PyCon APAC 2025参加レポート

PyCon APAC 2025の参加レポートをお伝えします。

PyCon APAC 2025は、2025年3月1日から3日にかけて、フィリピンのケソン市にあるアテネオ・デ・マニラ大学で開催されました。アジア太平洋地域のPython開発者が一堂に会し、学習、イノベーションなどのコラボレーションを促進する場となります。

PyCon APAC 2025公式サイト(https://pycon-apac.python.ph/)より
PyCon APAC 2025公式サイト

開催概要

  • 日程:2025年3月1日~2日
  • 場所:アテネオ・デ・マニラ大学(フィリピン・ケソン市)
  • イベント内容:
    • 講演
    • ワークショップ
    • パネルディスカッション
    • ライトニングトーク
    • ポスターセッション
    • スプリントセッション(3月3日に開催)

以下では、本カンファレンスで扱われたセッションを紹介していきます。

全体としては「Pythonを通じた社会的インパクト」「AI時代のソフトウェア開発」⁠オープンソースコミュニティの展望」など、多岐にわたるテーマがカバーされました。

PyCon JP TVでも、PyCon APAC 2025の報告会を行っていますので、会場の臨場感をより味わいたい方はぜひご覧ください。

会場の様子⁠会場は大学のキャンパス

現地の雰囲気を感じてもらうために、少しづつ写真を載せていきます。 会場はアテネオ・デ・マニラ大学のキャンパスでした。自然が豊かで、とても落ち着きがある場所でした。筆者の母校の筑波大学を思い出すような場所でした。

会場はアテネオ・デ・マニラ大学のキャンパス
会場はアテネオ・デ・マニラ大学のキャンパス
受付の様子
受付の様子
メインホールの様子
メインホールの様子

Opening

最初にPython APAC 2025の開会式が行われ、Co-ChairsのCyrus氏が挨拶を行いました。

Cyrus Mante氏によるオープニング挨拶
Cyrus Mante氏によるオープニング挨拶

今回のテーマ「Haligi(タガログ語で柱⁠⁠」は、コミュニティ同士の強固な支え合いと継続的なイノベーションを象徴しています。2019年以来となるフィリピンでのPyCon APAC開催にあたり、さまざまな困難を乗り越え、再び一堂に会する機会を得たとのことです。

Cyrus氏は、多彩な講演やワークショップ、ネットワーキングの機会を通じて互いに学びを深め、コミュニティの結束をさらに強めていこうと強く呼びかけてオープニングを締めました。

セッション紹介

ここからは発表の内容を紹介します。さまざまなセッションが開催されましたが、私が特に印象に残ったセッションを紹介します。

  1. [Keynote] Haligi of Change: Python for Positive Impact and Innovation in APAC’s Digital Public Infrastructure & DPGs
  2. [Keynote] Read-Eval-Print: Using Notebooks for Fun and Profit
  3. Optimizing Dependency Management and Deployment for Serverless Python Applications with uv and Pants
  4. Demystifying Open Source Contribution; My experience as a Pandas contributor
  5. Building Bridges Across Asia: The Role of the Python Asia Organization (PAO)
  6. [Keynote] What AI can do to enhance D&I in the community?
  7. [Panel Discussion] Fostering Diversity and Inclusion: Stories and Steps for a Better Python Community
  8. [Panel Discussion] The Future of Software Engineering in the Age of AI

Keynote⁠Haligi of Change: Python for Positive Impact and Innovation in APAC’s Digital Public Infrastructure & DPGs

1日目はキーノートが2つありました。1つ目がJeremi Joslin氏とEdwin N. Gonzales氏によるデジタル公共インフラ(DPI⁠⁠・デジタル公共財(DPGs)におけるPythonの貢献についてのトークでした。客席は満席で熱気に満ちていました。

