第4回から続くテーマ「嗜好性の高い専門誌(たとえば「BRUTUS」や「pen」 、「 STUDIO VOICE」など)のオンラインマガジン化」をデスクトップアプリケーションの視点で見ていきたい。
前回は、Microsoft社のWFPやAdobe社のApolloについて解説したが、両者に共通する「脱ブラウザ」戦略の布石は2002年のRIAだったといえる(失敗したCentralの経験も含めて) 。リッチなインターネットアプリケーションの提供、それは単に仕掛けが大袈裟になったり見栄えがゴージャスになるのではなく、Webアプリケーションとデスクトップアプリケーションの溝を埋める(つまりFlashやPDF、HTML、JavaScriptなどを1つの環境で利用できる)ことに意味がありそうだ。
RIA再び
RIA(Rich Internet Applications)とは、豊かな表現力や操作性の高いWebアプリケーションを表す概念のことである。Flashの技術を採用したものが多いが、AjaxやJavaなどの技術も含まれる。そもそもRIAという用語は、Macromedia社(現Adobe社)によって提唱されたものだ。2002年、RIAについて書かれたホワイトペーパーがFlash MXの発表と同時に公開されている。最初のRIAは、Flash MXの発表会で公開された「Broadmoor Hotel」の予約システムである。画面切り替えなしで簡単に宿泊の予約ができるようにデザインされており、とても革新的でインパクトのあるデモンストレーションだった。ところが、もともとアニメーションソフトだったFlashの特異なインターフェイスに、開発者が馴染めなかったようだ。そのため、RIAが浸透していくのに時間がかかってしまった。
再びRIAが語られるようになった背景には、昨年の6月にリリースされた「Adobe Flex 2 」の評価がある。Eclipseベースの開発環境となり、仕様が厳格化されたActionScript 3.0も登場、大規模な開発にも十分に使えるようになったのである。何より開発者が使い慣れている環境で実行できることで、大きな前進へとつながった。Adobe社のWebサイト「Adobe Flex 2: 主な機能 」で機能ツアーのムービーを視聴できる。RIA開発を大まかにイメージすることが可能だ。
なお、RIAに関する概要は「RIAコンソーシアム」のサイト を見てほしい(RIAコンソーシアムはRIAの普及および発展を促進させる目的で2003年10月に発足した組織) 。現在、RIAコンソーシアムには「ユーザーインターフェース分科会」「 テクノロジー分科会」「 マネージメント分科会」があり、技術研究やノウハウの蓄積、ガイドライン作成などの活動をおこなっている。Webサイトには、RIAデモサイト「Rich Internet PC 」が公開されており、RIAとはどのようなものか実際に体験することが可能だ。RIAではお馴染みのPIP(Person In Presentation:人物の動画とWebの画面を組み合わせたプレゼンテーションの手法)による動的なガイダンスも見ることができる。
エキスパンドブックのコンセプト
デスクトップアプリケーションで提供されるマガジンを考える際、ボイジャー (Voyager Japan)の「T-Time(ティータイム) 」が参考になる。筆者は90年代の前半にニューヨークのVOYAGER社を訪問し、電子書籍のベースとなるようなシステム(PCとレーザーディスク、CD-ROMを連動させて利用者が制御できるシステム)を見せてもらい、衝撃を受けた記憶がある。PCで読書するための拡張した本「エキスパンドブック」のプロジェクトも動き出していた。
エキスパンドブックとは、電子書籍用のフォーマットのこと(もしくは、そのフォーマットで作られた電子書籍のこと)で「ディスプレイで読む」ことに徹底的にこだわっており、文字が見やすいだけではなく、縦書きやルビにも対応している。オーサリングをおこなうためのエキスパンドブックツールキットなども用意されていた。
ボイジャーは、米国本社とのジョイントベンチャーによって1992年に設立。現在、電子書籍のビュワーソフト「azur(アジュール) 」と「T-Time(ティータイム) 」を提供している。azurは、5,900冊もの文学作品が読める「青空文庫」のためのビュワーソフト、T-Timeは、TTZ、EBK、BOOK、PDF、HTMLなどの各フォーマットに対応した電子書籍のビュワーソフトである。特徴は以下を参照してほしい。
可読性の高い文字のレンダリング
縦書き
行間や段組み、ホワイトスペースの変更
XHTMLのルビ、傍点・傍線に対応
