必ず利益のとれるコスト構造を作り、価格を決めてから、サービスの内容を考える
米田が会社を設立してから3年後、年商は8億円を突破していた。既存サービスの拡販にプラスして、セミナーなど高付加価値の付帯事業が加わったおかげで、利益率は25%と高水準を維持したまま、売上の増大に成功したのだ。米田の考えていた3つ目の柱である。
セミナー事業は、そのやり方次第でまったく異なる結果をもたらす。米田は低リスク高付加価値のセミナーのみに絞った事業展開を行った。経営者や広報担当者向けに3時間5万円、2日間で8万円という強気の価格設定。定員を30名に設定し、完売で売上240万円、粗利益200万円以上、粗利益率にして83%だ。高価格で少人数なら、会場費も安く済み、なじみの顧客に直接営業をかけることも可能だから、損益分岐点である3名を確保するのは容易だ。高価格であることが、すべてにプラスの影響を与える。
運営体制も、高付加価値セミナーとそうでないものでは雲泥の違いがある。高付加価値セミナーの場合、担当者1名とアルバイト2名で、1週間に4回から6回のセミナーを開催することが可能だ。会場を同じビル内にし、1日に2つのセミナーを開催するのである。受付はアルバイト1名、進行は担当者。とはいっても、担当者は最初と最後に顔を出すだけでいい。あとは講師が進めてくれる。毎週4回セミナーを開催すると、1カ月で16回。1つのセミナーの参加者が20名、受講料2万円、会場費3万円、講師料5万円、諸雑費2万円とすると、30万円の粗利益だ。1カ月の粗利益は、480万円となる。6回開催した場合は、720万円だ。
当初、「内容から考えて、もっと安価にすべきだ」という社員の反対もあったが、米田はあえて高付加価値にこだわった。理由はかんたんだ。仮に3000円でセミナーを行った場合、高付加価値セミナーと同じ売上を上げるには、800人収容できる会場を抑えなければならない。資料も印刷しなければならないし、受付も多数必要になる。あらゆる面でコストアップし、最終利益はかなり圧迫される。損益分岐点も高くなるし、いざとなって営業マンが電話してもカバーできない。加えて、低価格セミナーはクレームを産みやすくなる。佐久間の言っていた「高いものほど、低品質でも許される」の逆だ。安価なセミナーは、配付資料をはじめとして、すべてにおいて一定以上の品質を確保しなければならなくなる。サービスの内容から価格を決めるのではなく、「必ず利益のとれるコスト構造を作り、価格を決めてから、サービスの内容を考える」のが米田の考え方だった。
社員が半信半疑なら「やってみせる」しかない
「しかし、セミナーには独特のノウハウが必要なんじゃないでしょうか?」
米田の説明を聞いても、社内の営業マンたちは半信半疑だった。米田の言うとおりだとしたら、話がうますぎる。そんなに楽な商売をほかの会社が放っておくはずがない。
「僕を信じていい。これは良質な顧客リストがあればできるモンキービジネスなんだ。我々には、有料コンテンツ販売で作ったリストがある。自信を持っていい」
営業会議で米田は繰り返し力説したが、社員の反応はいまひとつよくなかった。こうなったら、実際にやってみせるしかない。
「鈴木さん、やってみないか?」
米田は、やる気はあるものの、営業成績がふるわない若手の鈴木に声をかけた。鈴木は、学生時代にメデューサデザインでアルバイトをしていた少年だ。データ解析が得意で、卒業後、佐久間からメデューサデザインに誘われたものの、「ビジネスの現場を肌で感じてみたい」と言って、米田の会社に営業として入社した。かわいい顔をしているので受けは悪くないが、相手の男性担当者から今ひとつ信頼を勝ち得ていない。
「え? 声をかけていただくのはうれしいんですが、無理です。今の仕事だけでも大変なんです」
鈴木は、可愛い仕草で頭をかいた。
「なにが大変なんだ?」
「手持ちのクライアントさんが20社ありますし、新規開拓もしなければなりませんし……」
「新規開拓はいい。これから3ヵ月はセミナー事業に集中してくれ」
「そんな……売上がたたなかったら、どうするんです?」
「僕の言うとおりにやってくれればいい。責任をとりたくないなら、この3ヵ月の営業成績は問わないことにしよう。良くても、悪くてもね。ダメでも悪影響はないが、良い結果が出ても反映されない。それでいい?」
米田がそう言うと、鈴木はしばし黙った。鈴木なら、リスクをとるだろうと米田は踏んでいた。
「いえ、いい結果が出たら評価してください。ダメだった時は、マイナス評価でかまいません。やるからには責任もってやりたいんです」
それから数日間、米田は鈴木につきっきりで、セミナーの企画、告知文章の作り方などを伝授した。すべてメデューサデザインで聞きかじったものばかりだ。
蓋を開けてみると、セミナーは1週間で定員40席が満席になった。これに意を強くした鈴木は、米田に教えを請い、次々とセミナーを立ち上げていった。B2Bの営業と異なり、セミナーは効果的な告知と、効果分析が重要だ。鈴木のデータ分析能力を生かせる。鈴木が望んだ形とは違うかもしれないが、これもまた“現場”なのだ。
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