「選択肢の提供が最も重要」 ――SUSE アジア市場ソリューションアーキテクチャ担当バイスプレジデント兼部門統括責任者 Peter Lees氏が語る同社の役割

大手Linuxディストリビュータの1つとして知られるSUSEでは、⁠SUSE Linux Enterprise」をはじめとするさまざまなエンタープライズ向けのオープンソースソリューションを提供しています。現在、Red Hatによるソースコード公開方針の変更や、BroadcomによるVMwareの買収などによって、エンタープライズLinux市場には大きな動揺が走っており、その中でSUSEが果たす役割は非常に大きなものになっています。

今回、SUSEのアジア市場におけるソリューションアーキテクチャ担当バイスプレジデント兼部門統括責任者を務めるPeter Lees氏に、同社のビジネスの展望や現在のエンタープライズ市場の動向に対する取り組みについてお話を伺う機会が得られました。その様子をお伝えします。

Peter Lees氏
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グローバル市場で生き残るためにはクラウドネイティブへの移行が重要

――はじめに、エンタープライズ市場における今のSUSEの立ち位置や、ビジネスの展開について教えてください。

Peter Lees氏:SUSEは世界で最も古いエンタープライズLinuxの会社として、この32年間、オープンソーステクノロジを用いてそれをどのようにエンタープライズの分野に提供するかということに重点を置いて活動してきました。ドイツで誕生した会社ですが、現在は世界中に開発チームがあり、世界中でグローバルにビジネスを展開しています。

私たちはオープンソースの会社なので、開発者やその他の専門家を探す際には、つねにグローバルな視点を持たなければいけないと考え、分散型の組織を維持するように意識してきました。

開発者の中には、農業と兼業で、朝は鶏に餌をあげて、午後にコードを書くというような生活をしている人もいます。これは、オープンソースコミュニティで活動しながら、エンドユーザのためのソリューションを提供するという私たちのアプローチを的確に反映していると思います。私たちはオープンソースのイノベーションをエンタープライズのお客様に提供したいと考えており、それが市場での立ち位置と言えます。

ビジネスの展開については、2つ大きなフォーカスがあります。第一のフォーカスはお客様に選択肢を提供することで、これが最も重要です。お客様がインフラを利用する際に、エンタープライズの品質が保証された複数の選択肢を持つということは非常に大切です。それを提供するのがSUSEの役割です。

2つ目のフォーカスは、コンテナ技術やマイクロサービスといったクラウドネイティブな分野への挑戦です。正直なところ、日本ではまだこの分野はそれほど進んでおらず、初期段階にあると思います。

SUSEではエンタープライズコンテナ管理ツールの「Rancher Prime」をはじめとする各種製品で市場をリードしてきた実績があります。日本企業がクラウドネイティブな開発手法に移行していく中で、私たちは適切なエンタープライズ品質のインフラストラクチャソリューションを提供できるはずです。

クラウドネイティブへの移行はグローバル市場で生き残るために極めて重要です。コンテナやマイクロサービスといった技術と、基本的なアジャイル開発手法を組み合わせれば、アイデアをより早く市場に投入することができ、優位にビジネスを展開することができます。SUSEではそれを可能にする基盤技術を提供しています。

――日本の企業がクラウドネイティブに移行するためにはどのような障壁があると思いますか?

Peter Lees氏:クラウドネイティブというのは、単にクラウドインフラを利用するというだけではなくて、マイクロサービスベースのスケーラブルなアプリケーションを構築することを意味します。しかし私が見る限りでは、アメリカやヨーロッパ、オーストラリア、シンガポール、中国などがすでに新しいアプリケーション開発をすべてクラウドネイティブで始めているのに対して、日本ではそこまで浸透していないように感じます。このような新しい方法で開発を行うためにはマインドシフトが必要なんです。

日本の産業は、ある面では非常に先進的な一方で、別の面では非常に伝統的なものが残っています。ロボットが日常生活に溢れている一方で、領収書は紙に印刷して印鑑が必要だったりする。エンタープライズアプリケーションに関しては、組織の中で開発されるべきだという伝統的な考え方があり、その前提に基づいた構造があるのだと思います。

他の国々では、もっと積極的に新しいアイデアを出し合い、それを迅速な方法で素早く進めることが推奨されます。そういう市場では、コンテナのような技術やアジャイル開発手法が非常に魅力的です。

日本企業がグローバルでビジネスをするためには、その新しいやり方を受け入れていく必要があると思います。そして人々が技術をリフレッシュし、新しいシステムにアップデートして優位に立てることが明らかになるにつれて、古いやり方が益々通用しなくなっていくでしょう。

エンタープライズの要件に対して適切な選択肢を提供する

――そのような状況に対して、現在SUSEがとくに力を入れているプロダクトは何でしょうか。

Peter Lees氏:私たちが提供するソリューションのターゲットは、基盤となるハードウェアと、アプリケーションのビジネスロジックの間にあるすべてのコンポーネントです。第一に、私たちはLinuxでビジネスをスタートさせ、それを最もセキュアなエンタープライズLinuxである「SUSE Linux Enterprise」へと進化させました。そこから発展して、現在ではKubernetesコンテナの実行に特化した非常に軽量なOSである「SUSE Linux Enterprise Micro」も提供しています。

先ほどもお話したように、日本では長年に渡って構築されてきたレガシーなITインフラが残っており、クラウドへの移行が難しいものもあります。そのために「SUSE SUSE Multi-Linux Support(SUSE Liberty Linux⁠⁠」があります。これによって、古いバージョンのLinuxを維持しつつ、必要なものから順次クラウドネイティブへの移行を始めることができます。