Keynote 1

登壇者

  • Jeremi Joslin(オープンソース技術歴20年以上、政府・国連・NGOとも協働)
  • Edwin N. Gonzales(IT業界30年以上、FOSS推進)
Edwin N. Gonzales氏
Edwin N. Gonzales氏

概要

「Haligi of Change(変革の柱⁠⁠」というテーマを通じて、Pythonが「デジタル公共財(DPG⁠⁠」や「デジタル公共インフラ(DPI⁠⁠」にどう貢献し、社会的インパクトを生み出せるかについて語られました。講演者のJeremiさんは、50年以上にわたりエンジニアや起業家として活動してきた経験を活かし、フィリピンをはじめ世界各国で展開されているデジタルIDやソーシャルレジストリの仕組みを紹介しました。フィリピンの国民IDシステム「ePhilID」やインドの「Aadhaar」⁠UPI⁠⁠、シンガポールの「SingPass」など、国の公共サービスを支えるオープンソース・プラットフォームが持つ可能性と課題が述べられ、Pythonによる開発がいかにデジタルインフラの推進を加速させるかを強調しました。

ポイント/学び

まず、DPIは道路や鉄道のような「物理インフラ」のデジタル版として位置づけられ、IDシステムや決済プラットフォーム、データ連携基盤などが含まれるという考え方が示されました。ここでPythonが重要な役割を果たす理由として、開発コミュニティの広がりや、多数のライブラリが揃っており学習しやすいことなどを挙げました。さらに、オープンソースソフトウェアは単にコードが無料公開されているだけでなく、国連のSDGsに合致し、きちんとドキュメントや標準仕様を整備した上で「デジタル公共財(DPG⁠⁠」として認定される例が増えているとのことです。

質疑応答

質疑応答では、デジタル公共財の一覧がどこで見られるのかという質問が出ました。これに対して、デジタル公共財アライアンス(Digital Public Goods Alliance)の公式サイトで各国の事例やプロジェクトが確認できると案内されました。時間の都合上、ほかの質問は詳しく取り上げられなかったものの、講演後に直接スピーカーへ声をかけたり、Discordチャンネルを活用したりしてさらに意見交換を続けるよう勧められました。セッション全体を通じて、Python開発者としてどのように公共システムやオープンソースプロジェクトに関わり、新しい価値を生み出すかについて多くの示唆が得られる時間となりました。

参考リンク/リソース

Keynote⁠Read-Eval-Print: Using Notebooks for Fun and Profit

Keynote 2

登壇者

  • Clark Urzo(WhiteBox Research 戦略ディレクター)

概要

このキーノートでは、プログラミング言語Pythonの対話環境(REPL)やJupyter Notebookがどのように進化してきたか、そしてデータとの対話をどのように促進するかが語られました。発端としては、John Tukeyの「探索的データ解析(Exploratory Data Analysis⁠⁠」の考え方が紹介され、平均や分散といった統計量をただ報告するだけではなく、試行錯誤しながらデータと「会話」を重ねることの重要性が強調されていました。その流れで、REPLからSmalltalk、Excelのようなスプレッドシート、そして現在のJupyter Notebookまでの歴史を振り返り、各ツールの利点や問題点を通じて、どのようにPythonの対話的な環境を活かすかについて語られました。

ポイント/学び

セッションの大きなポイントとして、まずJupyter Notebookの隠れた問題が挙げられました。Notebookはセルの実行順序が混乱しやすいことや、依存関係の管理が難しいことなど、⁠隠れた状態(hidden state⁠⁠」が存在するため、再現性や共同作業でのトラブルが起きやすいという指摘です。これらの課題はNotebook固有の「セルを分割してコードを実行する」設計から生じるもので、使い方次第では混乱を招く可能性が高いという話でした。

