「中の人」が語るETロボコンの魅力─何が面白いのか、何に役立つのか

第1回どこが違うの? ETロボコン─「白熱の120秒」体験しよう

UMLロボコンとしてスタートし、今は「ETロボコン」の愛称で親しまれ、組込み業界をはじめ多くのソフトウェア技術者に支えられて続けてきた「ETソフトウェアデザインコンテスト」は今年、第10回という記念の年を迎えました。

歴代チャンピオンの一覧と、一部入賞者のコメントがこちらに掲載されています。

ご存知の方も多い大会だとは思いますが、今回は連載の第1回目ということで、初めてETロボコンという名前を聞いた方向けに、本大会の概要と魅力をご紹介します。

世代を超えた技術教育の場を目指して

ETロボコンでは、開催の目的を以下のように掲げています。

  • 組込みシステム開発分野および同教育分野における若年層および初級エンジニアへの分析・設計モデリングの教育機会を提供すること。
  • 若年層および初級組込みシステム・エンジニア向けに、モノづくりの楽しさを経験する機会を提供し、組込み分野への興味を高める。
  • 複雑化する組込みシステム開発において、モデリングによる分析・設計手法の適用を進めるため、開発成果によるコンペ形式とし、実践教育の機会とします。

少々わかりづらいかもしれませんが、教育機会を提供する対象は「組込みシステム開発分野を生業とする若年層エンジニア」「組込みシステム開発を学ぶ学生」としています。多くのコンテストでは高校生や大学生などの学生はその「層」だけを対象にしています。優劣を競うコンテストにおいて、各参加者の背景を合わせることで平等性を確保するためだと思いますが、ETロボコンの目的は「教育機会の提供」なので、世代を限定しないオープン形式にしています。

自律型ロボットによる競技

「ロボコン」を冠する大会の名前は、一度は聞かれたことがあると思います。よく知られているのがテレビでご存知の「高専ロボコン」ですが、競技内容を比較していただくと、同じロボコンでもずいぶん異なることがわかります。

1つはロボットに対する「操作」です。高専ロボコンでのロボットはほとんどが「リモコン」を使って人間がロボットを操作して1つ1つの動作を行わせています。つまり、どこでどのように動くのかは、人間が決めてロボットに指示を与えています。

これに対しETロボコンのロボット(走行体といいます)は、スタート地点でスタートボタンを押されたら、ゴールするまで一切人間は操作しません。このような方式を「自律型ロボット」といいます。

走行体はスタートしたら、赤外線センサーによりコースの黒い線を辿り、自分が進むべき方向を判断しています。コースにはカーブもあれば分岐もあり、途中で途切れてUターンすることもあります。これら全ての判断を、あらかじめソフトウェアとしてプログラミングにより走行体が自ら行い、ゴールを目指すのです。

コースには「難所」と呼ばれるいくつかのボーナス獲得ポイントがあり、競技規定で定められたルールに従った難所通過ができると、実際の走行タイムからボーナス分のタイムがマイナスされます。⁠走行タイムは「早い」ほうがよいので、タイムをマイナスします。)

コースの全景(2010年九州地区大会より/写真提供:ETロボコン実行委員会)
コースの全景(2010年九州地区大会より/写真提供:ETロボコン実行委員会)

もう1つの違いはロボットそのものの見た目です。

高専ロボコンに登場してくるロボットは、あるミッションを達成するためにさまざまな創意工夫を「メカ」により実現しています。そのため、出場者が作成するロボットはさまざまなスタイルになっています。

ETロボコンの走行体は、どのチームも同じ見た目です。走行体の組み立て方はパーツ1つから全て規定されており、同じロボットを使うことがルールとなっています。ETロボコンにおいて各チームが創意工夫を施すのは、メカとしてのロボットではなく、そのロボットを動かす「ソフトウェア」が対象だからです。

前述しましたが、ETロボコンのコースにはいくつかの難所があります。そこをクリアするための方法は何通りも考えられます。そしてその方法を実現するためのプログラミング方法は、人それぞれで違ってきます。目的達成のためのプロセスと方法を考えることはどのロボコンにおいても同じですが、ETロボコンはそこを「見えないソフトウェア」だけにフォーカスしています。そのため、どのロボットも同じ形で、コンテストとしての見た目が地味に捉えられがちなのですが、実際の競技を見ていただけると、難所をクリアしていく走行体の動きは実に様々で、とてもエキサイティングなものです。

