくさんあると指摘します。
さらに、緑川氏は技術ブランディングのためには「技術カンファレンスにたくさんのエンジニアが参加するのがいい」とも述べました。単純接触効果の影響によって、参加者たちに自社のことを知ってもらえるためです。
また、技術ブランディングをより効果的にするためのクックパッド社の工夫として、展示ブースに立つ人のシフトを組むことや会場で目立つために社員が同じ服を着ること、参加者の方々に会社の情報を紹介するためのデモを用意すること、会社としての一貫性を保つためにスポンサー活動を継続することなどを緑川氏は挙げました。
「クックパッドはプロダクト開発にかなりRubyを使っているからこそ、Rubyコミュニティに貢献できることは積極的にやっていこうという文化があります」と、技術カンファレンスのスポンサーになる理由を端的に示すような、印象的なフレーズを語り、緑川氏はセッションを終了しました。
パネルディスカッション・質疑応答
イベント終盤では、視聴者からの質問を受け付けるパネルディスカッションを実施。アンドパッドの技術広報およびフルタイムRubyコミッターである柴田博志氏がモデレーターを、イベント登壇者4名がスピーカーを務めて、さまざまな質問への回答をしました。
「社内のエンジニアに技術カンファレンスへの登壇を依頼する際、どのように声掛けをするといいか?」「 エンジニアへの理解がまだ浅い技術広報がコミュニティの方々と打ち解けるには?」「 RubyKaigiに持っていくノベルティの数の目安は?」など、技術カンファレンスや技術広報に関連する相談が視聴者から多数寄せられました。
おわりに
イベントのスポンサーを務めた企業が、その理由や経緯、想いなどを発信する機会はそれほど多くありません。本イベントはそうした情報を得られる貴重な場となりました。技術広報や開発組織作りに携わる人々の役に立つ、有益なノウハウにあふれていました。
イベント情報: RubyKaigi 2023
RubyKaigi 2023が、2023年5月11日(木)~13日(土)の3日間、まつもと市民芸術館(長野県松本市)とオンラインのハイブリッド形式で開催されます。詳しくはRubyKaigi 2023公式サイト をご覧ください。