「Google I/O 2023」発表されたGoogle Cloud×ジェネレーティブAI関連のアップデート ―目指すのは“人間中心のアプローチ”

Google Cloudは5月17日、5月10日(米国時間)に開催された開発者向けの年次カンファレンス「Google I/O 2023」で発表されたクラウド関連のアップデートについて報道関係者向けに説明を行いました。今年のGoogle I/Oでは、大規模なデータセットでトレーニングされた会話形AI「Bard」の試験運用開始など、ジェネレーティブAIに関するトピックが非常に多く見られましたが、そのいくつかはGoogle Cloudのサービスとも紐付けられています。世界中の人々がジェネレーティブAIの進化に注目している現在、AIの開発に長く深く関わってきたGoogleは、どのようなAIソリューションをクラウドを通して届けようとしているのか、本稿では説明会の内容をもとに、Google Cloudが明らかにしたクラウド×ジェネレーティブAIの方向性を紹介します。

エンタープライズでのジェネレーティブAIに求められるもの

説明会の冒頭、Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 統括技術本部長 寶野雄太氏より、Google CloudがどのようにジェネレーティブAIをサービスに組み込んでいくか、その基本方針について説明がありました。

Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 統括技術本部長(DB, Analytics & ML)寳野 雄太氏
ソリューション&テクノロジー部門 統括技術本部長 寳野 雄太氏

GoogleではコンシューマとエンタープライズではジェネレーティブAIに対するニーズが異なると捉えており、それぞれのニーズに必要なAIを届けていくことを謳っています。⁠パンケーキの作り方⁠など便利さを求めるコンシューマと、データの制御やセキュリティ、アプリケーションへの統合などを求めるエンタープライズでは、必要なジェネレーティブAIが当然異なる」⁠寶野氏)として、コンシューマにはBardを、そしてエンタープライズにはGoogle Cloudの機械学習プラットフォーム「Vertex AI」を通してジェネレーティブAIの機能を提供していくことになります。なお、Vertex AIにおいてもBardに搭載されている多言語対応の言語生成モデル「PaLM 2」が使われています。

コンシューマとエンタープライズ、それぞれのニーズに応じたジェネレーティブAIを提供していくのがGoogleの基本方針だが、ベースとなる言語生成モデルはPaLM 2で共通している
コンシューマとエンタープライズ、それぞれのニーズに応じたジェネレーティブAIを提供していくのがGoogleの基本方針だが、ベースとなる言語生成モデルはPaLM 2で共通している
Bardにも実装されている100以上の言語に対応した言語生成モデル「PaLM 2」は、Google CloudでAPIとして利用可能のほか(PaaS)、Google WorkspaceやGoogle Cloudのサービスに組み込まれたSaaSでも提供される
Bardにも実装されている100以上の言語に対応した言語生成モデル「PaLM 2」は、Google CloudでAPIとして利用可能のほか(PaaS)、Google WorkspaceやGoogle Cloudのサービスに組み込まれたSaaSでも提供される

寶野氏はさらに、エンタープライズにおけるジェネレーティブAIの活用シーンとして以下の3つを挙げています。

  • 顧客接点の「会話」… 顧客サポートやコンタクトセンター、Webサイトのナビゲーションなど顧客対応の自動化や効率化
  • ビジネスユーザ/分析者の「検索」… 製品/コンテンツカタログ探索、ドキュメント探索、ビジネスプロセスの自動化など、複雑で膨大なデータへの言語を通じた容易なアクセス
  • クリエイティブ/エンジニアの「クリエイティビティ」… コードの自動生成やアプリ開発の半自動化、画像生成による壁打ちなど、ワンクリックでのコンテンツ生成による生産性向上
Google Cloudが想定するジェネレーティブAIのエンタープライズにおける3つの活用シーンは「会話」「検索」「クリエイティビティ」
Google Cloudが想定するジェネレーティブAIのエンタープライズにおける3つの活用シーンは「会話」「検索」「クリエイティビティ」

これらの3つのユースケースをカバーするジェネレーティブAIを、Vertex AIやGoogle WorkspaceといったGoogle Cloudの各種サービスを通してエンタープライズユーザに提供していくのがGoogle Cloudの戦略です。寶野氏は「ジェネレーティブAIは単独ではビジネスで意味をなさない。コンタクトセンターに組み込む、検索のサポートを行う、コーディングを支援するなど、エンタープライズユーザのそれぞれのニーズに沿った⁠人間中心のアプローチ⁠であることが重要」と語り、ジェネレーティブAIサービスを単独で提供するのではなく、既存のポートフォリオに組み込む意義について強調しています。

