キーパーソンが見るWeb業界

第9回ユーザに向けたWeb(公開版:キーパーソンが見るWeb業界)

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2009年10月20日、株式会社技術評論社主催「第2回戦略的Webマーケティングセミナー」が開催されました。今回は「ユーザの行動」にフォーカスし、顧客を最優先に考えたマーケティング施策に関するセッションが行われました。同セミナーにおいて、キーパーソンが見るWeb業界の公開版が行われました。

筒井 啓午(つつい けいご)
郵便事業株式会社情報システム本部 情報システム企画部 兼 国内営業統括本部 広告宣伝部

2007年10月に実施された日本郵政公社の民営化時、現在の日本郵便のコーポレートサイトである「ゆうびんホームページ」の全面リニューアルを実施するため、2006年からWeb関連を担当。現在はシステム企画部を兼任しつつ、日本郵便における各種Webサイトを統括する役割を担う広告宣伝部において同Webサイトの運用及び各種キャンペーンサイトなどとの調整を担当。

森田 雄(もりた ゆう)
読書家

2000年に株式会社ビジネス・アーキテクツの設立に参画し、2005年より取締役。ディレクター、プロジェクトマネジャー、インフォメーションアーキテクトとして多数のプロジェクトに携わる。2009年8月に同社を退職、現在は読書家と称して充電中。HTMLやCSSなどのフロントエンド技術、アクセシビリティ、ユーザビリティのスペシャリスト。CG-ARTS協会委員。広告電通賞審議会選考委員。IA Institute会員。アクセス解析イニシアチブ会員。アックゼロヨン・アワードグランプリおよび内閣総理大臣賞、グッドデザイン賞、Webby Awards、New York Festivalsなど受賞多数。

阿部 淳也(あべ じゅんや)
1PAC. INC.代表取締役 クリエイティブディレクター

自動車メーカにて電装部品のユーザインターフェース設計を8年間手がけた後、IT事業部異動。約4年間Webデザイン、Flashオーサリングなどを手がけるとともに、営業支援システムや化学物質管理システムなどのテクニカルディレクターを経験。2004年よりCosmo Interactive Inc.に参加。多くのWebサイト立ち上げにプロデューサ、クリエイティブディレクターとして携わる。2008年にワンパクとして独立。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)
株式会社コンセント代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト

1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(Ph.D⁠⁠。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立。情報アーキテクチャの観点からWebサイト、情報端末の設計など幅広く活動を行っている。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計⁠⁠、監訳に『デザイニング・ウェブナビゲーション』などがある。情報アーキテクチャアソシエーション(IAAJ)主宰。NPO法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事、米Information Architecture Institute、ACM SIGCHI、日本デザイン学会会員。

馮 富久(ふぉん とみひさ)
株式会社技術評論社クロスメディア事業部部長代理兼Web Site Expert編集長

1975年生まれ。横浜市出身。1999年4月株式会社技術評論社に入社。入社後から『Software Design』編集部に配属され、2004年1月に編集長へ就任。同2004年9月に『Web Site Expert』を立ち上げ、同誌編集長に就任、現在に至る。その後、2008年9月に設立したクロスメディア事業部に配属。IPAオープンソースデータベースワーキンググループ委員やアックゼロヨン・アワード他各賞審査員などの経験を持つ。

公開版として実施

セミナーの最後を飾ったのは、⁠キーパーソンが見るWeb業界」公開版として、森田、長谷川、阿部の各氏とクライアントの立場から郵便事業 筒井氏が参加したパネルディスカッションです(セミナーの他セッションについては、セミナーレポートをご覧ください。

