新春特別企画

2010年の勉強会

勉強会を発見した2008年、勉強会が定着した2009年

id:hanazukinさんのIT勉強会カレンダーによって、IT系勉強会の隆盛を発見したのが、2008年だとすると、それがしっかりと定着したのが2009年だと思います。2009年6月には、勉強会勉強会の主催による勉強会カンファレンス2009が開催され多くの勉強会主催者が集まりました。

カーネル読書会

自分にとって思い出深いものは、わたしが主宰しているカーネル読書会に、Linuxの創始者であるLinusさんはじめ世界のカーネルハッカーの皆さんが遊びに来てくれたことです。カーネル読書会を最初に開催したのは、1999年4月でかれこれ10年続いていることになります。月に1回くらいのペースで開催していますので、年間10回くらいの開催でき、2009年10月に第100回記念を向かえることになりました。

ちょうど日本で初めてLinux Kernel Summitが開催され世界中からLinusさんをはじめとするカーネルハッカーが来日するので、それに合わせて第100回カーネル読書会を開催しました。当日は100名を越える人々に参加いただき大盛況でした。

勉強会を長続きさせるようなコツというものはあるのでしょうか。

■よしおかの勉強会第一の法則

勉強会を開催するメリット > 勉強会を開催するコスト(個人的な負担)

ここで、勉強会を開催するメリットが、その開催コストを上回っていれば、それは続きますし、逆に開催するコストのほうが大きければ、勉強会を継続することはできません。

カーネル読書会というのは、自分にとって初めての勉強会だったので、どのようにそれを運営していいのか、まったくわからない状態からはじめました。Linuxのカーネルをさかなに飲み会をしたかったというのが実状です。別に勉強会と大上段に構えて開催したわけではありませんでした。

横浜Linux Users Group(YLUG)のメーリングリストに、Linuxのシステムコールの実装方法について質問したメールがきっかけで、せっかく教えてもらったのだから、その実装についてソースコードでも読んでみようというのが、わたしのそもそもの開催動機です。別に素材はなんでもよかったのですが、ソースコードをみんなでみたら面白いだろうなあと思ったのです。

溝の口の川崎市の公民館を借りて開催したのですが、メーリングリストで募集したところあれよあれよというまに30名を越える参加者が集まりました。わたしにとっては全員初対面なわけですが、実に楽しかったことを覚えています。参加者の皆さんにも大好評で、メーリングリストの感想を読んだ未参加の人たちも次回があればぜひ参加したいという感想を投稿していました。

わたしの手間暇というのは、お題を決めて、日程調整と会場の確保ぐらいのもので、勉強会の価値というのは、お題の発表者および参加者によって作られますから、上記の方程式の不等号が常に「勉強会を開催するメリット>勉強会を開催するコスト(個人的な負担⁠⁠」という形になり、開催が持続します。

わたしの個人的な負担を最小化することによって、開催の頻度も月一くらいのペースで淡々と続けられます。 左側のメリットを増やそうと努力するあまりに、右側のコストをどんどん大きくしていく主催者がいますが、結局のところ一人あるいはグループで負担できる限度というものがありますので、持続可能性を求めるのであれば、右側のコスト最小化戦略の方が長続きします。

単発のイベント、あるいは年に1回くらいのイベントであれば、実行委員会みたいなものを組織して、準備にコストをかけるという方式でも開催できると思いますが、個人ないし少人数で主催する勉強会は、右側のコスト最小化戦略が重要です。

一方で、左側のメリットについては、発表ネタなどをどんどん公開していくことによって、自然と今までのコンテンツが増えてきますので、増加していきます。情報公開しないと、外部から見たメリットが見えませんので、情報公開は非常に重要です。

特に意識していたわけではなかったのですが、当初から資料は公開を原則としていました。これは題材がLinuxとかオープンソースだったので、情報公開が当たり前だと思ったからなんですが、結果として非常に豊かなコンテンツになり、左側の価値を増大させました。個人が主催する自主的な勉強会は、肩に力を入れないで、主催者のコストを最小化するというのが持続するコツだと言えます。なかなかこれが難しいのですが、長いこと続いている勉強会に共通するものだと思っています。

