日本からひとりで参加した「EuroPython 2023」スピーカー体験レポート

こんにちは、福田@JunyaFffです。チェコ・プラハで開催された EuroPython 2023 にスピーカーとして現地参加しました。初めての1人での海外渡航、初めての海外カンファレンス参加、そして初めての英語での登壇(そしておそらく日本からの現地参加はわたし1人でした⁠⁠。初めてづくしですが、たくさんの人に助けられ、大変楽しいEuroPythonへの参加でした。現地の様子や気になったトークを紹介します。

EuroPython 2023のトップページ
Euro Python2023のWebサイト

EuroPython 2023について

EuroPythonは2002年[1]からヨーロッパで開催されているPythonのカンファレンスです。ヨーロッパでは各国のPyCon(たとえばPyCon UKPyCon DEがありますが、それとは別にヨーロッパ全域のPythonカンファレンスとしてEuroPythonがあり、年に1回ヨーロッパのどこかの国で開催されています。2022年はアイルランドのダブリンでの開催でした。去年参加された方のレポートはこちら#01 EuroPython 2022 Day 1注目セッションと渡航や現地のあれこれ | gihyo.jpをご参照ください。

今年は、初めてチェコのプラハでEuroPythonが開催されました。イベント概要は以下になります。

項目 内容
URL https://ep2023.europython.eu/
日程 チュートリアル:2023年7月17日(月⁠⁠、18日(火)
カンファレンス:2023年7月19日(水⁠⁠~21日(金)
スプリント:2023年7月22日(土⁠⁠、23日(日)
場所 チェコ、プラハ
会場 チュートリアル/カンファレンス:The Prague Congress Centre - プラハ会議センター
スプリント:Prague University of Economics and Business プラハ経済大学(国立大学)
参加費 420ユーロ(約6万6,000円)
主催 EuroPython Society
EuroPython 2023会場入口
会場の入口

わたしはこの日程のうち、チュートリアルの1セッション、カンファレンスの3日間、そしてスプリントの1日に参加しました。

EuroPython参加⁠登壇までの道のり

EuroPythonへの参加を決意した理由は大きく2つあります。1つは憧れの開発者にお会いしたかったのと、もう1つは日本人でトークしている方がいることを知ったことです。

わたしは2020年ごろからPyCon JPを中心にトークをしています。自分が話す内容を調査する中で、世界中でさまざまなイベントがあることを知りました。EuroPythonもわたしが参考にしているトークがたくさんあるカンファレンスの1つです。もし、自分もそのイベントに参加できれば、参考にしたトークのスピーカーたちにお会いできるかもしれない!と思ったことがきっかけの1つです。

お会いしたかった憧れの開発者は何人もいます。今回はお会いできなかったのですが、きっかけのひとりになったのは、自分のトークで紹介するAPIの元のPEPPEP 654 – Exception Groups and except* | peps.python.org [2] )の著者である、Irit Katriel氏 です。

実はわたしのEuroPython 2023でのトークは、PyCon JP 2022でのトークをアップデートしたものです。同じ内容のトークを、PyCon JP 2022では日本語で行いました[3] 。このトークについて、PyCon JP 2022のアフターパーティにて、Irit Katriel氏の同僚である Anthony Shaw氏が、当時のTwitterでIrit Katriel氏に紹介してくれました。そして、Irit Katriel氏が私のトークのスライドに「いいね」をしてくれたのです。これをきっかけに、直接お会いして、この機能を実装してくれたことへの感謝を伝えようと思ったのを覚えています。

Anthony Shaw氏と(PyCon JP 2022 アフターパーティにて)
PyCon JP 2022 アフターパーティにて

また日本からトークをしている方がいるというのを知ったのも、proposalを出してみよう!と思った理由になっています。トークが採択されさえすれば、自分もEuroPythonに行けるのかもしれない、とおそれ多くも思いました。

EuroPython 2023のトークの募集(Call for Proposals)は、2023年3月6日から26日まで行われていました。わたしがトークを提出したのが、3月15日で、採択の連絡をもらったのが5月13日でした。