本編に先駆けてモデレータ・馮氏(技術評論社)のMCで全員の自己紹介。⁠現在は訳あって読書家ですが(笑⁠⁠、つい先日までビジネス・アーキテクツの取締役を務め、プロモーションやブランディングのためのサイト設計に携わってきました」という森田氏や「プロデューサーやインフォメーションアーキテクトとしてWebプロジェクトやユーザエクスペリエンスデザインに携わっています。コミュニケーションの目的が異なれば、最適なマーケティング戦略は異なるというのが持論です」と語る長谷川氏、⁠クリエイティブディレクターとして最近はECサイトを手掛けることも増えてきました」という阿部氏。そして「日本全国約3,200万ヵ所に毎日、約6,800万通の荷物や手紙を届ける(※2009年日本郵政グループディスクロージャー誌から平成20年度の数字)郵便事業で、情報システム部門と広告宣伝部門を兼務し、民営化時のホームページのリニューアルを実施し現在はそのホームページの運用に携わっています」と延べた筒井氏と、それぞれの立場からディスカッションにご参加いただきました。ディスカッションは馮氏から提案された3つのトピックを柱に進むことに。

ユーザのためとは?

Webサイトの設計にあたって「ユーザのためとは?」というこの普遍的なテーマに対して真っ先に意見表明したのが筒井氏です。いわく「まずはWebを使ってもらうため、何が必要なのかを考えることが基本⁠⁠。実際に郵便事業でも、郵便料金等の計算や郵便等のお到届け日数を知らせるためのツールを拡充するとともに、サイト設計を継続して見直すことで、Webサイトへのアクセス数や商品の認知度、ブランドイメージの向上を図ってきたと言います。現在、ゆうびんホームページでターゲットとしているのは20~40歳代の女性。それも、⁠商品部を通じての現場における調査から、この層へ訴求することがWebサイトの利用促進につながると見込めたから」です。ちなみに、同社のWebサイトのPVは月間平均でも1億を超えるそう。

これに対して長谷川氏は、ターゲットの明確化は、制作指針の明確化、ひいてはクオリティの向上につながると高く評価。また阿部氏も、ユーザが利用する際のシナリオを描けるようになることで、Webサイトの導線や必要なコンテンツの見極が可能になり、利用動向が変化した際にも迅速な対応が可能になるといったメリットを説明しました。

ただし、森田氏からは「これほどWebサイトのターゲットを絞り込むのはやりすぎな気も」との指摘も。これに対して、筒井氏からは「ターゲットは絞るべきと考えています。その上で使いやすいというあたりまえのことをあたりまえに、運用において行えるサイトを目指すべきと考えており、その結果の1つとして民営化時のリニューアルではターゲットとしての優先度が低かった50代男性からの支持を得ることができたと考えています」との意見がありました。

このことについては、後の議論で森田氏は「ビジネスターゲットを絞り込むのは当然です。しかしとくに大企業や公共系のWebサイトの利用者はもっと幅広い属性なのですから、あたりまえのことをあたりまえに運用するというときに、その根拠として普遍的なペルソナ定義が必要になるでしょう」と補足しました。

ユーザ中心?サイト中心?

ターゲットユーザの話題から話は2つめのテーマへ。Webサイトの制作を進めるうえで、制作者側はユーザとサイトのどちらの側に力点を置くべきなのでしょうか。

まず最初に「クライアントの側に立ってデザインすべき」と主張したのが森田氏です。コーポレートサイトは企業が事業のために、社内のコンセンサスをとりつつ作り上げるもの。その事業自体がユーザに向いているのだから、必然的にユーザ本位の成果物になるというのがその理由です。そのうえで、まずはプロジェクトの上流工程では、何をすべきなのかという要件定義が重要であり、たとえばKPIの設定が重要だろうという発言がありました。

また長谷川氏は「利用状況の理解と詳細な記述」⁠要求事項の詳細な記述」⁠Webサイトの新たな設計を通じた解決案の作成」⁠設計の評価」という人間中心設計プロセスを回していくことがWebサイトの運用の基本と述べ、利用者視点でのWebサイト作りの必要性を強調。

一方で阿部氏からは、ユーザビリティやアクセシビリティの向上がなぜ必要とされるのかという問題が提起され、⁠最終的な目的はCS(顧客満足度)の向上のため。この点を理解できていないために、ユーザビリティやアクセシビリティを向上させること自体が目的になってしまっており、その結果が何であるかを何であるかを見落としてしまうことがある」との苦言も寄せられました。 議論の中では「民営化前は各事業部がキャンペーンサイトを独自に立ち上げるため、企業として全社的なWebサイトの舵取りが難しかった」との筒井氏の打ち明け話も。その対策として、同社では民営化後は宣伝部に承認を得なければ当社のドメインを利用できないないようにするといった工夫を行っているそうです。