最後に、大規模言語モデル(LLM)の発展で「コードを書かなくてもある程度の解析が進む時代」が到来しており、実際にやり取り(プロンプト)を重ねながらデータを探究する「真の会話」が実現しつつあるという展望にも触れられました。ただし、この便利さによって逆に「自分でコードを書いて理解する」習慣が損なわれるリスクがあるため、要所要所で自分の手で確認するプロセスが大切だと強調されていました。

質疑応答

質疑応答では、まずデータとの対話を深めたい一方で、どこまで探索していいのかという質問がありました。これに対しては、あらかじめ時間を区切るなどの方法で「どの程度掘り下げるか」を決めておくことが重要だと述べられました。特に、セッション中に紹介された「Excursion」という仕組みで、最長2週間以内にひとつの問いに対して結論を出し、GitHub Issueを閉じるルールを設けるなど、タイムボックス化した進め方が有効だという回答がありました。

続いて、大規模言語モデルのコード生成を使う場合にユーザ側が低レベル部分を理解できなくなるのではという懸念に対しては、コンパイラが内部でどのように動いているかをすべて理解するのが難しくなったのと同様、今後はモデルが生成するコードを厳密に把握するのは難しくなるかもしれないとの見方が示されました。ただし、LLMから得られた結果や提案を「スポットチェック」して自分で検証し、一部を手動で試すなどのプロセスを通じて、探索と検証をバランス良く進めることが現実的なアプローチだという回答がなされました。

参考リンク/リソース

会場の様子⁠ブース

フィリピンの決済系の企業やグローバル企業などさまざまな企業がブースを出展していました。スタンプラリーやノベルティの配布もあり、大賑わいでした。筆者もbilleaseのブースで人形をもらい、お土産で持って帰り飼い犬が喜んでいました。

大賑わいのブースの様子
大賑わいのブースの様子

Optimizing Dependency Management and Deployment for Serverless Python Applications with uv and Pants

Optimizing Dependency Management and Deployment

登壇者

  • Arnel Jan Sarmiento(クラウドネイティブ & サーバーレスアプリのスペシャリスト、Elemnta所属)

概要

このセッションでは、AWS LambdaをPythonで開発・デプロイする際に直面しやすい課題と、その対策として「pants」「uv」という新しいツールを活用する方法が紹介されました。Lambdaファンクションの依存関係やビルド速度、コード共有などの問題点を解決する仕組みについて話されました。

ポイント/学び

pantsを使うことで、依存関係の自動推論や並列ビルド、キャッシュを活用できるため、大量のLambdaファンクションを抱えるプロジェクトでもビルド時間を大きく削減できることが示されました。各ファンクションが実際にimportしているモジュールだけをZIPに含める仕組みが備わっているので、不要なライブラリを入れずに済む点がメリットです。

Rust製のパッケージマネージャーuvを導入すれば、依存関係の解決やインストールの処理が大幅にスピードアップし、開発者の生産性が高まる可能性があると紹介されました。ただし、uvは非常に新しいプロジェクトであり、Lambda向けの標準サポートは限定的なので、導入にはチーム全体の合意やPoC(概念実証)での検証が必要だとされています。

最終的にはTerraformなどのIaCツールを用いて、Pantsが生成したZIPファイルをAWS Lambdaにデプロイする流れが説明されました。これによって、依存関係とビルドの管理を一括化しつつ、クラウド側には最適化されたファイルをアップロードできるため、デプロイ時間や失敗のリスクが減ることが期待できます。

質疑応答

質疑では、pantsを使う際にサブモジュールを扱うケースや、企業での採用を検討したときの信頼性について質問がありました。サブモジュールについては、pantsの依存関係推論が自動的に読み込まれるため大きな問題にはならないものの、認証が必要なリポジトリを参照する場合は適切な設定が必要と説明されました。企業導入については、uvがまだ新しいプロジェクトであるため、現状ではPoetryなど既存のツールのほうが実績面で安心できる場合もあるという意見が出ました。

