「失敗」と聞いて、思い浮かぶものは何でしょうか。
成功するのに必要な過程ととらえる人もいるでしょうが、ネガティブな感情を持つ人も多いでしょう。いくら上司や周りの人から「失敗を気にせずに挑戦してほしい。責任は私が取るから」と言われても、どう責任を取ってくれるのかわからないし、そもそもどういう責任が生まれるかもわからない。失敗し続けたら評価が下がりそうだし、周りの人からの自分に対する視線も気になる。成功し続けたほうがはるかに楽しいし、失敗したことを報告するのも躊ちゅう ちょ躇してしまう。精神的にもしんどいし、失敗するという恐怖に向かって走ることは楽しくない。
こういった感情は、至極当然に生まれるものだと思います。
一方、こうした失敗に関する感情とは裏腹に、ソフトウェア開発の進化というのは失敗を許容するテクノロジの進化ともいえます。DevOpsやアジャイルといった武器をそろえながら技術を駆使して、不確実性に富んだ事業環境下の中でトライ&エラーを繰り返さないと勝てなくなってきたからです。
そうした進化に比べて、私たち組織のあり方・考え方はあまり発展していません。積極的に失敗を共有する、メンバーの失敗を心から許容できる、あえてコントロールされた失敗ができる。そうした開発現場はそう多くはありません。
本書は、主にソフトウェア開発を行うチームの失敗について書かれた本であり、そこからの立ち直り方を記した、レジリエンスエンジニアリングの本です。レジリエンスとは「回復力」「復元力」「耐久力」「再起力」「弾力」を意味します。エンジニアリングの技術を駆使するのはもちろん、組織開発としての文化の醸成についても述べていきます。
なぜ人は失敗を嫌がるのかについて、中島義道氏は『後悔と自責の哲学』(河出書房新社、2006年)で「それは後悔をするからであり、自責の念を抱くからである」と述べています。「あのときこうしていたらよかった」「そうしないこともできたはずだ」という意図的な関与による後悔も、「偶然してしまった」「気付かなかった」といった無意識的・偶然的な関与による後悔もあります。いずれの後悔にも、自分を責める感情である自責がセットで付いてきます。
意図的な「あのときこうしていればよかった」、無意識的な「偶然してしまった」に対して後悔して自責の念を持ち続ける中で、なぜ、自分が思い描くような理想の結果が実現できないのか考えると、そこには恐怖があるからです。「失敗したくない」「こっちのほうがよいことはわかっているが、大変なことに巻き込まれそう」という恐怖から逃げる人がいます。「忙しくて難しい」「やったほうがよいが、今のチームの能力では足りない」と自分に言い訳をしながら失敗の恐怖から逃げ、結果として「あのときこうしていたらよかった」「そうしないこともできたはずだ」という後悔と自責を持つ人もいます。
本書では、この恐怖による失敗を掘り下げることで「間違った失敗」ととらえなおし、「正しい失敗」に転換する方法を紹介します。まずは組織の中で日々起こっている数多くの「間違った失敗」を認識します。そのうえで間違った失敗を起こしてしまう恐怖の正体を知ります。そして、失敗に臆さない「しくみ」と「文化」を醸成していく技術を習得することで、「正しく失敗」できるチームを作っていきます。
失敗に対して不安や後ろめたい気持ちがある現場のエンジニア、デザイナー、プロジェクトマネージャー、プロダクトマネージャーから、そういった失敗を許容する文化形成に悩むマネージャーまで、本書が少しでも改善のヒントになればたいへんうれしいです。