推しの熱狂を味方にする「ファンダムマーケティング」とは

「なぜ届かない? なぜ響かない? なぜ売れない?」

膨大な情報がシャワーのようにふりそそぐ今、自社のことや商品を知ってもらい、⁠買いたい」と思ってもらうのはますます難しくなっています。

そんな問題を解決しうる選択肢として注目されているのが、ファンダムマーケティングです。ファンダムマーケティングとは、アイドル、ロックバンド、アニメ、キャラクター、スポーツ選手、声優、YouTuber、VTuber、お笑い芸人、俳優などの「推し」を熱狂的に応援、支援、推奨する人たち=ファンダムの力を活用するマーケティング手法です。

声優ファンダムからの「ありがとう」を生み出し、約3万円のヘッドフォンが異例のヒット

ファンダムマーケティングの事例を1つご紹介します[1]

音響機器メーカーのオーディオテクニカは、ノイズキャンセリング機能搭載のワイヤレスイヤホン「ATH-ANC300TW」の発売に合わせて、自社と関連が深い生活者が生息している声優ファンをターゲットボリュームゾーンに据え、その中でも音楽やヘッドフォンと親和性が高い熱狂的なファンダムを抱える内田真礼さんと内田雄馬さんという声優の姉弟をタイアップ先として選定しました。

両者のファンダムの愛たるや凄まじいものがあり、あたりまえながら作品は全網羅。SNSも息を吸うように全チェックし、ライブがあれば必ず駆けつける。グッズも大量に保持と、まさに人生が内田真礼でいっぱい、内田雄馬でいっぱいというものです。

声優ファンダムの中では、当然この2人は実際の姉弟であることは周知の事実であり、重なり合うファンダムは多いです。そもそも、2人はそれぞれ独立した声優として活動しています。これまでも何作かアニメでの共演はありましたが、実施時ではがっつりと絡む作品は意外にもそこまで多くはありませんでした。だからこそ、当時リサーチした中でも、2人の組み合わせを見てみたいと望むファンダムの声はありました。

そこで、これまで2人が共演してきたアニメ作品にはなかった関係性として、⁠幼馴染編」「会社の同僚編」の2つのシナリオの音声コンテンツを制作し、Spotifyで展開。その後、時間差で2人のXから今回のコラボレーションの意図や想いを発信し、SNSを横断的に広げていきました。

実施直後すぐに、SNS上では内田真礼さんと内田雄馬さんのファンダムから、オーディオテクニカに対する感謝や好意のクチコミがいくつも創出されました。コンテンツに熱狂する声、実際の姉弟のコラボレーション、しかも見たことがないシチュエーションということで、主にX上で

「最高!」
「こんなの聴けちゃっていいんですか!」
「姉弟出演、うれしすぎる!!」

などの声が溢れたのです。

ブランドリフト調査でも、認知度が7倍、好意度と購買意向が非接触者に比べて10倍以上の差を生み出す結果となりました。また、マーケティングサンプルを実施したセグメントの中でも6%の人が実際に購入したのです。

製品の価格は約3万円。カテゴリーで言うなら高関与商材に分類され、ノリで買えるものではなく、かなり比較検討、吟味する商材です。

ワイヤレスイヤホン市場というのは、AppleのAirPodsが大きな覇権を握りつつも、SONY、BOSE、Anker、Beatsなどなど多様なメーカーが鎬を削っていることに加え、3COINSなどのブランドも低価格帯の商品を発売している、群雄割拠の状況です。しかし、この製品は目標台数よりも売れ、さらにファンダムから

「オーディオテクニカさん、素敵!」
「オーディオテクニカさん、内田姉弟を選んでくれてありがとう!」

とまで感謝され、ブランドへの好意までたどりつく世界を実現しました。

企業、IP、ファンダムの「三方よし」でないとうまくいかない

ファンダムの力はすさまじいものがある一方、⁠このブランド・商品は私の好きな○○のことちゃんとわかってるなー」という納得感を生み出す必要があります。それがないと、⁠まったく推しのことわかってない」⁠ただの宣伝として利用された」といったネガティブな感情がSNS上で発露しますし、最悪の場合、炎上すら起こりかねません。

「これって、ファンはうれしいのだろうか?」
「これって、企業に価値が還元されているのだろうか?」
「これって、そのエンターテインメントである理由はあったのだろうか?」
「売れているのかもしれないけど、それで企業の商品やブランドのファンになるのだろうか?」

そんな疑問が出ないよう、企業、IP、ファンダムの「三方よし」を設計しなければなりません。

目先の売上は大事な一方、そこだけを追ってもうまくいかない時代です。いまこそ、マーケティングのあり方を見直してみませんか。