HCD-Net×gihyo.jpインタビュー

事業会社と一緒に悩みながら⁠長く並走していくデザインコンサルティングの現場 サイフォン合同会社 大橋正司氏に訊く

毎年恒例、HCD-Net認定人間中心設計スペシャリスト/専門家へのインタビュー。2023年は、デザインのコンサルティング会社である、サイフォン合同会社の大橋さんにお話を伺いました。

サイフォン合同会社 代表社員、インフォメーションアーキテクト 大橋 正司 氏
サイフォン合同会社 代表社員、インフォメーションアーキテクト 大橋 正司 氏

大橋さんは、大学院在学中からサイフォン合同会社を設立。国立国会図書館の検索サービスや為替取引などの業務向けシステム、サービスデザインから組織デザインにまで幅広く関わられてきました。最近は、ベンチャーのWebサービスに並走支援という形で関わることが多いと言います。仮説の確認からプロトタイピング、テスト、リリースまで並走しながら、チームの一部としてサービスを支えています。今回はあずかるこちゃんという、病児保育ネット予約サービスのスタートアップでのデザインの支援事例について、ご紹介いただきました。

関係する人の整理からはじめ⁠“わからない”を見つけていく

あずかるこちゃんは、保護者と病児保育施設をつなぐ、病児保育ネット予約のポータルサービスです。病児保育とは、子どもが病気になった際に、代わりに子どもを預かり看病してくれるサービスのこと。各自治体が、厚生労働省の制度に基づいて運営していますが、事前登録や複雑な書類への記入が必要なため、必要になった際にすぐには使えないことが多いと言います。

大橋さんによるデザイン支援は、サービスが複雑すぎて困っているというサービス運営者からの相談からはじまりました。当時提供されていたあずかるこちゃんは、予約すると施設の受け入れの可否が分かるという、最小限の状態でリリースされていました。これから、より複雑な部分に対応していくという段階でした。

支援を行うにあたって、はじめにサービスに関わる関係者を整理しつつ、関係者へのヒアリングもまじえながら課題を整理していったと言います。⁠利用者ごとに取り扱われる情報整理ができていないことが大半です。この分類ははたして適切なのかといったところを、まず押さえることが多いです。」と大橋さん。病児保育には、施設スタッフ、市町村で制度を運用している人、保護者といった関係者がいます。⁠施設スタッフ」といっても担当者と運用担当者は異なるのかなど、情報をひとつずつ紐解いていきました。⁠施設の管理者とスタッフでは、考え方が違うケースもあるんです。そういったとき、どちらに考えを寄せたほうがいいのか、ということも考えます。」と大橋さんは語ります。

 

施設ごとの方針の違いにも着目しました。当日飛び込み可能な施設もあれば、事前申し込みがないと受け入れられないという施設もあります。施設の規模の大小で分けるのか、それとも制度の形で分けるのかなどが、しっかり整理されていきました。こういったリサーチは、サービスを各施設に個別に導入していくのか、自治体レベルが良いのかといった、戦略面にも影響を与えてくることがあると言います。

このように整理をしていくと、わかっているようで意外と分かっていない部分が分かってきます。整理された情報をもとに、施設の担当者や自治体に向けたヒアリングが行われました。⁠そのときに作っている報告書などを見せてもらって、なぜこの項目が入っているのか、どのぐらいの頻度で出すのか、審査とは何をしているのかというようなことを、1つ1つ聞いていきます」と大橋さんは語ります。

ユーザの実像を明らかにしなければ⁠プロダクトがつくれない

利用者の分類を固めたあとは、利用シナリオをつくっていきます。今回の事例では、サービス運営されている方が産婦人科医の方だったため、どのような業務のフローがあるか、現在の状態と、理想の状態の両方を実際に書いてもらいました。

情報の送り手は「あずかるこちゃん」なのか施設なのか、受け手の具体的な成果は何なのか、何分で終わる手続きなのか、何が起きそうで、何が失敗なのかといったところを問いかけながら、フローのつながりや、そこで確認するべきことを整理していったと言います。⁠そのサービスの対象領域の専門家がプロダクトオーナーになると、本来はこれが理想の姿ということを描きがちなことがあるので、一般に使うユーザはその概念や複雑な手続きを受け入れ可能か、1つ1つ確認していくことが多いです」と大橋さんは語ります。

施設の視点では、対象の子どもを受け入れられるかどうか事前に確認しておきたいため、事前登録をしておき、病気になった際に予約を受け付けるという仕組みになっています。このフローが非常にわかりづらく、事前登録が必要だということに保護者はまず気づかないと言います。また、予約をした際にどのように受け入れが決まるのかもわかりにくいそう。

保護者の視点では、病児保育に電話すると、医師の診断を受けるように案内されるのですが、枠の確保と医師の相談のどちらが先か、というわからなさがありました。また、電話のみの受付の場合、受付時間に電話が集中し、繋がらないという問題も。⁠ほかにも、保護者自身が勤めている会社にいつ連絡をするかというようないろいろな変数があるので、ユーザの実像を明らかにしてちゃんと整理しないと、まずプロダクトがつくれないんです」と大橋さんは語ります。

