キミはAIニュータイプになれるか? IBMフェロー 二上哲也氏⁠突撃インタビュー

学生時代、人工知能研究から生まれた専門領域をサポートする「エキスパート・システム」に憧れてIBM研究所に入社した二上哲也氏。Deep Blue、IBM Watson、Project DebaterなどIBMエンタープライズAIの遍歴を技術者として体験し、今ではIBMフェローとしてIBMの次世代AI/データ・プラットフォームであるwatsonxを活用した、企業の信頼できるAIの導入を指揮する。エンタープライズ領域での国内外最新AI事例を知り、日本IBM社内でもAIイニシアチブをリードする二上氏に、AIに適する産業領域、今後のAIとの付き合い方、そしてwatsonxの強みについて、筆者 西村真里子が斬り込んで伺ってみた。フュージョン(融合⁠⁠、ニュータイプ、AIファースト、など興味深いキーワードが登場した二上氏の取材記事を楽しんでもらいたい。ビジネスにおけるAIとの接し方を考える機会となれば幸いである。

日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 CTO執行役員 IBMフェロー 二上哲也氏
日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 CTO執行役員 IBMフェロー 二上哲也氏

AI+フュージョン(融合)

まずは、1990年代からAIに注目している二上氏に昨今のAIブームについての所感を伺ってみた。⁠時計の針が10年ほど一気に進んだ印象を受ける」と二上氏は語る。専門家から見ても進化を感じるのであれば、このAIの波は歴史に刻まれるものとなりそうである。二上氏はとくにこの1年での進化がすごいと語るのだが、たしかに、私自身を振り返っても1年前とはガラリと違う仕事の仕方をしている。日々ChatGPTに相談し、midjourneyを視覚化の相棒としてあたりまえのように使っている。

二上氏はChatGPTを始めとする大規模言語モデル(LLM:Large Language Models)の日本語の文章や表現力の豊かさ、流暢さを称賛する一方、エンタープライズ向けには万能選手ではないと語る。

ChatGPTのインパクトと⁠“今”顕在している課題

二上:ChatGPTの文章は人間が書いた文章なのか、AIが書いた文章なのか境界が曖昧になるほど流暢で、表現力も豊かなので、ChatGPTが登場したインパクトは大きいと感じています。ただ、気をつけなければならないのが「知識が豊富=あらゆることに万能」と捉えてしまうこと。ChatGPTを始めとするLLMは、最新の情報を検索する機能は弱いので、検索エンジンの代替にはならないですし、⁠ハルシネーション(幻覚)⁠と言われるもっともらしい嘘もついてしまう。LLMの特性として仕方ないことではあるのですが、前提知識なく使う人には嘘が見抜けず、惑わせてしまう。このような現在の課題をどのように解決していくのかが、我々技術者の腕の見せ所だと感じています。ChatGPTは何を聞いても答えてくれる全方位型のAIです。何を聞いても答えてくれるAIですが、watsonxの狙いはビジネスにおける特化型のAIの構築になります。ある企業の人事のことならなんでも知っている人事AIであったり、顧客対応に詳しいAIであったり、用途に合わせてお客様ごとにつくるAIなのです。そして、透明性と責任あるAIのために、IBMではデータの出自を明らかにさせます。また、ヘイトスピーチ、差別用語などを削除し、ビジネス現場で安心して使える基盤モデルを作っています。その信頼できるAIの実現の管理を、watsonxシリーズのwatsonx.governanceが担います。ファクトシートを明確にしていき、最終的な倫理面に関しては人間が判断をできるようにします。IBMではAI倫理委員会(AI Ethics Board)を設けており、AIの専門家や法務が、全AI案件の倫理面で問題がないかチェックをしていきます。

ビジネス現場でのAI活用のカギは?

