GitHub CopilotとGitHub社が目指す責任あるAIイノベーション

5月14日、GitHub社による、GitHub Copilotと責任あるAIイノベーションに関しての記者向けの説明会が東京都内でおこなわれました。この説明会の模様をレポートします。

日本におけるGitHubの概況

はじめに、GitHub Japan 日本・韓国担当シニアディレクターの角田賢治氏が登壇しました。今年2月に就任したとのことです。角田氏は、日本におけるGitHubの概況について紹介しました。

  • GitHubのユーザーのうち、日本国内の開発者の数は現在300万を超えている。日本のコミュニティとして昨対比(YoY)で31%増加。GitHub Japanが設立されて9年ほど経つが、昨年一年でユーザー数が70万増えた。
  • GitHubにおけるAI関連のプロジェクト数をみると、日本は世界で3位。日本の開発者はAIに関するプロジェクトに積極的に貢献していると言える。

角田氏は自身のミッションとして「AI技術を使った開発プラットフォームであるGitHubプラットフォームを浸透させること」だと言及し、GitHubの価値が「AI技術を使った開発プラットフォームであるGitHubプラットフォームが、顧客の生産性の向上、開発者の満足度向上、各企業のイノベーションを加速させ、セキュアな製品をリリースできる」ことにあると述べました。このようなGitHubの価値を、いままでとは異なり、AI技術が利用者と伴走して実現していくことになると説明しました。

ユーザー企業として、サイバーエージェント、LINEヤフー、ZOZO、パナソニック コネクトなどの大手企業から中小企業まで活用されていると取り上げ、これらのユーザー企業はGitHubプラットフォームを用いることで、開発体験の新時代を創り出しているような状況だと言います。角田氏は、企業はGitHub Copilotを使ったソフトウェア開発の圧倒的な生産性の高さに気づくはずだと指摘し、⁠我々のチームで企業の変革を手伝い、結果として日本経済の変革に貢献したい」と結びました。

GitHub Copilot使った開発とAIの企業利用

GitHubのCOO(Chief Operating Officer)であるKyle Daigle氏が登壇しました。来日は1年半前にGitHub Copilotを紹介するグローバルツアーで来た以来とのこと。

GitHub Copilotを使った開発

以前、開発者がGitHub Copilotを使うとコーディングを55%高速化できると取り上げたとおり、ソフトウェア開発を大きく変えようとしています。GitHubプラットフォーム全体でもGitHub Copilotを活用していますが、今回は特に次の3つについて言及しました。

  • GitHub Copilot Chat:自然言語を利用したコーディングが可能になる。
  • Code scanning autofix:コードの脆弱性を検知し、修正提案を通した修正が可能になる。
  • GitHub Copilot Workspace:日常業務のために設計されたCopilotネイティブの開発環境。アイデア出しからソフトウェアを作る一連の流れで自然言語をスムーズに利用できる(現在テクニカルプレビュー⁠⁠。

Kyle氏は「GitHub Copilotを使うことで作業量、特に同じ課題を繰り返すような作業負荷が高いものを減らせます。その結果、開発者は創造性のあるコーディング作業に焦点を当てられるようになります。これがGitHub Copilotがソフトウェア開発において重要な立ち位置を築くことができたポイント」であると指摘しました。

企業におけるAIの利用

開発者はAIを使い、より効率的な作業ができるようになりました。そこでKyle氏はCOOとして社内において、開発者だけではなく従業員すべてにAIツールを展開することにしました。一番早く採用したのがITのチームでした。GitHub社内のITチームでは、四半期あたり従業員から5,000の問い合わせが入ってくるそうですが、その数ではなく、同じような質問に何度も答える時間が懸案事項だったと言います。この問題に対応するためにMoveworksとパートナーを組み[1]、これまでのやり方を大きく変えるのではなく、向上させるかたちの対応に取り組んだそうです。そしてSlack上で動くOctobotにおいてAIを搭載し、従業員の問い合わせの30%をOctobotで対応することに成功しました。たとえば、従業員自身が新しいデバイスを設定する際にSlackでOctobotにメッセージを送ったり、逆にコンピュータの更新の時期に来たらOctobotからその旨を従業員に連絡したりするようにしたとのこと。結果、ITチームの各メンバーは一週間あたり3時間ほど浮くことになりました。ITチームは余剰で生まれた時間を使ってクリエイティブな作業、またはAIを会社全体にロールアウトするような時間に使っていると紹介しました。

