じめに

2011年2月 杵渕 聡

エンジニアというのは、意外とプレゼンテーションを行う機会が多い職業です。ところが、世のスライド作成入門書は、ビジネス的な視点で書かれているものが多く、エンジニアの頭脳には今ひとつピンと来ないようです。

プレゼンというのは、説明のためのプレゼンと、説得のためのプレゼンに大きく分けることができます。スライド作成の入門書は、主に説得のためのスライド作りを解説してあるものが大半だと言えます。

説得のためのプレゼンは、聞き手の感情を揺さぶり、こちらの言っていることを聞いてもらうためのものです。求められるのは、いわば話者の「思うツボ」にはめるための話術であり、スライド作成術であると言えます。極端に言えば「なんだかよくわからなかったけど、おもしろかった(orよさそう、楽しそう)から買っちゃったよ」というものです。論理よりも感情、理解よりも共感、正確さよりも印象の強さが重視されるのです。

エンジニアにとっては、その点がピンと来ない原因ではないかと思います。エンジニアとてビジネスに無関係なわけではありませんが、直接的にお客さんの心を揺さぶり、何とか説得し、そして商品なりサービスなりを買ってもらう、というプレゼンを行う機会は、そう多くないはずです。

エンジニアが行うプレゼンというのは、前述の分類に従えば、説明のためのプレゼンであるケースが多いのではないでしょうか。

本書では、このような目的のプレゼン、つまり論理的に筋が通っており、聞き手の理解を助け、話者の言いたいことをあますことなく伝えるためのスライド作りに重点を置いて説明しています。本書で説明している手法や考え方、作業の進め方などは、すべて頭の中を整理するために行うものと考えてください。プレゼンという行為の目的は、自分の考えていることを相手に伝えることですが、そのためには、自分自身の頭の中が整理できていることが最低限必要です。自分でも整理されていないのでは、相手に言いたいことを伝えるのは無理であることはおわかりだと思います。

そのために、ただ単にこうすればよいといったハウツー的な説明ではなく、なぜそうするのか、そうしないとどういったデメリットがあるのかといった、理由を説明するようにしました。

本書では、すばらしいスピーチの方法、魅力的な話し方、感動を呼ぶエピソードの話し方といった、話し方については触れていません。また、感情を揺さぶる説得術、思わず相手にYesと言わせてしまう方法、知らず知らずのうちに聞き手の心を導く方法といった、説得のためのテクニックにも一切触れていません。

プレゼンというのは、結局「自分を売る」ものです。どのようにして論旨を明快にするか、どう表現すれば相手に伝わるのか、といった考え方の説明に重点を置きました。こう言えばこういう効果があるとか、こう言うと相手がどう感じるとか、そういった小手先のテクニックではなく、自分の言いたいことを明確にし、それを相手にできるだけ正確に伝える。そのために必要な考え方や見せ方を説明することに集中しました。

読者が本書を読んで、エンジニアならではのすばらしいスライドを作れるようになれれば、筆者にとって望外の幸せです。

杵渕聡(きねぶちさとし)

ソフトウェア作家,翻訳家,テクニカルライター。(株)デジタル・クルー代表取締役。

企画からリリースまでを一貫して手掛けるエンジニアとして活躍。人材サービス最大手の求人Webサイト,商社の基幹システム,大手通信事業者の研究プロジェクトなど,業種・業態・利用技術を問わず多数のプロジェクトを手がける。「メシも仕事も四人前」と言われる高い生産性を発揮。オバQ並みの大食漢。連絡先はskine@dcrew.jp