IT勉強会を開催するボクらの理由

第8回転職支援サービスが取り組む勉強会――マイナビ主催「Tech Compass」もたらす「課外活動」良さ

IT勉強会に突撃レポートし、開始のきっかけや、運営ノウハウなどについてお聞きしていく本連載。実際、IT業界では他と比べものにならないほど、さまざまな勉強会が連日開催されています。その背景にあるのが、ものすごい勢いで進む技術革新と高い人材流動性にあることは、言うまでもありません。こうした背景から、昨今ではキャリア採用や転職支援サービスを提供する企業が勉強会を開催する例も増加しています。

今回紹介する「Tech Compass」もその1つで、⁠株)マイナビが主催するエンジニア向け勉強会です。もっとも(筆者のような)アラフォーにとっては、毎日コミュニケーションズという社名のほうが通りが良いかもしれません(2011年に現社名に改名⁠⁠。⁠Mac Fan』⁠Web Designing』と出版事業は健在で、近年ではWebの「マイナビニュース」が有名でしょう。1981年には就職情報誌『毎日就職ガイド』を創刊。今では就職・転職・進学情報の提供や、人材派遣・人材紹介など、幅広い事業を手がけています。

勉強会も皇居を望む東京・竹橋のパレスサイドビルディングにある本社セミナールームを会場に、隔月ペースで開催中。1月22日に開催された「Tech Compass Vol。07 超絶トラフィックをミリ秒で処理するアドテクノロジー開発現場の話」にお邪魔してきました。

セミナー会場のビルは地下鉄東西線竹橋駅に直結。地理的にも規模的にも設備的にも理想的だ。
セミナー会場のビルは地下鉄東西線竹橋駅に直結。地理的にも規模的にも設備的にも理想的だ。

インターネット広告を支えるアドテクノロジーの今

2012年の総額が8,680億円と、今や新聞広告(6,242億円)を抜き、テレビ(1兆7,757億円)に次ぐ規模にまで成長したインターネット広告市場。Webブラウザでポータルサイトなどを開くと、バナー広告やFlash広告など、さまざまなディスプレイ広告が表示される様は、おなじみのものでしょう。他媒体で「続きはWebで」⁠○○で検索」などと表示されるWeb連動広告の普及が、市場拡大をさらに後押ししています。

そのインターネット広告を支えるインフラ技術でも、熱い注目を集めているのが「アドテクノロジー」です。勉強会はパネルディスカッション形式で開催され、サイバーエージェントの神田勝規氏、フリークアウトの久森達郎氏、Fringe81(フリンジハチイチ)の関陽介氏がパネリストとして登壇。スケールアウトの菅原健一氏のモデレートで、概要や舞台裏が披露されました。会場は約160名の参加者が集まり、関心の高さをうかがわせます。

アドテクノロジーとは読んで字のごとく「広告技術」のことで、もう少しかみ砕くと「広告配信や広告流通の最適化技術」の意味です。インターネット黎明期では、Webページ上の広告内容は常に一定でした。しかし広告売買の自動化や、ユーザーとのマッチング技術が進み、次第にユーザー属性に合わせた最適な広告が自動的に表示されるように進化していきます。これにRTB(Real-Time Bidding、リアルタイム入札)というシステムが登場したことで、さらに緻密な広告配信が可能になりました。

RTBとはWebサイトに訪問者が訪れ、広告がWebブラウザで表示されるたびに、広告枠の競争入札がリアルタイムで行われ、広告内容を決定する方式のことです。広告主はあらかじめ、広告を訴求したいユーザー属性や広告の掲載基準、価格などを設定しておきます。その後、あるサイトで広告枠が表示されるたびに、条件に合致する広告主の入札がオンラインで行われ、広告内容が決定されます。その間、わずか100ミリ秒(0.1秒⁠⁠。サイト閲覧の裏側で、このような複雑なマッチングが行われているのです。

セミナー冒頭、アドテクノロジーの現状と概要について簡単に説明するスケールアウトの菅原健一氏。
画像 セミナー冒頭、アドテクノロジーの現状と概要について簡単に説明するスケールアウトの菅原健一氏。

菅原氏はアドテクノロジーを「量への挑戦(月間1,000億のトラフィックを処理⁠⁠速度への挑戦(100ミリ秒で広告配信⁠⁠質への挑戦(膨大なデータから最適な判断⁠⁠ビジネスへの挑戦(開発サービスが運営サービスに直結⁠⁠」という4つのキーワードでまとめました。もともとRTBは金融工学が母体で、リーマン・ショックで職にあぶれたITエンジニアが広告業界に流入し、2010年ごろから急成長。日本でも久森氏が所属するフリークアウトなどの旗振りで、急速に注目を集めてきました。