Kyle氏はAIを使う目的について、次のように述べています。

「AIを使う目的は、人を置き換えるためではありません。人がこれまでしてきた大変な作業をAIにしてもらい、人はその分創造的な時間に費やせるようになります。時間が浮いた分、我々が本来やりたいこと、我々しか作れないものを作る、そういったことに時間を割くことができるようになります。AIを使うことで、人のもっている創造的な業務が置き換わると考えるのは間違った考え方です。我々が実際にやろうとしているのは、コンピュータにはくり返し作業などの一番得意なところをやらせ、人間は本来の強みであるクリエイティビティの部分を担当する、そういう切り分けをしていくことです」⁠Kyle氏)

次に、Slackの直近の調査を取り上げ、デスクワーカーの日常業務の時間の41%(5日のうち2日あまり)は価値の低い作業、つまり繰り返し作業であると紹介しました。Kyle氏はこのような作業をAIに肩代わりしてもらうことで、開発者・非開発者、すべての人が本来もつ力を発揮してもらう、それがいま目の前で起こりはじめていることだと言います。

AIを活用して仕事のあり方を変える

日本では、レガシーシステムの置き換えやエンジニアの定年退職のタイミングが重なることを「2025年の壁」という言葉で表現されている問題が昨今取り上げられています。この状況について、Kyle氏はAIの力を借りて、退職していく開発者と新しく入る開発者のギャップを埋めることで対応ができるはずだと指摘しました。

たとえば、COBOLが使われているレガシーなメインフレームのコードがあるとして、GitHub Copilotを使うことで全体像を理解し、80%は自動的に新しいソフトウェアに置き換えられると説明しました。さらに新しい開発者は、コード提案を見ることで異なるコーディング表現・アルゴリズムを知ることができ、最終的にはレガシーな言語を理解できるだろうと語ります。これが意味することは、新しい開発者によってその後のメンテナンスやマイグレーションが可能なることだと言及しました。

別な側面として、シニア開発者がCopilotを使うことで、昔書いたコードを思い出し、次のステップでおこなうことを導いてくれると紹介しました。Kyle氏自身も、数年前に作ったリポジトリのコードレビューをすることになったときに、Copilotを使って作業を進めたと振り返っていました。

話を変えて、カスタマーサポートの従業員が毎月百を超えるファイルに対しておこなってきたマニュアル作業を、GitHub Copilotを使ってスクリプトを作成した事例を紹介しました。結果、即実行できるようになり、チームメンバーも同じスクリプトを使うことで時間を節約できるようになったため、浮いた時間を創造的な時間にさけるようになったそうです。

Kyle氏は「AIを活用することで、いろいろなかたちで仕事のあり方を変え、また新しいチャンスを生み出し、新しいものを作る・イノベーションを起こす機会を世界中に増やしていきたい」と結びました。

現在のAI規制とそれに対するGitHubの役割

GitHubにおけるCLO(Chief Legal Officer)しているShelley McKinely氏が登壇しました。Shelley氏はGitHubにおける法務だけはなく、開発者ポリシー、アクセシビリティ、プラットフォームの安全性・信頼性についても担当しています。2021年に入社しその一週間後にGitHub Copilotのテクニカルプレビューがリリースされたことで、AIにまたがる法律・ポリシーの業務も多岐にわたっておこなってきたそうです。