クラウドネイティブの領域ではKubernetesの利用がすでに業界標準になっているので、Kubernetes環境の管理をサポートするソリューションにはとくに力を入れています。

たとえば、⁠Rancher Prime」を使えば、複数のクラウドプラットフォームのKubernetesクラスタを一元管理できます。複数のクラウドにまたがって単一のセキュリティモデルや単一のカタログなどを持つことは非常に重要です。

近年、Kubernetes管理ではオブザーバビリティの確保が大きな課題となっています。SUSEでは、StackState社から買収した技術を使って「SUSE Observability」を開発しました。これによって、Kubernetesクラスタとそのワークロードの中で起こっているすべてのインタラクションが明らかになります。これによってトラブルシューティングにかかる時間を大幅に短縮し、新しい機能に集中できるようになります。

セキュリティ面では「NeuVector」があり、コンテナのライフサイクル全体に対して、エンタープライズ品質のゼロトラストセキュリティを提供します。これは、エンタープライズシステムの本番環境においてゼロデイ攻撃を防ぐことができる唯一のコンテナセキュリティシステムです。

最後に「Harvester」について紹介させてください。これはKubernetesベースのコンテナと同じコンテキストで仮想マシンを管理できるようにする技術です。お客様がワークロードをクラウドネイティブに移行する際、一部のシステムだけはレガシーな仮想マシンで実行し続けなければならないということがよくあります。Harvesterでは、そのようなコンテナと仮想マシンが混在する環境を、統合された方法で一元管理できるようにします。

エンタープライズシステムのクライドネイティブへの移行にはさまざまな要件があります。それに対して適切な選択肢を提供することが重要だと考えています。

――今年6月に発表した「SUSE AI」について教えてください。SUSEが独自の生成AIプラットフォームを提供する狙いは何でしょうか。

Peter Lees氏:SUSE AIは、AIアプリケーションを実行するためのプラットフォームであって、新しい生成AIモデルや言語ではないという点を強調させてください。

SUSE AIのゴールは、お客様がAI技術を実験し活用できるようにすること、およびそのアプリケーションのためのセキュリティとプライバシーを提供することです。AIプラットフォームというのは基本的にはHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)環境であって、これはSUSEが長年に渡って取り組んできたものですから、この分野に投資するのは自然なことでした。

現在は、グローバルで早期アクセスプログラムを展開しており、パートナーと共同でさまざまなチャレンジに着手しています。

Peter Lees氏
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ベンダーロックインはバグのようなもの

――エンタープライズ市場におけるSUSEの活動についても聞かせてください。SUSEでは昨年、Red HatによるRed Hat Enterprise Linux(RHEL)のライセンス変更に対応する形で「OpenELA」を立ち上げましたね。その狙いも含めて、SUSEがどのようにRHELやCentOSのユーザーをサポートしているのかを教えていただけますか。

Peter Lees氏:この件に関して、まずSUSEはオープンソースコミュニティの一員として活動しているので、一方的に顧客やコミュニティのメンバーを窮地に立たせるような姿勢を取るべきではないと考えました。そこで、この一連の流れの中で立ち往生することになった顧客のために、エンタープライズ品質のサポートを提供できる新しい道が必要だと思い、OpenELAを立ち上げました。

実際には、これは私たちが長年に渡って提供してきた拡張サポートの延長線上にあるもので、今ではSUSE Multi-Linux Supportという形で提供しています。SUSE Multi-Linux SupportではSUSE Linux Enterprise ServerとRHEL、CentOSの3つのディストリビューションをワンストップでサポートします。CentOS 7はもちろん、それより古いCentOS 6にも対応しており、ユーザーをサポートするということに何よりも重点を置いています。

――BroadcomによるVMwareの買収では、多くの企業やユーザに動揺が生じています。それに対してSUSEはどのようなソリューションを提供できるでしょうか。

Peter Lees氏:まず第一に、現在の状況は、選択肢の柔軟性が重要だということを端的に表していると思います。1つのソリューションにロックインしていると、その提供元の会社に何か変化があった場合に身動きが取れなくなってしまうリスクがあるわけです。

このような状況を受けて、私たちのお客様の多くが、ワークロードの仮想マシンからコンテナ技術への移行を加速させています。その他には、VMwareから他の仮想化ソリューションへの移行を検討しているケースもあります。VMwareを導入している企業でも、実際にはその全機能をフル活用しておらず、他のソリューションに代替できるケースも少なくありません。本当にVMwareが必要なのか、それとも他の仮想化ソリューションや、コンテナなどのクラウド環境に置き換えることができるのか、人々はもう少し慎重に検証する必要があるでしょう。

SUSE自身は決してベンダロックインを推奨していませんし、ロックインはバグのようなものだと考えています。たとえばRancher PrimeはSUSE Linuxだけでなく他のLinuxでも動かすことができます。あくまでも、お客様に1つの選択肢を提供したいというのが私たちの思いです。

openSUSE.Asia Summit 2024⁠11月に日本で開催

――日本ではこの11月にユーザカンファレンスopenSUSE.Asia Summit 2024が開催されます。最後に、その参加者に向けて何かメッセージをいただけるでしょうか。

Peter Lees氏:SUSEはつねにコミュニティファーストの精神を大切にしています。コミュニティは私たちの活動において最も重要なものなのです。openSUSEのメンバーやコントリビューターにはSUSEチームのメンバーもたくさんいますが、それでもopenSUSEは完全に独立した組織であり、それがあるべき姿だと考えています。

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