ETロボコンの「走行体」⁠2010年チャンピオンシップ大会)
ETロボコンの「走行体」(2010年チャンピオンシップ大会)

一度はプログラミングの経験がある方なら、この難所クリアのプログラムはどうなっているのだろうか?と、興味深く競技を見ることができると思います。ぜひ一度、会場に足を運んでこの白熱した最長120秒のドラマを、ご覧になってください。

ETロボコンの中心は「モデリング審査」

走行競技だけでなく、審査に「モデリング」が含まれていることもETロボコンの大きな特徴です。走行体がコースを走る状態だけで、ソフトウェアが本質的に優れているものかどうかを評価することはできません。どのような思想で設計されていて、どう表現/記述されているかも評価の対象にします。ソフトウェアが「動けばいい」のではなく、しっかりとした設計思想をもち、それをプログラミングで表現できていることが、ETロボコンの審査対象です。

モデリング審査の内容は、決まった大きさと枚数の紙に、書式の決まった「コンセプトシート」と、自由な記述方式で作成する「補足記述」によって構成されたモデルを、各地区および本部の審査員によって、審査合宿で一度に審査されます。

モデル審査基準
URL:http://www.etrobo.jp/2011/gaiyou/model.php
モデル審査合宿の風景-優秀モデル決定(写真提供:ETロボコン実行委員会)
モデル審査合宿の風景-優秀モデル決定

毎年大量に審査を行いますが、全てのモデルに対して審査員はコメントをつけています。

ソフトウェアを作る技術を身につけることは、実際に設計し実装やテストを一連で経験することが理想ですが、分業体制が普及し、日々技術が高度化している実際の開発現場において、若年層のエンジニアがそれらを全て短時間に経験することは非常に稀です。

そこで、ETロボコンのような機会を利用して、要件定義からテスト、リリースまでを疑似体験してもらうことが、教育の機会として非常に有効な場であると考えています。ですから、ETロボコンではものづくりの一部であるプログラムだけの評価にならないよう、考え方を評価できるモデリング審査を実施しているのです。

地区大会

2008年度の大会から、各地区の実行委員会により開催される「地区大会」が始まりました。開催地区の数も年々増しており、今年は11地区を数えるまでになりました。開催当初は地区も限られており、日本全国全ての地域をカバーできておりませんでしたが、昨年から北海道と沖縄、そして今年は中四国地区としての開催も決まり、ほぼ全国の地域で開催できるまでになりました。

2010年南関東地区大会の模様(写真提供:ETロボコン実行委員会)
2010年南関東地区大会の模様(写真提供:ETロボコン実行委員会)

地区大会の運営は各地区の企業や学校、自治体などから多くのご協力をいただき、地区の実行委員会が主体となって開催されています。⁠技術教育の場」として企業と学校両方にメリットのあるETロボコンは、理想的な産学連携により開催されているのは、地区大会において顕著です。どの地区においても、会場や当日ボランティア協力など、大学や専門学校にご協力をいただくとともに、地域の企業からスポンサーや実行委員としての運営ご協力など、産学それぞれの立場で可能な方法でご参加いただいています。

地区大会が開催されるようになってから、本部実行委員会は主に全国の大会で一律に守られるべき大会のルールや、運営上のノウハウを各地区へ漏れなく水平展開するための役割などに主眼を置き、地区大会の開催に関する主体は地区実行委員会が担っています。コンテストを通してより多くの技術者が相互に技術を研鑽する場を作れるよう、今後もより多くの地区大会を開催できるようにしたい。それには1カ所の実行委員会が全ての機能を集中して運営する限界を乗り越え、各地区が主体的に大会を運営することで実現できることだと考えています。

地区主体という姿勢は年々形になって現れ、昨年から地区オリジナルイベントが開催されるようになり、今年も多くのイベントが開催される予定です。独自の技術教育やチーム相互の発表・質疑を中心とした勉強会を通して、地区がひとつのコミュニティとして機能するようにまでなりました。

地区大会で選抜されたチームにより、チャンピオンシップが毎年横浜で開催されます図1⁠。

図1 コンテスト方式
図1 コンテスト方式

ここでよく見ていただきたいのは、地区大会は「予選」ではなく「本大会」であることです。まだ参加者数に偏りがある現在では、地区間での技術レベルが均等であると言える状況ではありません。地区大会があくまで本大会であり、ここで多くの学びを得ていただいたことの成果を、チャンピオンシップで発揮していただくという思いから、地区大会を本大会としています。

