「素晴らしい決断」
2011年8月に開催されたEvernote Trunk ConferenceはEvernote初の技術カンファレンスであった。技術系のセッションや講義を中心に行われたが、著名な投資家を招いてのパネルセッションは起業を志すエンジニアにとっても興味深いセッションとなったようだ。今回はその一幕をご紹介する。「素晴らしい決断」(“Great Decisions”)とのテーマで開催されたセッションは、ガイ・カワサキ氏が司会となり、セコイアキャピタルのパートナーであるティム・フェリス氏とエンジェル投資家のロエロフ・ボーサ氏へのインタビュー形式で行われた。
まず、それぞれの自己紹介。ガイ氏は、'83~'87年までソフトウェア・エバンジェリストとしてアップルで働いた後、起業したり講演や執筆活動に従事していた。その後、アップルにチーフ・エバンジェリストとして戻って勤めた後、退職してGarage Technology Venturesを設立した。現在は講演や執筆活動を中心に活動している。
ティム氏は、ライフスタイル忍者のような存在の人物で、日常生活の効率を上げるノウハウについての「The 4-Hour Workweek」など何冊かの本を執筆。4年ほど前からエンジェル投資家として活動している。
南アフリカ出身のロエロフ氏は、'98年に米国に来てスタンフォード大学に入学。2000年始めにPayPalチームと出会い、在学中から一緒に仕事をするという幸運にめぐり合った。そのままPayPalのCFOとなり、2002年に上場させた。セコイアのパートナー、マイケルモリッツが当時PayPalのボードメンバーにおり、その縁もあって2003年にセコイアに就職してから8年半、今に至る。
Evernoteの使い方
セコイアもティム氏もEvernoteに出資している。ガイ氏は、第一番目の質問として「Evernoteはどのように使っているか?」と2人に尋ねた。「色々なことに使ってる。本を執筆するにあたって、リサーチをしたりデータを集めたりしたりするのに利用した。ワインボトルの写真や名刺、後から読みたいWebコンテンツなどを記録したり、毎日のように使っている」とティム氏。ロエロフ氏もさまざまな用途に活用していると答え、次のような具体例を上げた。「イタリア旅行をしたときのこと。1年程前に雑誌にイタリアの素敵なホテルの特集が載っていたので、携帯で写真を取ってEvernoteに保存しておいた。後日、バケーションでどこに行こうかという話になったとき、Evernoteを検索してその資料を見つけた。それがきっかけで実際にイタリアに行ってからっても、かつていいなと思ってEvernoteにたまたま保存したレストランの情報を活用できた。ローマで素敵なメガネを見つけたときも、眼科医で測定した視力の結果をEvernoteに入れてあったので、買うことができた」ガイ氏も、航空チケットの予約でもなんでもかんでもEvernoteに入れておく、僕の人生はEvernoteに入っているんだと語った。
投資活動のポイント
「企業に投資するとき、どんな点に着眼しますか?」とガイ氏。ティム氏は「毎日使えるもの」であることが一番大切であり、B-Bには滅多に投資しないという。自分で毎日使って、よいと思えるものであればユーザとしての宣伝もしやすい。ロエロフ氏は次のように答える。「今著名な起業家でも、起業したばかりの頃は無名だった。だから、投資をする時点ではまだ証明されていない人たちが大半だ。PayPal創業者の一人、マックス・レブチンはPayPalの前に会社を2つ潰していて、クレジットカードを作る許可も出なかった。注目すべきは証明されていない起業家だ」。
このロエロフ氏の答えにガイ氏は驚いてみせ、「そうしたことをVCが公でいうのを聞くのは初めてだ。ほとんどのVCは投資家への建前上、証明された起業家、証明されたビジネスモデル、証明されたマーケットが大切だというからね」とコメント。ロエロフ氏は続けて話す。「うわべはなく、本質を見ることだよ。完璧なプレゼンテーション、紺色のジャケットにチノパンなんていうのは大抵悪いサインだ。セコイアに在籍した8年半の今までにした最高の投資では、初めて話をしたときにそのチームはプレゼンさえ用意していなかった。肝心なのは本質を見抜くことだ。証明されていない人だけれども、突き抜けていてやる気があり、問題に対する鋭い目をもって、誰にもできなかったようなやり方で問題を解決することができるかを見抜くことだ」。
「投資しようとするまでどのぐらい時間をかけますか?」とガイ氏は続けて尋ねる。「経営上の数字を分析したりして決断をする場合には時間をかけるのが普通だが、最初の10分で意気投合して決めたこともある」とティム氏。
