ゼロから始めるVRアプリ/ゲーム開発の手引き

Meta QuestとUnityで環境構築をはじめよう

本連載では、全4回の記事を通してVRの長所と短所を解説しながら、魅力的なVRコンテンツ開発の制作方法を解説します。
本記事のターゲット層は、⁠VRデバイスを持っており、VRゲームやコンテンツに日頃触れている~触れた経験はあるが、開発はしたことがない方」を想定しています。もちろん、VRコンテンツの開発者の方でも、新たな知見が得られます。

VRならではの魅力とは

はじめに、本連載における⁠VRVirtual Reality)⁠が何を指すのかを説明します。本連載のVRとは、Meta Quest 2やPlayStation VR2といったVR専用デバイスで体験できる、

  • 頭に取り付けたヘッドセットによって、目や頭の動きに追従する3DCGの映像を鑑賞しながら
  • ユーザが両手に持ったコントローラ、ないし両手の動きを入力端末として扱い
  • 仮想空間の中で、肉体的な実感を伴う行動ができる

もののことです。これによってユーザは、自分が仮想の空間に実際に存在しているかのように感じることができます。Meta社が2019年に公開したコンセプト映像が、VRのイメージとしてわかりやすいでしょう。

Defy Reality | Oculus Quest

そのため、スマートフォンでよくある360度動画や立体視動画の「VR映像(パノラマ映像⁠⁠、VRデバイスには付属しない第三者による周辺機器(足をトラッキングする装置など)を用いたコンテンツ開発などは、本連載では対象外となります。

VRの魅力といえば、真っ先に挙がるのが「没入感・臨場感」です。立体視対応のテレビと違ってユーザの視界をまるごと3DCGで覆いつくすことで、ユーザは現実では到底かなわない宇宙空間やフィクションの世界を訪れることができます。目の前に現れる何かしらのキャラクターやアバターはまるで現実の人間と同等、あるいはそれ以上の存在感を放ちます。

そして、VRに欠かせないもうひとつの魅力が「人間の現実の身振り手振りが、そのままコンピュータに反映される⁠⁠、つまりコンピュータ(デジタル)なのにも関わらず、アナログ(連続的)なインタラクティブ性を持っている点です。VRヘッドセットの前面についたカメラはユーザの周囲の空間を認識し、相対的にユーザの座標と頭の向きを検知します。また、前面のカメラからユーザが両手に握ったコントローラの位置座標を検知し、これをVRで腕と手として動かせます。ほか空間の検知方法は機種により差異があり、部屋に外部センサーを設置してVRヘッドセットとコントローラを検知するタイプもあります。

これによりVRユーザは、開発者の想定にとらわれない自由な動きでインタラクションができます。たとえば、他のプレイヤーに身振り手振りで挨拶したり、あえて床に這いつくばったり寝っ転がったり、空間に配置されているコップを手にとって自由な角度からしげしげと眺めたり投げ捨てたりできます。目の前に映る光景や物体が実在するかのように振る舞い、体を動かしてインタラクションできることが、VRコンテンツには不可欠です。

図1 Meta Quest 3 イメージ図
図1

ただ、⁠人間の現実の身振り手振りが、そのままコンピュータに反映される」という性質は、ユーザが開発者の制限にとらわれず自由にふるまえるだけに開発がとても大変であり、UIやノウハウがまだまだ発展途上です。さらにVRデバイスはハードウェアの都合とソフトウェアの仕様と実装ミスによりVR酔いが生じる場合があり、一般的なコンピュータと比べユーザの身体や健康を害する可能性がぐんと高くなるといった危険もあります。

VRは体験したことのない人が多数派を占める状況で課題も多くありますが、VRの魅力に惚れた1,000万以上の人々がさらなる研究と表現の開拓を進めています。本連載は全4回の記事を通してVRの長所と短所の両方に理解を深めながら、魅力的なVRコンテンツ開発の手引きとなることを目指します。

特徴を活かしたVRコンテンツ

「インタラクティブなVRの魅力」について、具体例をあげて見てみましょう。VRのソフトウェアを配信、購入できるプラットフォームMeta Quest StoreではベストセラーのVRタイトル一覧が用意されており、ここを見ることでVRゲームにおける人気の傾向がつかめます。

映画やゲームをはじめとしたフィクションへの憧れはVRの原動力の1つです。映画『マトリックス』のスローモーションで銃弾を避けるバレットタイムがVRで楽しめる『SUPERHOT VR⁠⁠、⁠007』『ミッション:インポッシブル』をはじめとしたスパイ映画へのオマージュが詰め込まれたVR脱出ゲーム『I Expect You To Die』シリーズ、他にも『スター・ウォーズ』『The Walking Dead』シリーズといった著名ドラマ・映画版権のVRゲームや、既存の著名なゲームにインスパイアされた、数々のVRゲームがヒットを飛ばしています。

