EMConf JP(Engineering Management Conference Japan) 2025レポート ――エンジニアリングマネージャーたちの「増幅」「触媒」目の当たりにした1日

2025年2月27日、ベルサール新宿グランドコンファレンスセンターにて、Engineering Management Conference Japan 2025(EMConf JP 2025)が開催されました。

エンジニアリングマネージャー(EM)のコミュニティ活動が盛り上がるなかで、初めての開催となったEMConf JP 2025。参加チケットが発売後すぐに完売するほどの注目を集め、当日は500名弱という多くの参加者が会場に集いました。

今回のカンファレンスのテーマは「増幅」「触媒」です。EMが生み出す熱がより大きく、より広がっていくようにと設定されたこのテーマは、カンファレンスのさまざまな場面でキーワードとして使われていました。

今回はキーノートを中心に、その模様をお届けします。

[オープニングキーノート]エンジニアリングマネージャーのロードマップ――エンジニアリングマネジメントの4次元と生成AI時代の戦い方

最初に登場したのは、ゲストスピーカーである株式会社レクター取締役の広木大地氏です。

株式会社レクター取締役 広木大地氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社レクター取締役 広木大地氏

広木氏はエンジニアリング組織論への招待の著者で、⁠EM」という言葉を日本に広めた1人でもあります。このセッションでは、EMという役割の誕生から進化を振り返った後、EMの本質を「4つのP」として整理し、最後に生成AI時代のEMについて展望を述べました。

EMの誕生と進化

かつてはEMという呼称は一般的ではなく、⁠課長」⁠部長」⁠リーダー」など単なる管理職として呼ばれていました。このような役割は定義も曖昧で、技術が身につかなくなるという懸念からもエンジニアからは不人気でした。

そんな中、2018年ころからエンジニアリングマネージャー(EM)という肩書が普及します。人材育成、技術戦略、プロジェクト管理、プロダクト連携の専門職としてその知識・スキルが明確化されました。

一方で、EMという言葉が普及するにつれて「EMって結局何なの?」という疑問が聞かれるようにもなりました。EMという言葉が一次的な流行語で終わらないようにするためには、知識体系が整備されることが重要だ、と広木は語ります。

そもそもエンジニアリングの課程というものは、曖昧な構想から始まって最終的に具体的なソフトウェアとして実現することであり、エンジニアリングの本質は不確実性との対決であるといいます。そのためには、早期にリスクを暴露して小さく、早く失敗する⁠フェイルファストの原理⁠が重要になります。この原理をエンジニアリングマネジメントに適用するため、次の4つのPが紹介されました。

  • People(ピープルマネジメント)
  • Project(プロジェクトマネジメント)
  • Platform(プラットフォームマネジメント)
  • Product(プロダクトマネジメント)

EMの本質と4つのP

ピープルマネジメントは、メンバーに不確実性に向き合うマインドセットをつくることです。⁠リスクをとってもいい」という信念を共有して心理的安全性を確保すること、1on1で細かな悩みや疑問を吸い上げることが重要です。EMはチームビルディング、メンタリング、文化形成を通じて、メンバーとチームの成長を促す役割があります。

プロジェクトマネジメントは、リスクに向き合い真の進捗をつくることです。プロジェクトマネジメントではタスクではなくリスクを管理します。スコープを小さく保つことでリスクの掛け算的な性質を小さくし、予測しやすい足し算の世界に閉じ込めることがEMの役割だといいます。またソフトウェアは目に見えないため、動くソフトウェアに価値を置き、真の進捗を定期的に暴露することも重要です。

プラットフォームマネジメントは、ソフトウェアを効率的に開発、発展させるための基盤を管理して、早期に失敗できる技術的土台をつくることです。開発工程において早期にテストを実施し不具合を顕在化させる品質のシフトレフトや、フロー効率を高めるための技術的投資、また技術的負債を可視化することの重要性が語られました。

そしてプロダクトマネジメントは、プロダクト仮説検証サイクルをつくることです。プロジェクトマネジメントは終わらせることが目的ですが、プロダクトマネジメントは終わらせないことが目的になります。そのためには仮説検証を繰り返すことが重要であるとし、仮説法という思考様式について解説しました。

