今回は「コーポレートサイト」をテーマに、Webサイトの運用についてお話しいただきました。
ゲストには、三菱電機株式会社にて、コーポレートサイトのディレクションや運用などを担当する粕谷俊彦氏をお迎えし、大規模組織ならではのポイント、三菱電機として意識的に取り組んでいることについて、キーパーソン3名と熱く語っていただきました。
粕谷 俊彦(KASUYA Toshihiko)
三菱電機株式会社 宣伝部 デジタルメディアグループ Windows 95発売で大ブーム当時のパソコンや買取制へ移行時の携帯電話など、’ 90年代初頭より三菱電機の情報システム製品の広告宣伝を担当しメディアミックスプロモーションを経験。2001年からは、オフィシャルWebサイトのデザイン統一、ユーザビリティー向上、CMSの運用などコンテンツにまつわるさまざまな業務を統括している。
阿部淳也(Abe Junya)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター 自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。
森田 雄(MORITA Yuu)
株式会社ビジネス・アーキテクツ取締役、Quality Improvement Director 東芝EMI、マイクロソフトなどを経て、ビジネス・アーキテクツの設立に参画、2005年より取締役。XHTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。 CG-ARTS協会委員。文部科学省ホームページリニューアルアドバイザー委員。広告電通賞審議会選考委員。著書(共著)に『Webデザイン -コミュニケーションデザインの実践-』など。
長谷川敦士(HASEGAWA Atsushi, Ph.D)
株式会社コンセント 代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト 1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修了。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年に株式会社コンセントを設立。インフォメーションアーキテクトとして大規模サイトの設計やプロデュースに携わるかたわら、人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事を務めるなど、IA(情報アーキテクチャ)研究や啓蒙活動を牽引している。
コーポレートサイトの評価は?
森田: コーポレートサイトについて考えるとき、それが良いものなのか悪いものなのかという評価基準が難しいなと思っています。コーポレートサイトはインターネットという視点から見た企業そのものですから、企業が社会に良い影響を与えているという事実自体によって価値を備えられるものだといえます。とはいえ、直接サイトを担当している当事者や関係者にとっては、客観的に見てサイト自体が優れているかどうかってモチベーションとしても知りたくなると思うんですよね。
そうなるとたとえば、コンテストやアワードというのが挙げられるかと思うのですが、広告・プロモーション系のものと比較すると、どうもぴったりはまりそうな評価を得られるものが少ないように思います。国内で主なものと言えば、TIAA(東京インタラクティブ・アワード)や文化庁メディア芸術祭のもの、アックゼロヨン・アワードなどでしょうか。しかしこれらはどれも、コーポレートコミュニケーションを評価するというのに向いているかというとそうでもないですね。
粕谷: 私自身は元々広告宣伝のフィールドにいましたので、とくに感じるのかと思いますが、マーケットが大きくて歴史が長い分だけ広告系のアワードは非常に多くて、自らエントリーしなくてもランキングされているような状況です。Webの専任になってみると、その違いを強く感じます。
さらに、Webによる企業情報の発信という観点で見ると、IRや環境報告を除くと他の情報は目立たないし、一般ウケし難い情報だとも言えるため、評価しづらいのかもしれません。
阿部: 僕たちが企業のWeb担当者の方とお話しするときに、多くの方たちが指標として表すことに頭を悩ませているように思います。たとえば、環境に対する取り組みをWebに掲載していたとして、それをUUやPVで評価して良いかどうかというのは違和感を感じることがあります。
森田: 結局、サイト自体が格好良いかどうかみたいなところで終わってしまっているケースが多いのかなと思いますね。
