2025年のWebアクセシビリティ

あけましておめでとうございます。株式会社ミツエーリンクスの中村直樹です。昨年と同じく、2024年のWebアクセシビリティに関連する出来事を振り返りつつ、2025年のWebアクセシビリティの展望について俯瞰していきたいと思います。

WCAG 2.2と関連文書

2023年10月のWCAG 2.2の勧告から1年ほどが経ちましたが、昨年の12月12日付けでWCAG 2.2の更新がされました。大部分の変更点は、編集上の修正であって、変更内容自体は軽微ではあります。ただ、WCAG 2.2内の用語集(Glossary)の用語に一部更新があるのは特筆すべき事項でしょう。

昨年はWCAG 2.2自身に動きがあった一方で、WCAG 2.2を取り巻く状況についてもいくつか目に付くものがありました。

WCAG 2.2日本語訳と解説書

ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)では、昨年3月にWCAG 2.2 日本語訳の公開を行い、11月にWCAG 2.2 解説書の一部公開を行っています。解説書に関しては、WCAG 2.2で追加された達成基準のみの公開ですが、WCAG 2.1からある達成基準は、達成基準 4.1.1が削除されたことを除いてWCAG 2.2では変更ありません。WCAG 2.2解説書の多くは未翻訳の箇所がありますが、ひとまずWCAG 2.2の達成基準の解説は日本語で入手可能な状態になっています。

WCAG 2.2解説書は、WCAG 2.1 解説書と比較して、ページのデザインが変わっていることに気づかれると思います。これは、翻訳元であるUnderstanding WCAG 2.2のデザインが旧来のものから変更されていることによります。また、⁠要約」のセクションが追加されているのも目に付きます。たとえば、解説書 達成基準 2.4.11: 隠されないフォーカス (最低限) (レベル AA)では、次のような内容になっています。

目標
フォーカスのある項目を見えるようにしておく。
何をすればよいか
項目がキーボードフォーカスを取得したときに、その項目が少なくとも部分的に見えることを保証する。
なぜそれが重要か
マウスを使用できない人々は、キーボードフォーカスがどこにあるかを確認する必要がある。

どのような達成基準なのかが端的に説明されており、あまり技術に詳しくない人でも理解しやすいような工夫が取り入れられています。

WAICの翻訳ワーキンググループでは、WCAG 2.2の関連文書に関して、残りのWCAG 2.2解説書の翻訳を行い、その後にTechniques for WCAG 2.2の翻訳を順次行っていく予定です。

WCAG 2.x Backlog Task Force

WCAGを開発しているW3CのAccessibility Guidelines Working Group (AG WG)では、WCAG 2.x Backlog Task Forceというタスクフォースが設けられています。このタスクフォースでは、WCAG 2.x(WCAG 2.0、2.1、2.2のこと)の特にUnderstandingとTechniquesについて、精力的にメンテナンスが進められています。

年に一度に開催される、W3Cの技術カンファレンスであるTPAC 2024にあわせて、AG WGがYouTubeで公開したAccessibility Guidelines (AG) Working Group updateというタイトルの動画では、タスクフォースが約200件のGitHubw3c/wcag上のissueに対処したことを報告しています。issueでは、UnderstandingやTechniques上のタイポやリンク切れの軽微な問題だけでなく、達成基準に関する説明不足の指摘、時代にあわなくなった記述なども報告されています。タスクフォースがこれらのissueに対応することで、UnderstandingやTechniquesの品質向上が図られています。

Techniquesの翻訳であるWCAG 2.1達成方法集では、特に時代に合っていない記述に対して少なくない数の訳注が提供されていますが、将来提供されるTechniques for WCAG 2.2の日本語訳では、そのような訳注が減ることが期待できます。

WCAG2ICTとWCAG2Mobile

前述のAG WGのYouTubeの動画では、WCAG2ICTにも触れています。WCAG2ICTというのは、Guidance on Applying WCAG 2 to Non-Web Information and Communications TechnologiesというW3C Group Noteのことです。これはWCAG 2.xの原則、ガイドライン、および達成基準を非Webの情報通信技術(ICT⁠⁠、特に非Webドキュメント(電子メールや電子書籍、MS Excelのようなスプレッドシート、MS PowerPointのようなプレゼンテーション)と非Webソフトウェアにどのように適用できるかについて説明するものです。

筆者の個人的な感覚ですが、WCAG2ICTは日本ではあまり注目されていないW3C文書であるように思われます。しかし、WCAG2ICTのBackgroundのセクションで述べられているように、⁠WCAG 2.1や2.2が存在していなかった)2013年版のWCAG2ICTは、欧州のアクセシビリティ規格であるEN 301 549や、米国のICTアクセシビリティに関する法律であるSection 508で言及されている文書ではあります。WCAG 2.xが適用できる範囲は、Webに限られたものではないことを改めて認識したいところです。