それでは、EMはこれらの4つのPすべてをこなさなければいけないのでしょうか。広木氏は、そうではないと言います。EMは価値実現に必要なものを理解して、調達してくることが役目です。そのため、4つのP全てができるスーパーマンである必要はないが、これをわかっておく必要はある、というメッセージが語られました。

生成AI時代のエンジニアリング組織

最後に、生成AIの登場で、エンジニアリングマネージャーはどう変わるのでしょうか。

歴史を見ると、ソフトウェアは常に簡単になり続け、同時に複雑性は増え続けています。また、人の価値は高くなり、半導体は安くなり続けています。つまり、少ない労働力で多くのことをコンピュータに任せる必要があります。不確実性の小さい部分から労働はコンピュータに置き換わり、人間が担うのはより上流の課程になっていくでしょう。

広木氏はAI Agentを駆使した自身の最近の開発体制を紹介しながら、旧来の「メンバーが提案し、マネージャーが決める」体制から「AIが提案し、人間が決める」体制になると述べました。つまり、⁠全てのエンジニアは、AIをメンバーにもつエンジニアリングマネージャーになる」ということです。そのときEMは、そのエンジニアたちをさらにオーケストレーションし、より本質的な問題に対処しなければなりません。

最後に広木氏は、2018年に自身がインタビューで語った「現在はコンピュータの設計、システムの設計、組織の設計をする人はそれぞれ違った知識や目線で行っている。しかし今後ますます人とコンピュータの区別がなくなっていくと、アーキテクチャと組織の統一理論が出てくるだろう」という内容を引用し、アーキテクチャと組織の統一を目指そう、というロードマップを示してセッションを締めました。

発表資料

プロダクト部門のマネージャー全員でマネジメントポリシーを宣言した記録

株式会社スタンバイ VPoE(Vice President of Engineering)のpiro takahara氏によるセッションです。はじめに社内における「マネージャー間で協力して何かを行うことが少ない」⁠マネージャー間で情報交換することが少ない」という課題を共有したうえで、これらを解決してマネージャー同士がつながって助け合うために、マネジメントポリシーを宣言した経験について発表しました。

株式会社スタンバイ VPoE(Vice President of Engineering)、piro takahara氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社スタンバイ VPoE(Vice President of Engineering)、piro takahara氏

背景として、takahara氏の組織では、マネージャーが集まった組織運営グループで情報共有や共通課題の解決が円滑に進まないという課題がありました。その原因として、マネージャー間で経験や理想像の認識に際があることや、中途入社者の多い中で文化や認識のすり合わせが不十分であったことが認識されました。

そこで、マネージャー間で共通の目標を作るため、組織ビジョンである「自立型組織」の実現に向けて、マネージャーに求められる行動や姿勢をポリシーとして明確化することにしました。マネジメントポリシーの策定は、以下の4ステップで進められました。

  1. 組織ビジョンである「自立型組織」について認識を合わせる
  2. 自立型組織が実現した状態を具体的にイメージし、言語化する
  3. 現状とのギャップを洗い出す
  4. ギャップを埋める方法を検討する

策定したマネジメントポリシーは、さまざまな立場の人に活用してもらえるものになったといいます。マネージャーにとっては日々の判断・行動の基準にしてメンバーからの指摘をもらうため。メンバーにとってはマネージャーが大切にしていることを知ってもらい、意見したり説明を求めたりしたもらうため。そしてこれからマネージャーになる人にとっては、マネージャーとして求められる行動を把握し、目指す指針にするため。

また、これらをマネージャー以外のメンバーにも知ってもらうため、説明会を開催しました。説明会後の1on1で感想を聞くと、⁠こういうのは『作って終わり』になることが多いので、ふりかえりが大事ですよね」という鋭い意見が出てきたそうです。そのため今後の課題としては「作って終わり」にしないこと、そしてこのポリシーを使って新任マネージャーとも温度差を埋めたいとのことです。

まとめでは、抽象へのアプローチと具体へのアプローチは両方大切であること、そしてマネージャー同士つながって助け合えると、当初は課題に見えていた多様性がメリットになるということが語られました。

最後に余談として、EMがしんどそうにしていたら次にやりたい人がいなくなると話し、つながって助け合うことで「EM=えらくモテる」にしよう、という温かいメッセージでセッションを終えました。

