Fullstack Al Dev 2024 開催レポート

Fullstack Al Dev & Raycast SummitはDevX Community Japanが主催する、開発体験向上を目指すエンジニアのためのイベントです。11月23日に開催された「Fullstack AI Dev & Raycast Summit feat. Satoshi Nakajima」は初の主催イベントとなり、多くの登壇者を迎え、トークセッションやディスカッションを行いました。

今回のイベントの主な目的は、GraphAIやRaycastなどのAIツールの可能性を探り、AIエージェント開発に関する知見を共有し、さらにエンジニアコミュニティの交流を促進することでした。このレポートでは、本コミュニティの共同Founderかつ当日司会を務めた筆者が、各セッションの内容や会場の模様を紹介します。

なお、開催場所はオフライン・オンライン両方としました。オフラインについては、東京・大崎のファインディ社のオフラインイベントスペースEngineer Parkにて実施しました。オンラインについてはYouTubeで配信し、アーカイブも残しています。

オープニング

オープニングでは会場の案内や、協賛いただいた企業の紹介を行いました。

本イベントの開始時間は土曜の朝10時30分という早めの設定となっており、イベント運営メンバーからは参加者が集まるかと不安な声も挙がっていましたが、オープニング時点から多くの人に足を運んでいただきました。

会場スポンサートーク

基調講演を前に、会場を提供いただいたファインディさんからのスポンサートークを行いました(動画:YouTube⁠。ファインディでは⁠挑戦するエンジニアのプラットフォームをつくる。⁠⁠ をビジョンに、GitHubを活用したスキル偏差値可視化サービスFindyや、チームの開発生産性向上支援サービスFindy team+などを提供していることが紹介されました。

基調講演

基調講演は中島聡さんが講演しました(動画:YouTube⁠。

中島さんはWindows 95の開発にも関わった著名なエンジニアで、現在はメールマガジンLife is beautifulシンギュラリティ・ソサエティを通し、エンジニアリングやAIに関する発信を行っています。そして現在は「GraphAI」の開発に従事しています。

今回の基調講演では、いくつかのトピックに分けて話が展開されました。

AGIの時代にそなえて

はじめに、AGIの時代となる「シンギュラリティ」についてAIの研究者たちが3〜5年で来ると言及していることを取り上げました。ほとんどの人たちは「そんなわけがない」と思っているし、中島さん自身もそう思っているそうです。しかし、AIを作っている人たちがそう言うのは重要で、AGIの定義にもよりますが、彼らの言っているようなことが起こり始める可能性も考えられると言います。その場合には、インターネット発展時に起こった激しいValue Migrationが、再度AIによってあらゆる業種で起こりえると指摘しました。

そのようななか、中島さんは入力したらすぐ動くものが好きで、時間のかかるニューラルネットの開発は向いていないと感じたそうです。そのため、より上のレイヤーでがんばりたいと述べていました。さらに、後述のハッカソンも計画していて、そこで実際にAI×アプリケーションを作りたい人を発掘・支援していきたいと話していました。

非同期⁠並列タスクを扱いやすくする「GraphAI」

次に、宣言型でAIエージェントを作る仕組みであるGraphAIを紹介しました。

中島さんは、従来のアプリ開発がバックエンドとフロントエンドで構成されたシンプルな同期的処理が中心だったが、AIエージェント時代になると非同期コールが増えて複雑化すると言います。特にJavaScriptで開発する際にawaitPromise.allを使わなければならず、複数の依存関係を同時に解決したうえで次のタスクを走らせるコードを書くと、どうしても可読性が低下します。こうした課題を解消するために非同期・並列タスクを扱いやすくする仕組みが必要だと考え、GraphAIを開発したそうです。

GraphAIの強みとして、次のことを挙げて説明しました。

  • Nodeにファンクションを対応させ依存グラフを書くだけで、実行エンジンが並列実行や非同期制御を最適化してくれる。
  • オープンソースなので、自由に使ってもらえる。

現在実施中のアイデアソンと今後したいハッカソン

中島さんは、ものづくりをするときにまずプレスリリースから作るという発想があることを取り上げ、今後していきたいことを語りました。なお、この発想はAmazonのワークバックワーズ(Working Backwards)にも近い考え方だと言います。

