「東京って思ったより坂が多いよね」
23区内を自転車で走り回ってみた人との会話によく出てくる言葉だ。
確かに東京は坂が多い。とはいえ、いわゆるママチャリではない(アシスト付は別)、ロードやマウンテンタイプにかかれば、整備された都内の坂くらいはどうということはない。難所で有名だったという“九段坂”にも、その面影を見ることが出来ない。
都内を走るときの大敵は坂ではなく、段差とバス、そしてタクシー。
『段差』
ロードで車道を走っている、車は渋滞気味。
路肩に駐車している車(これも困りもの)を避けるため、右側にふくらむ。相図の手信号を送っているのに、さっき抜いてきた車がクラクションを鳴らす。「前に車が詰まっているんだぞ、どうやって先行しようっていうんだ」一瞥をくれてさっさと先に進む、と、「自転車は歩道を走りなさい!」大音響でパトカーが騒ぎ出した。
冗談じゃあない、そんなに広い歩道じゃあないんだ、おばさん達は横に広がって壁が歩いているし、親子連れも、車いすの人だっている。
第一、走っているところは軽車両のレーンなんだ、そんな大声はレーンをふさいでいる車に向けてくれ。
どうせこっちの方が速い、声を置き去りにして先を急ぐ。前方の交差点に、制服を着た、声の仲間が飛び出してきて両手を広げる(危ないなあ)。「どうして言うことをきかないんだ」、こうなると彼らには言葉は通用しない、仕方なく歩道へ。
歩道、といいながら、道のつくりは自動車優先。車の出入りのために数mごとに設けられた段差でガタガタだ。高圧の細いタイヤをつけたホイールで[1]段差のショックをひろいながら考える、「あの人達は、専用レーンを車よりも速いスピードで走っていたのが目に入らなかったのだろうか。近所のお買い物ならともかく、離れた目的地に向かって、本来の性能で走っている自転車は歩道を走ってはいけない、歩道は自転車の走るところじゃあない。」
ガタンガタン、と、歩道がなじる。しゃくにさわるけど耐えられなくなって、脇道へとそれた。
『バス』
停留所の少し手前、青信号でヨーイ、ドン、になってしまったバスが「本当に都の基準を守っているのか」疑りたくなるような黒煙を上げて、追い抜いていく。追い抜いたと思ったら、目の前で止まる、昇降が始まる。右を抜けるチャンスを逸して、排気ガスを浴びながら待つ。
もう何度目のイタチごっこ。お互いに意地になっている……のかな。
この待ちがなければ、とっくにおさらばしているんだけど。
「よし、こんどこそ本気でお別れしよう」
意を決して、バスと同時に走り出す。「ありがたい」少し先の信号が赤にかわった。車は詰まってきている、バスの速度がゆるむ。ペダルに力をかけて左から抜きにかかる。
「え」 バスがスルスルと左ににじりよってくる。停留所はさっき越えたばかり、ウィンカーもつかない、抜かさせないつもりなのだろう、が、こっちはもう車体の影に入ってしまっているのだよ。
「おいおいおい」 まさに肩をこするようにしてすり抜ける。すり抜けざまに運転手の顔をにらみつける、向こうも見ている。
やっぱり意地の張り合いになっていたんだな。
『タクシー』
バスは停留所があるから、まだ動きの予想はしやすい(幅寄せは論外だけど)。しかし、タクシーはそうはいかない。
確かに、タクシーはどこで客を拾って、どこに降ろすかは“客”しだい。どこにでも停まるから意味がある。
でもね、前を走っている自転車を加速して追い抜いて、いきなり──目の前で──路肩に寄るのは止めて欲しい。そのまま普通に減速すれば、自転車はあっという間に先に行ってしまうのだから。
タクシーに限らず、車に乗っている人は、自転車のスピードは(たとえママチャリでも)、考えているよりもずっと速い、ということを覚えておいて欲しい。
軽車両なのに、歩道に追いやられ、本来の運動性能を発揮できないどころか、押して歩く羽目におちいり、歩道でも邪魔にされてしまう、なんてこともあるけれど、自転車乗りの側も、十分な注意と優しさ(と、細かい道まではっきりのっている地図)を持って走れば、都会を移動する手段として、自転車を使うことほど快適なことはない。
普段利用している地下鉄が、いかに大回りで走っていたのかを実感できるし、数km、いや数百mごとに、見所満載。とても楽しいものです。
大江戸ポタリング おすすめマップ:でか字まっぷ・東京23区/旺文社
都営新宿線・森下駅~深川江戸資料館~富岡八幡宮~深川不動堂~相生橋~月島~佃島・住吉神社~佃大橋~築地~銀座~日比谷公園~国会議事堂前~三宅坂~迎賓館~戒行寺・長谷川平蔵供養之碑~田宮稲荷・お岩稲荷~新宿御苑~新宿・中央公園(積算17km程度)
小江戸ポタリングに続いて、本家本元・大江戸ポタリングに出かけよう。
川越の時もそうだったけど、市街を回るときは、なにかしらベースになるコンセプト(と言うほど大げさじゃないけど)を決めてやるとコース設定がしやすい。