さらに、クロスプラットフォーム対応における環境エミュレーションの必要性や、uvがPoetryよりも依存解決を高速化できるのかといった点も議論されました。総じて、導入には学習コストやDevOps体制の整備が求められる一方で、これらのツールを活用すればLambdaファンクションの管理やビルド効率を大幅に向上できることが示唆されました。

参考リンク/リソース

Demystifying Open Source Contribution; My experience as a Pandas contributor

Demystifying Open Source Contribution

登壇者

  • Kevin Christian Amparado(⁠⁠ワントリック・パイソニスタ」と称しつつPandasにコントリビュート)

概要

今回のセッションでは、Kevinさんがpandasへのコントリビュート体験をもとに、オープンソースプロジェクトへの参加方法やメリットについて語りました。セッション冒頭では「なぜpandasを選んだのか」⁠最初の貢献内容はどのようなものだったか」が紹介され、単純なドキュメント修正から始めても立派なコントリビューターになれると強調されていました。

また、pandasの機能改善として「DataFrame.to_csv()のパフォーマンスを10倍向上させるわずかな変更」の事例が示され、少ないコード修正で大きな効果を上げる楽しさがあると語られました。

ポイント/学び

まず、オープンソースプロジェクトへの貢献は、広く使われているライブラリほど「大規模なコードベースを扱う貴重な経験」を得やすく、実務に近い形でGitやCIを学ぶ機会になると説明されました。さらに、コントリビュートには「いきなり複雑なコードを書く必要はなく、ドキュメントの誤字修正やテスト追加といった小さな課題からでも着実に始められる」ことが強調され、貢献者が少ないときほど自分のコミットが大いに役立つと語られていました。加えて、個人で開発するプロジェクトよりも進行速度に余裕がある場合が多く、緩やかなペースで参加できる利点もあると紹介されました。

また、GitHubの「good first issue」や各プロジェクトのコントリビューションガイドをしっかり読む重要性が挙げられ、メンテナの負担を増やさないためにも「プロジェクトのコード規約やCIのルールを尊重する姿勢」が求められると解説されました。特に大規模プロジェクトでは、コードレビューを通じて学べる点が多く、自身のスキルアップとコミュニティへの貢献が両立するとも語られました。

発表の中でpandasのコントリビューションの中でAI Software Engineerとして最近話題のDevinにPRを取られたというエピソードがあり、そういう時代になってきているんだな、と思いました。

実際にDevinに取られたPR
Devinに取られたPR

質疑応答

まず初心者が間違ったコードを送ってしまうと、かえってメンテナに負担を掛けるのではないかという質問があり、Kevinさんはプロジェクトのドキュメントやコントリビューションガイドをしっかり守ることが大事であると改めて説明しました。ここの回答時には会場から拍手が起こっていました。

また、オープンソースのCIやコード規約を企業のQAに活かせるかという問いかけには、個々のプロジェクトや企業の事情によりけりだが、オープンソースで学んだベストプラクティスは社内にも応用できる場面があると回答しました。

参考リンク/リソース

会場の様子⁠ポスター発表は屋外

他のカンファレンスでは見たことがなかったのですが、ポスター発表が屋外で行われていました。雨が多い日本では実現できない形式だな、と思いました。

屋外に貼られたポスター
屋外に貼られたポスター

Building Bridges Across Asia: The Role of the Python Asia Organization (PAO)

Building Bridges Across Asia

登壇者

  • Ella Espinola(Python Asia Organization エグゼクティブディレクター/Python PH アウトリーチ&ダイバーシティ ディレクター)
  • 寺田 学(PyCon JP Association理事/PAO創設者・理事/PSFフェロー)

概要

本セッションでは、Python Asia Organization(以下、PAOと略)という新たな非営利組織を通じて、アジア地域のPythonコミュニティ同士をどのように連携・支援していくかが紹介されました。PAOはエストニアに登記されており、アジア圏のさまざまな国や地域のPythonイベント・コミュニティへの資金提供やノウハウ支援、さらにはリーダー育成を行うことで、Pythonの利用とコミュニティ活動をより広げていくことを目的としています。

