[自転車イラスト紀行]徒然走稿

第三十二回「にわかマニア」

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秩父札所巡りで出会う建築物は実に多彩だ。

多彩だ、といっても日本建築についてなんの知識も持っていないのだから、神社仏閣の建築物となると「なんか形が違う」という程度にしか区別がつかない。

しかしこの「なんか違う形」がどうも気になる。

その意味するところを知りたくなった。

気にしていたらタイムリーなことに購読している大人向け情報誌で「日本の建築」の特集をやっていた[1]⁠。

とても入り込みやすく編集してあったので、頭の中で秩父札所の建築物と記事の内容がシンクロした。

もう少し詳しく知りたくなり、市立図書館へ行っていくつか入門書的なものを借りてくる。私の町の図書館は上限30冊まで借りることが出来る上、一応レファレンスサービスをやっているのでこういう時は便利なのである。

  • 『雑学3分間ビジュアル図解シリーズ 神社・寺院・茶室・民家 違いがわかる!日本の建築』⁠宮本健次:著 PHP刊 1300円 2010/09)

タイトル通りのじつにわかりやすく、即席の知識が欲しい人間にはもってこいの一冊。いわゆるHowTo本の作りなので紙もしっかりしたものを使っているから携帯するのにちょうどいい。だけど"図解"というわりには絵があまりにお粗末。見開きで一項目を解説しているため見やすいが内容は浅い。

同じ著者の『図説 日本建築のみかた』⁠学芸出版社刊 2520円 2001/03)は、実際の建物を使って解説をしてくれておりわかりやすい。建物のガイドブックにもなるからツーリングのお立ち寄り場所を決めるのにも役に立つ。イラストも緻密で好感が持てる。

が、携行するにはちょっと重い。

さらに足を踏み入れるならビジュアル本ではないけれど、⁠天下無双の建築学入門』⁠藤森 照信:著 筑摩書房刊 2001/09 777円)が建築の各部位(土台、床、天井など)をエッセイ風にとりあげて解説してくれていて初心者にもとっつきやすい。

さらにさらに奥深く……は、入っていきません。

秩父札所の建築物の上っ面だけを楽しむならこれだけで十分。

実際に持っていくなら『雑学3分間~』でしょうね。現地で必要になると思われる部分にあらかじめ付箋を噛ましておくと便利だ。

かくして、にわかマニアになる。

北海道の離島、利尻・礼文に行った時はそのときのメンバー全員が"にわか植物マニア"になった。

これは我々のグループに限ったことではない、これらの島を訪れた人はほぼ例外なくにわかマニアになってしまうのだ。

その原因はこの島独特の植性にある。

なんせ北にある島なので、本州では2000m級の山に登らないとお目にかかることの出来ない高山植物が海岸線にポンポンはえているからだ。

その代表格はレブンウスユキソウ(エーデルワイスのお仲間)とレブンアツモリソウだ……ったかな?

本棚を探って……ありました。

『礼文 花の島・花の道』⁠宮本誠一郎、杣田美野里:著 北海道新聞社刊1995/05)ご当地で手に入れた植物図鑑。

によると、それで間違いないようです。

それにしてもこんなにいろんな花があったのだね、すっかり忘れていました。

そう、このあたりが"にわか植物マニア"の"にわか"たるゆえんなのです。

現地で図鑑片手に、花を求めてあちらへこちらへ、バシャバシャとシャッターを切り、スケッチまでしてしま……っていたのが、島から離れるとどうでしょう、その知識はかけらも残っていない。

いや、当初はかけらくらい残っていたのだろうが、現時点では、先ほどの二種の名前がうる覚えで出てくるくらいで、そのとき撮りまくった花の写真がどこにあるのかすらわからない。

図鑑がすぐに出てきたのだって奇跡に近いと言えるだろう。

懲りることなく、またしても、にわかマニアになる。

詰め込んだ知識をぶらさげて現地に入る。

本当のマニアなら、ひとりうなずき、自身の知識を確認するために携行した図版を繙くのであろう。

にわかマニアはそんなことでは気が済まない。

古びた本堂を、社を見上げて、

  • 「この作りはいわゆる神社建築というやつだね」
  • 「屋根に反りがなくてひさしが伸びて向拝が設けてあるから仏教伝来以降の様式だね」
  • 「屋根の下、あの破風板、破風板ってわかる? そうあそこ、あそこから下がっているのは懸魚といってね、蕪方とか梅鉢紋の形をしたもの、くりぬいた穴がイノシシの目のように見える猪目なんて様々な形があるんだけど、なんのためにああやってあるか知ってる?」