トーク採択の連絡。嬉しさのあまり飛び上がりました。
トーク採択の連絡。文字通り飛び上がるほど嬉しかったです。

EuroPython 初開催のチェコ⁠プラハ

わたしが行った2023年7月時点では、日本からチェコへの直行便はありませんでした。そのため、行きはフランクフルト経由、帰りはミュンヘン経由で移動しました。わたしは海外旅行に不慣れで、ヨーロッパは新婚旅行以来十数年ぶりです。行きの所要時間は18時間もあり、不慣れな乗り継ぎも事前に用意していた回答でどうにか乗り越え、ようやくチェコに到着しました。会場となったチェコ・プラハは中世ヨーロッパの趣を残したきれいな街で、遠くに見える歴史的な建物とその風景に目を奪われました。また、なにより「日本ではない」空気感がたまりませんでした。

会場から見えるプラハの景色
街並み

わたしは7月18日の午前中にプラハに到着しました。ホテルに荷物を置いて少し観光をし、その足でEuroPythonの会場へ向かいました。

わたしの発表

わたしのトークはカンファレンスの最終日である3日目(8月21日)の11時20分から、Terrace 2aという小さめの部屋で行われました。

入り口にパネルがあり、上から2段目にわたしの紹介がありました。

会場入り口のパネル
会場入り口のパネル

トークの内容は、Python 3.11で追加されたasyncio.TaskGroup というAPIについての紹介です。詳細については、登壇資料やビデオ、昨年gihyo.jpにて記事を書いていますので、そちらをご参考ください。

会場後方から見た筆者のトークの様子
Photo by Braulio Lara / CC BY-NC-SA 4.0
会場後方から見たトークの様子

トークが始まる前に、スタッフの方とコミュニケーションを取りながら、とても緊張している点、英語が得意じゃない点を事前にお伝えして挑みました。

慣れない英語でのプレゼンテーションと、練習不足(実際、直前まで資料を修正していました)が影響して、時間配分が上手くいかずに終了予定時間を過ぎてしまいました。また、その場での質疑応答もスムーズに行えず、後で回答する旨を伝えしました。それでも、参加者からの温かいフィードバックやスタッフの素晴らしいサポートのおかげで、何とか自身のトークを無事に終えました。

筆者のトークの様子
Photo by Braulio Lara / CC BY-NC-SA 4.0
トークの様子

日本と異なる印象を受けたのは、asyncioのユーザーが多い点です。プレゼンテーションの冒頭でasyncioを使用している人に挙手してもらったところ、見渡す限りほぼ全員が手を挙げていました。トークタイトルから内容がasyncioであるとわかるため、興味を持っている人が聞きにきてくれたのかもしれません。しかし、これまで日本のカンファレンスで同じようにasyncioをテーマにトークをした経験と比べて、その差は大きかったです。トーク後に会話をした数人によれば、FastAPIでasyncioのAPIを利用しているケースが多いようでした。また、他の参加者がどのようにasyncioを活用しているのか非常に興味があります。次の機会には、用途についても詳しく聞いてみたいと考えています。

チュートリアル

ここからは、参加者として見たEuroPython 2023の模様をお届けします。チュートリアルはカンファレンスに先立ち行われるもので、会場もカンファレンスと同じです。1セッションは90分で、長いものは複数セッションにまたがり、2日間で約40ものセッションが行われました。

内容は、型やバリデーション、テストを中心としたロバストなPandasのコードを学ぶセッションや、WASMに関する議論を中心としたセッションなどさまざまでした。

わたしが参加したのは、Beginner Conference Orientationというカンファレンス参加に慣れていない初心者向けのセッションです。

チュートリアルの様子
チュートリアルの様子

このセッションでは、カンファレンスへの参加に向けた心構えや、コミュニケーションの取り方についてロールプレイを交えて説明がありました。新入社員向けの研修やビジネス講習みたいなものをイメージしていただくと近いかもしれません。このセッションの参加者のモチベーションは、カンファレンスを楽しみたいというものです。このセッションの中で、EuroPythonでは初対面の参加者たちが気軽にコミュニケーションを交わす雰囲気やメンタリティが形成されていることがわかりました。また、ロールプレイを通じて初めての顔見知りができたことはとても心強く、有意義なセッションでした。