たしかに、個人使用でのライトユースなChatGPTは便利だ。ただ、ビジネス現場で使うデータとしては不安も残る。この悩みをwatsonx.governanceは解決してくれるという。そして、倫理面についてはAIだけに任せず人間が判断できるようなプロセスをAI倫理委員会が審査することによりクリアする。エンタープライズ向けのソリューションとしては安心して使えるプロセスも、組み合わせて提供してくれている。ビジネス現場ではAIも1チームメンバーであるという認識で進む必要がありそうだ。優れた演算能力と認知バイアスに囚われない大胆な提案ができるAIと、倫理や社会ルールを熟知するAI倫理委員会、ビジネス環境を熟知するAIの専門家、自社課題を熟知するクライアントで構成されたチームが最高のソリューションを生み出すことができそうである。これをIBMではフュージョン型チームというらしい。フュージョン=融合、はAIを進める上でも大切なキーワードとなりそうである。

主語は「AI」

IBMでは 「AIファースト」 を掲げている。既存のビジネスにAIを後付けするアプローチ、ではなく、AIを使う前提でビジネスを考えていく思考プロセスの提案だ。AIに人事を任せるとしたらどういう役割を与えるか? AIがカスタマーサポート業務を行う場合はどういうマニュアルを準備していけばいいのか? など、ビジネスのお題設定の主語をAIとしていくのだ。そして、ビジネスの現場では全方位型ではなく特化型のAIと向き合うことが求められるので、より業務状況を詳細に把握したシナリオを想定したうえで、AIだったらどういうタスクを担わせれば良いか?と考えていくことが必要となる。AIの能力を発揮させるためには、より緻密なビジネス分析も大事になりそうである。ただ、この「主語=AI」が進む未来でも、人間の仕事がAIに取って代わられるわけではない、と二上氏は語る。人間はより高度な判断が求められるようになるので、学び続けなければならないし、それを克服した人間がAIを使いこなす人材になるだろう、と。私たちはAIとともにビジネスを登場することにより、さらに学び続ける姿勢が求められるのである。

二上氏

新たなビジネスの種を発見するAI事例

さて、AIを活用してどのような事例が出てきているのか?二上氏にサッポロビールと三井化学の事例を教えていただいた。

サッポロビールのAI活用事例⁠人間のイメージの枠を外す⁠新たなアプローチ

二上:サッポロビール様が、今年の夏に『男梅サワー 通のしょっぱ梅』を発売されましたが、この開発プロセスでAIが活用されました。男梅サワーのしょっぱさを出すために、成分配合を考えていたのだが、塩を増やすと缶の腐食が進む。なので、塩を増やさずにしょっぱさを出すにはどうしたら良いか?と悩まれている企画プロセスで、商品開発AIシステムを活用していただきました。おもしろいことに、香料を調合することにより味を変化させ、しょっぱさを出すことができたそうです。企画の時間短縮と新たなアプローチにAIが貢献できた事例です。

食の分野というとChef Watsonを思い出す。サッポロビールの事例はChef Watsonではないが、IBMが兼ねて提案している世界観が10年近くの年月を経て、産業界に浸透している事例を聞き、最新テクノロジーは出てきたその時点での判断ではなく未来思考/バックキャストで考えることにより効果を発揮するものであることを改めて感じた。先ほどの「AIファースト」も未来思考な考え方だろう。

三井化学のAI活用事例⁠AIでアイデアを探し⁠そこから新規開拓を

二上:三井化学様はWatson DiscoveryのAIエンジンを使っていらっしゃいます。さまざまな情報リソースから三井化学様の製品の使い道、新規開拓先を考えていらっしゃいます。1つの例としては、AIエンジンによる分析によってソーシャルメディア上で、地方の電鉄車内がカビくさいという投稿を複数発見しました。その発見を軸に、車両管理会社に防カビ製品を提案することができ、ビジネスの新規開拓をしたそうです。さらに今年はGPTと組み合わせて高精度化と効率化を実現しました。Watson Discoveryを使って自分たちだけだと気づかないアイデアを見つけ、新規開拓をしていくというのもこれからのビジネスの進め方であると感心した事例です。