また、AG WGのMobile Accessibility Task Force (MATF)は、昨年の初頭に新たなファシリテーターを迎え、WCAG2Mobile (Guidance on Applying WCAG 2.2 to Mobile)の策定を進めています。これは、スマートフォンなどで動作するモバイルアプリに焦点を当てた文書であり、WCAG2ICTを参照しつつ、どのようにモバイルアプリにWCAG 2.2を適用できるのかについて説明するものです。

まだ公開草案は発行されていませんが、GitHubw3c/matfからEditor's Draft(編集者草案)やissue上での議論の様子を見ることができます。私たちの日々の生活にスマートフォンは大きな存在感のあるデバイスだと言えます。そのスマートフォンのアプリのアクセシビリティを考える上で、鍵になっていく文書になってくると考えられ、その動向に注目したいと思います。

ISO/IECの動向とJIS改正の見通し

国際規格であるISO/IEC 40500:2012は、2024年7月に定期見直し(systematic review)が開始され、12月に見直し期間が終了しました。見直し期間の終了後、ただちに改訂に向けた作業に進めることが決定されました。2024年12月時点で、W3CがISO/IECに提出したWCAG 2.2は、ISO/IEC DIS 40500という規格番号が付与されています。

DIS (Draft International Standard)というのは国際規格案と呼ばれるステータスであり、ここからISO/IECの規格策定プロセスに則って、最終的なステータスである国際規格(IS; International Standard)へと進んでいきます。WCAG 2.0のときは、DISから約11か月で国際規格が発行されました。WCAG 2.0のスケジュールをなぞるならば、今年の11月にはWCAG 2.2が国際規格となっていることになります。ISO/IECの審議で特に異論がなければ、今年中に改訂されたISO/IEC 40500:2025が発行されるものと予想されます。

ISO/IEC 40500の改訂の見通しが立ったことから、WAICが進めているJIS X 8341-3改正に関する準備に弾みがつくものと考えていますJIS X 8341-3の改正に関する準備─⁠─ウェブアクセシビリティ基盤委員会 作業部会6もご覧ください⁠⁠。DISのステータスでJIS改正を行う原案作成委員会を立ち上げることができるのかどうかについて、関係各所に問い合わせを行っていくことになります。

WAICでは、日本規格協会のJIS原案作成公募制度によって、JIS原案の作成を検討しています。公募ができた場合、約1年でJIS改正に漕ぎつけられる見通しです。作業部会6としては、今年中に原案作成委員会を立ち上げたい意向です。

WCAG 3.0について

昨年は、Global Accessibility Awareness Day (GAAD)にあわせる形で5月のWCAG 3.0の草案が、前述のWCAG 2.2と同時に12月のWCAG 3.0の草案が公開されました。

5月の草案では、Guidelineのセクションに、174ものoutcomes(WCAG 2.xでいうところの達成基準に相当するものとされていた)が提示されたのが目立ったものでした。174という数は一見かなりの量に見えますが、WCAG 3.0自体が最初期のドラフトである、つまりは何も決まっていないに等しいような状態です。WCAG 3.0の議論が進むにつれ、outcomeが削除されたり、統合されたりするなどして、数自体が減るものと予想します。5月時点では、outcomeの適合レベルは何も記載がされておらず、とりあえず並べるだけ並べてみたという印象が強いものでした。

5月の草案がそういう調子でしたので、12月の草案についても特筆すべき内容がないのでは……と考えていたのですが、実際には筆者の予想を裏切る、内容を伴った大幅な更新がされました。

12月の更新では、WCAG 3.0自身だけでなく、Requirements for WCAG 3.0Explainer for WCAG 3.0もあわせて更新されています。5月の草案でWCAG 3.0に記載されていた内容の一部は、Explainerに移動しています。

AG WGのco-chair(共同議長)を務めるRachael Bradley Montgomery氏のBlog記事WCAG 3 December 2024 Update & Thoughts from the Co-Chairsでは、12月の更新内容の説明とともに、共同議長としての考えが示されています。Rachael氏のBlog記事では、同じく共同議長であるAlastair Campbell氏とChuck Adams氏が記事の結びに名前を連ねていることから、Rachael氏個人というよりかは、3名の共同議長全員としての考え方と捉えるのがよさそうです。ここからは、そのRachael氏のBlog記事を交えてWCAG 3.0を見ていきたいと思います。なお、WCAG 3.0の用語については日本語を当てていますが、個人の解釈であって、非公式の翻訳にしか過ぎないことをお断りしておきます。