Webエンジニアリングの最先端領域で、世界に挑戦できる

アドテクノロジーの魅力について、久森氏は「技術が極まっているところ」だと言います。以前はソーシャルゲームの大手でサーバエンジニアリングを担当していた久森氏。しかし、ゲームではユーザーがサーバにリクエストして、ゲーム画面が表示されるまで、数秒の遅延が発生することもありました。しかしRTBでは、このような遅延は許されません。その一方でゲーム開発より予算規模が小さく、費用対効果が求められる厳しさも。しかし久森氏は、それすらも楽しいと語ります。⁠シビアな環境で通用すれば、どこでも活躍できるエンジニアになれる」というコメントは、まさに真理でしょう。

ケーブルの1本からコードの1行まで携わるというフリークアウトの久森達郎氏。
ケーブルの1本からコードの1行まで携わるというフリークアウトの久森達郎氏。

これに対して神田氏は「⁠⁠待ち行列理論』など、データの動きなどが理論通りに動作している瞬間が感じられるのが楽しい」と語りました。通常、教科書で習うような理論を実務で感じる機会は、ほとんどありません。しかしギリギリまで高速化が求められるアドテクノロジーの世界では、システムにも余計なものがそぎ落とされた、究極のシンプルさが求められます。⁠命令に対する最適解が求められる。いわば電子回路の設計に近いかもしれません」⁠神田氏⁠⁠。ここが「おもしろく、そして難しい」ところだといいます。

サイバーエージェントの子会社AMoAdで腕を振るう神田勝規氏。
サイバーエージェントの子会社AMoAdで腕を振るう神田勝規氏。

また元フリーエンジニア兼バンドマンという異色の経歴を持つ関氏は、アドテクノロジーの進化を通して「鬱陶しいと思われがちなインターネット広告の質を、アルゴリズムやプラットフォームの進化で改善していきたい」と抱負を語ります。そして、それができるのが魅力だとしました。業界全体が若く上り調子で、誰かが新しいことを実現すれば、それで広告全体が進化することも。業界がコミュニティでつながっており、マッシュアップ的な動きが見られるのも良いところだと補足しました。

元ミュージシャンという異色の経歴の持ち主、Fringe81の関陽介氏。
元ミュージシャンという異色の経歴の持ち主、Fringe81の関陽介氏。

システム開発や運用体制についても話題が及びました。神田氏は10名前後のチームで開発を進めており、⁠No Test、 No Commit」がキーワードとか。プロダクトの品質に意識が高いエンジニアが多く、モダンなスタイルで開発していると語ります。これには関氏や久森氏も同調していました。⁠オートテストを推進していて、パターンをたくさん書いています」⁠関氏⁠⁠。⁠時にはビルドで30分も待つため、15~16台のサーバをクラスタリングさせて、テストの分散処理を進めていますね」⁠久森氏⁠⁠。

最先端の技術トピックにもかかわらずフランクな展開で、熱心な質問も行われ、業界の風通しの良さを感じさせた。
最先端の技術トピックにもかかわらずフランクな展開で、熱心な質問も行われ、業界の風通しの良さを感じさせた。 最先端の技術トピックにもかかわらずフランクな展開で、熱心な質問も行われ、業界の風通しの良さを感じさせた。 最先端の技術トピックにもかかわらずフランクな展開で、熱心な質問も行われ、業界の風通しの良さを感じさせた。 最先端の技術トピックにもかかわらずフランクな展開で、熱心な質問も行われ、業界の風通しの良さを感じさせた。

神田氏はサーバのスペックバランスについても質問を投げかけました。⁠AWSを使用しているため、後から調整できる」という関氏は、クラウドの採用でコストが下がったとコメントしました。これに対して久森氏はオンプレミス環境が中心で、最初からハイスペックサーバで揃えて、調達コストを下げているとのこと。質問の真意について神田氏は「ハードウェアで解決するのではなく、アプリのチューニングで改善したい」とコメント。エンジニアの矜持(きょうじ)が垣間見えた一幕でした。

関氏はアドテクノロジーならではのノウハウとして、レガシーな技術をうまく使ってコスト削減を果たした事例も紹介しました。通常、インフラ回りではアクセス数に応じてWebサーバやDBサーバを増設する例が一般的で、とくにクラウドではそれが簡単にできます。しかし使用頻度の高いクエリの結果をWebサーバのメモリにコピーし、DBサーバへの参照を減らしたところ、DBサーバの負荷が劇的に改善。システム全体で20%のコスト削減につながったと言います。併せてレスポンスも軽くなり、メンテナンスも楽になりました。