前述したオリジナルイベントの有無により、地区における情報量に格差は出てしまいますが、それをまたチャンピオンシップで相互に情報共有していただくことが、現在のチャンピオンシップの位置づけだと考えています。

地区大会のコース上には地域の名産品などが並ぶ。これは北海道大会のコース(写真提供:ETロボコン実行委員会⁠

地区大会のコース上には地域の名産品などが並ぶ。これは北海道大会のコース(写真提供:ETロボコン実行委員会)

こちらは東北大会のコース。こけしなどが置かれている。⁠写真提供:ETロボコン実行委員会⁠

こちらは東北大会のコース。こけしなどが置かれている。(写真提供:ETロボコン実行委員会)

ETロボコンを通して得られるさまざまな「場」

先にも書きましたが、ETロボコンの意義は「技術教育の場」であることです。それも、つ1つの技術要素ではなく、ものづくりを分析・設計から実装まで、トータルに経験することで、ものづくりの「プロセス」を体得できることにあります。これは全ての参加者に共通したメリットです。ここでは、各参加者層における「場」のメリットについて説明します。

企業においては、このメリットを社員教育の一環として取り入れているケースもあります。新人や若手にコンテストへのエントリーを会社が支援し、職場の先輩や上司が技術だけでなくプロジェクト運営にもアドバイスを教示できる機会になり、OJTとは違う形でコミュニケーションを図り、知識や技術を伝えることのできる「場」とすることができます。

学生の参加者にとって、ETロボコンはまた違うメリットを得ることができる「場」となります。ETロボコンは高校生から社会人まで、立場の違う人たちがオープンに参加できるコンテストです。そのため、技術における知識レベルに差があることは否めないのですが、それを逆にメリットとして捉え、社会で通用する技術レベルに学生が直接触れることができる機会なっています。

ETロボコンでは、社会人と学生が交流できる「場」であることを重視するため、各地区大会においても必ず懇親会を開催しています。競技を終え、それぞれのチームの(結果は別として)雄姿をお互いに讃え合い、また難所をクリアしたり失敗したチームに質問をしたりする機会となっています。

中には、ETロボコンを介して就職先を見つけた学生さんも何人か過去にいらっしゃいます。ケースとして多くはありませんが、企業にとっても優秀な学生の普段の姿と技術力を見ることが出来る場として、活用していただけることと思います。

チャンピオンシップ大会のモデルワークショップの様子。多くの来場者が熱心に解説に聞き入っていた。⁠写真提供:ETロボコン実行委員会)
チャンピオンシップ大会のモデルワークショップの様子。多くの来場者が熱心に解説に聞き入っていた。(写真提供:ETロボコン実行委員会)

そしてもう1つ、前述しましたが、地方自治体においては産業振興の一助として活用いただくことを目指して、ご協力いただいています。東京の一極集中ではなく、各地域においても首都圏と同様の技術教育の機会を設けることができ、また地域での組込み業界のコミュニティを形成することで、より身近な情報共有の場を作る機会にもなっています。

一部の地区ではありますが、自治体に多大なご協力を頂いているケースもあります。地方の自治体においては、技術教育の機会を増やし、ETロボコンが地方におけるIT産業振興の一助として活用していただけるものとして、地区大会開催にご協力を頂いております。

チャレンジし続けるETロボコン

最初に書きましたが、ETロボコンは10回目の記念すべき大会を迎えることになりました。しかし、ETロボコンはまだその夢の途中だと考えています。まだまだ多くの地区で開催していきたい。多くの方法で「ものづくり」を支える教育機会を作りたい。これらの想いを叶えるための取り組みは、どんどん湧いてきています。

昨年からETロボコンへの参加をプロジェクトとして捉え、プロジェクトマネジメントの経験学習の機会として利用していただけるよう、PMI日本支部のご協力をいただき、技術教育の一環としてプロジェクトマネジメントに関する勉強会も開催されています。そして、毎年開催地区を増やすべく、本部実行委員会も各地を回っております。10回目とはいえ、特別なことをする予定はありません。今まで通り、もしくは今まで以上に大会を広げられるように、これからもチャレンジし成長し続けるコンテストでありたいと、委員一同で想いを強めています。

去年より少し、着実に成長した10回目のETロボコンに、どこの会場でもよいのでぜひ会いに来てください。それぞれの会場に、それぞれの熱い120秒が皆様のお越しをお待ちしています。

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