ちょっと気になる隣の技術畑

第9回キーボードに魅せられた人々

本コーナーでは技術へのタッチポイントを増やすことを目標に、各分野で活躍されている方をお迎えします。

今回はエンジニアが毎日使う入力デバイス、キーボードをテーマに74thさんにインタビューします。自作キーボードで快適にコードを書いてみませんか。

話し手 森下 篤 MORIMOTO Atsushi(74th)

【話し手】
森下 篤 MORIMOTO Atsushi(74th)

Mobility TechnologiesのAI寄りのフルスタックエンジニア。自作キーボードをきっかけに電子工作にのめりこむ。著書『Visual Studio Code実践ガイド』
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マイ文房具を作る感覚

日高: キーボードを自分で作ろうと考えた発端はどこにあるんでしょうか。

74th: 自分でキーボードを作るようになって3年以上が経ちますが職業はソフトウェアエンジニアで、AIArtificial Intelligence、人工知能)寄りのフルスタック開発をやっています。

日高: 本職と自作キーボードの接点はあまりないと。

74th: ええ、普段は AWSAmazon WebServicesやGCPGoogle Cloud Platformを触っています。ですのでハードウェアとはあまり縁のない世界で過ごしていました。

日高: 趣味になったきっかけはどこから?

74th: コミケに遊びに行ったときに自作キーボードキットを売られている方がいて、その方のキーボードがLily58 Proって言うんですけど、それに一目惚れして組み立てキットを買ってしまったのが始まりです写真1⁠。

写真1 はじめのころLily58 Proをカスタマイズして使っていたところ
写真1

日高: キーボードにこだわりがあったからこそ気になったのでしょうか。

74th: そうですね。以前から文章を書く趣味があり、キーボードの種類や使い方をいろいろ試して使いにくい点を改善したいと思いながら使っていました。

日高: 触り心地とか打ち心地を気にしていたってことですよね。

74th: 私の場合はたくさんキー入力するので、指の力が弱くても打ちやすい薄型のキーボードが好きでした。完成品だとAppleのMagic Keyboardが好きだなと感じていました。

日高: 自分で作るという選択肢ができて理想を追求しはじめた。

74th: はい。マイ文房具を作る感覚で実用性も兼ねています。

自作キーボードはじめの一歩

日高: 組み立てキットを実際に作ってみていかがでしたか。

74th: 初めて自作に挑戦したLily58 Proでは薄型のキースイッチが使えるんです。

日高: キーの高さを自分好みにカスタマイズできるわけですね。

74th: ええ、自分に合っていて十分快適なのですが、使い続けるうちに理想のキーボードに気付いてしまうというか。

日高: 改善点を見つけて沼にはまってしまう様子が目に浮かびます(笑⁠⁠。

74th: Lily58 Proは左右分離型なので配置の自由度が高いキーボードです。私はMacbookのトラックパッド近くに右側のキーボードを置いて、右手でトラックパッドとキーの両方を操作していました。

日高: なるほど。僕だとマウス操作するときにキーボードから手が離れて焦れったく感じることがあります。

74th: 私も使っているうちに「左手が暇しているな、もう少し効率的に動かせるのでは」と感じてきました。そうしたらさらに好みのキーボードが欲しくなってしまって。

日高: 組み立てキットだけでは物足りなく、作りたい、と。

74th: そうやって自分で設計した初めてのキーボードがSparrow62でした写真2⁠。

写真2 74thさんが設計したキーボードSparrow62v2
写真2

日高: 簡単に聞こえますが基板から起こすとなると相当の苦労があるのでは。

74th: いえいえ、キーボード作者がプリント基板の設計図やファームウェアのソースコードをGitHubで公開してくれているものもあるんですよ。

日高: OSSはよく聞きますがハードウェアもオープンソースで共有されているんですか?