自己紹介について説明している様子。自己紹介は大事です
チュートリアルでの自己紹介

カンファレンスでのトーク

今年のEuroPythonはプロポーザルが633あり、その中で142のトークが選ばれました。その中で参加できたトークをいくつか紹介します。

メイン会場の様子
メイン会場の様子

1日目キーノート「Large Language Models: From Prototype to Production」

Ines Montani氏のキーノートの様子
1日目のキーノート Large Language Models: From Prototype to Production

LLM時代における自然言語処理に関するトークをされていました。スピーカーのInes Montani氏は、AIと自然言語処理を専門とする開発者であり、自然言語処理のOSSのspaCy やアノテーションツールのProdigyを管理するExplosionの共同創業者でCEOです。

トークの中で自然言語処理プロジェクトをプロトタイプからプロダクションに移行させるための実践的なアプローチとして、銀行業務に関するデータセットを例に自然言語モデルと公開されているLLMのAPIを用いる手法を紹介されていました。自然言語処理はLLMと組み合わせることで、特定のドメインで新しい可能性を広げるのだなと感じました。

2日目キーノート「The Future of Microprocessors」

Sophie Wilson氏のキーノートの様子
2日目のキーノート The Future of Microprocessors

タイトルの「マイクロプロセッサーの未来」をマイクロプロセッサーの歴史、ここまでの経緯、そして次に起こるかもしれないことからひも解くトークでした。スピーカーのSophie Wilson氏は、なんとあのARMアーキテクチャの設計に貢献された方です[4]

氏はマイクロプロセッサーの歴史とともに歩まれてきた方ということもあって、トークの内容はとても濃密でした。歴史的経緯や、さまざまな課題(トランジスタの課題、電力の制約や70年代と比べて半導体業界の研究者の減少⁠⁠、現在の進化(スマートフォンの進化や、半導体製造技術のTSMCとサムスンの比較、シリコンの品質向上、半導体デバイスの先進的なパッケージング技術、IntelやAMD、Appleによる継続的なアーキテクチャ向上)などマイクロプロセッサーに関する多くのトピックが含まれていました。

特に印象に残っているのは、マイクロプロセッサーの並列処理能力が強化されている一方で、それを最大限に活用するための新しいプログラミングアプローチや設計思考が提案されていない、と話をされていた点です。今後、新たなプログラミングアプローチが生まれると、さらに未来は広がるのだと感じました。

CPython Core Developer Panel

CPython Core Developer Panelの様子
CPython Core Developer Panel

CPythonのコア開発者が参加者の質問に答えるパネルディスカッションです。CPythonのコア開発者が多く参加している点、有名なライブラリのメンテナが参加している点などは、日本では見られない豪華なセッションでした。

向けられた質問は、GIL、型ヒントの未来、フォーマッターについて各自が思う事、などでした。特にフォーマッターに関しては、著名な開発者たちの間でも意見が分かれていることを知ると、彼らが少し身近に感じられました。

そのほかのトーク

ほかにもたくさんのトークがありました。アーカイブがYouTubeで公開されていますので、ぜひ気になるトークを見てみてください。

わたしの見たトーク、気になったトークもあわせてご参考にしてください。

Async Robots — Radomir Dopieralski
CircuitPythonのasyncioを利用したロボット制御に関するトーク。なぜCircuitPythonを選択されたのか、質問をしました。
f"yeah!" - How we are supercharging f-strings in Python 3.12 — Pablo Galindo Salgado, Marta Gomez
Python 3.12で新しくなったfstringのPEP 701のAuthorふたりによる、新機能を紹介するトーク。テンポがよくとてもおもしろかったです。
How we are making CPython faster. Past, present and future — Mark Shannon
PyCon JP 2022のキーノートスピーカーであるMark Shannon氏によるCPythonの高速化に関するトーク。どうやってCPythonを高速化するのか、Bytecodeを交えてわかりやすく解説してくれます。
Games of Life: generative art in Python — Łukasz Langa
CPythonコア開発者のŁukasz Langa氏によるいくつかのアルゴリズムから画像やアニメーションを生成するトーク。PyScriptを使用しブラウザに表示される画像はユニークで、アイディア次第でよりおもしろいことができそうでした。
Designing an HTTP client — Tom Christie
Django REST frameworkやHTTPX、starlette を管理する会社EncodeTom Christie氏によるHTTPクライアントの設計に関するトーク。わたしと同じ時間のトークだったので、泣く泣く後からビデオで見ました。