長谷川: 粕谷さん以外の僕たち3名は、全員Webデザイン・制作を請け負う側であり、企業に対しての効果指標の提示が求められます。今回のテーマは「コーポレートサイト」ですが、今挙げられたような課題が見えている中、どうやって(指標を)見せていくかが重要です。
粕谷: 私たち企業側の担当者にとっても、効果指標はとても重要です。最近では、どこのサイトでも解析ツールを使ってログを集計することはやってると思いますが、しかし、大事なのはそのログをどう活用するかです。たとえば、ログを取ったり、会員情報を取ることができるのであれば、Webならではの使い方としてユーザの行動やライブな要求を汲み取った改善ができるわけで、いわゆるHCD(Human Centered Design)を実現するための貴重なデータが得られると思います。
臨機応変に指標を作れる強み
阿部: では、実際に指標としての数字などを作っていくことを考えたとき、企業側ではどうやってKPI(重要業績評価指標)を決めていくのでしょうか?また、Webサイトは継続的に動いていくものですから、どういうサイクルで変えたりするのか、あるいは同じままで進めていくのでしょうか。
粕谷: KPI の話の前に、まず、Webそのものがまだまだ生まれたての世界だということを認識することが重要だと思っています。つまり、指標を作るにしても何が大事なのかというのを模索している段階です。たとえば、バナーと解析ツールを組み合わせてコンバージョンを見ていく…など、技術とともに数字の取り方も変わってきています。さらに、数字を取るうえでわかること・見つかることなども出てきます。
そう考えると初めから目標の数字を作ってそこに到達することだけが大事なのではなくて、そのミッションを評価するのに最適な数字はなんなのかを探りながら到達度を測っていくことが大切だと感じています。それが、その企業や組織にとっての新たなKPIになり得るからです。
森田: 僕も賛成です。たとえばPVを単純に10倍にするというゴールを決めたとしても、その数字はWebサイトの属性によって意味があったりなかったりします。とくに必要だが目立つわけではない企業情報を前面に出しているサイトであれば、PVの数字そのものばかりが重要視されるわけではありませんよね。
僕たちもプロジェクトスタート時には数字を作りはしますが、数字自体よりも、それを達成したことでどうなるかのほうを大事にしています。
長谷川: 今の粕谷さんのコメントを聞いて、古くからWebに関わっている強みだと感じました。安易に数値目標を定めないということを、経験をふまえて決められているからです。
たいてい企業というのは数値目標を決めてしまったほうが楽ですし、動きやすいです。でも、これは言い換えると「何のための数値なのかという」観点について思考放棄してしまう危険性があります。
今、森田さんがおっしゃったようにサイト属性に応じた数字にこそ意味があって、たとえばECであればPVや来訪者(ユニークユーザ)の値だけでなく、来訪者の満足度が大切となってきます。
数字という定量的に簡単に決めてしまうのは危険ということでもあり、私たちのような立場はとくに、その数字の裏側を見ていかなければなりません。
阿部: 数字を決めること自体が目的ではないということですね。これは一緒にプロジェクトを進める関係者全員のマインドにも通じるところで、何のためのサイトか、そのためにはどういう数字が必要なのかを考えなければいけないわけです。
数字? 価値? コーポレートサイトに求めるもの
森田: とは言っても、担当者の方も社内に対する説明や予算確保のための説得材料が必要だという現実があると思います。仮に数字を前面に出さないとして、どうやってリニューアルの効果を社内へ伝えて説得されているのでしょうか。
粕谷: その点で言うと、当社の場合、宣伝部の方針として「企業価値向上」「 商談機会創出」の2点を掲げており、これらを実現するために、Webサイトをフルに活用していきたいと考えています。
たとえば、企業価値向上という点では、外部団体が行うランキングなども意識しています。それらの評価項目はある意味いまの時流を反映した、サイトに盛り込むべき内容とも言えるわけで、全部を対策する対象にしてはいませんが、重要と思える項目については当社のサイトのメニューとして新たに加えたり、それに合わせて表記方法を変えたりしています。