74th: この場合、プリント基板は電子部品を取り付ける前の配線板を指します。製造に必要な設計図がMITライセンスなどで利用できます。基板が欲しければ発注して、あとは部品をはんだ付けするという手順です。

日高: すごい。誰でも設計図から作れるのか。

74th: オープンソースハードウェアのエコシステムが一種できあがっているのかなと。自作キーボードを扱うショップも、この文化を理解してお店でキーボードを製造して売っていて。入手性が良くなる側面もあります。

日高: ハードウェアの経験があまりなかったのに一歩踏み出して自分がデザインしようと思ったポイントって何でしょうか。

74th: 急に変わったわけではなく少しずつ慣れていきましたよ。技術書典などのイベントで展示されている方もいて、自作キーボードの作り方を解説している同人誌を読んで自分にもできそうだ、おもしろそうだなと感じました。

日高: 解説書が手助けになったわけですね。

聞き手 日高正博
画像

理想を試行錯誤する

74th: 電子工作や基板の作り方は全然わからないんだけれど、本を見てみるとちょっとできそうな気がして。実はキーボードってすごく構造が単純なんですよ。

日高: 理解しやすいという意味でしょうか。

74th: トラブルから学べたのが大きかったかもしれません。2つ目のキットを組み立てるときのエピソードなのですが、配線が切れてしまって失敗したんです。縦に並んだキーが全部動かなくて困りました。

日高: 壊したのかと焦りますよね。

74th: キーボードの原理は接点どうしが接触することでキーが押されたと認識できるしくみです。格子状に回路を組んで、行と列の組み合わせで押されたキーを特定します。

日高: 配線や接触がまずいと動かない。

74th: そうです。失敗の原因は配線が切れていたことだったのですが、初心者なりに配線をなおしたら動き始めて少しずつ理解を深められました。これがおかしいんじゃないかって、ためしに適当な線で通電させてみたらキーが認識されるとかを発見していって、何とかいけそうだなっていう形です。

日高: 法則性を探して解くのはデバッグに似ています。

74th: いくつかキーボードを組み立てて使ってみると「左側にもうちょっとキーが欲しいな、増やせないかな」と気になって自分でもキーボードを作ろうと思い、製作を始めました。

日高: プリント基板を起こしてみたと。

74th: 大変そうに聞こえますが今はすごく手軽に作れます。基板を注文するのも1注文数ドルから発注できるんです。サイズごとに価格は変わりますが。

日高: 海外で生産するんでしょうか。

74th: 海外の工場が多いですね。送料を入れて2,000円ぐらいからでしょうか。発注した基板は私の使い方に合わせてキーを2つ足すという小さな変更のものですが、理想のカスタマイズを試すには良い環境です。

日高: ソフトウェア開発に似た何かを感じてきました。差分開発のようですね。

74th: そうですね(笑⁠⁠。リードタイムも製造そのものは3日ぐらい、送ってもらうのに1週間から10日でおおむね2週間で手もとに届くイメージです。

日高: ハードウェアだと思えば十分早い。思った以上に環境が整っていますね。

74th: キーボードが単純な機構ということもあって製作に関してはある程度の標準化が進んでいるんじゃないかと。ソフトウェアもQMK Firmwareがよく使われていて、これはオープンソースで提供されています。QMKを使えば特殊なキーバインドもすぐに実現できます。

日高: ソフトウェア面でもスタンダードがあるのは心強い。汎用性があるなら使い回せそうです。

74th: ツールがそろっているおかげでいくらでも理想のカスタマイズができます。ブラウザでキーマップを変更できるRemapも便利ですよ。

日高: あれ? キー配列の変更ってソフトウェアの書き換えがいるのでは。

74th: Remapに対応したファームウェアを使っていればブラウザ経由でキーマップを変更できるんです。ローカルでの書き換えは手間ですがブラウザなら手軽に配列を替えてみて手に馴染むか試せます。

日高: 都度、設定ファイルをダウンロードして書き込むのって面倒ですからね。とても共感できます。

誰もが作り手になれる

74th: Remapにはキーボードカタログ機能もあって好みのキーボードを検索できるんですよ。私の自作キーボードSparrow62もカタログ登録していました。

日高: 利用者のキーマップが見られたり共有したりと、エコシステムのお話をうかがっていると利用者と作り手が非常に近いコミュニティなんだなと感じます。

74th: エンジニアが中心というのが大きいかもしれませんね。あわせて便利なツール群で自作キーボードやキーマップを共有して、コミュニティを広げてくれています。

日高: 組み立てキットから入った人でも、はんだ付けやキー配列のカスタマイズを通じてしくみを理解できていますし、作ることへの抵抗は低くなりそうです。開発の面でもエコシステムの存在が大きいのでしょうか。