カンファレンス会場のあれこれ

会場の「The Prague Congress Centre」⁠PCC)は広大な敷地に多数の会議室、展示スペース、そして大きなメインホールがありました。

会場となった「The Prague Congress Centre」
外から見たThe Prague Congress Centre

一番大きなホールの名前は、PlatinumスポンサーのJetBrains社にちなんだ「PyCharm Hall」です。合計6つのカンファレンスルームの中央にスポンサーブースや軽食・ランチをとるコミュニケーションスペースがありました。カンファレンスルームを行き来するのにコミュニケーションスペースを通る動線により、自然に交流が生まれやすくなっていました。

コミュニケーションスペースの様子
コミュニケーションスペースの様子

コミュニケーションスペースには、コーヒーや紅茶、お水などの飲み物が常備され、時間になると軽食やランチ、おやつが用意されていました。

常備されている飲み物
常備されている飲み物
ランチタイムの様子
ランチタイムの様子

セッションの合間やお昼の時間には人が集まり、とてもにぎわっていました。わたしもカンファレンス前日のチュートリアルで得たメンタリティで、積極的にコミュニケーションをとるように心がけました。

ランチタイムで知り合った方々。イベント中、何度も話しかけてくれました。
ランチタイムで知り合った方々
憧れのCPythonコア開発者であるŁukasz Langa氏。わたしのトークのリファレンスにしたことを伝えた。トークも聞いてくれて、フィードバックもいただいた。
CPythonコア開発者のŁukasz Langa氏

また、オンラインのコミュニケーションツールとして、DiscordでEuroPython 2023のサーバが用意されていました。各カンファレンスルームでのトークの紹介や、発表時のスライドを共有するチャンネル、ジョブボードがあり、どのチャンネルもにぎわっていました。

クロージングでオンラインの参加状況を紹介
カンファレンスのスタッツの紹介

EuroPython 2023の最終的な参加者は、1461人でした。過去のEuroPythonの記録EuroPython Conferenceを見ると、今回が過去最多の現地参加人数だったようです。

カンファレンスの最終的な参加者(EuroPython公式ブログより)
カンファレンスのスタッツ

スプリント

スプリントとは、開発者がそれぞれのテーマを持ち寄りその場で開発を行うミーティングです。

カンファレンスの最終日に「明日のスプリントには来ないのか?」と知り合った方にお声掛けいただき、急きょ参加することにしました。わたしの参加したスプリントは「CPython Core (work on Python 3.13!)」で小さいながらCPythonへ貢献することができました。詳細は以下の記事に書きましたので、そちらをご参照ください。

CPythonコントリビュートのはじめかた | gihyo.jp

海外カンファレンスに参加しよう

初の海外カンファレンスへの参加でしたが、非常に貴重な経験ができました。わたしは本当に英語が苦手で会話もままならないのですが、スタッフや参加者の方々が本当に優しくコミュニケーションをとってくれたおかげで、カンファレンスを心から楽しむことができました。

また渡航前の事前準備ではPyHackコミュニティのみなさまに、本当にお世話になりました。わたし一人では、会場に到着することもできなかったと思います。この場を借りてお礼をさせてください。EuroPython 2023の参加前、参加後の話をPodcastにも収録していただきました。ご興味のある方はこちらもぜひ聴いてみてください。

海外カンファレンスに興味があっても、なかなか一歩を踏み出せない方もいらっしゃるかもしれません。そんな方には、まずはproposalを出してみる、というのがおすすめです。トークが採択されると、海の向こうにわたしの話を聞きたいと思ってくれる人がいる、という心強さが生まれ、それが行動の原動力になります(わたしの場合はそうでした⁠⁠。海外のカンファレンスに参加することで、得られることはたくさんあります。何よりたのしいです。わたしもスキルを磨きながら、さらなる国際的なイベントへの参加を目指していきたいと思います。

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