今回は「なんとなく長谷川平蔵絡み下町満喫コース」で、下町から甲州街道の一番宿・新宿までをポタポタと走ろう。
平蔵に縁の深い本所・深川ということでスタートは森下駅を選んだ、のだけれど、平蔵の邸があったのはひとつ先の菊川駅。駅からすぐのところに長谷川平蔵・遠山金四郎(金さんもここに住んでいたそうな)屋敷跡の碑が建っている、ということを後で知った。下調べはやりすぎると出会う感動が減って面白くないけど、やっておかんと出会い損ねてしまう。残念。
森下から小名木川を渡って霊厳寺(松平定信の墓がある)でポタリングの無事を祈願して、門前の素敵な牛乳屋さんでのどを潤す。
霊厳寺の隣が『深川江戸資料館』。ここは約150年前の深川の町並みを再現していて、展示してある建物には自由に出入りできるし、展示物もさわり放題。商店から長屋を巡り、船宿の二階でくつろいでいると、日が暮れてきて、夕立がザアッと降ってきたり、ネコが屋根の上で鳴いていたり、犬が火の見櫓に小便をひっかけていたり、と遊び心満点。粋な展示をじっくりと味わっていこう。
すぐ近くの清洲庭園は明治時代に岩崎弥太郎がこさえた回遊式の庭園。時間が許せばこちらものぞいていきたい、けど、今回は江戸、ということで明治はパスさせていただく。
仙台堀川を渡り、首都高速・深川線をくぐれば目の前が富岡八幡宮。例祭は江戸三大祭りのひとつ「深川八幡祭り」。金銀ダイヤをちりばめた日本一の大御輿を見ることが出来ます(見損ねた)。
富岡八幡のお隣は江戸っ子に人気の高かった深川不動。八幡が赤ならこちらは黒、スタンダールの小説みたいだね、なんて江戸とは関係のない感想はおいておいて、ここでは境内よりも門前仲町駅への参道が面白い(罰当たりだなあ)。商店街の雰囲気につられて、あげまんや煎り豆を必要以上に買い込んでしまった。
越中島から相生橋を渡れば、佃島。平蔵が松平定信に建言して設置された石川島・人足寄せ場のあったところだ。佃公園に石川島灯台が、その跡地を語るモニュメントとして残されている。
さあ、佃島のお隣は月島。月島と来れば“もんじゃ焼き”でしょう。もう、もんじゃ焼き屋だらけ。もんじゃ焼きマップを配布しているものの、どこが有名やら美味しいやらわからない。でも、もともと駄菓子屋さんのおやつで、旨いのまずいのいう種類の食べものではない。店の前に自転車が止めやすい(路地が狭いので、数台の自転車を置いておく場所がなかなか無いのだ)という理由で店を選んで、もんじゃで昼食。
体中からソースのニオイをぷんぷんさせ、住吉神社に参詣、と、その前に波除稲荷近くにある佃天台子育地蔵尊を探してみるといい、ちょっとびっくりするところにあるから。
大川・隅田川を佃大橋で渡って新富町。おかしな建築の(また罰当たりなことを)築地本願寺を過ぎれば築地市場。ここは休日の日中に行ってもあまり面白いところではない。
市場をちらっと目にとめて、歌舞伎座から銀座のまっただ中を抜ける。普段は、山の中や、地方ばかり走っている愛車に乗って、銀座を闊歩輪走(カッポタリング)するのもいいもんだ。和光の時計塔が新鮮に見えた。
有楽町のガードをくぐり、日比谷公園へ向かう。途中、日比谷シャンテの脇にある初代ゴジラ像にお目通り。この造形は良くできているなあ。
日比谷公園で一息入れて(あちこちで息を入れすぎるくらい入れているのですが)、二重橋を横目に、皇居沿いをゆく。東京だよおっかさんコースの国会議事堂前にもしっかり立ち寄り、三宅坂交差点を左折、すぐに平蔵生誕の地・赤坂だ(6丁目のあたりだそうです)。赤坂御用地の坂を登り切れば、フェンス越しに迎賓館が優雅に佇んでいるのを望むことが出来る。門の脇で眺めていると、警備の人もこちらをじーっと見ている。こちらは優雅、あちらは不信、話しがかみ合わないので、早々に立ち去り、学習院初等科の脇から住宅街に入る。
結構な勾配の坂をあちこち迷って、長谷川家の菩提寺・戒行寺に辿り着く。ここには長谷川平蔵宣似供養之碑が建立されている。毎年6月には『鬼平忌』が開かれているとのこと。
さあ、これで平蔵の活躍してきた場所をかけ足で見てきたことになる。役宅のあったという北の丸公園のあたりや、小説によく登場する根津、浅草界隈は、大江戸ポタリング第二弾・江戸城北回り編で訪れてみたい(文豪ゆかりの地巡りになりそうだけど)。
新宿へ向かう途中、前々から行ってみたかった田宮神社(通称:お岩稲荷)で、本日の無事を感謝して、新宿・中央公園がゴール。「新宿ナイアガラの滝」(すごい名前だなあ。せめて昔の名所にちなんで、新・十二社の滝、くらいにして欲しかった)前で解散。
早朝から走り出したのであれば、たぶん、まだまだ日は高いはず。後は新宿駅から輪行するなと、自走で帰るなとご自由に。