現在はGitHub Sponsorsや企業スポンサーからの寄付を集めて運営を始めており、アジア全域の開発者や主催者がアクセスしやすい仕組みづくりを進めているとのことです。

ポイント/学び

まず、PSFからアジア地域に交付される助成金がまだ十分でない現状を踏まえ、PAOが「地域に根ざした補助制度」を用意して、各地のPythonイベントや勉強会が申請しやすくなるようにするという意義が示されました。また、国をまたぐ大規模なカンファレンスを開く際、海外組織に頼らずに済むよう、インフラやノウハウをPAOで集約して提供する取り組みが強調されていました。

さらに、イベント・カンファレンス自体だけでなく、人材育成やリーダーシップ開発にも注力することで、Pythonコミュニティ全体の底上げを目指していると説明されました。運営体制としては、エストニアの法律に基づく非営利法人であり、理事会やメンバーシップなどの仕組みを整えている最中ですが、アジア圏の多様性を担保し、透明性のある合意形成を図るためにDiscordでの連絡やイベント時のミーティングを通じ、広く意見を募るとのことです。

質疑応答

会場からは、まずPAOのガバナンス構造に関する質問があり、理事会を中心にエストニアの非営利組織として設立されていること、現在は少人数で始めているが、積極的に各国の意見を取り入れる姿勢を貫く方針であると説明がありました。特に、理事になるにはエストニアのeレジデンシーが必要といった要件はあるものの、メンバーシップの拡大や参加手段を今後さらに検討すると回答がありました。

また、コミュニティからの声が必ずしも法的に理事会に反映されないのではという懸念については、カンファレンスや定期的なオンラインミーティング、Discord上の議論などを通じて意見交換を密に行うことで、可能な限り透明性を確保しつつ活動を進めていきたいとの意向が示されました。加えて、イベント開催への支援や資金提供など具体的なサポート策についても質問があり、PAOでは今後さらにプログラムを拡充し、現地コミュニティの負担軽減に繋げたいと述べられました。全体を通じて、参加者からはアジア圏Pythonコミュニティが一体となる意義を再確認できたとの声が多く、活発な議論が交わされました。

参考リンク/リソース

Keynote⁠What AI can do to enhance D&I in the community?

登壇者

  • Cheuk Ting Ho(JetBrains AIデベロッパーアドボケイト、Humble Data共同創設者、PSF理事)
Cheuk Ting Ho氏
Cheuk Ting Ho氏

概要

このセッションでは、AI(人工知能)がどのようにコミュニティの多様性とインクルージョン、特にアクセシビリティに寄与できるかがテーマとして取り上げられました。講演者はまず会場に「AIにまつわるビンゴゲーム」を提案し、AIがすでに私たちの周囲に普及していることを参加者同士で実感してもらう仕掛けを用意していました。そのうえで、AIエージェントの仕組み(反射型から学習型エージェントへの段階的な違い)を整理し、ヘルスケアやカスタマーサポート、個人向けの支援ツールなど、多岐にわたる利用例を紹介しました。

また、アクセシビリティとダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の重要性に触れ、具体例として、視覚障害のある人がAIを活用して生活をサポートする事例(Be My Eyes など)や、自動字幕生成と翻訳により言語の壁や聴覚障害を超えて情報にアクセスできる事例を示しました。

ポイント/学び

まず、AIエージェントを理解するうえで重要なのは、単純な反射ベースの判断から、学習型・目標志向型の高度なエージェントに至るまで、さまざまな段階があることだと語られました。この分類を知ることで、自分の使いたいAIがどのレベルの仕組みを採用しているのかを把握しやすくなるとのことです。次に、AIがアクセシビリティと結びつく例として、Be My Eyesアプリが挙げられました。ボランティアによるサポートだけでなく、AIの画像解析で視覚障害者の日常を支援できるという可能性が示されました。