また、⁠利用者視点」に関して、現実のビジネスとWebの世界での、ターゲットユーザの違いについて激しい議論が戦わされました。その口火を切ったのは森田氏の「ターゲットユーザを想定しWebサイトを設計するのは理解できます。ただし、実装や運用段階でもそのターゲットユーザが利用するという前提だとするのは難しいのでは」との疑問です。

続く長谷川氏は、⁠Webの事業戦略の中で比重を置いたターゲットに対して、より響くエンジニアリングを行っていくときに、シナリオやペルソナを深堀していくということになる」とペルソナを用いる必要性も認める一方、⁠Webを作るときにはペルソナはオーバースペックになることも多い。そもそもどの範囲のリサーチが必要かはマーケティング戦略によって決まるべきで、場合によってはプレユーザ調査が必要なこともある」との見解を示し、提供価値についての仮説を企業全体として持つ必要性について述べました。

さらに阿部氏からは「当然ながら、ビジネス的なターゲットをビジネス的なターゲットを軸に議論を進めると、結果的にWebサイト以外の手段でメッセージを発すべきとの結論になるときも」とも。Webサイトで何を利用者に提供すべきなのか。Web制作の現場が考えなければならない課題は、まだまだ少なくないようです。

質疑応答とまとめ

質疑応答ではKPIをいかに設定すべきか、また、ユーザ企業としてWebサイトの構築に携わる人材を育成すべきかとの質問が参加者の方々からパネラーに寄せられました。

まず前者の疑問に対して長谷川氏は「成功の基準値を設定するためには、企業との継続したコミュニケーションが欠かせません。万一、基準となるべき指標が存在しない場合には、企業としての仮説を持つための調査が必要なこともあるのでは」との意見を述べ、企業のWeb担当者にはKPIを見極める力を養う努力を求めました。一方で、森田氏からは「さまざまなしがらみから、アクセス数を10倍にするといったひどいKPIが設定されていることも」との打ち明け話も。

また、後者の質問に対して、阿部氏が必要性を強調したのが経験を積ませること。具体的には「当社では私が全面に立ち、若いスタッフを巻き込みプロジェクトを進めています。根気強く成長を見守るしかないでしょう」とのことです。また、筒井氏からは「とにかくがむしゃらに勉強することが一番の近道。実は私自身もトレンドに追いつくことで精一杯です」とのアドバイスもありました。

2010年に向けて

最後に「今後について⁠⁠、パネリストの皆さんから一言づついただきました。

阿部氏:「Webサイトをビジネスの根幹で役立てたいとの要望がクライアントから数多く寄せられるようになっています。そこで、ビジネス的な要件をクリアしつつも、よりユーザに近いレイヤでWebサイトを企画していくことが私にとって当面の課題です」

長谷川氏:「毎回フルリニューアルといった方法ではなく、既存サイトに適宜、手を加えつつWebサイトを育てることの必要性が着実に高まりつつあります。その実現に向け、企業情報アーキテクチャが今後は重要になるのではないでしょうか」

筒井氏:「企業Webの担当者としては、自社サイトの広告価値の向上と、顧客からのコールセンターへの問い合わせを自社サイト上で解決することによる業務費用の削減を実施していくための仕掛けや工夫を積極的に実施していきたいですね。Webサイトの活用という戦略的な点も含め、委託側である企業Webの担当者と受託側であるエージェントとの切磋琢磨が今後はより必要になっていくと考えています」

森田氏:「技術やトレンドが急速な勢いで変化するため、いつまでも熟練者になれないのが大きな悩み(笑⁠⁠。これにめげることなく、リテラシーと技術を磨いていきたいですね」

最後に馮氏が、パネラーや聴講者の方々にお礼を述べ、延べ70分にも上るパネルディスカッションを締めくくりました。

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