だれもが認める最も人気のVRゲームといえば『Beat Saber』でしょう。右手と左手に赤と青のライトセーバーを持ち、画面奥から飛んでくる赤と青のブロックを対応する色のライトセーバーで切り裂く音ゲーです。見たままの直感的なルールを採用しながら、ブロックに書かれた矢印の方向に合わせてセーバーをふるうとプレイヤーがまるで踊るかのような動きとなり、さながらスター・ウォーズのライトセーバーを両手に持って振り回すこともあいまって非常に気持ちよくてカッコいいゲームプレイができます。

If You Want to ESCAPE with Me...Beat Saber ft SwanVR

VRは遊びとして「両手で何かをいじったり、制御したりする」というシステムと非常に相性がいいです。たとえば先述の『Beat Saber』をはじめとして「武器を握ってふるう」のはその代表例で、古代のコロシアムの剣闘士となって剣先とこん棒と弓矢で命のやり取りをする『Blade and Sorcery』というVRゲームもあり、非常にバイオレンスながら根強い人気を誇ります。命のやり取りを楽しむ背徳感はすばらしいスパイスです。

また、VRでもっとも両手の制御しがいのあるものとしてはシュータージャンルがあり、コアな人気を誇ります。通常のシューターコンテンツとVRでもっとも異なる点は、ユーザが自分で銃のスライドやマガジンを引いたり押したりしながら弾をリロードする仕様が実装されているケースが多いことです。手動のリロードが実装されていないVRシューターはユーザからクレームが来ることも珍しくありません。このように、ふつうのゲームなら簡略化、省略される部分をあえて自分の手で操作し、ロールプレイすることに価値が見い出されるのは、VRの特徴です。

現実の模倣にとどまらない両手の遊びとしては『Gorilla Tag』が代表的です。⁠Gorilla Tag』は先述の『Beat Saber』に並ぶほど大ヒットしたVRゲームで、上半身だけのゴリラになって腕をふるって足場や木々を登ったり鬼ごっこをしたりするアスレチックアクションが楽しめます。四つん這いになって四足動物のごとく体育館や芝生を駆け巡った幼少期のあの気持ちと爽快感を、VRの両手に握ったモーションコントローラで安全に楽しめるわけで、2022年ごろに急速に人気が上昇すると、⁠Gorilla Tag』クローンのVRゲームが山のように増えました。現在のVRゲームを語るに欠かせない一本です。

Gorilla Tag Store Launch | Meta Quest

手を使うVRゲームは充実する一方で、足を使うVRゲームはほとんどありません。前提として現状のVRデバイスがユーザの足の位置を取得できないことに加え、椅子に座ったままVRをプレイするユーザが一定数居ます。これらを考慮すれば、足を主役にしたVRコンテンツは将来にわたって需要が生まれにくいはずです。

ほか、日本では「VRの世界の中で架空のキャラクターと出会う」というVRゲーム・コンテンツのニーズがあり、定期的に開発されました。しかし、VRで説得力のあるキャラクターを作ろうとすると技術、予算、スケジュールの制限においてコンテンツ量が非常に少ないものになりやすく、遊びの幅がどうしても狭くなりがちです。そのため、現状ではむしろ『VRChat』などVR系メタバースでユーザ同志がアバターを通して互いにフィクションのなりきりをするスタイルが普及しています。これはだれにも想像できなかったことでしょう。

開発環境の手引き

VR機材の導入方法について解説する前に、VRデバイスの機種の差異について軽くご説明します。機種ごとの差がVRの開発環境にも影響するためです。2023年時点で普及しているVRヘッドセットは「ゲーミングPCなど外部コンピュータへの接続が必要な機種(通称、PC VR⁠⁠」と「VRヘッドセット単体で動作する機種(通称、スタンドアロンVR⁠⁠」の2種類に分けられます。

Meta QuestなどスタンドアロンVRはヘッドセットの中にAndroid OSで動くSoCを搭載することで、PCへの外部接続なしにVRソフトを動作させています(スマートフォンが単品でタッチパネルディスプレイとSoCを有していることと同じです⁠⁠。ただし、スタンドアロンVRは当然ながらゲーミングPCと比べれば性能が低いので、スタンドアロンVRのみの対応を前提にすると、ソフト開発の方針や3DCGの描画に制限が伴います。

