ティール型組織でプロダクト開発を強固にする —⁠—ヒエラルキー型組織の変革で⁠プロダクト開発のイノベーションを加速させたjinjer社に聞く

企業・組織にとって、強固なチームビルディングの重要性は言うまでもありません。

かつてアメリカの実業家で鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーは「⁠⁠チームワーク⁠は、共通のビジョンに向けて協力する能力だ。それは凡人が非凡な結果を達成するための燃料である」という言葉を残しました。

アンドリュー・カーネギーの時代に鉄鋼業界が世界を席巻していたように、現代ではIT業界が技術革新をリードし、加速しています。この日々の技術進化とともに、開発組織の役割は企業の競争力向上において、前例のないほど重要になっています。

個々の技術力だけでなく、チーム全体の連携や協力が成果を左右する時代では、具体的にどのようにして「強いチーム」を作り上げれば良いのでしょうか? 本記事では、開発組織におけるチームビルディングの在り方やその成功のポイントについて、筆者らが所属するjinjer社の実例を交えながら解説します。

1. 開発組織におけるチームビルディングの重要性

高村⁠
開発組織における「チーム」とは、複数のチームで1つのプロダクトを作り上げることに、個々人の役割の重要性が発揮されます。開発チームに所属する1人1人が主体性を持ち、個人の成果を「プロダクトの成長」へつなげていく必要があることから、個人プレイでは成り立ちません。
山本⁠
とくに、プロダクトを作るためには、PjM、PdM、PMM[1]、プロダクトデザインチーム等、属性の異なるチームがまとまってプロダクト開発を進めていく必要がありますよね。属性は違えど、同じ方向(目標)を向いて、ユーザーにとって利便性の高いプロダクトを作るために、同チーム内のコミュニケーションの円滑化や生産性向上にも着目して、チームビルディングを日々行う必要があります。開発組織においてチームビルディングを重要視しなければいけないポイントはこの点に存在すると言えます。

2. jinjerが考える「ヒエラルキー型組織」が⁠現代の開発組織のチームビルディングに最適とは言えない理由

山本⁠

日本では、多くの企業が「ヒエラルキー型組織」を採用しています。ヒエラルキー型組織とは、ピラミッド状の階層を持つ企業で、明確に序列がある組織のことを指します。ヒエラルキー型組織は、開発組織においても採用している企業が多いです。

ヒエラルキー型組織を採用するメリットは、組織内の秩序を保ちやすくチーム間の混乱が起きにくいことや、権限と責任が明確であることから意思決定や問題解決をスムーズに行えることが挙げられます。

一方デメリットとして、各部門が縦割りになりやすく部門間の連携が弱まったり、意思決定が上層部に集中しすぎることで迅速な対応が困難になったりする、ということが挙げられます。

高村⁠

かく言う私たちが所属するjinjer社でも、ヒエラルキー型組織のデメリットにまさに直面していました。

ヒエラルキー型組織の最大の弱点としては、現場判断が行われず、上層部が状況を断面的に理解し判断してしまうことで、正確性/判断スピードともに大きく欠けた状態で意思決定をしてしまっていたことにありました。当社は人事労務システムという、毎年改正される法に対応し続けたり、人的資本情報開示の義務化等、市場のスピーディな変化に対して迅速な開発をしたりする必要があります。

この点で、意思決定のスピードが遅くなってしまうことが、かつてのヒエラルキー型組織では、市場に寄り添った開発ができないという、プロダクト開発においてはあるまじき状況につながってしまっていました。そのため、開発組織においてはヒエラルキー型は、当社の過去の状況から見ても、チームの在り方として最適では言えないと考えています。

3. 開発組織の在り方を変える「ティール型組織」

高村⁠

組織として、変革すべきタイミングは「⁠ユーザーにとって良いプロダクト⁠を作れる環境が整備できていないと感じたその瞬間」だと思います。

前述した組織の状況から、私が入社した当初は真っ先に組織変革をする必要があると考え、⁠ヒエラルキー型組織」から「ティール型組織」への移行を行いました。ティール型組織とは、意思決定等の重要な権限をマネージャーから各メンバーへ移譲することで、各メンバーの能動的な言動を促し、組織内のコミュニケーションを円滑にすることを狙う組織の在り方を言います。

山本⁠

組織の在り方と併せて、業務の回し方をPDCAループではなく、OODA(ウーダ)ループを軸にすることも重要でしたね[2]。OODAループは⁠自走できる組織⁠にとっては非常に有効的なので、ティール型組織に切り替えるタイミングで、市場のスピーディな変化に素早く適応し、成果を出せる行動ができるような組織環境づくりに尽力しました。