ロエロフ氏は「始めの15分間で大体決まる。ただ、即座に良いアイディアだと惚れ込んで素晴らしいアイデアだと思っても、同じことをすでにやっている会社が多数あるかもしれないからデュー・ディリジェンスをきちんとすることが大切」と答え、次のように強調した。
「ただ、最初のミーティングで煮え切らない感触しかなくて投資に至ったことは一度もない」。これには、ティム氏も同意。ガイ氏も非常に興味深い点だと指摘し、煮え切らない感触で会議室を出た後に、追加のスライドや資料を送るなどというケースで上手くいった試しはないと語った。
決め手は最初の10~15分
エレベーターピッチという表現があるが、もう少し時間が長く与えられた場合でも、始めの10~15分が投資家と話をする場合に一番肝心な決め手となるようだ。ガイ氏は、そのゴールデンタイムにくだらない話をする起業家が多いという。曽祖父がアメリカどうやって来たかだとか、サマーインターンシップの話だとかしてしまって、肝心の製品の話が出てこないのだそうだ。
では、貴重な始めの10~15分間に何を話すべきなのか。ロエロフ氏は 「プロダクトに対する洞察を聞きたい、解決しようとしている問題は何なのか、なぜソリューションが今まで存在しなかったのか、自分のソリューションがどうしてよいと思うのかを聞きたい」という。ティム氏は 「自分でもどうやってその製品を使えるかが知りたい。Evernoteに投資したときも、実際に自分で使って納得した」と述べた。
企業コストの大幅な低下
今日、起業するためのコストは5~10年前に比べて劇的に安くなった。ツールはオープンソースで手に入るし、マーケティングはTwitter、Facebook、Google+でできる。不動産がなくてもバーチャルやリモートで働けるし、不景気になると雇用も安くつく。すべてが無料もしくは格安な環境において、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストの役割は何であろうか。「プロダクトのコンバージョンやメデイアを利用しての宣伝などに貢献することができる」というティム氏。ロエロフ氏は「確かに、起業するコストは劇的に安くなった。結果として、よいプロダクトが最終的には生き残る環境が整ったのはよいことだ」という。「たとえば、ユーザの率直な意見は公のものとなり、適当なマーケティング戦略は通用しなくなった。しかし、長期的に持続する会社をつくるには他も必要なリソースが沢山ある。スケールする資金に加え、例えば、リクルーティングや戦略アドバイスが必要。Evernoteの場合でも、セコイアのネットワークから何人か人を紹介している」
リスクと決断
以上、セッションはざっとこんな流れで進行した。起業するにあたってのヒントをいくつか垣間見ることができたのではないだろうか。起業にリスクはつきもの、そして決断にはタイミングというものがある。セッション後のQ&Aでは、そんなことがとくに話題になった。
セコイアのロエロフ氏は「長くやり続けるより、早く止めすぎるほうがリスクが高い。起業家というのは普通の人よりも早く気づく人たちだ。マーケットが成熟するまでもう少しやり続けるほうが正しい場合が多い」という。たとえば、Jawboneはスタンフォード大学の学生2人がノイズキャンセリングヘッドホンのアイデアを題材に'99年に創業したが、当時はBluetoothの技術がなかなか進化せずマーケットのタイミングが悪く倒産。しかし創業者たちは諦めなかった。そうこうしているうちにBluetoothの技術がついに成熟して会社を再建することができたのだ。
状況は常に変わり続ける、その変化に柔軟に対応していくことが大切なのである。リスクを取ることについてティム氏は、最悪の事態に陥った場合をよく想定してみることだと強調した。毎日ラーメンばかり食べ続けても大丈夫か、お金がなくなったら元の仕事に戻れるかだとか、納得できるまで考えて見るということだ。そもそも、絶対に安全な状況というものはなかなかないものだ。安全な職業だと思って選んだものが斜陽になってしまうことは多々ある。周りを見回して見ても、2000年代半ばに安全だと考えて投資銀行に就職した人たちと起業したりスタートアップに就職した人を比較した場合、リーマン・ショックの後何が起こったかを考えてみればわかる。最後に、ガイ氏が「多くの場合、最悪事態はそれほど悪くはない。けれども、最高の場合はもの凄くよい」とコメントしたのは印象深い。
本セッションの全録画がこちらにあるので、興味のある人は通して見てみることを是非お勧めする。