急成長する企業で作った⁠エンジニアが輝ける制度

株式会社SHIFT VPoEの池ノ上倫士氏によるセッションです。急成長を遂げる企業が、エンジニアにとって働きがいのある制度をどのように構築したかについて語られました。

株式会社SHIFT VPoE 池ノ上倫士氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社SHIFT VPoE 池ノ上倫士氏

池ノ上氏が所属する会社は2017~2024年で売上高が13.5倍に伸びましたが、その急速な成長の陰で、エンジニアの成長、キャリアプラン、チーム形成において課題が生じていました。振り返ってみるとこれらの課題は、EMの不在によるものだったのことです。

1つ目の課題として挙げられたのが、エンジニア個人の成長についてです。必要な技術を場当たり的に習得する状況だったため、設計原則や技術の本質を学ぶ機会が得られにくい環境になっていました。

これに対処するため、スキルツリーを整理し、スキルロードマップを描くことにしました。ロードマップを描く過程はさまざまな分野のエンジニアを巻き込んで盛り上がりを見せましたが、それを評価・教育制度に反映しようとすると、人事や営業との文化の違いによって問題が発生しました。そこで、経営層とIT技術をテーマに議論する場を設定すると、エンジニアと経営層がお互いを理解しようとする姿勢が生まれたのことです。

2つ目の課題は、キャリアプランについてです。新しいサービスが次々とリリースされ、エンジニアの経験が案件へのアサインに振り回されてしまうため、キャリアプランが描きにくくなっていました。営業部としても、せっかくとってきた案件をエンジニアに断られることがある、という困った状況にありました。

そこで、ソリューションツリーを作り、ソリューションを支える体制が見えるようにしたということです。これによって、安定して受けられる案件とチャレンジングな案件の認識を共有し、営業とエンジニアのアライメントが生まれるようになりました。

最後に3つ目の課題は、チーム形成についてです。プロジェクトの経験や実績が組織全体として積み上げられず、開発の非効率化や技術的負債の蓄積を招いていました。

これに対処するため、プロジェクトライフサイクル活動を始めました。さらにこの活動によって、開発品質のばらつきが露呈し、開発標準を整えることにもつながったということです。さらに、CoE(Center of Excellence)活動にセールスへの参画・責任を求めることで、事業への貢献を明確化しました。

以上のような取り組みによって、エンジニアの年間給与が平均9.84%上昇し、離職率も6.1%まで低下するという成果を得られました。

今後の取組みとしては、エンジニアのポジションの明確化、スキルアップのための乗務時間の確保、DevRel組織の設立などを目指しているそうです。これらをどう実現するか模索している最中のため、さまざまな組織での苦労や取り組みを是非共有してほしい、と参加者に呼びかけてセッションを締めました。

1行のコードから社会課題の解決へ⁠ EMの探究⁠事業⁠技術⁠組織を紡ぐ実践知

READYFOR株式会社 VPoE兼EMの熊谷遼平氏によるセッションです。このセッションでは、熊谷氏がインパクトスタートアップのEMとして事業価値とエンジニアリングの接合について探求、実践し、その中で得られた学びを➀事業軸、②技術軸、③組織軸の3つに整理して共有しました。

READYFOR株式会社 VPoE兼EM 熊谷遼平氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
READYFOR株式会社 VPoE兼EM 熊谷遼平氏

①事業軸では、EMに求められる事業視点について、業績達成のために「戦略」「業務効果」の両方が不可欠であると述べました。マイケル・ポーターの競争戦略の言葉を引用すると、エンジニアリングにおける「戦略」とは競合他社との差別化や技術ポートフォリオの構築、そして「業務効果」とは効率性と品質の向上のことです。

また、企業価値を考えるためにDCF(Discounted Cash Flow)法による事業価値の方程式やFCF(Free Cash Flow)の方程式を示し、それが売上高、プロダクト開発といった順番でエンジニアリングの取り組みにつながっていくことを説明しました。

ここで大切なのは方程式そのものではなく、企業価値を高めることとEMが日々向き合う課題には距離があることを認識し、一方的なコミュニケーションを避けることであると強調しました。