柔軟で自律的なティール型組織を作り上げるにあたり、具体的に以下の取り組みを実施しました。

① ヒエラルキー型組織になってしまう要因の分析
まず、組織がヒエラルキー型になってしまう原因を深掘りしました。要素としては、意思決定の集中や権限の偏りがなぜ起きるのか、上下関係の固定化が起きてしまう原因等、構造的な問題点を明らかにした上で、現状の課題を特定していきました。
② 各役職/役割の再定義
次に、各役職や役割の目的と責任を再定義します。これにより、個々のメンバーが持つ専門性や責任範囲を明確化し、各人が主体的に行動しやすい環境を整備しました。
③ 組織体制の再編成
組織全体の柔軟性を高めるために、PMO(Project Management Office)体制の導入/各プロジェクトの進行状況の横断的な管理/組織図の見直し等、部門間の壁を取り払い、柔軟な組織体制への移行を進めていきました。
④ 「ティール型組織に関するワークショップ」の定期開催
ティール型組織の概念や価値観を組織全体へ共有するために、ワークショップを定期的に開催しています。これにより、全員が組織の方向性や目標を深く理解し、自律的に行動するための基盤を固めていきました。
⑤ 各マネージャーのマインドセット変革
ティール型組織の文化を浸透させるべく、マネージャーの意識改革を行いました。例えば、1on1の実施/各マネージャー・メンバーとの個別対話を通じた組織課題の理解/マネージャー自身の課題を明確化していきました。他にも、マネージャーの教育プログラム/ティール型組織の考え方やスキルを学ぶ機会を提供しました。新しいリーダーシップスタイルを身につけさせるとともに、PMOのハンズオン支援を活用した文化を形成し、ティール型組織特有の自発的な自己成長を促す環境を整えました。

上記取り組みを行った結果、ティール型組織に至るまでの5段階[3]のうち2番目のステップである「アンバー(上位層による管理下で動く組織⁠⁠」から3番目のステップである「オレンジ(関係性ではなく数値に重きを置く組織⁠⁠」の段階へ、約数ヶ月で到達することができました。また、一部のチームにおいてはすでに、ティール型組織の最終段階である「ティール(個々が意思決定権を保持している組織⁠⁠」段階に入っているチームもあります。チームによってフェーズは異なりますが、現在は「オレンジ」から「グリーン(個々の主体性や多様性を重んじる組織⁠⁠、⁠グリーン」から「ティール」へと、各チームがフェーズアップするために、その課題整理と対策を随時進めています。

4. 組織へ浸透させるためのポイントとメリット

高村⁠

ティール型組織を軌道に乗せる上で重要なポイントが3つあります。

1つ目は、⁠上層部/マネージャー層から意識変革を行うこと⁠⁠。

これまで、ヒエラルキー型組織にいるメンバー層は「上からの指示が来たら業務を進められる」というマインドで行ってきました。そのような状況下で、メンバーから組織変革に関する理解を十分に得ることは難しいと言えます。

そこで、ヒエラルキー型組織の⁠上下関係の結び付きが強い⁠という特徴を活かしつつ、まずはマネージャー層からこのマインドを変えていくことで、⁠ティール型組織」の導入・浸透を進めることが非常に重要です。プライドを持って開発チームをまとめてきたマネージャー層であれば、ティール型組織の在り方に関して理解を示し、自チームへの落とし込みをしてくれるでしょう。

2つ目は、⁠評価制度の仕組みを社内で確立させておくこと⁠⁠。

ティール型組織である以上、各メンバーの評価方法に関しても、⁠MBO(Management by objectives;目標管理)に基づいたトップダウン形式」から「メンバーの合意形成」に基づいた評価へ移行させていくことが、ある意味自然な流れであると言えます。

これは、⁠①ティール型組織の価値観に沿った公正な評価を行えること」「②メンバーのエンゲージメントと成長を促進する評価プロセスにできること」に、合意形成を経て評価することのメリットがあるためです。

①について、ティール型組織は、上下関係に依存せず自律性や協力を重視する価値観を持っています。合意形成に基づく評価方法は、組織の透明性と公平性を担保しながら、メンバー間の信頼と相互理解を深めることにつながります。これにより、上下関係や主観的な判断に左右されない、多面的かつ公正な評価が組織全体で可能になります。

②については、評価プロセスにメンバー自身が参加することによって、個々の目標や改善点が明確になり、学びと成長の機会が増えます。また、全員が評価に関与することで組織に属することへのエンゲージメントが向上し、組織の一体感や協力体制が強化されることにもつながります。