また、自動字幕や翻訳機能を活用すれば、オンラインカンファレンスでも多言語対応が短期間で実現できるなど、イノベーションの幅が広がります。 さらに、オープンソースの開発においても、コードリーディングの効率化やテスト作成、ドキュメント翻訳など、AIを使うことで参加のハードルを下げられると指摘されました。ただし、データの扱い方やライセンスの条件、誤情報の可能性など、注意が必要な側面もあるため、⁠自分が責任を持ってAIを使う」姿勢が大切だという点が繰り返し強調されていました。

Keynoteのアイスブレイクとしてビンゴが盛り込まれていました。そんなKeynoteは初めてだったので驚きましたが、結果的に周りの方と喋る機会になって、とても良いアイスブレイクになりました。 AI Agentの説明がとてもわかりやすく、2025年のKeynoteに相応しい内容だと思いました。

ビンゴの様子
ビンゴの様子

質疑応答

会場からは、オープンソースへのAI支援がライセンス面で問題ないかなどの質問が寄せられました。講演者はまずはAIツールの利用規約を確認し、非営利か商用かを見極める必要があると答え、開発現場や企業の法務部門などと相談して使うべきだと述べました。ほかにもAIが労働市場や社会経済に与えるインパクトについての懸念が示されましたが、⁠過度に恐れるのでなく、学びを続けながら技術を正しく使うことが重要」であり、判断力を持って上手に活用していく必要があると改めて強調されていました。

参考リンク/リソース

Panel Discussion⁠Fostering Diversity and Inclusion: Stories and Steps for a Better Python Community

PyCon APACでは、通常のトーク発表、ポスター発表の他にパネルディスカッションも実施されていました。準備されたトークではなく、インタラクティブな会話の中で発生するリアルな意見を聞くことができ、面白かったです。パネルディスカッションは2つ紹介します。

登壇者

写真に写っている左から順番に記載しています。

  • モデレーター:Ivy Fung(PyCon MY, PyLadies KL)
  • Aryn Choong(15年以上のソフトウェア開発経験)
  • Kalyan Prasad(PyConf Hyderabad, NumFOCUS CoC委員)
  • 石田 真彩(PyLadies Tokyo, PyCon JP Association理事)
  • Leonora Sison(Billease QAマネージャー)
パネルディスカッション登壇者の方々
パネルディスカッション登壇者の方々

概要

このセッションでは、Pythonコミュニティにおける多様性(diversity)とインクルージョン(inclusion)をいかに促進するかがテーマとなりました。モデレーターは、会場の参加者に向けて「多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まっても、そのままでは必ずしも包摂的とは限らない。コミュニティとして誰もが安心して発言し活躍できる環境づくりが重要だ」と話しました。

パネルには、言語や文化が異なるエンジニアが多数在籍する企業のQAマネージャーや、海外カンファレンスの運営を行ってきたベテラン、複数の国でPythonイベントを支えるコミュニティリーダーなど、多彩な経歴を持つメンバーが登壇しました。彼らは各々の視点から、グローバルかつリモートな環境で活動する中で生じる言語の壁やタイムゾーンの違い、ジェンダーや国籍に起因するバイアスにどう対処しているかを語りました。

多様な声が集まることで新しいアイデアやイノベーションが生まれやすくなる一方、視点の違いを尊重し合う「インクルーシブな姿勢」が不可欠であると再確認されました。

ポイント/学び

「リモートワークが当たり前となった今、世界中から参加者を集められるメリットが生まれたが、同時に言語や時間帯など越えなければならないハードルがある」という指摘がありました。

