『電網恢々疎にして漏らさず網界辞典』準備室!

第26話  『未来世紀ブラジル』倉橋歪莉は拘束衣を着て現象学的に臨む。電影クロスゲージの明度は20でエネルギー充填する時、現象学少女は妖精事務員たみこに変身する。それはまるでカフカ的様相を呈している日本の日アサだ。

サイバーシンジツ社の地下にある秘密実験施設。社長である成田晋(なりたしん)の個人的なプロジェクトを秘密裏に実行するための施設だ。最近では、パクリポットというネット上に存在するコンテンツを適当にぱくってニュース仕立てにするサービスを実験していた。2ちゃんねるまとめやNAVERまとめまで、ぱくってニュース化するという、すがすがしいほどの真似っ子ぶりで一時期は炎上サイトの代名詞になったほどだ。アクセスと知名度はアップしたものの、評判は最悪だった。最初は、アクセス増加にほくそ笑んでいた成田も、成り上がりの田舎者のやりそうなぱくりビジネスと叩かれ出すと、さすがにサービス停止せざるを得なかった。

その秘密実験施設の一室に、拘束衣を着せられた倉橋歪莉がいた。彼女は自分が強制入院の憂き目に遭った凶暴な患者のような気がしていた。はてさて自分はいつ発狂したのだろう? と自問自答するが一向にそんな記憶はない。そうだ、現象学的還元を行う際の安全確保のために、拘束衣を着用することになったのだと思い出す。異様な雰囲気に呑まれて、自我も記憶も喪失しがちだ。負けてはダメ! がんばれ! 自分……と己を励ますものの、余計につのるぼっち感にすでに黄昏流星群の味わいを醸し出している歪莉だった。

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病院の手術室を思わせる白い部屋に室員一同が集合し、ベッドの上の歪莉を見つめている。内山は壁際に並んだ計器を食い入るように見つめ、水野はたくさんの電極をつけられた歪莉の頭部を愛おしそうに撫でていた。

言われるままに、現象学少女になることを承諾したことへの後悔が、局地的集中豪雨をもたらす入道雲ように歪莉の脳裏にむくむくとふくれあがる。屋根より高い不安とつらみ。安全だと何度も念を押したくせに、拘束衣を着せるというのはおかしい。頭の電極に電流を流されたら、大声で「総統! 歩けます」と叫んで狂い出すのではないかと不安が止まらない。

頭が、じんじんする……

  • 「シンクロ率高まっています」

内山が固い声で言った。シンクロ率? どこのエヴァおたくだよ、と歪莉は思い、そのおたくにいいようにされている自分はできそこないのオタサーのヤンデレ姫のようなものだと自嘲する。

  • 「セーフティーロック解除。電影クロスゲージ明度20。エネルギー充填…80%…90%…100%。現象学回路開きます」

内山の声が遠くに聞こえる。それにしても、この独特のカウントダウンは、どこかで聞いたことがある。えらく顔色の悪い総統の出てくる映画だった。

  • 「ターゲットスコープオープン。エネルギー充填120%。臨界点に達しました。現象学的還元を開始します」

内山の言葉に続いて、歪莉の視界が歪む。いよいよだと思い、ふと自分と並んでベッドに横たわっている男の顔を見た。目玉がぐるぐる回り、ゲラゲラ笑っている。まっとうな人間には思えない。

彼は、室員を現象学還元する前の実験体だ。サイバーシンジツ社では、営業成績の悪い者は半強制的に新サービスの実験体にさせられる。彼もまたサイバーシンジツ社の被害者なのだ。歪莉は、現象学少女となって彼の意識世界にダイブする。

自分もあんな風だったら嫌だと思った次の瞬間、歪莉の意識は霧散し妖精事務員に変身していた。

さすがの和田も唖然とした。リアルの歪莉が変身したわけではない。モニターに表示される、被験者の脳内に侵入したイメージがそのようになったということだ。ごていねいに、⁠妖精事務員たみこ』とテロップが出ている。まるでカフカ的様相を呈している日本の日アサだ。どうせなら、列車と連結したり乗り換えしたりしてほしかったと和田は思う。

  • 「あたしは、妖精事務員たみこ」

ゴスロリメイド服を優雅にまとった歪莉は、きゃぴきゃぴのアニメ声で叫んだ。身長も148センチに縮まり、顔も童顔に変わっている。バストサイズは、そのままだ。

  • 「妖精事務員たみこ……ってなんですか?」

堕姫縷が目を丸くし、和田の顔を見た。

  • 「さあ」

和田も肩をすくめ、他の社員の顔を順繰りに見た。内山、水野、そして篠田と目が合った時、彼は不思議な笑みを浮かべた。真っ白い闇を抱えた実験室に、妙な緊張が漂う。

  • 「妖精事務員たみこは、世界でただひとりの妖精事務員です。その正体は妖精の国『びちょうたん』の王女。長引く不況に苦しむ母星を救うためのビジネスノウハウを盗むために、大根型ドローン『大根丸』とともに地球にやってきたのです」