AIを取り巻く状況

Shelley氏はユーザー企業の法務担当やコンプライアンス担当に会う機会が多いとのこと。各企業がAIのポテンシャルを最大限に活かしていくために、企業法務担当者が重要なステークホルダーになっているとし、そのことを心強く思っていると語ります。また、各地域の政策担当者・大学関係者・市民グループとも話す機会もあり、そういった機会では「AIやオープンソースについて学びたい」⁠担当者として理解を深めたい」といった声を耳にすることを紹介しました。

AI規制の話の前に、Shelley氏は普遍的に重要な点の一つとして、誰もがテクノロジーをこれまでよりも深く理解することが必要になっていると言及しました。日々のAIに関するニュースはそれぞれの文脈があるにもかかわらず十把一絡に報じられていることもまだ多いとし、その状況の中で「AIとはなにか」⁠AIとはどういうものではないのか」といったことを明確にしていくことの大事だと指摘。GitHub Copilotを開発する際にも、責任あるAIの開発を念頭においていると述べています。

現在のAI規制

現在、AI規制という文脈では3つの大きな観点「システム」⁠モデル」⁠社会的レジリエンス(適応力⁠⁠」があるとし、それぞれ次のように説明しました。

AIのシステムとは、実際にAIを実装する場でもあり、ユーザーインターフェースを通してAI製品を使う場です。GitHub Copilotはいい例です。このAIシステムに対する規制の取り組みの中心はそのリスクに関わるものです。これは当然妥当なやり方で、過去の規制作りと合致しています。実際にAIのシステムはいくつもの構成要素があります。GitHub Copilotであればコアとなるモデル、コーディングに焦点を当てている意図を示すインテントや、実際の出力が責任あるAIとして合致させるための安全性のフィルターなどです。EU AI Actでは、AIの規制の方向性を決めようとしています。特にハイリスクなAIシステムであるヘルスケアのシステムや重要な意思決定に使うシステムに関して、安全性・透明性が担保されているかを確認していくことが重要になっています。

AIのモデルについても規制が始まっています。特に、現在のAIの能力をはるかに超えるような次世代AIモデル、総称としてフロンティアモデルに対しての規制が考えられていています。広島AIプロセスではフロンティアモデルが責任ある行動をおこなうことや、またモデルを作る開発者に対しての行動規範を示しています。

社会的レジリエンスとは、今後AIが発展することで起こる新しい社会的機会や、社会が大きく変わっていくことに対して、このことを柔軟に社会として享受していける能力やそのための体制を指しています。一つの動きとして、アメリカのバイデン大統領による安全・安心・信頼できるAIの開発と利用に関する大統領令において指針を示し、アメリカ国内のレジリエンスを強化する対策を取ることを決めています。

AI規制に対するGitHubの役割

このようなAI規制を取り巻く状況の中、Shelley氏はGitHub社が今後のAI規制をかたち作るうえで、ユニークな役割を果たしていけると考えていると話しました。その理由として商用化しているAIシステムを提供しているため(Copilotはハイリスクなシステムではないが)AI規制の影響を受ける会社であること、またGitHubが世界最大のオープンソースのコミュニティで、そのプラットフォームにおける責任やコミュニティに対して啓蒙活動等をおこなってきたことにあると言います。

実際に政策担当者がAIに対して「どの部分に規制をかけていくのか」⁠法的な責任はどこにあるのか」を決めていくためには、AIスタックの各レイヤーの役割について理解を深めるとともに、システム、モデル、それ以外のテクノロジーをしっかり考慮する必要があります。そのようななか、GitHub社では多くの時間をかけて政策担当者と話してきたそうです。

その際、GitHub社は、オープンソースの特性である「大きなシステムのなかのひとつの要素として組み込まれていく」⁠自分たちのシステムに組み込むこともできる」といったことを説明し、実際の法的な責任はAIシステムを完成品として販売している会社が負い、AIをコンポーネントレベルで開発している開発者には責任はないことを強く主張してきたとのこと。