Googleのエンタープライズ向けジェネレーティブAIサービスは機械学習プラットフォーム「Vertex AI」の組み込みのほか、Duet AIによるWorkspaceやAppSheetでのSaaS提供、コンタクトセンターソリューションでのSaaS提供、ローコード開発ツール「Generative AI App Builder」を通したPaaS提供など、既存のポートフォリオとの連携を通して提供される
Googleのエンタープライズ向けジェネレーティブAIサービスは機械学習プラットフォーム「Vertex AI」の組み込みのほか、Duet AIによるWorkspaceやAppSheetでのSaaS提供、コンタクトセンターソリューションでのSaaS提供、ローコード開発ツール「Generative AI App Builder」を通したPaaS提供など、既存のポートフォリオとの連携を通して提供される

また、ジェネレーティブAIの利用時にはAIによる「不適切な回答」「予期せぬ有害な返信」といった有毒性が問題になることがあり、とくにエンタープライズでの利用においてはその有毒性が懸案事項となっていますが、Google Cloudでは有毒性検出に対応したPaLM 2 APIをVertex AIのエンタープライズ向け機能として提供しています。

責任あるAI(Responsible AI)の観点から、エンタープライズ向けのPaLM 2 APIには有毒性検出に対応している
責任あるAI(Responsible AI)の観点から、エンタープライズ向けのPaLM 2 APIには有毒性検出に対応している

Bardのコアでもあり、100以上の言語や膨大な科学論文の学習をもとにした言語生成モデルのPaLM 2は、細かなニュアンスや方言への対応やロジックにもとづいた推論を得意としており、Google CloudでもAPI利用が可能ですが、ビジネス利用においては「Responsible AI(責任あるAI⁠⁠」の観点から倫理性への対応を高める必要があります。エンタープライズ向けPaLM 2 APIは、有毒性を検知してAPIの結果を返したり、エンタープライズユーザ自身が不適切な閾値をカスタマイズしてジェネレーティブAIの有害な返信をブロックすることが可能となっており、これも⁠人間中心のアプローチ⁠にGoogle Cloudがフォーカスしている取り組みの一環といえます。

「何かを生み出すときの最初の一歩」を支援する

続いて、Google I/O 2023で発表されたソリューションの中から、Google WorkspaceおよびAppSheetに関する内容について、Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 Google Workspace事業 カスタマーエンジニア 中之薗朔氏が紹介を行いました。

Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 Google Workspace事業 カスタマーエンジニア 中之薗 朔氏
ソリューション&テクノロジー部門 Google Workspace 事業 カスタマーエンジニア 中之薗 朔氏

Google Cloudは3月から一部のユーザを対象に、GmailとGoogleドキュメントのジェネレーティブAI機能(目的に沿ったドラフトの作成支援や生成されたドラフトのトーン変更を行う「Help me write⁠⁠)を提供してきましたが、今回のカンファレンスではそれらを含めて「Duet AI for Google Workspace」として発表しました。以下、新たに発表された機能を挙げておきます。

  • Help me visualize … 欲しい画像のイメージを入力すると画像を生成
  • Help me organize … スプレッドシート内のデータを分析し、テーブルやグラフのビジュアル化を実施
  • Help me writeとスマートキャンバスの連携 … AIによる文章作成機能にスマートキャンバスが連携、スマートキャンバス上でワンクリックであらゆる情報を集約して情報の分散を防ぎ、どこからでも最新の情報にアクセス可能に
GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシート、Gmailに取り入れられたジェネレーティブAIによる業務支援機能は「Duet AI for Workspace」というブランドに
GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシート、Gmailに取り入れられたジェネレーティブAIによる業務支援機能は「Duet AI for Workspace」というブランドに

また、ノーコードアプリケーション開発プラットフォームのAppSheetの新たな機能として下の2つが新たに発表されました。

  • ノーコードでのチャットアプリケーション作成 … コードを1行も書かずにGoogle Chatのアプリ連携を作成
  • Duet AI for AppSheetによるアプリ作成 … 自然言語で対話しながらアプリを作成、許可されたポリシーの範囲内での作成が可能
チャット(対話)をインタフェースに、自然言語でのアプリケーション開発を可能にする「Duet AI for AppSheet」は市民開発の障壁となるアイデアの具現化を実行し、ビジネスーザのプロトタイプ作成を容易にする
チャット(対話)をインタフェースに、自然言語でのアプリケーション開発を可能にする「Duet AI for AppSheet」は市民開発の障壁となるアイデアの具現化を実行し、ビジネスーザのプロトタイプ作成を容易にする