74th: 私がうれしかったところではPythonで記述できるキーボードファームウェアがあることです。Python 3と高い互換性があるマイコン向けの処理系ですが普段の仕事で使っているプログラミング言語の知識が活きて、とっつきやすかったです。

日高: いつもと同じプログラミング言語で書けるなら試行錯誤もしやすそう。

74th: キーボードをUSBで接続する都合、マイコンもProMicroなどポピュラーなものを使うことが多いですね。

日高: カタログとオープンソースで学べるのは初心者にとって大きい。

74th: 自作キーボードというジャンルはアマチュアがほとんどです。自作キーボードを扱っているショップの遊舎工房さんでも委託販売がありますし、BOOTHのようなマーケットでの販売も活発です。

日高: キーボードの好みは百人百様だけど、それがいいという価値観なんですね。長く触るものだからこそ、こだわりたいという気持ちもあるのかな。

74th: はい。私が委託販売している自作キーボードも大量には売れませんが、たまに購入されるんです。Twitterを見てみると「このキーボードいいな!」と書かれてて。

日高: 自分のこだわりが響くのは熱いですね。組み立てキットも安くはないでしょうし。

74th: 実は技術書典でトラックパッドと一体化した私の最強の自作キーボードを展示していたら、悩んだ末に買っていかれた方がいて、すごくうれしかった覚えがあります写真3⁠。その日は結局1つしか売れなかったけれど理解してもらえたんだなという満足感が大きかったですね。

写真3 Sparrow62をトラックパッドと一体化させたところ
写真3

キーボードの流行

日高: ずっと同じキーボードを使ってきたのですが聞いているといろいろ試したくなりました。

74th: いきなりフルサイズのキーボードでの組み立てやはんだ付けは大変なので、マクロパットのような小さめのトライアルキットや組み立て済みのキーボードもありますよ。挑戦してみましょうよ。

日高: それは気軽でいいですね。自作キーボードにも流行があるのでしょうか。

74th: 最近は自作キーボードにトラックボールを付けたものが増えてきています。最適な形でPC操作をしたいという需要だと思うんですが。

日高: 広がるきっかけが何かあったのでしょうか?

74th: 先駆者がいてKeyballというキーボードです写真4⁠。大きめのトラックボールを載せているんですよね。これまでは小さいものが主流でした。

写真4 トラックボール付き自作キーボードKeyball61白銀ラボさん設計)
写真4

日高: 大きくして載せるという発想がおもしろく感じます。キーの硬さや配置だけではないんですね。

74th: 実際にキースイッチを複数持っている人も多いはずです写真5⁠。キーソケットがあれば交換できるので。

写真5 お気に入りのキースイッチDurock T1 Sunflower
写真5

日高: やはりカスタマイズ性は大事にされるんですか。

74th: パーツもキースイッチやキャップ、ケースと個別に販売されています。さながら自分だけのプラモデルを組み立てる感覚です。ただ買っておしまいではなくて使い方に合わせてスイッチを変えたいとか、新しい機能を付けたいとカスタマイズして使うのが自作キーボードの世界です。

日高: そうやって作ったキーボードは仕事で使う道具でもあります。完成品では得られない部分もここでしょうか。

74th: ええ、毎日使うものなので愛着もでてきます。自作キーボードの派生というか私も音楽ゲームコントローラとか電卓機能付きBluetoothテンキーとか作り始めていますが形として残ることで達成感があります写真6⁠。

写真6 74thさんが遊び心で作った音楽ゲームコントローラ
写真6

自作キーボードは作る人で設計や装飾など、こだわりが違うんですよ。Twitterに制作物を上げる人も多いので、眺めるだけでもかっこよくておもしろいと思います。

日高: 楽しく始められそうな気がしてきます。在宅勤務も多いので仕事道具にこだわってみたくなりました。本日はありがとうございました。

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