こうしたかたちで規制をかけていくには、政策担当者が、社会がAIを使ってどのように課題に対応していくかについて理解していくことも必要だとし、Shelley氏は「大事なことはイノベーションをつぶさずに、どんどん広げていきながら、責任はどこにあるのかといった問題に対応していくこと」だと述べました。

GitHub社では対外的な活動をおこなってきたことで、AI規制のグループとの共同作業をはじめたことや、EU AI Actにおいて以前には存在しなかった条項を盛り込めたこと、さらに先に挙げた大統領令において特にサイバーセキュリティ分野において深く関与してきたことを紹介しました。

また政府がAI規制を作っていくうえで民間の意見を聞く姿勢になっていることが続けば、結果として、世界で一貫制のある規制を敷くことができるとし、そうなればコンプライアンスのレベルが上がり、またすべての人がAIのエコシステムに参画できるようになると指摘しました。Shelley氏は「大企業だけが恩恵を受けるのではなく、より多く人たちがより質の高い製品・人間中心(ヒューマンセントリック)の製品を世界中により多く提供することが可能になる」と述べています。

日本の立場とAI利用

さらにShelley氏は、日本がAIを通して世界に対して良い影響を提供できる立場であり、日本における開発の熱量やスピード感からも良い恩恵を受けられる立場でもあると言います。AI規制については国ごとの文化的な要素・法的な枠組み・歴史を考慮しながら作られますが、リスクを管理してイノベーションを責任ある形で大きく伸ばしていける国が最終的にAIの恩恵をたくさん受けられるため、現在がその変革点を提示する非常に重要な時期だと語ります。

Shelley氏は私見として「広島AIプロセスの策定において日本政府のリーダーシップについて高く評価している」とし、この共同作業にによって人が中心で、信頼できるAIを構築するための大きな全体像を策定できたと述べています。EUでは重要な決断を下すAIシステムでの規制やフロンティアモデルに対するリスクを重視しているとし、各国におけるAI規制が整合性をとって協力関係を築くことができればコンプライアンスやイノベーションのレベルがさらに一段高くなるはずだと指摘。結果、開発者が明確で一貫性のあるAI規制を理解できるようになり、また企業問わずすべての人が新しく生まれてきているAIエコシステムに参画できることになると続けました。

AI時代のオープンソース開発

そして、しっかりしたAIに対するポリシーが作られ、また開発者が責任あるイノベーションをおこなえる環境を守ることができれば、その社会はAIが開発者を支援しながら、いま世界がもっている課題のいくつかを解決することにつながっていくと話を展開しました。実際の法的な要件においてはロールベースで規制をかけることで、オープンソースの開発者が今後もコラボレーションやイノベーションを責任あるかたち・オープンなかたちで進められるはずだと示しました。

GitHub Copilotを通したこれからの開発について、Shelley氏は次のようにも語っていました。

「GitHub Copilotは最終的に、開発者とはなんなのか、そもそもの定義を大きく変えていくことになると思います。そうなれば、すべての人がクリエイターエコノミーというものに参画することができ、また地元経済の成長に寄与できます。将来的に、コンピュータプログラムを作る言語がJavaやPythonなどではなく、英語や日本語といった自然言語になる可能性もあります。その結果、参入障壁がくずされていくことになります。そのような開発者の数は指数関数的に伸びていくはずです。最終的には労働人口の生産性の向上につながり、経済成長にもつながっていきます。特に高齢化が進んでいる国においては、こうした指数関数的な生産性の向上が必要になってきます」⁠Shelley氏)

名前を「Copilot」とした理由

最後にShelley氏は、製品名としてCopilotと名付けた理由について、オートパイロットではないこと、そしてAIの存在意義が人間のもつ創造性・自由な思考を置き換えるものではなく逆にそれを支援する存在であることを挙げました。GitHub Copilotを使うことで「現時点では、デジタルの将来をかたちづくるといった活動に参加していない人々も参加できるようにしたい。それはつまり、テクノロジーのもつポテンシャルのひとつだと思う」と結びました。

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