現在、メルマガの読者に対して「AIネイティブなアプリ・サービスのプレスリリースを作ってください」というお題でアイデアソンを実施中であるあこと(景品あり、2024年12月末に終了予定)を取り上げ、来年(2025年3月)にはハッカソン(コントリビューション・フェス)[1]の開催を予定していることを紹介しました。

ハッカソンの題材としては次のものを考えているそうです。

  • 音声版Instagram:ポッドキャストを誰でも簡単に作れる、AIネイティブなサービス
  • GraphAIのWebUIを作り上げる
  • Meta Chat:AIが開発しやすい言語を定義する
  • AIネイティブな単語帳:Raycastと組み合わせて商用レベルに

中島さんは、成果次第では座組を組んでビジネス化の検討をしたいと述べていました。

「GraphAI: Full-Stack TypeScript Tool for AI Applications」

基調講演の後はトークセッションが行われました。

Singularity Societyの有本勇さんはGraphAIの特徴や、TypeScriptで作ることのメリットを紹介しました(動画:YouTube⁠。会場からは、⁠早速試したい」⁠GraphAIの枠組みは、AI以外への使い道もあるのではないか」といった声が挙がっていました。

「LLMマルチエージェントアプリケーションの設計のコツ」

PharmaX上野彰大さんは、LLMに関する勉強会を開催している経験やLLMを用いたプロダクトの開発・運用の経験から、⁠フローエンジニアリング」の重要性を紹介しました(動画:YouTube⁠。

また、LLMエージェントの設計原則を4つにまとめて紹介していました。

  • LLMエージェントがこなすタスクはできる限り小さく単一にする
    → タスクを細かく分けて分割するパターンをフローエンジニアリングと呼ぶ。
  • RAGは本当に必要な時のみ使う
  • LLMエージェントの出力を次のLLMの入力に使う直列構造はできる限り避ける
  • 無理してLLMでやり切ろうせず、必要があれば人を介在させる

スポンサートーク(1)

スポンサートークもトークセッションの合間に行われました。BASEがっちゃんさん「YELL BANK」の開発チームに所属しており、BASE社内での生成AIや機械学習活用事例を紹介しました。また、Chromeに組み込まれている「Gemini Nano」を取り上げ、その利便性と注意点を説明しました(動画:YouTube⁠。

「AI旅行記事生成PJから学んだ マルチエージェントの本質と可能性 旅行スタートアップの生成AI開発ナレッジシェア」

令和トラベル宮田大督さんは、旅行関連領域でのマルチエージェント活用事例を紹介しました(動画:YouTube⁠。

Difyを用いた段階的な旅行記事執筆ワークフローを紹介し、品質や生産性を向上させた経験を説明しました。企画→構成→執筆→記事チェックと段階を踏ませたことで、チェーンオブソートに近い仕組みになったのではないかと分析、結果的にエージェント化されていたと解説しました。このエージェントは、目的ではなくクオリティ向上の結果そうなっているものだとも述べていました。

「LLMとPlaywrightで実現する非定型なデータの収集」

Macbee Planet山室友樹さんは、クローリングを自動化する際のTIPSを共有しました(動画:YouTube⁠。

特に次のTIPSを挙げていました。

  • Gemini APIの無料枠で収まるのであればそれでPoCするのが良さそう。
  • 一方で利用頻度が高いような処理になりそうであれば、Vertex AIを利用したほうが価格面でも周辺処理の機能面でも便利。
  • Retry処理は忘れずに。

なお、TIPSを紹介する際に「請求金額には気をつけよう」という話の際には、会場内の参加者も思い当たる節があるのか、苦笑いを浮かべていた人もいたようです。

バナナスポンサートーク

本イベントに約20kgのバナナを提供していただいたドールさんのスポンサートークでは、バナナが糖類の摂取や精神安定に役立ち、エンジニアにとって優れた果物であることが強調されました(動画:YouTube⁠。また、ドール社ではエシカル文脈での取り組みとして、規格外品バナナを有効活用する「もったいないバナナ」プロジェクト、それを活用したサービスであるオフィス・デ・ドールについての紹介がありました。

