アクセシビリティを組織で向上させる ──たった一人から始めて、社内に認知されるまで

第3回自身の考えを社内で発信する

本連載はWebアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善の第7章「アクセシビリティの組織導入」を公開するものです。
改正された障害者差別解消法や、デジタル庁の取り組みからの影響を受け、アクセシビリティ向上への機運は日ごとに高まっているように感じます。著名な企業がアクセシビリティへのスタンスを表明するケースも増えてきました。
しかし、こうした情報が目に入っているのは、あなたがアクセシビリティに関心がある側の人だからです。多くの場合、社内でのアクセシビリティへの意識はまだまだ高くないのが実態です。
個人や有志による非公式な取り組みでも、アクセシビリティは徐々に改善することは可能です。しかし、いずれは限界を迎えます。企業が提供するWebサイトやWebアプリケーションは組織で開発されており、大規模であり、かつ成長していくからです。
継続的に取り組み、成果を出し続けるためには、こちら側も組織として取り組むことが重要です。組織全体へアクセシビリティを啓発し、開発プロセスに組み込む必要があります。本章「アクセシビリティの組織導入」では、いくつかの場所で筆者が試してきた事例をベースに「一人から始めるWebアクセシビリティ」のステップを解説します。
なお、続編としてアクセシビリティを組織で向上させる─⁠─社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまでも公開しています。


情報を取得し、アクセシビリティに対する感覚がつかめたら、次はアウトプットです。現時点ではまだ興味を持った人たちによる、一種の「部活」の状態です。会社公認の活動にしていくには、アウトプットに取り組む必要があります。

社内向けにアクセシビリティの記事を書く

社内向けWikiなど[1]があれば記事を書いてみましょう。


内容は何でもかまいません。輪読会のメモや、自分なりのスクリーンリーダーの使い方など、前節での活動を実施するたびに、その記録や気付いたことのメモなどを投稿するのが手軽です。そのほか、既存のアクセシビリティ関係の資料の要約や、イベント参加レポートなども有用です。

書いておけば誰かの役に立つかもしれないと一瞬でも思えたら、少しずつでも投稿します。アウトプットを重ねることで、自分が取り組んでいる理由や、フォーカスしたいと思っている領域などの整理が進みます。

きちんとしたものを書こうとすると、どんどん時間が過ぎます。あなたがあえてハードルの低い記事を投げ込んでいくことで、ほかの人もアクセシビリティにまつわる話を投稿してもよさそうな空気を作れます。短くても拙くても投稿を少しずつ積み上げましょう。

社内の発表会でアクセシビリティの話をする

この時点では、アクセシビリティに関する活動はまだ限られた人にしか伝わっていません。あなたの活動にリアクションしてくれる人たちが何人か出てきていても、それはおそらく「もともとアクセシビリティにある程度関心があった人」なのです。

人間の認知のリソースは限られており、自分とあまり関係ないと思ったものはスルーします。そこに割り込むには、相手がアクセスしてくれるのを待つのではなく、こちらからプレゼンテーションしていく必要があるのです。社内でのライトニングトークや取り組み発表の機会があれば、積極的に手を挙げましょう図1⁠。

図1 ライトニングトークでの発表:freeeのハロウィンパーティーのライトニングトーク枠で、仮装をしてアクセシビリティについてプレゼンする筆者の様子
写真:図1 ライトニングトークでの発表

プレゼンテーションの内容は「取り組みの現状報告」でよいでしょう。今情報を集めている、こういう気になる話があった、これからの方向性を考えている……。それで十分です。スライドをきれいに作る必要もありません。うまいことを言う必要もありません。

先に手を動かしたほうが自信を持って発表できると感じる場合は、第4回「小規模な改善にトライする」をやってみてから、その経験を通じて感じたことを話してみましょう。

発表は、場数を踏むことを目標にしましょう。話し手側の感覚として「ずっと同じことばっかり言っているな」と思うぐらいまでいくと、やっと周りから「アクセシビリティという単語を最近聞くことがある」と認知されます。息切れしない程度に、機会があれば集まりに少し顔を出して、肩肘張らない程度にプレゼンすることを繰り返しましょう。

別の職能チームの勉強会で発表する

今後アクセシビリティ向上に取り組んでいくには、さまざまな職能のメンバーの協力が必要です。筆者が所属しているfreeeでも、現在では以下の職能のメンバーがアクセシビリティ向上に関わっています。

プロダクトマネージャー
プロダクト成長における品質面での取り組みを検討する。ロードマップを作る
デザイナー
視覚的なデザインやインタラクションを改善する。デザインガイドラインを作る
エンジニア
フロントエンド実装を改善する。実装ガイドラインを作る
QA
品質改善としてアクセシビリティチェックを行う。プロセス化する
サポート
ユーザーフィードバックを受ける。対応を行う。プロダクト本体以外のヘルプや資料を作る。それ自体のアクセシビリティを改善する
マーケティング
アクセシブルなプロダクトであることをオンラインマーケティングによって伝える
セールス
商談の場でアクセシビリティに関するニーズを聞く。アクセシブルなプロダクトであることを伝える
広報
アクセシビリティへの取り組み状況を社外のステークホルダーに伝える

初期のころは、デザイナーやエンジニア以外の職能では「何が課題なのか。何を行えばよいのか」がはっきりイメージされていないことが多いでしょう。そんなときは「出張」するのがお勧めです。職能チームごとの勉強会や定例会に顔を出し、少し時間をもらって「アクセシビリティとその職能がどう関わるのか」を説明します。

はじめのうちは、興味を持ってもらえればよいと割り切ってのぞみましょう。その職能が関わりそうな他社での事例やプレスリリースを持っていき、⁠そのうちこういう状況にしたいので、そのときは一緒にやりましょう」と伝えられれば上々です。

余裕があれば、相手の職能に合わせた資料を作ってみましょう。Chatworkの守谷絵美氏が実践してきた方法[2]です。相手の目線に立ってアクセシビリティを伝える手法として非常に参考になります。

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