IT分野こそAIを活用していこう⁠

東京大学の松尾教授が2023年7月に静岡のTECH BEAT Shizuoka登壇時に日本では、医療・製造・金融が産業特化LLMを構築していく必要があると述べていた。二上氏に、日本の産業が活性化していくうえで、どの分野でAI導入していくと良いのかを聞いたところ、松尾教授が掲げられる医療・製造・金融はもちろんのこと、IT業界こそAIで変わるべきじゃないか、と述べられた。

二上:私はシステム開発、IT分野長らく携わっているので、IT業界こそAIで変われると考えています。システム開発はAIを使って効率化できると考えており、まさに今そこに取り組んでいます。コードやプログラミングをAI自動生成するのはもちろん、仕様書や、テストの自動化などもAIを活用し始めており、開発効率が向上することが見え始めています。

私は、日本企業がIT化の波に乗り遅れ、DXに苦労する要因の1つは、IT部門の外注にあると考えている。経営者がITシステム、ビジネスのデジタル化についても自社内で有することにより経営層のデジタルリテラシーが上がることが想像できるが、今ままではSI(システム・インテグレーション)や外注というのをあたりまえとしていた。二上氏やIBMが先行してIT業界のAI化に踏み出すと、運用等IT部門の仕事の内製化が可能になるのではないか?そして、SIerとして企業先に常駐していたエンジニア達も新たなサービス開発などビジネスに貢献する開発に注力できるようになるのではないか?

AIにより生み出されるニュータイプ

最後に、今後のAIとともに働く、生きていく人間としての心構えを伺った。AIは出てくるべくして出てきたもの、という二上氏の言葉は長年AIを追っているからこその重みある発言として受け止めたい。AIは人類の進化に欠かせないシナリオの一部になっているのだ。

二上:⁠AI対人間⁠という構図で、人間が仕事を失う、AIに支配される、などと極端な話も出てきますが、私自身はそう思ってはおりません。AIは出てくるべくして出てきたものであり、それが想像よりも早く社会に浸透し始めている、というのが率直な意見です。ただ、間違った画像生成や発言の責任問題などはまだ追いついていません。ヨーロッパでは議論が活発に行われていますが、倫理面、法律面は今後整備されていくと考えています。倫理面、法律面が整備されることにより、さらにAI進化が進むことでしょう。その時代には、人間は今まで以上に高度な判断を求められるようになってくると考えています。AIは迅速・高度な演算能力、ノンバイアス判断で私たちの固定概念を覆してくれます。ただ、それを人間社会に適用させるためには、私たち人間自身がAIよりも賢く多面的に物事を理解し、判断していく必要があると思います。AIよりも賢く、高度な判断を行う人間もすでに登場しています。それは藤井聡太氏です。AI将棋で鍛えられ、人間の棋士パターンも学ばれたからこその強さを発揮していらっしゃる。まさにニュータイプと思っています。藤井聡太氏のようなAIに勝てる人間が出てくると、人類はより素晴らしい方向に向かっていくのではないかと楽観視しています。AIの登場により、人間の能力がより高まっていくことを期待しながら今後のAI社会の構築に尽力していきたく考えています。

AIが浸透する未来社会――AIニュータイプ誕生の幕開け

二上氏の取材を終えて、今まで技術進化の一部だったAIが、人類進化の一部としても身近に感じられた。AIを自分の思考を助ける外部脳として扱うことにより、自分のスキルアップも感じられる。ただ、今はまだAIを道具として見ているので、今後は「AIファースト」で考える癖もつけていきたい。AIを活用してより良い社会を作るためにはどうすれば良いか? AIを活用して学び続ける自分を維持するためにはどのような環境整備が必要か? さまざまなAIファーストを磨き上げることに、より多くのニュータイプが生まれてくることを期待してやまない。未来から振り返ったときに、このAI過渡期に生きている我々の導きだした答えが良い道筋を作ったよね、と思ってもらえるような判断と行動を繰り返していきたいものである。

筆者と二上氏
筆者(西村真里子)と二上氏

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