「AI x インシデント管理で拡げるサービスオーナーシップ」

インシデント管理サービスを提供しているPagerDuty草間一人(jacopen)さんは、このサービスを紹介しました(動画:YouTube⁠。インシデント発生時に、適切な担当者へ優先度付けしたアラートを通知することで、少人数で効率的な対応が可能になると説明していました。

DevOps化・デプロイ頻度増加に伴って増えるインシデント対応を効率化することで、結果的にフルサービスオーナーシップ(開発者が責任を持ってサービスを運用改善する文化)を醸成できる可能性があることを伝えていました。

「GraphAI x Raycastで自然言語で様々なワークフローの実行できるようにする試み」

DevX Commnityの共同Founderであり、All Adsの矢野通寿さんは、RaycastとGraphAIを組み合わせ、自然言語で様々なワークフローを実行する試みを報告しました(動画:YouTube⁠。

現在は、自然言語でタスクの完了や更新依頼などを伝えると、自動でNotionやSlackなどの外部ツールへの更新・通知を行う「アマテラス」の開発に取り組んでいるそうです。Raycast × GraphAIで自然言語による高度な自動化が可能になれば、Raycastが「AIエージェントツール」となりうる未来があるとし、今後も開発を進めることを説明しました。

「Raycast Proで⁠あらゆるコンテンツをすばやく解読する」

しょっさんさんはRaycast Proを活用し、日々の情報解読を高速化するテクニックを紹介しました(動画:YouTube⁠。そのなかで、非エンジニアでも可能な、ブラウジング中のページ要約・翻訳の仕組みや、辞書アプリとの連携で単語調査などの効率を上げる方法を説明しました。会場からは、基調講演を行った中島さんからも質問が挙がり、Raycastへの熱量が伝わってくる発表でした。

スポンサートーク(2)

広告コンサルティング事業を展開するMacbee Planetさんは広告事業を中心に、3DAD⁠DATAHIVE」⁠LPpro」⁠Hachimitsu AI」といったプロダクトを開発しています。今回の発表を行った遠藤さんは、生成AIを活用したプロダクトによる「CTRの高い⁠当たりバナー⁠⁠」の改善事例などを紹介しました(動画:YouTube⁠。

「デザインパターンで理解するLLMエージェントの設計」

ログラスr.kagayaさんは、LLMエージェントのデザインパターンの中でも、⁠Agentic Workflow」に着目して発表しました(動画:YouTube⁠。

Agentic WorkflowはAndrew Ng氏が提唱された枠組みで、LLMエージェントに共通で見られる構造を「Reflection」⁠Tool Use」⁠Planning」⁠Multi-agent collaboration」の4つに分類します。この枠組みをAIワークフローの設計に適応した事例、その利点などを紹介しました。

「LangChain/LangGraphの進化からみるLLMベースのAIエージェントの開発」

ジェネラティブエージェンツ大嶋勇樹さんは、2024年11月に、書籍LangChainとLangGraphによるRAG・AIエージェント[実践]入門を出版し、また事業としてもAIエージェントを手掛けています。

今回の発表では、LLMが出てきた当初の「Zero-shotの学習で、未知のタスクに対応できること」の衝撃を振り返ったあとに、LangChain / LangGraphなどのフレームワークが進化していくなかで、今後の「エージェントらしさ」の発展を見通しました(動画:YouTube⁠。

パネルディスカッション

中島聡さん小飼弾さんのパネルディスカッションが行われました(動画:YouTube⁠。本イベントの看板的なセッションということもあり、聴講されている人もとても多かった印象です。

このパネルディスカッションでは、テーマごとに中島さんと小飼さんの意見を聞きながら進行しました。

「いまAI分野で起業や事業を立ち上げるならどんな事業ドメインでどんなサービスを作るか」というテーマに対して、二人は次のことを挙げていました。

中島さん
  • ⁠AIネイティブ⁠なサービスをゼロから考える発想が重要。
  • 既存サービスにAIを「足す」より、最初からAIがある世界を前提にデザインすると、これまでにないサービスが生まれる。
  • どの領域でも「AI前提」で仕組みを再考すると無限のチャンスがある。
小飼さん
  • AI⁠ではない⁠ものとの対比を重視する。
  • ⁠AIではうまくいかない領域⁠を見極める。
  • そこにこそ新たな創造や人間の開花の余地がある。