また、Meta Questを始めとしたスタンドアロンVRはPCに接続することでPC VRのソフトを動かす機能も備えられています。PC VR専用デバイスよりも価格が低いため、VR業界はスタンドアロン型であるMeta Questのシェアが多数を占めて事実上の標準規格となっています。外部接続必須のPC VR専用デバイスはハイエンド化とニッチ化が進んでいます。

本連載で開発するVRアプリケーションは、まずPCで実行し、それをMeta Quest側に出力するPC-VRソフトを念頭に解説を進めます。本記事ではPC VRソフトをMeta Questで動作させる開発環境について解説しますが、のちほどapkファイル(Android用ソフトウェアのパッケージ)をQuestに転送して動かす手法について補足します。

ハードウェアの導入手順

VRの世界へ最初の一歩を踏み出すのであれば、主流のハードウェア・規格に基づいた環境を構築することでトラブルに対処する労力を削減できます。上記でも言及したMeta QuestとWindows PCを中心とした環境が初めての開発環境に最適です。これら以外にもさまざまなVRデバイスがありますが、最初の環境に慣れたら新たな規格へ踏み出すとよいでしょう。

VRデバイス
Meta Quest 2/ Meta Quest 3
開発用PC
ゲームまたはクリエイティブ用GPUが搭載された高性能なWindows PC
Wi-Fiルーター
Wi-Fi 5以上に対応した製品
USB Type-Cケーブル
Quest Link対応で長さ2m以上

本記事の公開時点ではQuest 3はまだ発売されていませんが、VRデバイスはMeta社のQuest 2かQuest 3のどちらかを予算に合わせて選んでください。Meta社はVR業界の標準規格かつ業界最大手であり、デバイスの価格が他社と比べて安価で動作も安定しています。Quest 3はQuest 2よりも値段が数万円ほど高いですが、40%以上も軽量薄型化されていて頭部への負荷が少なく装着感がより快適です。

残念ながらMac OSはVRの開発に対応していません(Apple Vision Proは2024年発売予定なので、本記事では取り扱うことができません⁠⁠。VRコンテンツの開発環境としてはゲーム用かクリエイティブ用のGPUが搭載されたWindowsマシンを使いましょう。自身のPCがVRを動かせる性能を有しているか確認したい場合はSteamVR Performance Testを実行して確認してください。このベンチマークは2016年にリリースされたため、基準が2023年よりも古いですが、これで結果が緑色の⁠VRレディ⁠にならなかった場合は現状のVRが満足に動作しない可能性が高く、PCの買い替えをオススメします。BTOで新品15万円以上のゲーミングPCであればほぼ問題なく動きますが、必要ならGPUの公式サイトでVR対応の可否を調べることができます。なお、LinuxでもVRの開発環境は構築できますが、この記事では割愛します。

図2 SteamVR Performance Test 画面
図2

VRデバイスをPCに無線で接続するならば、性能のいいWi-Fiルーターが必要です。Wi-Fi 5未対応の古いルーターを使っている場合はWi-Fi 6以上の新品に買い替えましょう。ただし、Meta QuestとPCを接続するケーブル(Quest Linkケーブル)も用意すると万全です。無線の調子が悪いとき、あるいはデバイス間のデータ転送でも使えます。購入の際は必ず2m以上の長さのものにしてください。ケーブルの長さは「PCのUSB差し込み口からユーザの頭までの距離」であり、2m未満ではまともに頭を動かせません。

開発用ソフトウェアの導入手順

前提として、Meta Questを利用するにはMetaもしくはFacebookのアカウントを作成する必要があります。Metaのアカウントは偽名で作ると凍結される可能性が高いので、なるべく本名で作成してください(これが理由でMeta社のデバイスを避ける方もいます⁠⁠。MetaのアカウントがないとMeta Questを利用できません。

  1. Metaアカウントの作成
  2. Oculus Riftランチャーの導入
  3. Unityの導入
  4. GPUドライバの導入と更新(必要に応じて)
  5. サイドロードの導入(必要に応じて)

Metaのアカウントを登録したら、Windowsに適宜ソフトウェアをインストール、更新していきましょう。Meta QuestをPCに接続して使うため、MetaのOculus Rift公式サイトからOculus Riftランチャーをダウンロードしてインストールします(Oculus RiftはMeta Questの前身の名称です⁠⁠。Oculus RiftランチャーではPC接続時のMeta Questの設定のほか、PCで動作するVRソフトウェアの購入、管理が可能です。また、ランチャーの設定 -> ベータ欄の「開発者ランタイム機能」を有効にしてOpenXRの対象をOculusに切り替えてください。かつてMetaはOculus VRという独自のAPIを用いていましたが、現在はVR業界の共通規格であるOpenXRの利用をMeta自らが推奨しています。