Google WorkspaceはすでにGmailやドキュメント作成などにおいてAIを実装してきましたが、中之薗氏は「ユーザの利便性を第一にしたAIのあり方をつねに模索してきた」とコメントしています。そして今回のGoogle I/Oではユーザの利便性をさらに向上させながら、⁠人々が何かを生み出すときの最初の一歩」を支援する機能を強化しているようです。トピックを数ワード入力するだけでドラフトを作成したり、欲しい画像のイメージを伝えるだけで画像を生成したり、チャットをインタフェースにしながらアプリケーションを作成するといった機能は、アイデアを具現化する際の最初の障害を取り除いてくれる存在として、多くのユーザの利便性をさらに向上させることになりそうです。

Google CloudジェネレーティブAIの2つのカテゴリ

Google Cloudは、ジェネレーティブAIのプロダクトモデルとして大きく2つのカテゴリを提供しています。1つは前述のVertex AIにおけるジェネレーティブAIのサポートで、APIや基盤モデルの提供、プロンプトエンジニアリング、ファインチューニングなどが含まれます。もう1つは開発者向けのアプリケーション開発ツール「Generative AI App Builder」で、エンタープライズ要件を満たした基盤モデルをベースに、チャット(会話型AI)と検索(エンタープライズサーチ)を組み込んだ次世代アプリケーション開発を支援するものです。現在はプライベートプレビューでの提供ですが、ルールベースエンジンのAIとは異なり、非常に賢くて自然な会話をアプリ上で実現できるため、顧客体験の大幅な向上が期待できます。

Google Cloudが提供するジェネレーティブAIのカテゴリは、Vertex AIによるサポートと、「Generative AI App Builder」が提供するアプリケーション開発支援機能に大別される
Google Cloudが提供するジェネレーティブAIのカテゴリは、Vertex AIによるサポートと、「Generative AI App Builder」が提供するアプリケーション開発支援機能に大別される

今回、Google I/OではVertex AIのジェネレーティブAIサポートに関連した強化がいくつか発表されました。以下、Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 AI/ML事業開発部長 下田倫大氏の説明をもとに、その概要を示します。

Google Cloud ソリューション&テクノロジー部門 AI/ML事業開発部長 下田 倫大氏
ソリューション&テクノロジー部門 AI/ML事業開発部長 下田 倫大氏
  • Vertex AI Model Garden … PaLMやGoogleの基盤モデルのほか、サードパーティやオープンソースの事前学習済みモデルやAPIが集約されたカタログのようなプラットフォームで、ニーズに応じた学習モデルを発見し、テストドライブまで可能にするワンストップショップ(パブリックプレビュー)
  • Generative AI Studio … ジェネレーティブAIのワークフローを実現する統合インタフェース。APIやSDKでモデルを実際に呼び出し、テキストや画像、音声など複数のデータ形式に対応、またプロンプトエンジニアリングやファインチューニングでモデルを独自に調整可能(パブリックプレビュー)
  • PaLM for Text and Chat … PaLM 2のエンタープライズ用途への組み込みを支援し、センチメント分析や要約、広告コピーの作成といったユースケースに対応(パブリックプレビュー)
  • Responsible AIの観点からの有害性検出(前述)⁠パブリックプレビュー)
Google I/O 2023で発表されたVertex AIのジェネレーティブAI関連強化部分は大きく「Model Garden」と「Generative AI Studio」の2つ。いずれもユーザごとに独立した環境を提供し、エンタープライズユーザのデータとモデルを保護することにフォーカスしている
Google I/O 2023で発表されたVertex AIのジェネレーティブAI関連強化部分は大きく「Model Garden」と「Generative AI Studio」の2つ。いずれもユーザごとに独立した環境を提供し、エンタープライズユーザのデータとモデルを保護することにフォーカスしている
PaLMなどGoogle開発の言語モデルのほか、サードパーティやオープンソースのモデルをワンストップで管理できる「Model Garden」はあらかじめ用意されたテンプレートを使うだけでなく、ユースケースに応じたモデルのカスタマイズやチューニングが可能
PaLMなどGoogle開発の言語モデルのほか、サードパーティやオープンソースのモデルをワンストップで管理できる「Model Garden」はあらかじめ用意されたテンプレートを使うだけでなく、ユースケースに応じたモデルのカスタマイズやチューニングが可能
ジェネレーティブAIのワークフローを実現する統合インタフェース「Generative AI Studio」は複数のデータ形式をサポート、自社データを使用したモデルのチューニングにもさまざまな方法で対応し、APIコードを迅速に作成してアプリケーションへの組み込みを容易にする
ジェネレーティブAIのワークフローを実現する統合インタフェース「Generative AI Studio」は複数のデータ形式をサポート、自社データを使用したモデルのチューニングにもさまざまな方法で対応し、APIコードを迅速に作成してアプリケーションへの組み込みを容易にする