勉強会と商業セミナーの違い

勉強会は基本的には何かに興味を持った主催者が参加者を募って開催します。商業的な教育やセミナーとどのように違うのでしょうか(表参照⁠⁠。

勉強会とセミナー
 勉強会セミナー
主催者ボランティア企業
料金無償ないし廉価有償
形式対話的一方的(片方向)
講師ボランティア専門家
参加者能動的受動的
ネットワーク積極的ない

何かを学ぶという意味ではそれほど違わないと思うかもしれません。しかし、主催者がボランティアで料金が無償ないし廉価であるという形式的な違い以外にも多くの相違点があると思います。

勉強会の場合、参加者と主催者の役割分担が相対的で、ある時は主催者、ある時は発表者、ある時は参加者というように、固定的ではありません。参加者が能動的、あるいは質疑応答も活発な場合が多いような印象を持ちます。さらには、継続している勉強会では、メーリングリストやWikiなど、さまざまなコミュニティ支援系のツールを活用し、勉強会の瞬間だけではなく、時間や空間を超越したコミュニケーションをとっている場合があります。 勉強会を軸としたゆるやかなコミュニティが形勢されています。

ベンダーの情報を入手するというだけであれば、商用セミナーの意義もありますが、それ以外の、まだ十分形式化されていない現場の情報や、運用のTips、あるいはオープンソースの情報などは、商用ベースのセミナーよりはるかに勉強会のほうが、量的にも質的にも凌駕しているようです。

勉強会と学会

大学の先生や企業の研究職でもないとなかなか学会というのは敷居が高いものです。研究者は基本的には学会の査読付き論文によって評価される職業ですので、勉強会で発表するということは直接的にはメリットはありません。 わたしの個人的な考えなのですが、学会と勉強会的なものがもっともっと融合すると面白い思います。先日開催されたWeb学会のシンポジウムは、Ustream.tvでの中継やTwitterを活用した質疑応答など、勉強会がよく利用するツールを活用して、一般参加者に門戸を開いていました。

学会という権威と、勉強会というライブ感覚を融合し、新たな知を創発する場所になれば面白いなと思いました。学会はどちらかというと権威による編集の百科事典、勉強会は群衆の叡智によるWikipedia、前者は静的、後者は動的みたいな印象があります。

ソフトウェア開発や現場の運用などはなかなか研究になじまないようなものもアカデミアの皆様とコラボレーションできたらなと思います。

勉強会と企業

企業にとって勉強会はどのような価値があるのでしょうか。

従業員への教育的効果、スキルアップ以外にも、モチベーションの向上や社内活性化などの効果があるようです。他社の事例を理解することによって、直接的に仕事に生かせないとしても、それを参考として、日々の業務を見直すヒントを得たり、社外ネットワークを構築したりするメリットがあります。

企業にとって、勉強会を開催することは、ほとんどコスト(設備費、人件費他)が発生しません。メリットは、上手に運営すれば、上記のようにいろいろ発生します。組織というのは、通常機能によって縦割りになっています。大企業になると事業部が違うとまるで別会社のようだということも言われています。クロスファンクションな横串を通すことの重要性が喧伝されていますが、言うほど簡単ではないのが実状のようです。

そこで、勉強会による、縦串でも、横串でもない、社内コミュニティの醸成が価値を持ちます。

勉強会による価値の創造

10年カーネル読書会を続けてきて見えてきたものがいっぱいあります。いろいろな宝物をいっぱいもらった気がします。 オープンイノベーションの時代、価値の源泉の多くは社外にあります。世界にはすごい技術者がいっぱいいます。勉強会によって、それらの人々と緩くつながりあう。そのような可能性に満ちています。

オープンソースはコミュニティ駆動で価値を創造しています。そして勉強会はそのオープンソースコミュニティにとっての貴重な学びの場を提供しているプラットフォームだと思います。

2010年も様々な勉強会によって様々な価値が創造されるだろうと考えます。

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