GitLabが紐解く:AI時代のソフトウェア開発

2026年⁠日本のソフトウェア開発を変える5つの潮流

生成AIが実験段階から企業への導入に移行する今、2026年は日本のソフトウェア開発にとって重要な節目の年となります。GitLabが日本の経営層を対象に実施した調査ソフトウェアイノベーションによる経済効果によれば、経営層の85%が、3年以内にAIエージェントがソフトウェア開発での業界標準になると予想しており、AIエージェントへの移行は今後も加速していくでしょう。

AIエージェントの移行には、かつてないほどの生産性向上が期待される一方で、組織はガバナンスやセキュリティ、AIエージェント間の相互運用性、可視性といった新たな課題との両立の難しさを抱えることになります。こうした課題に対処できる組織は、競争優位を確立できる可能性がある一方で、AIエージェントを単なるツールとみなし課題に対処できない組織は、競争から取り残されるリスクを抱えます。

AIエージェントについて、今後1年間に起こるだろう、変化を推進する主要因と、日本の組織に対する戦略的影響を、5つの予測として以下に紹介します。

1. AIエージェントの可視性確保がビジネス上の必須要件に

今後1年のうちに、チームが開発ツールやクラウドプラットフォームなど、さまざまなソースから一元的な監視体制なしにAIシステムを立ち上げるようになると、組織はネットワーク全体で稼働するAIエージェントの可視化が不可欠であることに気づくでしょう。企業市場で優位に立つ存在として浮上してくるのが、こうした分散型AIシステムを検出し、カタログ化できるエージェントプラットフォームです。

この変化を推進するのは、実践的なビジネスニーズです。AIエージェントがシステムの利用量とコンピューティングコストを押し上げるにつれて、組織はAI投資のROIを明確に把握し、正当化することを求めるようになるでしょう。企業はAIエージェントのデプロイを管理の範囲外の実験として扱うことをやめ、他のエンタープライズテクノロジーと同様の財務的説明責任を求めるようになります。

どのAIエージェントが稼働し、どのリソースを消費し、どの程度のビジネス価値を生み出しているかを可視化できる「エージェント検出プラットフォーム」を導入する組織が、成功を収めることができます。

2. AIエージェント間通信の世界で破綻する⁠人間中心のIDシステム

Agent-to-Agent(A2A)のやり取りが増えるにつれて、従来のアクセス制御システムの限界が浮き彫りになり、組織はアクセス管理と権限管理の危機に直面するでしょう。人間のユーザーや単純な自動化とは異なり、AIエージェントは互いに通信し、タスクを委任しながら、複数のシステムにまたがって意思決定を行います。その結果、従来の複合IDやアイデンティティソリューションの限界が明らかになります。あるAIエージェントが別のAIエージェントに指示を与える状況では、既存の権限フレームワークは機能しなくなります。従来の仕組みは、他の自律システムの代理として行動するAIではなく、人間個人を前提として設計されているためです。

AIエージェントがテクノロジースタック全体で急増する中、企業リーダーはデータの流れとその活用状況をこれまで以上に可視化しようとするでしょう。一部の企業はAIエージェントにペルソナを割り当てるといった短期的な対処策を講じていますが、こうしたアプローチは、根本的なガバナンス課題の解決ではなく、AIエージェントをあたかも従業員のように扱うものにとどまっています。人間中心の権限モデルを使い続ける組織は、AIシステムがより相互接続され、自律性を高めていく中で、意思決定の連鎖を追跡したり、AIエージェントの行動を監査したり、セキュリティを維持したりすることが次第に難しくなるでしょう。

組織は、アイデンティティおよびアクセス管理(IAM)を第一原理から見直す必要があることを認識し、受け入れなければなりません。人間中心のモデルを後付けするのではなく、機能横断型チームを編成し、自律システム向けのガバナンスフレームワークを設計する必要があります。AIエージェントのエコシステムがより深く相互接続されるにつれて、基盤となるフレームワークの再設計も飛躍的に難しくなるため、この課題に先手を打てる時間は限られています。

3. ソフトウェアサプライチェーンのセキュリティを再定義する⁠AIエージェントの相互運用性

モデルコンテキストプロトコル(MCP)とAgent-to-Agent(A2A)標準の採用により、今後1年間でソフトウェアサプライチェーンのセキュリティは根本から変革されるでしょう。AIエージェントがプラットフォームやベンダーをまたいで通信できるようになると、従来のセキュリティモデルでは十分に対応しきれない、予測不能な挙動が生じます。AIエージェントは、データソースとのやり取りの中で非決定的かつ多方向に動作し、その過程でサプライチェーンの依存関係をリアルタイムに追加・削除・再構成します。