他に会場から、オークションの具体的な仕組みやプロトコルについての質問などが出され、登壇者が丁寧に解説する一幕も。枯れた技術と新しい技術のどちらを使うべきか、という質問も提示されました。これに対して久森氏は「自分たちの要件にあっていて、使いこなせる技術を使用することが重要」だと回答しました。新しい技術が次々に登場してくるため、リサーチする姿勢は欠かせません。使えるものであれば使う。そうした技術が主流になると、業界内でノウハウが蓄積されていく。結果として枯れた技術が採用されやすくなる、と言うわけです。

最後にまとめとして、登壇者からアドテクノロジーの未来について語られました。関氏は「広告の質を向上させるために努力したい。自分たちがいなければ、日本のアドテクノロジーが10年は遅れていたと言われるようになりたい」とコメント。神田氏は「日本から海外に挑戦できる数少ない分野」だと指摘しました。久森氏も「ジョイントベンチャーを通して北米市場を攻めつつ、アジア太平洋地域も伺っている」と指摘。モデレータの菅原氏が「世界的に成長過程にあり、エンジニアが牽引している」とまとめました。

勉強会終了後は希望者がロビーで、サンドイッチやソフトドリンクを片手に交流を行いました。各登壇者の周りには名刺交換や追加の質問を行う参加者の姿が絶えず、短いながらも充実したひとときとなりました。

社内エンジニアが発起人となり、「課外活動」としてスタート

さて、このように大変盛りあがった本勉強会でしたが、どのように企画・運営されているのでしょうか。同社で転職情報事業本部に所属し、勉強会の旗振り役を務めている飯嶋尚人さんと、梅岡淳子さんにお話を伺いました。

きっかけは自社サイトのシステム開発を担当していたエンジニアの一言でした。そこにIT/Web業界担当の広告営業や、エンジニア領域担当のキャリアアドバイザーなどが呼応。⁠ITエンジニア向けに何か新しいことができないか」とブレーンストーミングを行ったのが、勉強会につながったと言います。もっとも、社内セミナールームの利用や、交流会の費用など、少額とはいえ費用が発生します。社内プレゼン用の企画書を作って役員を説得し、晴れて実施できることになりました。

なにしろ、告知から運営まで初めてのことだらけ。すでに社外の勉強会に参加していたエンジニアからヒアリングした内容が参考になりました。大手から小規模まで、いくつかの勉強会に足を運んだこともあるそうです。運営スタッフは社内のIT/Web業界好きの有志メンバーで構成。⁠みな本業がありますので、放課後の課外活動的なイメージでしょうか」と話されました。

エンジニアに限らず、最近ではビジネスマン全般にとって、転職は身近な存在になっています。とは言え、今すぐ求人に応募したい、転職相談したいという人は、圧倒的に少ないのが現状でしょう。つまり転職市場は潜在需要が非常に大きいものの、企業が的確にリーチすることが難しいという特性があります。そこで、まずはキャリアについて考える機会を提供したい。将来的に自社サービスを使って欲しい。こうした背景から、転職支援サービスが主催するIT勉強会が増加していると、2人は分析します。

いずれにせよ、エンジニアにとってキャリアについて考えたり、最新技術を学んだりする機会が増えることは歓迎でしょう。約200名を収容できるセミナールームや、プロジェクター・マイクなどを優先的に使用できるのも、企業開催ならでは。会場探しに悩むコミュニティが多い中、羨ましさを感じる人もいるのではないでしょうか。

前述のように今回が7回目となったTech Compass。大きくエンジニア向けという縛りはあるものの、⁠スマホ時代到来、この先生きのこるエンジニアとは!?」⁠人気Webサービスの作り方教えます!」⁠Webアプリ VS. ネイティブアプリ、勝つのはどっちだ!?」などテーマも技術レベルもバラバラで、一貫性はありません。常に旬な話題に焦点を当てる雑食性こそが、Tech Compassの特徴だと言えそうです。内容も今回はパネルディスカッション形式でしたが、過去には講演形式の回もあり、時間配分や机の並び方なども、参加者アンケートを参考にしながら随時調整されています。

ちなみにテーマ選定については、来場者アンケートで「最近注目している技術/企業/人」を参考にしているそうです。他にも著名カンファレンスや勉強会で人気のあるテーマをチェックしたり、これまで登壇された講師に教えてもらったり、さまざまにアンテナをはりめぐらせています。過去の参加者をTwitterでどんどんフォローしていき、そこから流れてくるツイートも参考にするとのことです。

ただし講師手配は苦労の連続で、直前まで講師が決まらず、胃が痛い思いをすることもあるとか。人のつながりで紹介してもらうのはもちろん、ときには見ず知らずの人でも、TwitterなどのSNSで「突撃メール」を送ったりするそうです。有名カンファレンスの予定表で講師候補を見つけると、名刺交換のために訪れることもあるとか。このあたり、仲間内で完結することの多い他の勉強会と異なり、本気度が伺えます。