上記を形作る上で、具体的な評価制度の仕組みを社内で確立させておくことは、ティール型組織を浸透させるための重要なポイントになると言えます。

3つ目は、⁠レイヤー問わず、日々の細かなコミュニケーションをかかさないこと⁠⁠。

全メンバーとの距離が離れていることは、何かプロジェクトを進める上で一体感を持って人を巻き込めない要因になってしまいます。そのため、困ったらお互いが助け合えるような距離感を、日々の細かなコミュニケーションから取っていくことが非常に重要になります。

当社では、メンバー層に対して「プロジェクトを軌道に乗せるために人を巻き込んで行動できているか」を評価のポイントとしています。これは、人を巻き込むことで全社的な視点で開発を進め、能動的かつ主体的に業務に取り組めるように促すことを目的としています。

また、マネージャー層に対しては「自チームはもちろん、自分の担当領域以外のチームにも手を差し伸べられているか」を重視しています。これは、合意形成による評価を行う上で、全メンバーの理解を深め、現場の変化を早期にキャッチアップして軌道修正できる体制を整えることを目的としています。

全レイヤーのコミュニケーションを強化することが、プロダクト開発を強固にする基盤となります。小さなコミュニケーションや定期的な情報共有が、チームの結束力を高め、組織全体の成功へとつながっていくでしょう。

5. 組織変革で得られた効果

山本⁠

このような組織の変革を経て、チームビルディングをする上で得られた副次的な効果がいくつかありました。

1つ目は、⁠各チームが、現場レベルで判断と意思決定を行うようになったことで、開発プロセスの速度と品質が向上したこと⁠⁠。

ヒエラルキー型組織の「指示待ち状態」が徐々になくなったことで、開発メンバーの判断力が大幅に向上しました。これにより、以前よりもスピーディな開発ができるようになりました。判断力の向上に加えて、主体的に自身の業務を進めたり、他プロジェクトに対して議論が飛び交うようになったりしたことで、プロダクトの品質も大幅に向上しています。ここのポイントは、⁠個人の思想に偏らず、様々な角度から活発に議論されて意思決定がなされていくこと」にあります。

2つ目は、⁠メンバー発案で、⁠技術負債を解消するチーム⁠が組成されたこと⁠⁠。

メンバー発案でストラングラーフィグパターン[4]に対応するチームが組成されました。

この発案のおかげで、成果としては目に見えて出てくるものではないですが、プロダクト開発において重要となる「技術負債と向き合う」という点に、多くのメンバーが尽力してくれることになりました。システム基盤をモダナイズするべく、様々な観点で活発に議論がなされ、技術負債の解消に向けて前進することになりました。

3つ目は、⁠PjMとPdM間のコミュニケーションが円滑になり、業務が効率化したこと⁠⁠。

ティール型組織が浸透してから、PjMやSEが主体となって多種多様な勉強会が自発的かつ定期的に開催されるようになりました。とくに新プロダクトの開発が連続して開始されたタイミングで、プロジェクト間のコミュニケーションが向上し、各プロジェクトの進捗がスピーディに進みました。これらの細かな連携が日常的にスムーズに機能するようになり、開発の品質も向上しました。

6. ティール型組織は手段として⁠同じゴールを見据えたチームビルディングを第一に

山本⁠

最後に、ティール型組織にこれから移行していく組織や、組織変革をする予定の企業へのメッセージとして、⁠ティール型組織の在り方」をゴールとせず手段として捉え、チームビルディングを行うことの重要性を伝えたいです。

ティール型組織の特徴は、柔軟で自由な環境の中でメンバーが自発的に動ける点にあります。また、メンバー同士が共通のゴールを見据えることで、それぞれがやりたいことに取り組み、与えられた業務の範囲外でも新たな価値を創出できる組織文化が醸成されます。この「自由」「自律性」が、組織全体の成長を支える重要な要素になると思います。

高村⁠

そうですね。私たちが掲げるゴールは「日本一の開発組織」になること。そのためには「日本一の開発メンバー」としてふさわしい言動を行える組織を目指しています。その手段としてティール型組織の在り方を重視し、浸透させるために日々尽力しています。

実際に、かつて500~600個も存在した組織課題のうち、ティール型組織に移行してからは、その課題はわずか約2~3割にまで減少しました。これにより、開発に関する本質的な課題に集中でき、組織全体の質を高めることが可能になっています。この点から、開発組織に課題を感じる企業にとっても大いに効果のある取り組みであると考えています。

ティール型組織の柔軟性を活かしながら、同じゴールに向かって一体感を持って進めるチームビルディングを優先することで、各企業の開発組織はさらなる成長を遂げられるでしょう。

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