「LLMの推論手法」というテーマでは、

  • LLMは多くの場合、統計的(経験的)に次の単語を予測する「帰納法」的に答えを導く手法(システム1)が中心。
  • 一方、人間は演繹的に、論理的手順で答えを導く(システム2⁠⁠。

という話になり、⁠LLMは「システム2」を獲得できるか」という話題において、二人は次のことを挙げていました。

小飼さん
  • LLMは「人間のミス」も再現する(57を素数と誤認するなど⁠⁠。
  • 現在の仕組みだけでは、LLMの「システム2」の獲得は難しいのではないか。
  • 一方で、AI研究は「人間の脳の仕組み」を解き明かすことにもつながる。
中島さん
  • LLMは「システム1」的、反射的な性質が強い。
  • Chain-of-thoughtなどのフレームワークで「システム2」に近づいているような感覚はあるが、それが本当にシステム2なのかどうかは議論の余地がある。
  • AI研究者はGPUを積み、データを増やせば、システム2を実現できると自信を持っている。

最後に「AGI/ASI」というテーマに対して、二人は次のことを挙げていました。

中島さん
  • AGIが来た場合の社会的インパクトは大きい。
  • 身体を持たないAIが「人間をAPIで使う」という未来すら、可能性としてはある。
小飼さん
  • もしAGIが、人型ロボットの普及よりも先に来るなら、人間はただの⁠肉⁠として使われるかも。
  • 理想は⁠働きたくない人が働かなくていい世界⁠⁠。

その後、参加者からの質疑応答も行われました。

たとえば、⁠AIエキスポに行ったところ技術的な展示が少なく、日本のAI業界の存在感が感じられなかった。日本企業としてどのように存在感を出せるか?」という質問に対して、中島さんは「日本は少子高齢化の⁠先進国⁠であり、⁠高齢化』に起因するニーズに挑むのが良いのでは」とコメントし、小飼さんは「世界全体の視点から見れば「日本が滅んでも世界は滅びない」という厳しい現実がある。⁠日本がどうするか』ではなく『世界にとって日本を盛り立てる意義は何か』を再考する必要がある。もし日本が得意分野を持てば(高齢化問題など⁠⁠、世界のモデルになりえる」のコメントしていました。

また、⁠小飼さんが冒頭でAIに危機感を持っていると述べていたが、具体的にどういう危機感か?」という質問に対して、小飼さんは「1番の危機感は、危機感を持っていない人が多いということ。懸念は「AIが誤作動したとき、人間がそれに気づかず盲信してしまう」リスク。実は人間も同じような誤り(57を素数と回答するなど)をするので、AIの間違いが潜り込みやすい環境ができると混乱が大きくなる。⁠人間がそもそも潜在的に抱えている⁠誤り⁠⁠悪意⁠を、AIエンジニアが気づかずにシステムに埋め込んでしまう』こともありえる」とコメントしていました。

Networking

すべてのトークセッションが終わった後に、交流の時間を設けました。参加者・登壇者・スポンサー企業、皆さんが自由に会話され、大変な盛り上がりでした。

このNetworkingでは、スタジオユリグラフ中村槙之介(DJ kesuno)さんにDJパフォーマンスを実施していただきました。なお、スタジオユリグラフ社は「書くこと」に特化した事業を展開していて、AIライティングアシスタントXarisの開発や、思い出書店を運営しています。

まとめ

今回の「Fullstack AI Dev & Raycast Summit feat. Satoshi Nakajima」では、登壇者の方々が、Al開発やRaycastを活用した実践的な取組みを紹介しました。一方、中島さんと小飼さんのパネルディスカッションでは人間社会の発展にまで踏み込む抽象的な議論が広げられ、大変幅広い内容を取り扱った内容となりました。

DevX Communityでは今後もAI開発の先端的な動向を追いかけ、エンジニアの開発体験向上のための情報発信や、イベントを開催していきます。

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