堕姫縷だけでなく、和田、内山、水野……全員が目を丸くした。誰もまともに受け取っていない。どこからどう聞いても、篠田の妄想としか思えない。

  • 「革命思想をこじらせるとこうなるというよい見本ですね」

内山がため息をつき、

  • 「残念ながら、私も同意せざるを得ません。惜しい人が紙一重の向こうに言ってしまったものです。⁠夜空ノムコウ』と違って、紙一重の向こうは、えらくつらい衆合地獄みたいです」

和田がうなずく。

  • 「し、失敬な! 今のは『妖精事務員たみこ』の説明をそのまま読み上げただけだ。これはネットバブル崩壊の頃に書かれたプロレタリアートファンタジー小説だ」
  • 「プロレタリアートってなんですか?」

水野が天然ぼけをかますと、篠田は顔を真っ赤にした。

  • 「労働者たる君がプロレタリアートも知らんのか! 恥ずかしいと思わないのか!」
  • 「篠田さん、今どきは戦艦ポチョムキンより艦これです」
  • 「わ、和田室長代理! 聞き捨てなりません。偉大なる思想への冒涜です」
  • 「そういう篠田さんは、パズドラやラブライブのことは知らないでしょう? それって現代文化をdisってますよ」
  • 「そういうことじゃない。ソシャゲは資本家の再収奪だ。たかがゲームと革命を並べないでいただきたい」

篠田が激昂すると、内山がぴくっと身体を震わせた。

  • 「価値観の相違ですね。ゲームはミクロコスモスです。その理解がないと、真価がわからない」
  • 「……いささか言葉が過ぎたようだ。失敬」

篠田は内山に食ってかかりそうになったが、すんでのところで思いとどまると大人の対応に切り替えた。学生運動の時代を生き抜いた革命家だけあって、空気を読むスキルを身につけている。

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2014年9月29日、サイバーミステリーに関するイベントを開催いたします。

お申し込み等、詳しくはこちらから↓

サイバーミステリの楽しみ 第一回
http://cybermystery01.peatix.com/
日時2014年9月29日 19:00~20:30
場所株式会社技術評論社(市ヶ谷)
講師一田和樹、遊井かなめ
和田安里香(わだありか)
網界辞典準備室長代行 ネット系不思議ちゃん
年齢26歳、身長162センチ、体重46キロ。グラマー眼鏡美人。
社長室。頭はきれるし、カンもいいが、どこかが天然。宮内から好き勝手にやっていいと言われたので、自分の趣味のプロジェクトを開始した。
倉橋歪莉(くらはしわいり)
法則担当
広報室。表向き人当たりがよく愛されるキャラクターだが、人から嫌われることを極端に恐れており、誰かが自分の悪口を言っていないか常に気にしている。だが、フラストレーションがたまりすぎると、爆発暴走し呪いの言葉をかくつらねた文書を社内掲示板やブログにアップする。最近では『裸の王様成田くん繁盛記』というでっちあげの告発文書を顔見知りの雑誌記者に送りつける問題を起こした。
口癖は「私もそう思ってたところなんです⁠⁠。
水野ヒロ(みずのひろ)
網界辞典準備室 寓話担当
年齢28歳、身長178センチ、体重65キロ。イケメン。
受託開発部のシステムエンジニアだった。子供の頃からあたりさわりのない、優等生人生を送ってきた。だが、最近自分の人生に疑問を持つようになり、奇妙な言動が目立つようになってきた。優等生的な回答を話した後に「そんなことは誰でも思いつきますけどね」などと口走るようになり、打ち合わせに出席できなくなった。
内山計算(うちやまけいさん)
網界辞典準備室 処理系担当
年齢32歳、身長167センチ、体重73キロ。大福のように白いもち肌が特徴。
ブログ事業部の異端児で、なにかというと新しい言語を開発しようとするので扱いに困っていたのを宮内が連れてきた。
コンピュータ言語オタク。趣味は新しい言語のインタプリタ開発。
篠田宰(しのだつかさ)
実例担当
年齢44歳、身長165センチ、体重48キロ。薄い毛髪が悲哀を感じさせる。
社長室。影が非常に薄く、やる気もない。幽霊のよう人物。ただし脅威の記憶力を持っている。温泉とコーヒーに異常な執着がある。
古里舞夢(ふるさとまいむ)
年齢36歳。身長165センチ、体重80キロ。
受託開発部のエンジニア。極端な無口で人見知り。
和田のファン。何かというと和田に近づき、パントマイムを始める。どうやら彼なりの好意の表現らしいが、和田を含め周囲の全員がどんな反応をすべきかわからなくなる。
綴喜堕姫縷(つづきだきる)
容姿は女性、性別は男性。身長172センチ、体重52キロ。
年齢不詳。カナダ、UBC大学卒業。文化人類学専攻。英語とロシア語が堪能。宮内専務の秘書。その前は、バンクーバー支店長の秘書をしていた。
妖艶な美女。独特の雰囲気で見る者を魅了する。サブカル、特に昔のマンガにくわしい。バンクーバー支店で採用したため、本社には詳細な人事情報がない。

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