②技術軸では、開発生産性向上のための取り組みについて、定性的・定量的に課題を発見して解決するアプローチが紹介されました。

定性軸での課題発見としては、DORA(DevOps Research and Assessment)が提供するDevOpsケイパビリティを用いて、課題の全体像を把握するためのワークを実施したということです。定量軸での課題発見としては、Four Keysの分析に必要なデータを自動で収集・分析できるようにしました。

ここで、Four Keysはあくまでソフトウェア開発のパフォーマンスを測る1つのツールでしかないため、単に導入するだけでなく、課題と仮説を明確にしてアウトカムを意識することが重要であると述べました。

③組織軸では、EMが意識すべき3つのマネジメントサイクル(組織、ピープル、チーム)を挙げ、事業フェーズに応じたマネージャーの役割配分や役割の明確化について紹介しました。さらに生成AI時代におけるエンジニアの付加価値の方向性を示し、EMとして、生成AI時代でも通用するエンジニアの市場価値を考える必要があることを示唆しました。

また、ピープルマネジメントにおいては個々の感情的な問題が根幹にあることを述べ、⁠売上はすべてを癒す』とよく言われるが、事業成長は組織課題を解決するのではなく『組織課題を隠す』のです」という言葉を引用して、文化醸成に向き合う必要性を伝えました。

最後には、エンジニアリングに意義と楽しさを見出すメリットを紹介し、エンジニアはプログラミングのフレームワークやクラス設計をする気持ちでビジネスフレームワークに触れてもいいかもしれない、というメッセージでセッションを締めました。

Two Blades, One Journey: Engineering While Managing

株式会社スマートバンク EMのohbarye氏によるセッションです。このセッションではohbarye氏がIC(Individual Contributor:個人貢献者)とEMを交互に経験する中で得られた⁠二刀流⁠キャリアモデルの有効性と再現性について発表しました。

株式会社スマートバンク EM ohbarye氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社スマートバンク EM ohbarye氏

まずはじめに、EMを取り巻くマクロな課題とミクロな不安が紹介されました。

マクロな課題としてはプレイングEMの負荷の高さとEM人材の不足があります。⁠マネージャーはマネジメント業務に専念すべき」という主張がされることがありますが、調査に基づくとEMの大半はプレイングマネージャーであり、エンジニアリング業務にマネジメント業務が上乗せされるような状況にあります。

ミクロな不安としては、技術力が衰えるのではないかという不安や、キャリアパスが狭まるのではないか不安というがあります。EMはマネジメント業務によって技術研鑽の機会が減少することで、エンジニアとしての自信が低下してしまうことがあるそうです。

これらのマクロな課題とミクロな不安は相互に増幅しあう負のスパイラルを引き起こしますが、今回の発表ではミクロな不安にフォーカスし、不安を取り除くことを目指すということです。

ohbarye氏はEMのミクロな不安に対して、さまざまな方法で対峙しました。

1つは、Engineering Manager Meetupを立ち上げて他のEMと交流することで、EMになりたてのパニックゾーンを抜け出すことができました。また高い技術力をもったEMのロールモデルを知ることもできたそうです。さらにEMという立場を活かして優秀なエンジニアと話す機会を得るなど、技術力を伸ばすための活動に取り組みました。そして、ICとEMを行き来する「振り子モデル」というキャリアを実践しました。

このようにして不安に対峙することで、次のようなことを学んだということです。

  • ICもEMも、エンジニアリングを異なる視座から捉えているにすぎないこと
  • ICの上位職とEMに求められるスキルやマインドは重なっており、各々での学びはコストではなく資産になること
  • プレイングEMもマネジメントの一形態であり、問題解決のために「なんとかする」ことが本質であること

そしてこのような二刀流を実践するためのヒントとして、なにはともあれ時間を作ること、そのために重要度・緊急度を把握して仕事を選ぶこと、機会にオープンなマインドを持つことの重要性を述べました。

最後は「いつだって始める前がいちばん怖い。始めたら、それ以上は悪くならない」というStephen Kingの書くことについてからの言葉を引用して、ミクロな不安を抱えたEMを勇気づける言葉でセッションを締めました。

「共創型エンジニアリングマネジメント」の挑戦と実践

株式会社kubell EMの、うっしー氏によるセッションです。このセッションでは、組織の規模拡大に伴う課題と、それに対して「共創型エンジニアリングマネジメント」を実践した経験について発表されました。