などと、全部本に書いてあることを丸暗記しているならまだしも、付箋を頼りにページを繰りながら解説してみせる。

本を見せて「ほらこれ」といってしまえば話は早いのだが、そうはいかない。

ひとりで見て、ひとりで納得していればよさそうなものだが、そうもいかない。

カラオケと一緒で、誰かが聞いてくれるから張り合いがあるのである。

いつのまにやら離れて軒の彫刻を見ている同行者の脇に楚々とよりそい、

「あれは獏かな、一番上は麒麟だと思うよ、こういう彫刻が何故飾られているかというと……」

またしてもさりげなく離れる人を3分間でわかる図録を片手に追いかける。

まるで落語の『寝床』で番頭を追いかけながら義太夫を聴かせる大旦那のようだ[2]⁠。

そこまで自覚していても、にわかマニアは知識をひけらかしたい。

なぜなら今ひけらかしておかないと、すぐに忘れてしまうからなのである。

秩父札所・三十四観音霊場巡り 札所13番から22番

秩父札所巡り

地図:国土地理院二万五千図 秩父、皆野

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秩父札所巡りの二回目。13番からのスタートです。

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札所13番・慈眼寺は西武秩父駅と御花畑駅の間の踏切を渡った目の前。

慈眼寺、という名前の通り目の病気に御利益がある「あめ薬師」が祀られています。7月8日には縁日で売られるブッキリ飴を買い求める人でにぎわうそうです。

境内にある休憩所でメグスリノキのお茶を振る舞ってくれました。

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慈眼寺の本堂の彫刻も見事です。

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慈眼寺を出て角に東京電力のある道を進むとすぐ、右手に今宮神社があります。今は別の敷地になってしまっていますが14番札所・今宮坊はこの神社を中心とする修験の場のひとつでした、いわばこちらが大家さん?

素通りせずにお参りしていきましょう。

境内には竜神の棲む大ケヤキ『龍神木』が異様な姿でそびえています。

両手を天へとさし上げる巨人のようにも見え、圧倒される迫力です。

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14番札所・今宮坊。

住宅街にあるこじんまりとした、まさに"宿坊"といった佇まいのお堂でした。

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お花畑駅と秩父駅の中間あたりにある踏切で秩父鉄道を渡り返します。正面が15番札所・少林寺。この踏切は少林寺専用のようです。

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少林寺の境内には明治17年の秩父事件で殉職した二人の警部補のお墓があり、この日も新しいお花がお供えされていました。詳しいことはわからないけど、人民を抑える側だったはずの警官にお供えが絶えないと言うことは、勇敢だったのでしょうね。

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今回も国道299号線・本町交差点にある秩父ふるさと館でひと休みです。

秩父銘仙の小物を土産に買い求めました。

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ふるさと館のある本町交差点から小道に入ります。

入ってすぐ江戸時代にタイムスリップしたかのような一画があります。いい雰囲気なのですが交通量の多いのが玉に瑕。

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16番札所の西参道。これまたいい雰囲気を醸し出しているのですがここを通ってきたのではありません、撮影している側に本堂があります。

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16番札所・西光寺です。

西光寺の境内は見どころいっぱいです。

まずはこの酒樽大黒。

酒樽の中に大黒様がおわします。なんだか鬼太郎ハウスのようではないですか。

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ぐるりと巡らされた回廊には四国八十八カ所のご本尊のフィギュア(でいいのかな)がずらり。ここを巡れば秩父札所巡りの間に四国お遍路も結願できるというわけですね。

17番へ向かう前に一度国道299号線にもどって武甲正宗を醸している武甲酒造に立ち寄りました。

外観、内観とも時代を感じる作りになっています。様々な種類をたっぷりと試飲できます、が、まだまだ走りますのでここは我慢……

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札所17番・定林寺。

本堂の右手にある鐘には観音霊場のご本尊百体が浮き彫りにされています。参拝者ならつくことが出来ますが、礼式に則って穏やかに響かせてください。

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17番から立派なケヤキの大木のある"けやき公園"を抜けて右方向へ。再び299号線渡ります。

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巡礼道の道標に従ってなんとも風情のある路地を抜けます。

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秩父鉄道を越える踏切には警報機も遮断機もありませんでした。

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140号線を渡ってすぐの路地奧に、18番札所・神門寺(ごうどじ⁠⁠。

どこの札所にも千社札がいっぱい。同じ人の名前を探すのが結構面白いのです。

今はどの社でも千社札の貼り付けは禁止されています。

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神門寺には短い短い回廊があります。お見逃しなく。

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18番あたりで昼飯をと、駅で貰ったグルメマップを開いて近場の『荷車屋』に向かいました。近いことは近いのですが、山の中腹にあるためかなり登ります、空腹で辿りつくのは結構しんどい。

おまけにこの看板。失礼ながらさびれたドライブインではないかと疑い、正直「失敗した!」と思いました。

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しかし……ごらんください、このテラスからの眺め。

えっちらおっちら登ってきた甲斐がありました。眼下の秩父鉄道をSLが走っていったのも思いがけないご褒美。

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料理はどれも800円程度。自慢のハンバーグはボリュームたっぷりで、石ちゃんが取材にきて満足そうな顔をした写真が飾ってあったのも納得です。ちなみに私は秩父スパゲッティというもろみ味噌のきいたパスタを食しました。