そのかいがあって、お2人の本業についても効果が出てきました。なにより大きかったのは勉強会の企画を通して、本当の意味で「エンジニアのキャリア」に向き合えるようになったこと。これまでは求人広告や人材紹介という「採用」面からしか接点が持てなかった企業と、同じ目線で意見交換をしたり、一緒にイベントを開催できるようになりました。⁠新しい技術を広めよう」⁠業界を一緒に盛り上げよう」⁠Webエンジニアが生き残るためには」……こうした生の意見を、企業の枠を越えてぶつけ合える機会は、意外とありません。直接業務には関係がない「課外活動」の良さでしょう。

Tech CompassとCreator's Career Lounge、2つの勉強会で全方位展開

またセミナーの内容は自社メディアのマイナビニュースを通して、すぐにレポート記事として配信されています。このように広報・宣伝がしっかりしているのも、Tech Compassの特徴です。会場アンケートの集計結果も、同社のサービス改善に活かされており、エンジニア向けのイベント企画や、新しいWebコンテンツの設置などに反映中。終了後の交流会は、同社が外部からどのように見られているか、知るための良い機会でもあります。回り回ってマイナビ全体のプラスになればと言います。

もっとも無料の勉強会なので、開催するたびに赤字が発生する点は否めません。無線LANや電源回りなど、ホスピタリティ向上も後手に回っています。細かい点では参加者の当日キャンセル数が読み切れず、会によって食事が余ったり、不足したりすることも……。逆に無料開催を継続するために、商品広告や採用広告を配布したり、アンケートに協力してもらったり。⁠そこは申し訳ないけど無償だから許してください」とのこと。絶妙な距離感が保たれています。

終了後はソフトドリンクと軽食の交流会が実施され、講演者には質問の行列が続いた。
終了後はソフトドリンクと軽食の交流会が実施され、講演者には質問の行列が続いた。

ちなみに同社ではTech Compassだけでなく、Webクリエイター全般向けの勉強会「Creator's Career Lounge(CCL⁠⁠」も開催中です。運営にはWebクリエイター向けの雑誌『Web Designing』編集部のサポートも受けています。おもしろいのは両者の参加属性の違いで、Tech Compassでは男性がほとんどで、雇用形態も社員が中心。一方CCLでは女性の割合が多く、雇用形態もフリーランスが多いそうです。Twitter派のエンジニアに対してFacebook派のWebクリエイターという、情報収集の違いも読み取れると言います。

またTech Compassでは「最新技術」がトピックになりがちですが、CCLでは「Web解析、SEO等のマーケティング系」⁠UI/UX系」⁠有名ディレクターの仕事術」などがアンケートの上位にみられるとのこと。他に「苦手な方も多いですがやらなければいけないことと」として、JavaScriptやNode.jsといった、テクニカル領域のテーマも潜在需要が感じられるそうです。今後もTech CompassとCCLの二本立てで勉強会を開催していくとのことで、将来的に両者が交錯することがあるかもしれません。

このように全方位でアグレッシブに開催が続く同社の勉強会。今後について伺うと「これまでは比較的大規模なイベントが多かったため、もっと少人数向けのものや、さらに大規模なもの、エンタープライズ向けの勉強会など、別の切り口でも企画を考えたい」という答えが寄せられました。IT/Web界隈で「マイナビが何かおもしろそうなことをやってる!」と話題にしてもらえるように、今後もチャレンジをしていくそうです。

勉強会の旗振り役をつとめる梅岡淳子さん(左)と飯嶋尚人さん(右⁠⁠。
勉強会の旗振り役をつとめる梅岡淳子さん(左)と飯嶋尚人さん(右)。

最後に恒例となっている、エンジニアが勉強会に参加する意義について質問しました。2人は技術やツールの進化がめざましく、トレンドが常に変化していくIT/Web業界では、常に新しい情報をキャッチするために、勉強会の出席は欠かせないのではと指摘します。また、常にPCに向かって作業をしている人も多いため、たまには勉強会で交流したり、刺激を受けるのも楽しいのではないかと補足されました。⁠Tech Compassでは初めて勉強会に来た! という方も多くいらっしゃるので、ぜひ気軽に参加していただきたいです。」

企業が勉強会を主催することで培われるのは、参加者とのつながりだけではありません。講師をはじめとした業界キーマンとの、立ち場を越えたつながりも、また得がたいものでしょう。それには本業に関係しながらも、直接は業務と関係ない「課外活動」という立ち位置が、良い効果を生んでいるように感じられました。勉強会の意義として、参考になる点も多いのではないでしょうか。

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