Googleなどの検索エンジンやレシピ検索などの登場で,情報を見つけるところまでは比較的簡単になりました。一方で,人間がその情報に基づき行動しなければ,その情報を活用したことにはなりません。今回は近い将来訪れるWebと実世界の融合という視点から,近い将来を見据えた「WebサービスのUX」というマクロな視点での発想について考えていきます。
ブラウザの課題
私たちは数百年前より本を読むことで知識を得てきました。しかし,本から利益を得るためには,人がその情報を理解し,それに基づき行動しなければなりません。
Webも同じです。どんなに検索が高速化し質の高い情報が得られるようになっても,その恩恵を受けるためには,やはり情報を正しく理解し,それに基づき人間が行動する必要があります。
つまり,本やWebは「①情報を得る→②理解する→③行動して問題に適用する」というプロセスをたどることになります。そして,どんなに優れたレシピ検索や検索エンジンがあっても,Webと現在のコンピュータのあり方は情報を出す部分(①)までなのです。しかも,当然ですがPCの前に行ったり,起動したりしなければならないのです。
ここ十数年でネットワーク環境も安定かつ高速化しWebは爆発的に発展し,WebにアクセスすることはPCを使う理由の大きな目的となりました。しかしPCというデバイスはWebのために設計された装置ではありません。ブラウザがいかに進化しようとも,PCという枠組みの中にある以上,Webの情報を生活に役立てるという視点での設計はまだまだ発展の余地があると言えます。
しかし,近年少し状況が変わってきました。それはスマートフォンとタブレット型コンピュータの登場です。私たちは徐々にブラウザを使わなくなってきたのです。
ブラウザからアプリケーションへ
デスクトップからノートPC,そしてスマートフォンやタブレットになり,バッテリーも長持ちでワイヤレスでネットワークに接続できることがほぼ当たり前となりました。このことによって大きく変わることがあります。それは利用の文脈です。
デスクトップPCは基本的に部屋のある一定の場所に設置したら,よほどのことがない限りは移動させないでしょう。ノートPCは少しそれが自由になり,好きな場所で情報を参照したり作業できるようになりました。
スマートフォンはどうでしょうか。場所の問題はほとんど関係なく,持って歩くことが普通になりました。こうなってくると,たとえばキッチンや寝室,道端であっても利用できる状態です。
どこでも利用できるがゆえに,その場に応じた情報活用が生まれてきます。このときブラウザという「情報なんでも閲覧サービス」よりも,キッチンなら料理をするために特化した「アプリケーション」というスタイルが適した状態になります。言い換えると,設計方針が文脈依存へと変わってきているのです。
このような状況では,PCに向かってブラウザでサービスを受けるという発想から,日常のさまざまな文脈で道具としてWebを使うという発想に少し変化してきていることがわかります。地図アプリはその先駆けと言えるでしょう。家でPCを使って地図を見ることと,実際にスマートフォンで地図を見ながらリアルタイムにナビゲーションを受けることではまったく体験が違います。
アプリケーションから実世界へ
スマートフォンやタブレットが日常のあらゆる場面で使われるようになり,日常の問題はその場で解決できるようになります。しかし,冒頭でも書いたように,それでもまだ「情報を得て人間が行動し問題を解決する」というモデルからは逃れられていません。重要なことは情報を得ることではなく,問題を解決することなのです。
それではどうやって問題を直接解決し得る方法があるのでしょうか。端的に言えば,アプリケーションがよりデバイスと連動し,ネット上のデータが実世界に直接的に働きかけることです。先ほども書きましたが,地図のナビゲーションはその例の1つであり,地図を調べて印刷して持ち歩き,今の自分の場所を確認しながら歩くという体験から,スマートフォンの画面を見て,指示の通りに歩くというように大きく体験が変わります。さらに近年ではBluetoothやWi-Fiなどが組み込まれた電球やおもちゃなど多数の物理的なデバイスが登場し,スマートフォンとの連動が進んでいます。
本連載第2回(「そのデザインはユーザの時間をどう使うか」)で紹介した筆者らが開発したCastOvenも,YouTubeの動画を電子レンジと連動させ,生活の流れにWebコンテンツを組み込むという点で新しいネットの体験を提供しています。
また筆者らは,もっと積極的にWebを実世界に連動させ役立てる取り組みも行っています。
まず,計らなくて済む計量スプーン「smoon」(写真1)です。smoonは,レシピの計量すべきデータにしたがって,計量スプーン自体が自動的に変形し,ユーザはただすり切り一杯すくうだけで適量が得られるというものです。Webにはレシピデータがたくさんありますが,レシピには大さじ,小さじ,グラム,cc,mlなど単位が複雑であったり,多すぎ少なすぎなど失敗することもありますが,smoonによってデータが実際に計量までやってくれるようになります。
写真1 smoon
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ほかにもLengthPrinterという,実寸の長さを取り出す1次元プリンタの試作もしています。これにより家電や家具などの実寸をわざわざメジャーを取り出して自分で長さを調べなくても,ただテープを引き出すだけでその長さが得られ,手軽に実寸を実世界に取り出すことができます。
こういった流れは,筆者らの開発以外にも行われています。Mozilla Japanでは,WebページのCookieやJavaScriptなどのソースコードの構成から飲み物のカクテルを作り出すweburetteや,デジタルカメラで写真を撮影したアングルを再現して表示するre-finderなどの試作が行われています。
まだまだ研究の段階ではありますが,W3C(World Wide Web Consortium)ではGPSや加速度のセンサーデータを取り扱うための標準化や模索がされており,実世界とWebが急速に接近していると言えます。
今後はブラウザへの依存は少なくなり,ネットワークに接続されたサーバ上のデータとアプリケーション,もしくはデバイスが主軸になるとも言われています。私たちがインターネットにアクセスするのではなく,インターネットが私たちの実世界にアクセスしてくる世界です。
まとめ
Web 2.0という言葉が8年ほど前に流行りました。ブラウザを通じたネットのあちら側の世界が熱く,これからますます「あちら側」の世界が重要になると言われました。しかし,スマートフォン,タブレット,Arduinoなどの小型デバイスの普及,低価格化,さらにWi-FiやLTE(Long Term Evolution)などのネットワーク環境の整備によって,真の意味でユビキタス環境が訪れています。Webがすぐになくなるとは思いませんが,ブラウザの役割は徐々に変わり,今ほどブラウザに依存することは少なくなっていくと考えられます。
UXを考えるとき,こういった技術やメディアの持つ根本的な問題に気づくことは重要です。もちろんメディアの形式の中で最大の価値を提供することは重要なことなのですが,メディアの形式そのものを疑うことで,自社サービスの欠点に気づくことも少なくないでしょう。
UXは真にユーザへの価値を追求しそのための技術を開発するための発想フレームワークなのです。