これに対しては、オンライン会議の録画や議事録作成など、丁寧なドキュメンテーションを徹底することで情報伝達における齟齬を防ぎ、多様なメンバーが同じ目的に向かいやすくなるといいます。さらに、誰もが平等に発言できる場を設定し、「声の大きい人」だけで議論が進まないよう意識したり、異なる文化圏の人々を積極的に登壇者として招いたりするなどの工夫も紹介されました。

カンファレンスやミートアップの運営では、ビザ発行や渡航費用の問題など実務面の支援が必要になるケースもあり、それらを運営チームがサポートすることが大切だと語られました。また、コミュニティ活動は「楽しさ」が継続の鍵であり、モチベーションを維持するうえで自分たちがワクワクできる企画を考えることが大切だという共通認識も強調されていました。

質疑応答

会場からは、海外で開催されるイベントに参加するときの金銭的ハードルやビザ発行の問題について質問があり、パネリストは「運営側が書類作成のサポートをしたり、可能ならばスポンサーシップを確保したりすることで解決を図っている」と答えました。

また「なぜ多様性とインクルーシブさが重要なのか」という問いに対しては、「多様性はイノベーションの源泉であり、新しい着想や発想を得るために不可欠」「いろいろなバックグラウンドの意見を取り入れないと、コミュニティやプロダクトが一部の人だけのものになってしまう」という回答が示されました。

さらに、AI時代における多様性のあり方についても触れられ、AIモデルはバイアスを含みやすいため、人間側がしっかりと倫理やプライバシーへの配慮を行う必要があると強調されていました。最終的に、パネリストたちは「個々のメンバーがオープンマインドを持ち、一人ひとりの声を大事に扱う姿勢こそが、多様なコミュニティを継続的に成長させる要」とまとめました。

参考リンク/リソース

Panel Discussion⁠The Future of Software Engineering in the Age of AI

登壇者

写真に写っている左から順番に記載しています。

  • モデレーター:Dexter Gordon(AI/ソフトウェア開発コンサルSwarm共同創設者)
  • Iqbal Abdullah(日本のテック企業で20年以上 / Pythonコミュニティ推進)
  • Bae KwonHan(PSF理事 / PyCon Korea創設者)
  • Dominic Ligot(データアナリスト・AI倫理推進者)
  • Jeremi Joslin(オープンソースエンジニア、Newlogic CTO経験)
登壇者の皆さん
登壇者の皆さん

概要

このセッションは「AIがエンジニアの仕事や社会にどのような影響を及ぼすか」というテーマで進められました。モデレーターのDexter氏はまず、最新のAI動向は既に作り手自身も把握しきれないほど急速に発展しており、不安や期待が入り交じっていると指摘しました。

パネルにはAIやソフトウェア開発に深く関わる4名が登壇し、それぞれの立場から「AIによって開発現場がどう変化しているか」「今後、人間がどのような役割を果たすか」を語りました。全体として、AIはコーディング補助やテストの自動化などを通じて大幅な効率化をもたらす一方、AIの出力を盲信するリスクや社会的影響への懸念、さらには職業そのものへの影響もあり、慎重な運用と責任ある姿勢が不可欠であるという議論になりました。

ポイント/学び

まず、開発者にとっては「AIを使いこなすことで生産性が高まる」というポジティブな見方が示されました。具体的には、コーディングアシスタントや自動テスト生成により、開発スピードを上げたり、非エンジニアが簡単なコードを書くハードルを下げたりできるといいます。一方で、AIの判断や出力には統計的な誤差やバイアス、さらにはモデルのアップデートによる挙動変化(いわゆる「突然の破壊的変更⁠⁠)などがついてまわるため、最終的な責任を持つのはあくまで人間であるという点が強調されていました。

社会的インパクトの面でも、適切なガードレール(倫理、法律、組織の仕組み)が整っていないと、AIが意図せぬ差別や仕事の過度な自動化を引き起こす可能性があり、それをどう制御し、説明責任を果たすかが重要だと論じられました。また、開発者個々人のキャリア面では、AIに仕事を「奪われる」という懸念がある反面、新しい技術を活用してアーキテクトやビジネス価値を創出する存在へとスキルセットを広げる好機でもあると位置づけられました。

