IBMによるHashiCorp買収⁠注目は“Red Hat製品とのシナジー”BSLライセンスの扱い

IBMとHashiCorpは4月24日(米国時間⁠⁠、IBMが約64億ドルでHashiCorpを買収するという契約を両社が締結したことを発表しました。IBMは1株あたり現金35ドルを支払い、買収はすべて手持ちの現金で行われます。買収発表前日のHashiCorpの株価は24.88ドルでしたので、10ドル以上のプレミアムが乗せられたことになります。

IBMのリリース
IBM to Acquire HashiCorp, Inc. Creating a Comprehensive End-to-End Hybrid Cloud Platform
HashiCorpのブログ
HashiCorp joins IBM to accelerate multi-cloud automation
HashiCorp共同創業者 Armon Dadger氏のポスト

マルチクラウド管理製品のポートフォリオを拡大中のIBMにとって、TerraformやVaultなど特定のクラウドベンダに依存せず、開発者からの人気も高いインフラ管理製品を数多く展開するHashiCorpは非常に魅力的な買収候補企業だったことは疑いありません。IBMはニュースリリースで「HashiCorp買収完了後、Red Hat、watsonx、データセキュリティ、ITオートメーション、コンサルティングなど複数の戦略的成長分野を含め、IBMに大きな相乗効果をもたらすことが期待される。とくにRed Hat Ansible Automation Platformの構成管理とTerraformの自動化の強力な組み合わせは、ハイブリッドクラウド環境全体でのアプリケーションプロビジョニングと構成を簡素化することになる」とコメントしており、AnsibleやOpenShiftといったRed Hat製品とHashiCorp製品のシナジー効果は大いに期待できるところです。

このシナジー効果について、調査会社の米Gartnerでディスティングイッシュト バイスプレジデント アナリストを務めるアルン・チャンドラセラカン(Arun Chandrasekaran)氏は以下のように評価しています。

「Hashicorpを買収することにより、IBMはITオートメーションとセキュリティの貴重な資産を獲得します。IBMのハイブリッドクラウドビジョンが強化されることになり、マルチクラウド全体でより優れたエンドツーエンドの自動化を実現できるようになるでしょう。 とくにIBMコンサルティング、IBMセキュリティおよびネットワーキングのポートフォリオ、およびTurbonomic(コスト最適化プラットフォーム)などの資産との明らかな相乗効果があります。 また、Red Hat OpenShiftもHashiCorpの製品から大きな恩恵を受けることができます。その一方でIBMはHashiCorpの自動化製品とRed Hat製品の間にしっかりとしたスイムレーンを確立する必要があります」

Arun Chandrasekaran氏
Arun Chandrasekaran氏

また、64億ドルという買収金額も、現在の為替レートで円換算すると1兆円近くなるため非常に高額に感じますが、HashiCorpが2021年12月にNASDAQに上場を果たした初日は売出価格80ドルに対して85.19ドルでクローズし、1日にして約140億ドルもの時価総額を叩き出しています。今回、IBMはその半額以下でHashiCorpを手に入れることができたわけですが、それはつまり、ここ数年のHashiCorpの成長が減速傾向にあったことを示しています。なお、IBMが2019年に買収完了したRed Hatの買収額はHashiCorpの約5倍の340億ドル、当時の日本円に換算すると3兆7400億円でした。

買収後のHashiCorpがIBMでどのような扱いになるのか、HashiCorp共同創業者兼CTOのアーモン・ダドガー(Armon Dadger)氏は4/24付のブログで以下のようにコメントしています。

「⁠⁠IBMに買収後も)我々は引き続きHashiCorpとして製品とサービスを構築し、IBM Software内の部門として運営していく。IBMに加わることでHashiCorp製品をより多くのユーザが利用できるようになり、より多くのユーザや顧客にサービスを提供できるようになるだろう。当社の顧客とパートナーにとって、⁠IBM & HashiCorpという)この組み合わせのほうがHashiCorpが単独企業であるよりもさらに前に進む力をくれるようになるはずだ」

IBMもHashiCorpも本件についてはこれ以上の言及はありませんが、少なくとも当面はIBM SoftwareのHashiCorp事業部として存続していく、つまりHashiCorpというブランド名は残ることになりそうです。

尾を引くか? ライセンス問題

今回の買収に関して、IT関係者が注目するポイントのひとつが買収完了後のHashiCorp製品のライセンスをIBMがどう扱うかです。2023年8月、HashiCorpはこれまでオープンソース(Mozilla Public License)で提供してきたTerraformを始めとする8つのプロダクトすべてを、商用利用に制限を課すBusiness Source License(BSL)に切り替えることを発表しました。HashiCorpのBSLは「HashiCorpの競合するサービスを提供する場合を除き、ソースコードのコピーや改変、再配布は自由。ただし当社のコミュニティ製品をベースに構築された競合サービスを提供するベンダは、将来のリリースやバグ修正、セキュリティパッチを組み込むことができなくなる」というもので、ダドガー氏は当時、⁠ほとんどのユーザにとって(ライセンス変更は)大きな影響はない」とコメントしています。

しかし、The Linux Foundationをはじめとしたオープンソース関係者はすでにIaCのデファクトとなっているTerraformがオープンソースでなくなることに強く反発し、1ヵ月後の2023年9月にはTerraformからフォークしたオープンソースプロジェクト「OpenTofu」がLinux Foundationの支援のもとでローンチ、2024年1月には最初の安定版である「OpenTofu 1.6.0」がリリースされています。多くの反発が生まれることを想定できたにもかかわらず、HashiCorpがライセンス変更に踏み切ったのは、IPO以降に顕著になった成長の鈍化と株価の低迷がおもな原因です。とくにここ1、2年は既存顧客からのリテンション維持と新規顧客獲得の両方の面で苦戦しており、ライセンス変更は同社のマネージドサービス「HashiCorp Cloud Platform」の収益向上を狙ったものでしたが、残念なことに大きな改善は見られていません。

そうした状況下で発表された今回の買収だけに、Red Hatというオープンソース企業を保有するIBMがBSLというライセンスを今後どう扱うのか、前述のチャンドラセラカン氏は「IBMがHashiCorpのオープンソースビジネスモデルを今後どのように扱うのかは、⁠IBMが何も言及していない)いまの時点で予測することは難しい」とコメントしており、買収完了までにIBMがどんな判断を行うのか、引き続き注目されるポイントとなりそうです。

なお、Kubernetes開発者としても著名なエンジニアであるケルシー・ハイタワー(Kelsey Hightower)氏は今回の買収に関して、自身のXで「もし私がIBMでHashiCorpとのディールを担当する責任者だったら、すべてのHashiCorp製品をApache‐2.0ライセンスに変更することが最初に下す決定であり、プレスリリースでその決定部分をハイライトして表現しているだろう」とポストしています。


筆者はHashiCorpが上場するよりも前の2017年9月に、日本でのビジネスを開始するために来日したHashiCorp共同創業者のハシモト氏にインタビューする機会をもちました⁠自動化がクラウドの世界を変える、HashiCorpが変える」という強い信念を抱きながら、⁠オープンソースビジネスで、Red Hatとは違うアプローチで成功したい」と語っていた姿が強く印象に残っています。約7年近くが経過した現在、そのハシモト氏もすでに同社を去り、HashiCorpはRed Hatの親会社であるIBMに買収されることになりました。HashiCorpがクラウドインフラの世界にもたらした功績は誰もが認めるものですが、その一方でオープンソースビジネスを展開することの難しさをあらためて実感せざるを得ないニュースでもあったといえそうです。

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