「中の人」が語るETロボコンの魅力─何が面白いのか,何に役立つのか

第4回 ETロボコンで実践スキルを磨く!─ソフトウェアを駆使して倒立ロボットの性能を最大限に引き出そう

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実務に役立つ経験を積む

ETロボコンの競技が開催される会場は日本各地の学校や公共機関のホールなのですが,すべての大会を同じ環境下で開催することは現実的に不可能です。したがって,各地区大会の会場と各地区の代表が集うチャンピオンシップ大会の会場とでは競技環境が異なりますので,何らかの対策が必要となります。このように,走行に影響を及ぼすあらゆる要因を分析することで,どのような環境下においても柔軟に対応でき,期待する走行性能を発揮できるようにシステムを構築する必要があるわけです。

この環境外乱に対する備えは,実際の組込みソフトウェア開発においてとても重要な事項です。そのため,ETロボコンでは実際の開発に直結するこのような貴重な経験を通して未知や未経験による想定外を既知の想定内に変換する力を養い,実践に強い技術者に育ってくれることを期待しているのです。

それでは,環境の影響を受ける代表的なケースをみてみましょう。走行体の光センサ部から発光したLED光がコースの路面に当たって反射した光を受け,反射光の輝度を測定することでコース上の黒色ラインと白色ゾーンを識別しながら黒色ラインに沿って走行する方法を採用するとします。

これは黒色ライン内であれば白色ゾーン方向へ操舵し,白色ゾーンへ入ったら黒色ライン側へ操舵しながら走る,すなわち,黒色と白色の境界線上を走る方法図4,5です。しかしながら,走行体の発光するLED光に会場の照明光が混入することで,黒と白の識別に微妙な影響を及ぼします。各会場の照明器具が異なるだけでなく,コース上の位置によって照度が異なることも少なくありません。したがって,会場の照明器具の照度は,走行体にとって大きな環境要因のひとつとなるのです。

この会場照明による環境外乱の影響を低減するために,まいまい式と呼ばれる光センサの信号処理方式が考案されました。これは,高速でLEDを点滅させ,LED点灯時と消灯時の路面反射光の差分値(環境外乱を除去した路面反射光)を使って路面色を識別する方法図9です。

図9 まいまい式による外乱ノイズ除去(2010年大会)

図9 まいまい式による外乱ノイズ除去(2010年大会)

この方法は,LED点灯時と消灯時の環境外乱(会場照明器具光)が同じであることを前提としているため,LED点灯時と消灯時の環境外乱が異なる場合には,効果が期待できません。つまり,走行体の走行スピードが速いためにLED点灯時と消灯時のコース上の地点が大きく異なり,環境外乱自体が変化する場合にはこの方法が使えません。しかしながら,LED点灯時と消灯時における路面反射光(環境外乱)がほぼ同じ場合にはかなり有効な方法といえそうです。このように,外乱ノイズの影響を可能な限り排除することで,環境外乱に強いシステムを構築することができます。

また,光センサを全く使わない仮想ライントレースという方法図10も考案されています。これは,左右の車輪を駆動する各々のモータ内にあるロータリーエンコーダを使い,車輪の回転量をエンコーダから読み取って,どれだけ車輪が回転したか(どれだけ移動したか)を積算して現在位置を推定し,目標とする仮想ライン上を走行する方法です。左右の回転量を積算することで,前後方向だけでなく左右方向の移動量も把握できるため,出発点からどの方向にどれだけ移動したのかを推定することができるわけです。

図10 仮想ライントレースによる走行方法(2010年大会)

図10 仮想ライントレースによる走行方法(2010年大会)

この仮想ライントレースを使えば,会場の照明に左右されず走行することはできますが,別の要因を考慮することが必要となります。たとえば,コース上の難所に置かれた突起物を乗り越えるときに車輪が空転することで,ロータリーエンコーダの積算値と実際の移動距離に乖離が生じるため,現在位置の推定に少なからず誤差が含まれてしまいます。よって,この誤差をキャンセルする方法を新たに追加するなどの工夫が必要になります。

会場照明のような環境要因の他にも,電池電圧の低下,モータの劣化,路面コンディションの変化,並走するロボットとの衝突など,多くの要因の影響を受けることが考えられるため,⁠要求モデル」を通してリスクの分析に取り組むことが必要になってきます。

このように走行体を実際のコースで走らせてみると次々と想定外であった新たな課題が明らかになり,それらを解決するための要素技術や走行戦略が必要となってくるため,⁠要求モデル⁠⁠,⁠性能モデル⁠⁠,⁠設計モデル」をスパイラルアップしながらシステムを熟成していくことになります。しかしながら,これこそが組込みソフトウェア開発の醍醐味ともいえるわけです。

したがって,実際の開発現場で技術者としての実務を始める前に,ETロボコンという砂場でソフトウェア開発の醍醐味を味わいながら,たくさんのリアルな体験を積み重ねることに大きな意義があると考えています。このような貴重な機会を利活用することで,実務に役立つ経験をできるだけ多く積み,ソフトウェア開発の現場で活躍されることを期待しています。

著者プロフィール

河野文昭(こうのふみあき)

株式会社アドヴィックス。ETロボコン実行委員会 本部審査員,東海地区審査員。

2008年にADoniSのチームリーダとしてチャンピオンシップ大会で優勝し,2009年からは大会運営側(審査員)としてETロボコンに携わっています。昨年は東日本各地のモデル審査を担当し,数週間に亘ってモデル漬けの日々を過ごしました。

ETロボコンにひたむきに取り組むエンジニア達の凛とした姿を見ていると,技術大国日本の復活に期待が膨らみます。今年もエンジニア達の果敢な挑戦が繰り広げられる各地を訪れ,驚きと感動を味わいたいと思います。