AIの活用方法に関して、筆者が普段日本で感じていることを、他の国の方々も感じていることがわかり、とても共感する部分が多いセッションでした。

質疑応答

「人間もバイアスを持つのだからAIを信頼しない理由は何か」という質問が挙がりました。登壇者たちは「そもそも、人間だろうがAIだろうが無条件に信頼するのは危険」であり、最終的には人間側が責任を負う姿勢が必要だと答えました。また、人間は状況や背景知識を把握したうえで意思決定できるが、AIにはその意図や⁠なぜ⁠を説明する力が不十分だという指摘もされました。

次に、AI導入によって同僚が解雇されるかもしれない状況で開発者はどう考えればいいのかという問いが出ました。これに対しては、技術が進歩するなかで不可避的に起こりうる変化だが、同時に新たな雇用や事業機会も生まれるとし、個人や企業がその変化にどう適応するかが問われるという見解が示されました。登壇者は、解雇の最終決定は経営側にあり、開発者個人が負うジレンマを超えた社会的な課題でもあると強調しました。また、テクノロジーの恩恵により小規模なプレイヤーやフリーランスが大企業と競合しやすくなる例も挙がり、最終的に社会全体として適応していくプロセスが大切だという意見に収束しました。

参考リンク/リソース

Closing

イベントのクロージングでは、まずスタンプラリーをコンプリートした方を対象に抽選会が行われ、PyCon APAC 2025の各種賞品(コーヒーカップやコーヒーグラインダー、航空券クレジットなど)の当選者が発表されました。続いて、Python Asia Organizationの代表であるIqbalさんから、次回の開催地はまだ決定していないものの、今後新たなガバナンス体制のもとで地域のPythonコミュニティがより連携していく方針が示されました。

Python Asia Organization代表のIqbal Abdullah氏
Python Asia Organization代表のIqbal Abdullah氏

イベントは、多くのボランティアやスポンサー、スピーカーへの謝辞とともに締めくくられ、翌日に予定されているスプリント(開発・協働作業のための集まり)や、会場を移動して行われる余興(PyNight)への案内が行われました。最後に全体写真の撮影が呼びかけられ、参加者は名残を惜しみつつクロージングセッションを終えました。

まとめ

PyCon APAC 2025に参加してきました。大変な盛り上がりでアジアでのPythonコミュニティの繋がりの強さを感じましたし、このイベントを通じてさらに繋がりが深まったと思います。

Pythonを軸にした多彩なテーマ

以下のように多種多様なテーマが話されました。Pythonの活用範囲の広さを改めて感じました。

  • 社会的インパクト (DPG/DPI、エネルギー、オープンデータ)
  • AI時代のソフトウェア開発 ⁠AI支援ツール、倫理とバイアス)
  • OSSコミュニティとD&I(PyLadies、PAOなど)
  • 大規模アプリの運用ノウハウ(サーバーレス、イベント駆動、依存管理)

学び⁠感想

Pythonは単なる「言語」にとどまらず、公共インフラからエンタープライズ、教育、AI倫理など広範な領域をつなぐコミュニティドリブンなプラットフォームであると再認識しました。

技術的にはサーバーレスやイベント駆動、ドキュメントベースDB移行、GIL無効化などトピックが盛り沢山でした。Pythonエコシステムの成熟度や広がりを実感しました。

AI普及に伴う倫理やバイアス、雇用・D&Iに関する議論が増え、コミュニティ全体として「技術だけではない」総合的なアプローチを取る流れがより強まっていると思いました。

勉強にもなりましたし、さまざまな方と触れ合うことができて、とても楽しいイベントでした。皆さんも参加してみてはいかがでしょうか。

日本からの参加者で記念写真を取りました
日本からの参加者で記念写真

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