だれも教えてくれなかったコンテンツビジネス儲けのしくみ

第10回エピローグ メデューサデザインのビジネスモデルの秘密

安定の先に何を目指すか

スタッフも増え、社員とアルバイトを合わせて合計で23名になった。社内体制もだいぶ整備され、有能なリーダーも育ってきた。突発的な事故があっても、米田なしで、現場の判断で処理できる。組織として安定してきた。

これ以上成長しなくてもいいような気もした。このままの状態を維持するだけなら、仕事も楽になる。悠々自適の生活を送り、趣味や遊びに時間を割くこともできる。

だが、そこではたと行き詰まった。これといった趣味もやりたい遊びもない。⁠悠々自適の生活」と言えば聞こえはいいが、そんな生活を送る自分をイメージできない。

では、これ以上の成長を望むのか? 上場して世界企業を目指すのか? さまざまな可能性はある。だが、どれもしっくり来ない。米田は佐久間に会いたいと思った。長い間、ほぼ同じ規模の年商で、成長も衰退もせずに会社を維持している佐久間のモチベーションを知りたい。米田の知る限り、特にこれといった趣味はないように思える。独身で家族がいるわけでもない。なにを楽しみに仕事をしているのだろう?

⁠ちょうどよかった⁠

米田が会いたい旨のメールを送ると、その返信で佐久間はそう書いてよこした。佐久間も米田に相談したいことがあるという。佐久間のおごりということで、銀座1丁目にあるイタリアンの名店に誘われた。米田は、見るからに高そうな内装に怖じ気づいた。

「ワンマン経営」「ビジネスの拡大」を両立させる方法とは

佐久間は米田にシャンパンを勧め、最近の事業についての話を聞いた。前菜が並ぶ頃に、米田は次のステップで迷っていることを話した。

⁠うーん……その悩みは早いと思うな⁠

佐久間はソムリエに次のワインを指示しながら、首を横に振った。

⁠米田さんの事業には、まだ成長の余地があると思う。その悩みは、成長がひと段落してからでいいんじゃないかな⁠

⁠そうなんですか?⁠

米田は意表をつかれた。彼の感覚では、そろそろ上限のような気がしていたのだ。

⁠わからないのは無理もない。具体的なことは後で話すけど、あたしが手伝ってあげてもいい⁠

⁠え? 佐久間さんが?⁠

⁠あら? いやなの?⁠

⁠いや、ありがたいです……でも急な話なので驚いちゃって……⁠

⁠まあいいから、聞いてちょうだい。あたしが出資するから、増資して、年商を20億円くらいにしましょう。当てずっぽうだけど、それくらいの規模で安定すると思う。ここまでは土屋さんだけで十分だったけど、ここからはあたしも手伝う⁠

⁠え? 佐久間さんは土屋さんを知ってるんですか?⁠

⁠ふふふ、彼も元うちの社員。できる子はみんな、あたしの会社を卒業して、自分で会社を作っちゃう。それで、あたしに手伝ってとか、出資してとか言ってくるんだから。光栄だけどすごく忙しい⁠

⁠僕は、そこまで言ってませんけど⁠

⁠君は優秀だから、あたしから手伝ってあげたいと思ったの。土屋さんも君のこと褒めてたよ⁠

⁠もしかして、土屋さんは最初から佐久間さんの指示で動いてたんですか?⁠

⁠その言い方はあまりよくないわね。まるであたしがフィクサーみたいじゃない。でも、おおまかそういうこと。だって社員でいてくれないなら、出資するしかないでしょ⁠

⁠なんで直接言ってくれなかったんです?⁠

⁠甘えるからね。君もすでにわかってると思うけど、知り合いとビジネスをしちゃいけない、ってのは鉄則。だから、知り合いであるあたしは姿を隠していたの⁠

⁠じゃあ、なんでばらしたんです?⁠

⁠あなたももう自分で判断できると思ったの。知り合いであろうが、親友であろうが、かまわず判断できるでしょう?⁠

⁠まあ、そうだと思います。結局、僕は社長の掌の上で弄ばれていたってわけですか⁠

⁠人聞きの悪いことを言わないの。遠くからあなたの成長を見守っていたのよ。そもそも、あんなにタイミングよく出資者が現れるのって、できすぎでしょ。疑ってしかるべきだったわね⁠

⁠で、でも、⁠人はまず信じろ』って社長が言ったんですよ⁠

⁠うん、たしかに言った。あたしもそう思ってるから、ウソを教えたわけじゃない。でも、利用したのも事実ね⁠

米田には、だんだんわかってきた。佐久間の会社、メデューサデザインはずっと同じ規模だったが、彼女のビジネスは拡大を続けていたのだ。さまざまな会社に出資し、場合によっては役員もやっていた。米田は、佐久間の底の知れなさに唖然とした。

⁠自分でできることはたかがしれてる。人を雇って会社を大きくしてもいいけど、あたしは会社はワンマンがいいと思ってるから、このやり方が1番いいの。それぞれ独立して会社を経営しながら、ゆるく連携する⁠

⁠でも、統制に欠けるのでは?⁠

⁠あたしは金儲けをしたいわけじゃない。それはあくまでも1つの目安。時代を変えることをしたい。いえ、時代は勝手に変わっていくのだけど、その最先端にいて、変化を体感したい⁠

⁠楽しそうですね⁠

⁠君もね⁠

⁠あ……わかりますか?⁠

⁠あたしたちは似たもの同士。きっとうまくやれると思う⁠

⁠は、はい……⁠

⁠もう一度、握手をしよう。今度はパートナーとしてのスタートの握手⁠

佐久間が手を伸ばしてきた。きれいな細い指先には、深紅の中央に星を打った爪がなまめかしく輝いている。短く刈った黒髪の耳元で銀色のドリームキャッチャーのピアスが揺れている。

⁠よ、よろしくお願いします⁠

米田は身を乗り出して佐久間の手を握った。

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