アクセシビリティを組織で向上させる ──たった一人から始めて、社内に認知されるまで

第5回周りがチェックと改善をできるように支援する

本連載はWebアプリケーションアクセシビリティ─⁠─今日から始める現場からの改善の第7章「アクセシビリティの組織導入」を公開するものです。
改正された障害者差別解消法や、デジタル庁の取り組みからの影響を受け、アクセシビリティ向上への機運は日ごとに高まっているように感じます。著名な企業がアクセシビリティへのスタンスを表明するケースも増えてきました。
しかし、こうした情報が目に入っているのは、あなたがアクセシビリティに関心がある側の人だからです。多くの場合、社内でのアクセシビリティへの意識はまだまだ高くないのが実態です。
個人や有志による非公式な取り組みでも、アクセシビリティは徐々に改善することは可能です。しかし、いずれは限界を迎えます。企業が提供するWebサイトやWebアプリケーションは組織で開発されており、大規模であり、かつ成長していくからです。
継続的に取り組み、成果を出し続けるためには、こちら側も組織として取り組むことが重要です。組織全体へアクセシビリティを啓発し、開発プロセスに組み込む必要があります。本章「アクセシビリティの組織導入」では、いくつかの場所で筆者が試してきた事例をベースに「一人から始めるWebアクセシビリティ」のステップを解説します。
なお、続編としてアクセシビリティを組織で向上させる─⁠─社内外の認知・効果測定から、新規開発への組み込みまでも公開しています。


改善に取り組み、社内に共有していくと、興味を持つ人も増えます。しかし、その人たちはまだ取り組みを始める前のあなたと同じ状態で、アクセシビリティがどんなものか具体的には理解できていません。

理解への近道は、実際にアクセシビリティチェックをすることです。現時点では取り組めているサービスは少なく、少しチェックを実施するだけでさまざまな「アクセシブルでない」ポイントが見つかります[1]

とはいえ、アクセシビリティチェックを独力で行うのは不安が伴います。まずはチェックの様子のデモを見てもらい、次に一緒にチェックをする、一緒に改善するというステップを踏みます。周りの人たちもチェックと改善が実施できるように支援していきましょう。

アクセシビリティチェックの様子をデモする

アクセシビリティチェックとはどんなものなのか、実施するとどんなことが見つかるのか。知ってもらうにはあなたがデモをするのが一番です。実際に過去に行ったチェックをもう一度なぞっていけば十分です。

まだ自信がないので教えられるレベルに達してから……と考えていると、共有できるのはずっとあとになってしまいます。相手からすれば、ひとまず概要や流れを知りたい、作業の感覚を知りたいというニーズがあります。あなたのリアルな状況をそのまま伝えられれば、そのニーズは満たせます。同僚のあなたが実施することも重要なポイントです。他社の人のデモでは心理的な距離があり、自分ごとにはなりにくいからです。

チェックのワークショップを実施する

「見たことがある」のと「やったことがある」の差は大きいものです。デモで概要がつかめたら、次はみんなでチェックをやってみます。特別なしかけはいりません。参加者にはチェックリストでチェックをしてもらい、その様子を見ながら、質疑応答などで経験者がフォローするだけです。チェックリストは、未経験者にとってわかりやすいものにします。たとえばfreeeアクセシビリティー・チェックリストがお勧めです。

チェックの対象は、今取り組んでいるプロジェクトや、最近リリースしたものなど、参加者にとって身近なものを選びます。のちにチェック結果をもとに改善を試みるときにも有利です。最近まで触っていたものであれば記憶も新しく、どのように使えるようにすべきかを考えやすいからです。

簡単な改善のワークショップを実施する

チェックを実施したあとは、引き続きワークショップスタイルで、発見された課題の改善までをサポートします。時間が開くと塩漬けになりやすいからです。1~2時間の時間をとり、小さなものの改善を一緒にやり切る(あるいは、その目処をつける)ようにしましょう。

大物を改善しようとすると大変です。まず2.2節「キーボード操作の基本」や3.1節「ラベルと説明⁠⁠、4.5節「画像の代替テキスト⁠⁠、4.1節「色とコントラスト」といった小規模な改善を試みましょう。これらは「コストパフォーマンスが高い」改善ポイントです。やることがシンプルかつ明確で、少しの工数で改善できるわりに、明らかな変化が訪れます。

少し手を動かしただけで、キーボードフォーカスが表示されなかったところが表示されて操作可能になる、スクリーンリーダーで読み上げなかったアイコンボタンが読み上げられるようになる、フォームとラベルの対応関係が不明だったものが明確になる。そんな感覚をつかめば、その人はもうアクセシビリティを気にせずにものづくりすることはできない体になっているはずです。

チェックしやすい環境を整える

チェックでは、いくつかのチェッカーや支援技術を使います。用意できるものは先に用意しましょう。多くの人が参加しやすくなります。以下のものを用意します。

アクセシビリティチェッカーをインストールできるようにする

アクセシビリティチェックではaxe DevTools[2]などを使います。コントラストチェッカーも併用します。アクセシビリティチェッカーを社内で使用するのに許可が必要な場合は、使用許可をとります。

Windows環境を用意し⁠スクリーンリーダーを実行できるようにする

提供するWebアプリケーションにスクリーンリーダーでアクセスできる環境を用意しておきます。

第2回支援技術利用状況調査報告書によれば、日本の視覚障害者においては9割以上がWindowsユーザーです。アクセシビリティの改善結果がアクセシビリティサポーテッド[3]であるかを確認するには、PC-TalkerやNVDAがインストールされたWindows環境が必要です。実機の用意が難しい場合は、クラウド経由でWindowsを利用できるサービスに契約し、インスタンスにスクリーンリーダーをインストールすることもできます。

スマートフォンの実機検証環境を用意する

もうひとつ欠かせないのがスマートフォンやタブレットの実機です。OSのアクセシビリティオプションを設定するとどういう表示になるか、日光の下だとどう見えるか。実機でないと確認できないことも多々あるからです。iOS VoiceOverやAndroid TalkBackといったスクリーンリーダーは、実機のタッチスクリーンを通して使うことではじめてその操作感が理解できます。型落ちしたものでかまわないので、コスト的に折り合いがつく実機を、ある程度の台数そろえましょう。

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