JIS X 0213(日本語文字コードの拡張規格)に対応
視覚障碍者(ロービジョン)をサポート、文字サイズ拡大、輝度反転、拡大鏡などの機能を搭載
「電子かたりべ」プレーヤーと連動させ、音声読み上げ
Windows、Mac OS、Pocket PC、Palm/CLIEのソフトウェアが用意されている
書き出し機能によって、携帯電話、Apple iPod、SONY PSP、マルチメディアプレーヤーや電子手帳、デジタルカメラでの閲覧(対応機種はサイト内の対応デバイス一覧を参照)
海外で開発されるWebブラウザは、日本語に関する問題が多い。多くのブラウザでは縦書きやルビなどもサポートされていない。ディスプレイで読むマガジン・コンテンツなどは、これらの問題に対応できず妥協して作っているのが現状である。ボイジャーが提供するビュワーソフトは、1993年のエキスパンドブック・ツール・キット日本語版リリースから14年かけて蓄積された「日本語を読む」ためのノウハウが十分に活かされている。デスクトップアプリケーションを設計する上でとても参考になるはずだ。
「T-Time(ティータイム) 」の閲覧画面
現在、米国VOYAGER社は解散しており、日本の学校でも使われているメディアオーサリングツール「Squeak(スクイーク) 」に関連した出版プロジェクト「Sophie(ソフィー) 」に携わっている。Sophieサイトにはデモムービーなどが公開されている(次世代のエディトリアルツールをイメージさせる必見の映像である) 。
オンラインマガジンの仕様
Webブラウザに依存しない、つまりデスクトップアプリケーションで「ディスプレイで読むマガジン・コンテンツ」を提供する場合、以下に示す仕様で開発されることが望ましい。前述したボイジャーのazur とT-Time では大半の仕様がサポートされているので、使用感などはすぐに試すことができる。
可読性の保証(文字の高品質レンダリング)
フォーマットの変更(文字サイズ、フォント、行間、段組み、余白などを読者が自由に変更できる)
縦書き、ルビ、JIS X 0213(日本語文字コードの拡張規格)をサポート
アクセシビリティのサポート(文字サイズ拡大、輝度反転、拡大鏡、音声読み上げ、キー操作など)
Windows、Mac OSでの動作
携帯電話やPDA、iPod、PSP、マルチメディアプレーヤーなど、さまざまなデバイスでの閲覧
透明テキストによる検索性の向上(AmazonやGoogleが採用している方式)
Microsoft社のWFPやAdobe社のApolloの登場によって、開発は飛躍的に効率化され、今後さまざまなサービスが試行されていくだろう。UI(ユーザーインターフェイス)理論や情報アーキテクチャーなど、要求されるスキルは高くなるが、協業が明確になるため各専門の役割分担で遂行できるはずだ。現在、一部の制作会社では実験的にプロジェクトチームを結成して、iTunesライクなデスクトップアプリケーションの可能性を探っている。マガジン・コンテンツなどは、サンプルとして扱いやすいため、プロトタイプなどが多数開発されているようだ。
重要となるユーザーエクスペリエンスデザイン
デスクトップアプリケーションで提供する場合、インストール時に利用規約が必要となる。大半のアプリケーションはダウンロードのあと、PCにインストールする際、利用規約の画面が表示される。通常、画面の下部に[同意しない][ 同意する][ キャンセル][ 保存][ 印刷]などのボタンが配置されており、[ 同意する]ボタンをクリックすることで使用許諾契約あるいはライセンス契約に同意したとみなされる。このようなクリックオン(Click on)形式の契約はデスクトップアプリケーションの主流となっている。法的有効性にはさまざまな議論があり、注視していく必要があるが、概ね有効と考えてよいだろう。
インストーラーや利用規約の手続きなども、アプリケーションごとに異なるが、洗練されたデザインでわかりやすいインストールを実現している製品は印象が良い。操作がスムーズに進められるだけではなく、インストール中に魅力的なビジュアルを表示する等、期待感を高める演出もほどこされている。そして、ほとんどの場合、このような製品はアプリケーション本体のUIなどもセンスがよく使いやすい。提供価値の高いデスクトップアプリケーションを開発するには、ユーザーエクスペリエンスデザイン(User Experience Design)の重要性、利用者とアプリケーションのあらゆるインタラクションについて考えていく必要がありそうだ。
「T-Time(ティータイム) 」インストール時に表示される利用規約の画面