しかし、受けた評価のマイナスをどこまでも対策し過ぎてしまうと、いずれどこの会社も同じように画一的なサイトになってしまう危険性もあります。それらの評価を踏まえた上で、たとえば当社の会社情報にある「サイトプリント&eBOOKシステム」のように、当社ならではのプラスアルファを盛り込んで、サイトとしての差別化、その先の企業価値の向上につなげたいと思っています。
長谷川: 今のお話を聞いて、HCD-Net(人間中心設計推進機構)の取り組みに通じると感じました。たとえば、HCD-Netでは、自治体サイトのユーザビリティ調査を行っていますが、単なるチェック項目にならないよう、「 引越をする」といった達成課題を設定し、その時の問題解決にサイトがどのように貢献できるか、という文脈上での調査をしています。
企業サイトもそうあるべきで、必要な情報の掲載はもちろんのこと、そのサイトがユーザにとってどうあるべきかが必要なわけです。
ただし、自治体や官公庁の場合、差別化よりも、多くの人に使いやすくするするための標準化という考え方があります。
森田: 僕は企業サイトにも、ある程度の標準化の動きがあって良いのではと考えています。たとえば、ECサイトであれば、カートの場所やボタンの押し方などは統一されていたほうが、ユーザにとっては便利です。ただ、難しいのはどこで(独自性を出すかという)線引きを行うかというところですね。
長谷川: HCD-Netでは、2008年度に、内閣府内閣官房IT担当室主催による電子政府向け「ユーザビリティ・ガイドライン」策定に携わりました。ここでは、Webサイトのユーザビリティを向上させるためのガイドラインの策定が行われていて、来春運用開始予定です。
ガイドラインではありますが、具体的なチェック項目ではなく、プロセスに重点が置かれているのが特徴です。
粕谷: いわゆる手順書に近いものですね。
森田: そういうガイドラインであれば、標準化とともに独自性についても追求できますね。
長谷川: ちなみに三菱電機のサイトでは、今お話ししたプロセスを含めて、どういう期間でサイト運用を行っているのでしょうか?
粕谷: 結果的にではありますが、2001年の大規模なリニューアル後は、ほぼ2年に1回のペースで大幅な見直しを行っています。技術、サービスの両面でWebの進化はとても早いですから、幅広い目で他社の素晴らしいサイトや新たに生まれてくる技術を日々意識しています。
いかにして横断的に取り組むか―大規模な組織でのサイト運用の課題と対策
阿部: 2年に1回ということですが、具体的にどのような体制で行っているのでしょうか? 僕から見て、三菱電機の規模はとても大きいですし、Webサイトを運用するにあたって事業部間の調整など、かなり大変なものではないかと想像しています。
また、三菱電機には、法人向け商品と個人向け商品の両方が存在していますよね。こうしたターゲットユーザが異なる情報を1つのサイトにまとめていくにも、さまざまなポイントがあるかと思います。何か、とりまとめていくうえで意識していることなどはありますか?
粕谷: まず企業情報でいうと、コンテンツをリニューアルしたり更新したり、それを取りまとめていくという点では、ばらばらになりがちな大企業の割に、組織的な統合運用ができていると思います。私たちは2006年に、社内で「企業情報サイト連絡会」という組織を作りました。これは、宣伝部と広報部が事務局として、本社の総務や人事、財務、資材といったコーポレートスタッフ部門から、サイトに掲載する情報を吸い上げ、更に毎月集まってもらって連絡会を行うものです。
取りまとめていくうえでの最初のステップは、部門ごとにそれぞれが個別に発信していた情報を一元化し、CMSでページ制作する仕組みに変えることでした。
それから毎月、サイトの更新内容やログ集計結果のような定型的な業務報告だけでなく、WebのトレンドやWebのメリットなど、何か目新しくて仕事に役立ちそうな情報を提供して、連絡会に集まってもらえるよう事務局としては知恵を絞っています。
その後2007年に、これを事業の方でも同じように実施しようということになり「事業情報サイト連絡会」を立ち上げ、10の事業本部と関連部門による定例会も宣伝部が事務局を務めています。
事業部門がここへ結集したことによって、本部ごとに縦割りに掲載していたメニューを、製品・システム別に組み直したり、お問い合わせ方法の簡易化を進めたり、事業ごとに抱えている関係会社の製品も当社サイトに掲載したりといった新たな動きが実現できました。縦割りだった組織構造が横串を通してつながってきたわけです。
こうして幅広い事業分野を持つ当社ならではの事業間シナジーを掘り起こして、商談機会をさらに拡大することを目指しています。