また、Vertex AI上の新しい基盤モデルとして、以下の3つも発表されています。

  • Imagen … シンプルなテキストプロンプトから高品質の画像を生成、編集やキャプション作成、コンテンツのラベル付け(分類)も可能(プライベートプレビュー)
  • Codey … 独自のカスタマイズでリアルタイムにコードを生成/補完、自然記述言語からもコード生成を支援、データのプライバシーも保全(Googleや他者と共有されない)⁠プライベートプレビュー)
  • Chirp … 動画のキャプションや音声アシスタントなど音声対応アプリケーションの作成支援、英語のほか世界100以上の言語でトレーニングされており、英語では98%の精度を達成(パブリックプレビュー)

もうひとつ、今回のテーマでもある⁠人間中心のアプローチ⁠という視点のアップデートとして、人間のフィードバックを利用してモデルの有用性を高めるチューニング手法「Reinforcement Learning with Human Feedback(RLHF⁠⁠」もプライベートプレビューとして公開されています。⁠人間のフィードバックはより高品質なジェネレーティブAIモデルの構築に欠かせない。人間がどう感じたかというフィードバックをモデルに反映し、より自然な対応が行えるようにしていく」⁠下田氏)

人間中心のジェネレーティブAI実現に向けて今回Googleが打ち出した手法が、人間のフィードバックをモデルに反映する「Reinforcement Learning from Human Feedback(RLHF)」で、ユーザのニーズをよりよく理解/把握したモデルを必要としている医療や金融での応用が期待される
人間中心のジェネレーティブAI実現に向けて今回Googleが打ち出した手法が、人間のフィードバックをモデルに反映する「Reinforcement Learning from Human Feedback(RLHF)」で、ユーザのニーズをよりよく理解/把握したモデルを必要としている医療や金融での応用が期待される

これらの新しい機能も含め、Google Cloudではエンタープライズユーザに対し「顧客のデータは顧客自身が制御できるようにし、Googleが提供する基盤モデルと、顧客がチューニングしたモデルは分離して保護する」ことを約束し、それを実現するアーキテクチャを提供している点が特徴となっています。前述したように、エンタープライズユーザがジェネレーティブAIを利用するにはデータの保護やセキュリティが重要な課題であり、機密データやナレッジがGoogleや他者と共有されることは避けなくてはなりません。そのため、Google Cloudは顧客が自社データでチューニングしたモデルは顧客のクラウドテナント内でのみ活用され、Googleがホストする基盤モデルとは完全に別の運用となっています。この分離した環境の提供はエンタープライズユーザがジェネレーティブAIソリューションを選択する際の大きなポイントとなりそうです。

Google CloudではGoogleが提供する基盤モデルと、エンタープライズユーザが独自にチューニングしたモデルを分離した状態で提供しており、顧客のテナント上のデータをGoogleが共有しないことを明言している
Google CloudではGoogleが提供する基盤モデルと、エンタープライズユーザが独自にチューニングしたモデルを分離した状態で提供しており、顧客のテナント上のデータをGoogleが共有しないことを明言している

Google I/O 2023ではGoogleのCEOであるスンダー・ピチャイ(Sundar Pichai)氏が登壇し、GoogleのAIに対する姿勢を⁠bald and responsible approach(大胆かつ責任あるアプローチ)⁠と表現しました。周知の通り、Googleは長年に渡ってAIの開発と研究をリードしてきており、2016年にピチャイCEOが「AIファースト」を宣言して以来、多くの基盤モデルを開発し、さまざまなサービスを提供してきました。しかし2023年に入って「ChatGPT」がコンシューマの世界を席巻し、ジェネレーティブAIへの期待と不安が社会に拡がる中、Googleはあらためて⁠大胆かつ責任あるアプローチ⁠でもって次世代のAI開発に取り組み、主力製品を再構築する意思を表明しました。

Google I/O 2023の基調講演でピチャイCEOは、ジェネレーティブAIに対して「大胆かつ責任あるアプローチ」で臨むと宣言した
Google I/O 2023の基調講演でピチャイCEOは、ジェネレーティブAIに対して「大胆かつ責任あるアプローチ」で臨むと宣言した

ジェネレーティブAIの世界ではOpenAI/Microsoft連合に出遅れた感があったGoogleですが、エンタープライズの世界ではジェネレーティブAIへの取り組みは始まったばかりであり、多くの企業がまだこの新しいテクノロジにとまどっている状況です。ピチャイCEOのいう⁠大胆かつ責任あるアプローチ⁠⁠、そして寶野氏が強調した⁠人間中心のアプローチ⁠がGoogle CloudのジェネレーティブAIをあらわす代名詞となるのか、今後のサービス展開に注目したいところです。

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