WCAG 3.0の構造

12月の草案では、WCAG 3.0の構造が大きく変更されています。まず、5月の草案でoutcomesと呼ばれていたものは、guidelines(ガイドライン)として提示されています。このガイドラインの下位に、requirements(要件)とassertions(アサーション)がぶら下がるような構造になっています。

要件は、WCAG 2.xの達成基準に相当するものです。要件には、Foundational Requirements(基本的な要件)と、Supplemental Requirements(補足的な要件)の2つに分類されます。基本的な要件は、満たさなければならないものであり、WCAG 2.2のレベルAとAAに類似したものになる想定とのことです。補足的な要件は、基本的な要件よりも高い基準(たとえば、レベルAAAのコントラスト比のような基準)を満たすものとされています。

アサーションは以前の草案でも議論されてきたものです。適合を主張するとき、アサーションを用いることで、アクセシブルなデザインシステムの利用、支援技術でのテスト、ユーザビリティテストのような、アクセシビリティの改善や検証を行ったことを主張できるようになります。

また、recommendations(推奨事項)の追加についても議論しています。推奨事項は、アクセシビリティを向上させるベストプラクティスですが、確実にテストできるものではありません。アサーションと一部重複していることから、議論を続けていく必要があるとのことです。

12月の草案にはディシジョンツリーが組み込まれています。これは、AG WGがWCAG 2.xの複雑な達成基準を分割していく中で、有用な方法と思われたために、草案に取り込んでいるとのことです。

適合

Rachael氏のBlog記事では、AG WGの決定事項として下記が引用されています。

The most basic level of conformance will require meeting all of the Foundational Requirements. This set will be somewhat comparable to WCAG 2.2 Level AA.

Higher levels of conformance will be defined and met using Supplemental Requirements and Assertions. AG will be exploring whether meeting the higher levels would work best based on points, percentages, or predefined sets of provisions (modules).

訳すとすれば、次のようになるでしょうか。

  • もっとも基本的なレベルの適合は、基本的な要件をすべて満たすことを必要とし、これはWCAG 2.2レベルAA相当となる。
  • より高いレベルの適合は、補足的な要件とアサーションを用いて定義される。AG WGは、ポイント、パーセンテージ、モジュール(定義された条項のセット)に基づいてより高いレベルを満たすことが最も効果的かどうかを検討する。

AG WGは、今年の上期をガイドラインの作成に費やす予定ですが、その中で特に否定する材料が出ない限り、上記の決定事項で策定を進めていくとのことです。

スケジュール

Explainerからもリンクされているように、スケジュールはWCAG 3 Timelineで公開、メンテナンスされています。

WCAG 3 Timelineでは、アクセシビリティのカンファレンスとして知られ、今年で40回の節目を迎えるCSUNや、11月に神戸で開催されるTPAC 2025がRetrospective(振り返り)として提示されており、マイルストーンとして捉えていることが伺えます。また現在のAG WGのCharter(憲章)が今年の10月末で終了することから、新しいCharterの発行とともに、新たなスケジュールが示されるものと思われます。

Open UIの合同ミーティングにまつわるトピック

HTMLのトレンドやWeb制作者のニーズを調査したState of HTML 2023の結果が公表されたのは、昨年5月のことでした。その中で、アクセシビリティに関する調査も行われたのですが、⁠What are your pain points around HTML forms?」⁠HTMLフォームに関する問題点は何か?)という質問に対して、⁠Styling & customization」に関する3652ものコメントが寄せられました。この調査に参加したのは20000名ほど(アンケート完了状況にはばらつきがある)ですから、参加者の実に2割ほどがHTMLフォームのスタイルやカスタマイズに明確に不満を述べている結果となりました。

この調査結果に呼応するように、5月からOpen UIWHATWG/HTML、CSS WGの3グループの合同ミーティングが定期的に開催されています。HTMLとCSSの仕様を策定しているワーキンググループの説明は省きますが、Open UIについて馴染みのない方向けに簡単に説明しますと、Open UIはW3Cのコミュニティグループのひとつです。Open UIは、Webで使用されるフォームコントロールやUIインターフェイスを調査し、Webプラットフォーム間の相互互換性を向上させるための取り組みを行っています。

HTMLの標準フォームコントロールは、デフォルトのデザインが貧弱である、デザインをカスタマイズすることがほぼできない、プラットフォームによって著しく見た目の差異があるなどの理由から、CSSでいちからデザインされることはあります。ところが、CSSで見た目はよくデザインされている一方で、スクリーンリーダーのような支援技術には伝わらない情報構造になっているというような、残念なUIが往々にして世の中のサイトで提供されているというのが現状です。