利用者だけではなく⁠サービスの運用や導入支援の視点もクリアしていく

業務のフローの中には、事前登録と当日の予約の違いを伝えなければ保護者が誤解してしまうおそれがあったため、この課題をどのように解決するかも検討されました。病児保育は、感染対策の観点や、施設の保育士が受け入れ可能な人数、その日の子どもたちの様子など、さまざまな変数があるため、空きがあっても受け付けてもらえるとは限りません。

「そういうことをちゃんと判断できるようにしないといけないので、事前に予約したら決まりましたとはいかないんです。でも、保護者側はみんな必死なので、オンラインで空きとなっているから申し込んだのに、なぜキャンセル待ちになっているんですか?というのが起きるんです。じゃあ、それをどうやって解消するんですか、ということを考えないといけません」と大橋さん。

関係者と行動を含めた業務フローの可視化と共有

「予約」といっても、ホテルやチケット予約という普通の概念とは異なります。そのため、施設が受け入れ判断待ちの状態になった際に、施設側と利用者に表示する状態を同じ表現にするべきか、細かな状況の変化が伝わるかというところまで細かに議論されました。

病児保育の予約が入ると、実際には施設が審査をしてその結果を返すという運用が走ります。新しくサービスを導入する施設への導入支援の仕組みも必要になるため、実際に運用できるかという視点での確認も行われました。

「導入する施設に、このフローであればサービスを入れても大丈夫だと、納得してもらわないと契約してもらえないので、そこまでフォローしていかないといけません」と大橋さん。検討の中では利用者である保護者を優先しますが、受け入れる施設側の運用も順番にクリアしていくように考えました。

ユーザが見た際に⁠情報のツリー構造を納得できる構造に

続いて、理想の状態の業務の流れをもとに、扱う情報が抽出されワイヤーフレームが作成されました。⁠この画面で予約もできるし、持ち物を確認することもできる、なるべく1つの画面でカバーできる範囲が広い画面を、まず作りましょうと話をすることが多いです」と大橋さんは語ります。

検討の都度、3~5名のユーザに対してユーザビリティテストが行われました。⁠リサーチをするときは、前半はだいたいその方のバックグラウンドを聞きます。どういうご家庭で、お子さんは何歳で、病児保育をどれくらいご存じですかというような。前、使ったときは、どうでした?と掘り下げながら、実際の画面を触っていただきます」と大橋さん。

あずかるこちゃんでは、保護者にとって一番わかりやすく、データ的にも扱いやすいポイントが探られました。保護者が焦っている際にサービスの利用が判断されることを考慮し、何も考えずに操作できるほうが良いという設計判断をしたと言います。

「病状把握の場合、この子の病気で、いつ使いたいかという順序にしています。保護者が見たときに、情報のツリー構造が納得できるものなのかを聞いていきます。」と大橋さん。サービスのリリース後にも、ユーザに対して何度もヒアリングが行われました。

表示パターンの列挙

事業会社と一緒に悩みながら⁠長く並走していく

あずかるこちゃんには、もう3年ほど関わっているそう。施設での利用状況の数値を定期的にモニタリングしたり、施設とのコミュニケーションの様子をカスタマーサポートから教えてもらうなどして改善を続けています。追加されるコンテンツの実効性の確認や、登録者向けの管理画面、市町村向けの改善など徐々にアップデートを行いました。将来的にやりたいことを都度議論し、マイルストーンの決定や見直しにも関わっています。

「一番インパクトがある機能はどれだろうという話をしながら、開発する機能の優先順位を決めたり、こういう人が足りないから、正社員を採用しましょうという話もします。創業者の人は絶対、次はあれをやりたいというものが幾つかあるんですよね。その中でどれをやるか、言語化するのをお手伝いするようなこともしています」

このように、リサーチやUIの設計だけではなく、サービスの入り口から出口まで並走しています。⁠事業会社とは違うんだけど、事業会社の人たちと、ずっと一緒に悩みながらやっていくということをしています」と大橋さんは語ります。

資格は仕事をお願いするうえでの共通言語になる

大橋さんがこのタイミングで人間中心設計専門家を取得したのは、⁠この資格の人はここで活かせて、このコンピタンスがほしい」という判断をするための材料がほしかったからだと言います。

「自分たちが仕事をお願いするうえで、共通言語があると楽です。自分の中の人間中心設計やサービスデザインの理解と、資格で求められるコンピタンスにどれくらい差があるのか、何が重要視されているのかを知りたかった」と大橋さん。実際に受験してみると、コンピタンスの意味や繋がりがわかり、それまで理解していた内容と差分がなかったという安心感を得たそう。

「これから人間中心設計をやっていきたい人は、受けるといいと思います。自分が何を知っていて何を知らないかがわかるんですよね。次に何を学ぶべきか1つの指標になるので、スペシャリストは持っておいたほうがいいです」と語ってくれました。

 

スペシャリストの資格は、⁠経験したことがある」段階から、どんな状況においても実践できる状態にたどり着くまでの出発点になりうるため、まずはやってみてほしいとのこと。

資格を保持していることは、採用や体制づくりの際にレベル感の想定ができ、人材の選定の目安にもなると言います。また、さまざまさまざまな立場で仕事に参加するうえでも、資格としての認知度がある程度あるため、説得力が高まったとのこと。

あなたも「人間中心設計専門家」⁠人間中心設計スペシャリスト」にぜひチャレンジしてみませんか?

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