株式会社kubell EM うっしー氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社kubell EM うっしー氏

組織が成長すると分業制が進み全体像を把握するのが難しくなり、マネージャーが必要になります。しかしマイクロマネジメントや権限移譲では局所最適化やサイロ化が進む可能性があります。マネージャーとして、それは成果になるでしょうか。

うっしーさんは、そうではないと考えます。書籍『エンジニアリングマネージャーのしごと』によるとマネージャーのアウトプットは「自チームのアウトプット」「自身が影響を与えた他チームのアウトプット」の和であるため、後者がマイナスになってはいけません。マネージャーは全体最適の視点が重要です。

これをふまえて、うっしーさんの組織における組織体制とEMの役割について振り返りました。従来の組織体制では、EMはピープルマネジメントに閉じた役割になっていましたが、組織の成長に伴い、事業戦略と各部署の戦略の紐づけが不明確になりやすいという課題に直面しました。

そこで、EMとVPoE全員でエンジニアリングマネジメントグループを創設することになりました。⁠持続的に生産性が上げられる開発組織づくり」というテーマのもとEMの役割定義を再考し、個々の強みを活かしつつEMとVPoE全員でエンジニア組織の課題に取り組む「共創型エンジニアリングマネジメント」を掲げました。

共創型エンジニアリングマネジメントではEM同士で積極的に情報共有し、課題提起から合意形成、具体策の実行までを行います。EM全員が積極的に意見交換して共同で責任をもつことで、局所最適を避けて全体最適を目指すことができます。

実際の事例として、エンジニア組織体制を変更した際の経験が語られました。従来の組織体制はシステムとチームを紐づける想定で進められてきましたが、組織の成長に伴う課題に直面し、職能別の組織に変更することにしました。この際「戦略が作れる単位で部署を分けていく」という合意形成をして、サーバーサイド、クライアントサイドそれぞれでこれを実現できるような組織再編を行ったとのことです。

このように共創型エンジニアリングマネジメントを実践してみて、共創型エンジニアリングマネジメントは以下のようなときにより機能すると感じたとのことです。

  • 職能ごとにEMを跨ぐことでより生産的に解決でき、現場とギャップが生まれないようにしたい課題がある場合
  • VPoEやCTOが課題を持ちすぎてしまって解決に時間がかかる場合
  • 各EMとVPoEの目線が揃っていない/各EMのスキルに差がある場合

最後に、EMは組織の拡大にともなうサイロ化や局所最適のような「負の増幅」を抑え、相互に生産性を高めあう「正の増幅」ができるように全体最適の視点をもつことが重要である、というカンファレンスのテーマに沿ったメッセージを伝えてセッションを締めました。

サバイバルモード下でのエンジニアリングマネジメント

株式会社Kyash VPoEの、こにふぁー氏によるセッションです。経営/プロダクトともに難しい「サバイバルモード」下でVPoEに就いたこにふぁー氏が、その時の状況とそこから得た教訓を語りました。セッションの初めには現在のメンバーや退職した元メンバーも会場にいることを明かしながら、マネジメントの話をするのは難しいことであると前置きして自身の経験を発表されました。

株式会社Kyash VPoE こにふぁー氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
株式会社Kyash VPoE こにふぁー氏

2022~2023年のKyashは事業的にも組織的にも困難に直面していました。収益構造が悪化していることで組織が全体的に消耗し、複数のメンバーやマネージャーが退職していました。しかし2024年からはプロダクトの収益性が大きく改善したのに伴い、組織も少し将来のことに目を向ける余裕ができてきたということです。

こにふぁー氏はこのような変化を経て、現在から振り返って2022年に戻るならこうしておけば良かった、という教訓を5つ挙げました。

1つ目は、コストの見直しをすぐにやることです。

コスト削減は収益構造の改善にダイレクトに効くうえ、開発チームでコントロールできることも多く、一時的に士気の上昇にもつながりました。また以前は「事業計画を開発がどう実行するか」というメンタルモデルでいたために、事業計画に対する提案ができていなかったと振り返ります。