これは、セキュリティのあり方における大きな進化を示すものです。セキュリティチームは、新たなアプローチによって、こうした予測不能な動きへの対応を考慮しなければなりません。非人間のアイデンティティには、AIエージェントがベンダーやサードパーティとやり取りするケースを含め、組織がソフトウェアサプライチェーン全体でアクティビティを追跡・特定・管理する方法を根本から見直すことが求められます。

現在のAIモニタリングフレームワークは、複合IDを通じて人間とエージェントを認証・認可の目的で結び付けると同時に、AIエージェントの行動をトレースする役割を果たしています。来年には、こうした取り組みが、エージェントの追跡とプロファイリングを行い、運用上の境界を管理する包括的な「エージェント型リソース情報システム」へと進化すると見込まれます。

4. 一部の企業に戦略的優位性をもたらす⁠AIガバナンスの格差拡大

すでにAIガバナンスフレームワークを確立している組織は、2026年を通じて大きな競争優位を手にするでしょう。前述のGitLabの調査によると、経営層の91%がAIへの投資を拡大する計画を立てている一方で、実際にガバナンスフレームワークを導入しているのはわずか55%にとどまります。つまり、導入と監視の間には大きなギャップが生じています。現時点で、AIガバナンスに対する完璧なアプローチを持っている企業はありません。しかし、早期にAIガバナンスを導入した組織は、実装のトライアンドエラーを重ねることで、スキルと知見を蓄積することができます。

AIリスクに対応しながらセキュリティとガバナンスを進化させることで、チームは実際に機能するポリシーを見極め、ビジネスへの影響を最小限に抑えることができます。新しいフレームワークを早期に導入することで、チームは環境内や開発プロセスの段階で、AIリスクを自動的に考慮できるようになることも期待されます。

一方で、ガバナンスの後回しや、AIの導入自体を避けようとすることは、競争上の不利を招く結果となります。そうした企業は、状況が必然的に変化していく中で、後から対応しようとしてもさらなる遅れを取ることになるでしょう。

5. すべての脆弱性において悪用リスクが増加

高度な攻撃手法の台頭は、2026年に組織が直面する最大かつ最も差し迫ったセキュリティ上の課題です。敵対的なAIエージェントの急増により、スキルの低い攻撃者でも高度で複雑な攻撃を実行できるようになります。ハッカーはAIエージェントを利用して最新のインフラを巧みに探索し、セキュリティ上の弱点を突いて、かつては高度な専門知識が必要だった、多段階攻撃を実行できるようになりました。

日本の組織にとって、これは基本的なセキュリティ対策を徹底することが、もはや選択ではなくビジネス上の必須要件になることを意味します。包括的なソフトウェア部品表(SBOM)の整備、効率的なパッチ管理、そして積極的な脆弱性修正は、ソフトウェア環境全体のリスクを最小限に抑えるために欠かせません。

日本におけるソフトウェアイノベーションの新時代

今回紹介した5つの予測は、2026年を通じて、日本および世界の組織がソフトウェア開発に取り組む姿勢そのものを根本から再構築していくでしょう。企業が直面する課題は互いに密接に結びついています。可視性はガバナンスを支え、ガバナンスには適切なIDフレームワークが不可欠です。IDフレームワークはサプライチェーンの動的な性質を踏まえる必要があり、セキュリティ対策状況はこれらすべての要素が連動して機能することで初めて成立します。

こうした課題に体系的に取り組む組織は、AI主導のソフトウェアイノベーションが日本経済にもたらすおよそ1兆6,000億円規模の機会を現実のものにできる可能性があります。そのためにはAIを単なる生産性向上のためのツールとしてではなく、新たなフレームワーク、ガバナンスモデル、そしてセキュリティアプローチを求める変革の原動力として位置づける必要があります。

AIエージェントに内在するガバナンス、セキュリティ、そして運用上の課題に対応できない組織は、ソフトウェア開発の未来に適応できなくなるでしょう。

今後成功するのは、AI導入を二者択一の問題としてではなく、適応と最適化を繰り返しながら進化させていく継続的なプロセスとして理解している組織です。来たる年は、こうしたニュアンスを理解して行動できる企業と、そうでない企業とで明確な差が生まれる一年になるでしょう。

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