図3 Oculus Riftランチャーの設定画面
図3

基本的にGPUドライバはPCにプリインストールされていますが、もしPCにGPUドライバNVIDIAAMDIntelがインストールされていない場合は対応したものをインストールし、最新のバージョンに更新してください。Oculus Riftランチャーの動作にGPUドライバの更新を要求されることがあります。なお、NVIDIA製GPUを搭載したPCは「GeForce Experience」というドライバがインストールされています。

VRソフトウェアの開発では、どんな業界や分野であってもゲームエンジンの二大巨頭であるUnityかUnreal Engineのいずれかを開発環境として採用しており、必要不可欠です。これは一般的なビデオゲームとVRソフトウェアの処理要件(=リアルタイムで描画される3DCG空間にユーザがインタラクションする)がほとんど同じであるためで、VR業界を牽引する大手企業や主要メンバーはいずれもゲーム業界出身であるか、ゲーム業界と深い関わりを持っています。VRに対応した汎用ゲームエンジンを二大巨頭以外で採用するのは困難を極めますが、オープンソースのゲームエンジンGodot EngineはMeta Questを始めとしたVRに対応しており、Meta社が2021年にGodot Engineへ出資しているため候補になりえます。とはいえ、今回の記事ではゲームエンジン『Unity』でVRアプリケーションを開発、動作させます。

Unityを始めるにはUnity公式サイトからUnity管理ランチャー⁠Unity Hub⁠をインストールし、適宜必要なバージョンのUnityをインストールしてください。基本的にインストールするバージョンはLTS(その時期にUnity公式が推奨しているもの)を選べばよく、筆者は2022.3.5f1を使用しています。

図4 Unity Hubバージョン画面
図4

任意のバージョンのUnityをインストールしたら、Unity Hubの右上にあるNew ProjectをクリックすることでUnityのプロジェクトを新規に作成できます。新規プロジェクトのテンプレート欄に⁠VR Core⁠があり、これをクリックしたのちにDownload templateすることでVRテンプレートのプロジェクトを作成できるようになります。

図5 Unity HubからVR Coreをダウンロード
図5

VRテンプレートのプロジェクトが起動したら、ウィンドウ上部に再生と一時停止のアイコンが出てきます。この段階でMeta QuestをPCに正常に接続できていた場合、再生ボタンをクリックすることで、UnityのVRテンプレートをPCで実行してMeta Questでプレイできます。

図6 Unity上でVRテンプレートを開く
図6

バージョン2022.3.5f1のUnityのVRテンプレートには優れたテンプレートが導入されており、VRにおけるUIやプレイヤーの移動、カメラの回転機能などVRソフトで標準的な機能がそなわっています。まずは直感のおもむくままにUnityのVRテンプレートに触れてみてください。

図7 VRテンプレートのプレイ画面
図7

このデモは必要最低限ながら優れたサンプルではあるのですが、ただ1つだけ開発の参考にならない点があります。それは、ユーザの手元がコントローラの形状になっている点です。一般的にVRソフトウェアはコントローラの位置に疑似的な手を表示するもので、コントローラから伸びるレーザーポインタで物を投げたり引き寄せたりする実装をしているVRソフトウェアはほとんどありません(もちろん、ユースケースによるので一概に不正解ではないです⁠⁠。このUnityのVRテンプレートは開発環境のサンプルが必ずしも業界の実態とは限らない例でもあります。次回の記事ではVRの基礎である移動と酔い対策についてUnityのサンプルを中心にVRゲームを交えて解説します。

補足⁠高性能なPCなしで開発中のVRソフトを動かす場合

今回の記事では開発中のVRアプリケーションをPCで実行してMeta Quest側に出力することを前提にしましたが、Meta Questは単体でVRアプリケーション(apkファイル)を動作させることができます。たとえば、複数人によるプロジェクトで非開発メンバーがVRソフトに触る必要が生じた際、そのメンバーが必ずしもVRを動かせるだけの高性能なPCを所持していないことがあります。

PCからMeta Questにapkを転送するソフトウェアとしてはMeta公式のMeta Quest Developer Hubと非公式のサイドロード用ツールSideQuestの2つが主流で、SideQuestはMeta Questのapkを公式以外で配信、インストールするプラットフォームとしての役割も兼ねています。これらはWindowsだけでなくMac OSでも使うことができます。

あるいは、開発メンバーの1人がPCからMetaにアップロードしたアプリケーションのビルドをMetaのサーバからMeta Questに直接ダウンロードできる⁠リリースチャンネル⁠という機能があります。こちらの詳細はMeta Quest開発者向けサイトからダッシュボードに掲載されている情報を確認してください。

おすすめ記事

記事・ニュース一覧