2つ目は、自分の不安を紛らわすための1on1をしないということです。

2022年当時は退職が続いており、その原因はプロダクトの方針や事業・経営の状況など、エンジニアリングマネジメントだけで対処できる範囲を超えていました。そのためメンバーのフォローをしつつ経営にもエスカレーションするため、1on1の対象と頻度を増やして情報をキャッチしようとしていました。

しかし、これは自分の不安を紛らわすような動きをしていただけで、このような1on1は無意味だったということです。必要なのは自分の考えを共有して何をするか宣言し続けること、そしてマネジメントの引き出しを増やすことだと語りました。

3つ目の教訓は、収益構造を理解して提案するということです。

以前は共有された事業計画の目標数字だけを追っていて、とにかく「それをどう遂行するか」に責任を持つと考えていました。振り返ってみると、背景となる収益構造をもっと深く理解すべきだったとのことです。

これらはプロダクトマネージャーや事業責任者の責務ではないのかという意見もあるかもしれませんが、サバイバルフェイズにおいてはあまり責務を分けて考えすぎない方がいいということです。距離感は保ったうえで、自分から情報を取りに行き、成果の最大化のために自ら関わっていく方が良かったと語りました。

4つ目の教訓は、採用活動を止めないことです。

Kyashでは一時期、エンジニアの新規採用を止めていました。当時は「予算で上限が決められてるならその中でやるしかない」と考えていましたが、予算は調整も可能なので、もっと全体を丁寧に確認すればよかったと振り返ります。

また仮に採用を止めてたとしも、採用「活動」は止めないほうが良かったとのことです。採用活動はチームを団結させるマネジメントの強力な武器であるため、文化として根付かせたいと話しました。

5つ目の教訓は、考える時間軸を伸ばすことです。

サバイバルフェイズではとにかく目の前の課題を解決することを考え、3か月~半年先の目標達成を考えていました。しかし、それが続くとメンバーが疲弊してきてしまいます。少し先の未来を示す役割はマネジメントにしかできません。1年半くらい先を想像し、語り続けるのが大事ということです。

また、時間軸を伸ばして考えることで、⁠難しいがいつかは取り組むべき問題」が放置されることも少なくなってきます。そのためには、マネージャーとしてある程度長い期間コミットする覚悟も必要、と語りました。

これらの教訓の最後に、サバイバルフェイズでのマインドセットとして、全てが自分の責任だと思わないこと、もう遅いと思わないこと、の2つを伝えました。さらに、⁠愚者は経験に学び、愚者は歴史に学ぶ」という格言を引用しつつも、自身の経験から学ぶことを否定するものではない、という温かいメッセージでセッションを締めました。

[クロージングキーノート]n=1の経験が紡ぐエンジニアリングマネジメントの可能性

ゲストスピーカーである、NTTコミュニケーションズの岩瀬義昌氏によるセッションです。自身の経験をもとに、これからのEMの役割、そし可能性について発表されました。

セッションのはじめには、カンファレンスのテーマである「増幅」「触媒」の効果を倍増させるため、参加者同士で「今日一番学びになったこと」を共有するチェックインが行われました。

NTTコミュニケーションズ 岩瀬義昌氏(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
NTTコミュニケーションズ 岩瀬義昌氏

n=1のEMヒストリー

岩瀬氏は、自身がEMを意識し始めたきっかけとして3つの経験を挙げました。

1つ目は、優秀な人材を採用したことでした。採用がうまくいき優秀なメンバーが増えると、自身はチームの外にあるブロッカーを取り除くほうがチーム全体の最適化につながると感じたそうです。

2つ目は、社内面談で「チームのメンバーがやる気のある若手ばかりではないとき、どうマネジメントするか」という問いを投げかけられたことでした。既存のリソースで最大のパフォーマンスを出すという視点の重要性に気づかされ、マネジメントの引き出し不足を意識したそうです。

3つ目は、及川卓也氏との会話の中で「マネージャーは斜に構えていてはいけない」という言葉が出たことでした。それまでは人事や情シスを敵対視していた面がありましたが、それを反省するようになったとのことです。

こうした経験を経て、岩瀬氏は本格的にマネジメントについて学び始めました。そのなかで形成された自身のマネジメント感を書籍『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』から引用し、⁠マネージャーのアウトプット=自分の組織のアウトプット+自分の影響力が及ぶ隣接組織のアウトプット」であると述べました。