合同ミーティングの中ではかなり込み入った議論がされていますが、CSS Form Styling Module Level 1ではUnofficial Proposal Draftとして、ミーティングの議論を通じて出されたいくつかの疑似要素が集められています。この中でわかりやすいのは::checkmark疑似要素でしょうか。その名のとおり、チェックマークアイコンに対してスタイルを提供することを試みるものです。

UIの外観については、現在はCSS Basic User Interface Module Level 4で規定されているappearanceプロパティで断続的に長らく議論が行われているという認識です。スタイルの変更ができるようなHTMLの標準コントロールを目指して、appearanceプロパティを含めた議論が継続的に行われていくものと思われます。

ところで、3グループの合同ミーティングでは、CSS Display Module Level 4で提案されるreading-flowプロパティについても議論がなされています読み取りフローと display: コンテンツを使用した要素に関するデベロッパー フィードバックのお願いが詳しいです⁠⁠。グリッドレイアウトフレックスボックスでは、実装の仕方によってはCSSによって提供される見た目の順番と、DOMが提供するフォーカスの当たる順番が異なるという事態が起こりえます。これを解決するひとつの方策がreading-flowプロパティになります。フォーカス順序といえば、tabindex属性を思い浮かべる方も多いかと思いますが、このプロパティとtabindex属性がどのように影響を及ぼすのかについて、HTML側でも議論が進んでいるところです。

ソルファニャーノ憲章とアクセシビリティ施策

昨年10月に、G7包摂と障害に関する担当大臣会合(イタリア・ソルファニャーノ)が開催され、成果文書としてソルファニャーノ憲章が採択されました。G7(主要国首脳会議)の枠組みで、包摂と障害(inclusion and disability)のテーマでの開催は初になるとのことです。

ソルファニャーノ憲章では、障害者権利条約の完全実施に向けて8つの優先事項を挙げており、国際機関や民間セクター等と協力して取り組むことが盛り込まれています。その中で、優先事項2として「アクセスとアクセシビリティ(Access and accessibility⁠⁠」が挙げられており、Webサイトはもちろんのこと、アプリやソフトウェア、住居や交通手段のアクセシビリティについて触れられています。また、公共・民間セクターの双方で、物理・デジタル空間をアクセシブルにする重要性についても触れられています。

さて、我が国の公共セクターのWebアクセシビリティとしては、根本にみんなの公共サイト運用ガイドラインが存在します。障害者権利条約の対日審査の総括所見でも評価されている本ガイドラインですが、2024年版の改訂は、筆者としてはやや唐突な動きのように見え、驚きをもって受け止めていました。

2024年版における最も大きな変更点は、WCAG 2.2について、JIS改正を見越して可能な限り推進するというものです。本稿でも述べているとおり、2024年末でこそJIS X 8341-3:2016の改正の見通しが立ったものの、ガイドラインが公開された春の時点では、WCAG 2.2は単なるW3Cの勧告でしかありませんでした。そのような状況を鑑みると、かなり前のめりな内容であり、内容としても驚くものでした。

そのような2024年版のみんなの公共サイト運用ガイドラインですが、昨年12月に行われた第82回障害者政策委員会の総務省提出では、⁠次期JIS改正のタイミングで改定を予定」と明記されています。WAICの作業部会6では、JIS X 8341-3の附属書JA/JBについても見直しを行っているところです。近い将来にガイドラインが改定されることになれば、改正JISとなっているWCAG 2.2に言及するのはもちろんのこと、改正JISの附属書の考え方も取り込まれるものと思われます。

ところで、昨年は改正障害者差別解消法が我が国のトピックでしたが、EUでは、今年6月にEuropean accessibility actとも呼ばれる欧州アクセシビリティ指令がすべての製品とサービスに適用されます。

欧州アクセシビリティ指令は、いくつかの民間セクターにも拘束力が発生する一方で、みんなの公共サイト運用ガイドラインはその名のとおり、あくまで公共セクターだけを対象としたものです。また、デジタル庁のウェブアクセシビリティ導入ガイドブックについても、第一の読者として行政官を想定するものです。民間セクターを対象としたものとしては、国土交通省のバリアフリー整備ガイドラインが挙げられますが、あくまで運輸セクターに限定されるものであり、欧州と比べると限定的であると言えるでしょう。何よりも、我が国では法的にWCAG 2.xに則ってWebアクセシビリティを確保するように定められているわけではありません。

総括所見ではWebアクセシビリティに関して法的拘束力のある基準の整備について直接的な言及がなされています。また前述したように、ソルファニャーノ憲章でも優先事項としてアクセシビリティが取り上げられています。Webアクセシビリティについて我が国での法的なルール作りが少しでも前進することを願って、本稿の締めくくりとしたいと思います。

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