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140号線を渡り返し荒川方面へ向かいます。

川のすぐ近くに19番札所・龍石寺。

閻魔大王や正塚婆も祀られている札所の中でも陰の部分を司っている場所です。

本堂は一枚岩の岩盤の上に建てられています。

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裏手に回ると一枚岩であることがよくわかります。

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その一枚岩を回り込むようにして荒川へと向かいます。

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荒川にかかる秩父橋。

すぐ横手には車専用の新秩父橋がV字型にかかっています。

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秩父橋を渡って正面にある階段を登れば20番札所・岩之上堂なのですが、通行止めになっていました。

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案内板に従って迂回路へ。

ここは徒歩専用なので押していきます。乗車したまま行きたいのならもう少し坂を上がって左折です。

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札所20番・岩之上堂。

まさに岩之上に建っているお堂。でも木が茂っているので本堂からだと其の実感はありません。

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堂内には「猿子の瓔珞」またの名を千疋猿がつり下げられています。これは安産と子供の無事成長を願う母親達によって奉納されたものだとのこと。その心根が表れているのでしょう、美しいです。

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本堂の正面にある石段を河原の方に下りていくと「乳水場」という洞窟というか窪みがあります。本堂はこの巨岩の上に建っているのです。

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天井から乳首のような鍾乳石(たぶん)が下がり、水が滴っていました。この水を飲むと乳の出が良くなる、と案内板にありました。

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川側から本堂をみると、こちらが真正面。

その昔は橋などなく、船で乗り付け、乳水場からの石段を登ってくるのが表参道だったのでしょう。

枝のかかり具合からして秋の紅葉が楽しみです。

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わかりにくいところにはちゃんといてくれるありがたい道標に従って川沿いを行きます。道なりに右に折れて秩父荒川線に出たら左へ。

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秩父荒川線沿いに札所21番・観音寺があります。

道路のこちら側の駐車場に停めて道を渡らなくてはなりません。ひっきりなしに車が来るためお年寄りが難渋していました。せめて横断歩道くらい造って欲しいところです。

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なぜか芭蕉の句碑。この句を詠んだのはここじゃあないでしょう。

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20番から25番の間には「江戸巡礼古道」「明治巡礼古道」が残されています。

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回り道になったり、もとの大通りに戻るだけだったりもするけど、往事の名残を味わうために道標に気づいたら辿ってみることをおすすめします。

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秩父荒川線から荒川の方へと降りていきます。

札所22番・童子堂に着いた時にはすっかりと日が傾いていました。

山門・仁王門が橙色に染まっています。

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門の中を覗けば、なんとも愛らしいお顔の仁王様。

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夕映えに映える本堂。

本堂の正面の唐戸に施してある風神雷神、迦楼羅神などの彫り物は必見です。

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山門の向こうに日が沈んでいきます。

この札所で迎える夕刻は本堂や山門の建っている位置が良いのか、今まで訪れた札所中でも一二を争う佳景です。⁠夕焼け・鄙の寺」として売り出したらうけるでしょうね。

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古道を通って秩父荒川線に戻ります。

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秩父ハープ橋のむこうに暮れゆく武甲山を望むことが出来ました。

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あえてそのハープ橋を渡らず川沿いまで下って武之鼻橋で対岸へ。

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そのこころは……この景色を仰ぎたかったから。

本日はここまで。

次回はこのハープ橋を渡って札所23番・音楽寺からです。

道標あれこれ

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市街地のあちこちにある道標。鎮座している彫刻とレリーフがひとつひとつ違うので探して歩くのも楽しいです。

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わかりにくい路地などで助けてくれるお馴染みの提げ札。ほんと助かります。

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三叉路でみかける石碑のような標。

巡礼道は札所と道標を辿る旅なのです。

気になる食べもの

車での移動時、朝食は圏央道の狭山PAで食します。

ここの武蔵野うどん、馬鹿に出来ない味ですよ。

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秩父名物・豚の味噌漬け。

駅の仲見世でも売っているけど、ここの老舗ではイノシシの味噌漬けが手に入ります。豚も美味いけど脂身の味はイノシシの方がワンランク上。

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とても立ち寄りたかった御花畑駅の立ちそば。いい佇まいでしょう?

そろそろ下火かアニメ『あの花』

ランの時はまだまだ活性しておりました。

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17番札所の必需品、CCレモン350ml缶。なっちゃんオレンジもペアでご持参ください(みんな持ってました⁠⁠。

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秩父橋にはこんな注意書き。

この子が欄干を歩いているポスターがあるのです(この娘さんは幽体だから大丈夫だけど生身は危ないよね)

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お酒のラベルもこの通り。

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最後に前回登場したしゃくし菜漬けの段ボールとポップ。本当にあったでしょう?

しゃくし菜漬けは「うんまい」です。塩だけで漬けたものを見つけましょう。

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