さらに「組織のアウトプット=メンバーの能力×メンバーの熱量-チームや組織の摩擦や制約」としたうえで、高いアウトプットを出すにはメンバーの向いている方向が揃っていることが前提であるということを強調しました。

その後、EMの難しさとおもしろさとして、以下のようなことを挙げました。

  • 情報の透明性が重要である反面、オープンな場よりプライベートな場の方が発言が盛り上がる現実
  • 1on1ではメンタリング/ティーチング、フィードバック、コーチングという3つの役割を使い分けるが、上司との1on1で自分がコーチングをされていることに気づくとモヤっとする
  • EMの仕事は再現性が低く結果がいつ出るかもわからないが、レバレッジが効いて大きなことを達成できる

この中で岩瀬氏の体験した失敗も語られる一方で、うまくいったこととして次のようなものを挙げました。

  • 自身の思考過程を言語化しチームに共有する「ポエムドリブンマネジメント」
  • コミュニケーション密度の高い1on1で、メンバーの元気度合いや今のブロッカーを把握する
  • 出社日を活用して積極的に雑談や抽象的な議論、ペアワークを行ってもらう
  • 毎月必ずチーム全体の振り返りとチームビルディングを行う

さらに、自分の組織だけでなく隣接組織のアウトプットを上げることについて、隣接組織とは会社全部である、という見解を述べました。そのため、組織のさまざまな摩擦や制約を下げることもマネージャーの重要な役割であるといいます。その際、思いが先行して正論を振りかざしたために受け入れられなかった失敗談を共有し、説得するための方法としてシステム思考や6種類の説得戦略を紹介しました。

これからのEMのありかた⁠EMへの期待

これからのEMについて考えるにあたって、岩瀬氏はまず将棋AIやクラウド技術の歴史を振り返りました。そのうえで生成AIの登場がエンジニアの仕事のありかたをを大きく変える可能性があるとして、変化に適応して学び続けることの大切さを述べました。

さらに最後には参加者へ、自身の仕事で何を成し遂げたいのか、共感する大義はあるかという問いを投げかけました。そしてIT業界における日本の国際競争力が低下している現状を踏まえながら、現在のNTT Com(NTTコミュニケーションズ)で働くことがNTTグループ全体の改革、ひいては日本の改革につながるという、岩瀬氏が自らの仕事に見出している意義を語ってくれました。そういった意味で、EMは現場の方向性を変えやすく上層部にも意見を言える良い立場であるといいます。

そうはいってもEMにはモヤモヤがつきもので、隣の芝が青く見えることもあります。だからこそコミュニティ活動や今回のようなカンファレンスで経験を悩みを共有することに価値があるといい、次回のカンファレンス開催への期待を込めたメッセージでセッションを締めくくりました。

[パネルディスカッション]EMConf JP 2025をふりかえって増幅と触媒を加速しちゃうぞ!

クロージングキーノートの後には、懇親会への転換の間にさっそくカンファレンスを振り返るパネルディスカッションが行われました。

パネリストは今回カンファレンスで登壇したこにふぁー氏、だいくしー氏、熊谷氏の3名、コーディネーターは株式会社カケハシ EMのいくお氏です。今日得た知識と熱量を現場に持ち帰ることを目的としてカンファレンスを振り返りました。

パネリストはこにふぁー氏、だいくしー氏、熊谷氏の3名、コーディネーターは株式会社カケハシ EMのいくお氏(一番左)(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
パネリストはこにふぁー氏、だいくしー氏、熊谷氏の3名、コーディネーターは株式会社カケハシ EMのいくお氏(一番左)

テーマ① 学びの言語化(増幅)

1つ目のテーマは学びの言語化についてです。普段からブログの執筆などで言語化を実践しているパネリストの3名に、言語化の秘訣を聞きました。

パネリストからは、実は資料のまとめ方についてあまり考えたことがなく、試行錯誤しながら積み上げてきた総集編のようなものであるという意見や、登壇後のAsk The Speakerで質問を受けてさらに自分の考えを言語化できたという経験が語られました。

また、⁠言語化」は物事を抽象化するイメージがあり、上手くできている自信がないという声も上がりましたが、これに対しては生の経験が語られるからこそ心に響く面もある、抽象化した知識と具体的な経験は両方大切であるという意見が出ました。

テーマ② 学びの伝搬(触媒)

2つ目のテーマは、学びを人に伝える時に何を大切にしているかについてです。

これに関しては、自身が試行錯誤を経て見つけた再現性のある構造を人に伝えたいという意見や、普段から自分の仕事をメンバーに伝えるよう頑張っているものの繰り返し同じことを言う必要を感じているという意見が出ました。他には、共有したい資料をログとして残すことで、相手が興味をもったタイミングで見てもらえるようにしているという方法も共有されました。

「今日の学びを誰に伝えたいですか」といういくお氏からの質問には、会社で一緒に働いているEMのメンバーと共有したい、SNSを通じて展開していきたい、といった回答が出ました。

パネルディスカッションの様子(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
パネルディスカッションの様子

Q&A

会場からも多くの質問が寄せられました。まずは、EMの仕事はつらく泥臭いことも多いが、そんなときにどうやってモチベーションを維持すればよいかという質問。

まずはしんどいときは休養を取る、それに後ろめたさを感じないようにしているという意見が出ました。また休みを取って考えを巡らせ、なぜ辛いのかを言語化できると辛くなくなるという経験も語られました。

他の方法として、人の悩みは中国の思想家やギリシャの哲学などで既に抽象化され解決していることも多いので、そういった思想に触れるとよいという意見も出ました。

最後に、EMなりたての人へのメッセージをそれぞれの登壇者が伝えました。

だいくしー氏は、EMはレバレッジがきく仕事で、5人でやる仕事で7人分の成果が出たりすること、またやることが多いこと自体が楽しいと語りました。

熊谷氏は、EMの仕事は困難だからこそ楽しいという面もあるといいます。自身は課題解決に楽しさを見出し、それを積み上げた先でEMになったため、課題解決を楽しむメンタルモデルがあると良いのではないかと語りました。

こにふぁー氏は、EMの仕事を通して人の人生に影響を与えられたと感じることがあり、それが嬉しいと語りました。

そしてセッションの締めとしていくお氏からは、EMは孤独だという話が今回のカンファレンスで何度か聞かれたが、今日この場にいる人はみんな仲間であり、もう孤独ではないというメッセージが伝えられました。

企画

会場ではセッションの他にもさまざまな企画が開催されました。それぞれ、参加者同士のコミュニケーションを活性化させる工夫が詰め込まれています。

割り印⁠そろチェキ

受付時に参加者全員が受け取る自己紹介カードには、それぞれ違う色のロゴの「割り印」が印刷されています。割り印が自分のカードと一致する「おそろい」の参加者とチェキを撮ろう、という企画が開催されました。

そろチェキのボード。たくさんの写真が集まった(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
懇親会 懇親会

1人で参加しても気軽に人と交流できるきっかけとなり、カンファレンスの終わりにはチェキボードは多くのチェキで埋まりました。

アンカンファレンス

当日飛び入りでセッションができるアンカンファレンス用のスペースが用意されました。事前にホワイトボードに空欄のタイムテーブルが書かれ、参加者が自由に埋めてアンカンファレンスを開催しました。

発表者がメインで話すセッションのみならず、参加者で円形に座ってディスカッションするセッションなども開催されたようです。

アンカンファレンス募集ボード(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
アンカンファレンス募集ボード
アンカンファレンスの様子(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
アンカンファレンスの様子

スタンプラリー

スポンサーブースの展示のみならず、Ask The Speakerへの参加、チェキの撮影、アンカンファレンスへの参加でスタンプを集められるスタンプラリーも開催されました。コンプリートすることで今回のカンファレンスを存分に楽しみ尽くすことができます。

スタンプラリー半数達成者にはタオル、コンプリートした参加者にはTシャツがプレゼントされました。

スタンプラリーの景品交換の様子(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
スタンプラリーの景品交換の様子

懇親会

最後のセッションであるパネルディスカッションの後には懇親会が開催されました。会場ではドリンクとフードがふるまわれ、参加者、登壇者、スタッフ、スポンサーの区別なく交流が行われました。登壇者にセッションでは話せなかったことを聞いたり、懇親会中にもチェキを撮ったりと非常に盛り上がりました。

懇親会(写真© 2025 EMConf JP 2025 実行委員会)
懇親会 懇親会

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