IT勉強会を開催するボクらの理由

第10回マニアックにもソフトにも「ぼくのかんがえた未来の家」現実化する~おうちハック発表会

「おうちハック発表会」

さまざまなセンサーやデバイスがインターネットに接続され、相互に連携を取って豊かな生活を実現する……いわゆる「モノのインターネット化」⁠IoT:Internet of Things)が静かな盛り上がりを見せています。なかでも注目を集めているのが「スマートハウス⁠⁠。アップルがiOS8に盛り込んだ新機能「HomeKit」はその最右翼で、将来的には洗濯機や冷蔵庫など、あらゆる家電製品をiOS端末と接続する計画が進められています。

一方、こうした国際的な規格作りや環境整備とはまったく無縁なところで、自分だけのガジェットを開発したり、⁠スマートハウス」作りを推進するホビーストも急増中。電子工作好きな女子高生が主人公の漫画『ハルロック』などは、そうしたムーブメントの象徴でしょう。8月31日に秋葉原で開催された「おうちハック発表会」は、そうした人々を一堂に結びつけて可視化させる、ユニークな取り組みとなりました。

さまざまな「おうちハック」事例が集まった、ユニークな発表会となった
さまざまな「おうちハック」事例が集まった、ユニークな発表会となった

本イベントを主催したのは、スマートハウスに関する研究プロジェクト「Kadecot」を開発しているソニーCSLです。母体となったのは同プロジェクトを進める大和田茂さんが管理するFacebookのグループページ「スマートハウス・ハッカーズ」。大和田さんがイベントの企画を呼びかけたことが契機になりました。これにデジタル地球儀「PersonalCosmos」事業を進めるベンチャー企業で、PhysVisのCEOを務める湯村翼さんが手を挙げたことで構想が具体化。企画にも湯村さんが全面的に協力しています。

主催者のソニーCSL大和田茂さん(上)と、PhysVisの湯村翼さん(中⁠⁠。イベントは「秋葉原Garage」⁠下)で行われた
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当日は産業技術総合研究所の研究員で、⁠おうちハッカー」としても活動中の加藤淳さんがキーノートスピーチをつとめました。また湯村さん、大和田さんをはじめ7名のスピーカーがライントニングトークを行い、自作のガジェットやサービスなどのハック事例を紹介しました。会場となった秋葉原Garageには、30人弱の参加者が集合。イベントの模様はニコニコ生放送でも配信され、186名が視聴しました。

研究業務と絡めてさまざまな「おうちハッキング」を展開

「人とコンピュータの関係改善」について研究中の加藤さん。これまで大学や研究所などで、ソースコードに写真や動画を組み込める、まったく新しいアプローチの統合開発環境「Picode」⁠VisionSketch」などを発表してきました。

もっとも加藤さんの研究は業務時間だけに留まりません。これらを活用して、私生活でもさまざまな「おうちハック」が進行中です。キーノートスピーチでは「もっとおうちハックできるおうち開発環境に向けて-おうちハック事例集-」と題して、さまざまな開発事例が紹介されました。

キーボーとスピーチをつとめた産業技術総合研究所の加藤淳さん
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キーボーとスピーチをつとめた産業技術総合研究所の加藤淳さん

はじめに紹介されたのが、Mac miniとパソコン用学習リモコンの「BUFFALO Remote Station」を組み合わせて、スマートフォンで寝室の電気を消すソリューションです。⁠寝室の入り口にしか電気のスイッチがない不便さを解消したかった」⁠加藤さん⁠⁠。プログラム制作には前述の「VisionSketch」が活用されています。

この組み合わせは後日、お掃除ロボットのルンバの操作にも応用されました。ルンバがエラーメッセージを送信すると、スマートフォンに状態が通知される仕組みです。ルンバとの通信に用いられたのが、Bluetoothでルンバを操作できる接続ユニットの「RooTooth」です。しかし使用中に断線してしまい、現在はお蔵入りになっています。

増え続けるリモコンの山をスマートフォンとアプリの活用で回避
増え続けるリモコンの山をスマートフォンとアプリの活用で回避
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ジェスチャーによってエアコンなどの操作ができるソリューションも紹介されました。センサーにはKinectが使用され、プログラム開発には「Picode」が活躍しました。もっとも、PCが常時起動している必要があるため、次第に使用されなくなったと言います。

最後に紹介されたのが、家庭栽培記録用のソリューションです。スマホゲームを入り口に、本物のナメコ栽培に興味を覚えた加藤さん。しかし世話を忘れがちで、うまく育てられませんでした。そこで栽培状態を常に監視できる仕組みを考案したのです。

実用性という点では家族の理解も重要なポイントとのことだ

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使用機材は小型マイコンのArduinoとWebカメラ。両者をイーサネットシールドで接続し、定期的に写真で撮影して、Web上で監視できるようにしました。ナメコの大きさを画像処理で計測することで、食べ頃を通知する機能も追加。こちらは現在も稼働中で、現在は小型コンピュータのRaspberry Piで制御する改良版を制作中です。

こうした豊富な実体験から加藤さんは「実用的でないと、結局邪魔になる」⁠常時起動していないと使われなくなる」⁠手元の任意の端末から操作できないと不便」⁠富豪Webサーバ一台+小物集の構成がよさげ」と教訓をまとめました。

R2-D2に初音ミク……ユニークなハッキング事例が続出

キーノートスピーチに続いて、下記7本のライトニングトークが行われました。

塚谷浩司「hue目覚まし」

塚谷さんが開発したのは、iOSデバイスからWebAPIを介して灯りをコントロールできる照明システム「hue」を活用した目覚まし装置です。目覚ましのアラームが鳴ると同時に、離れた部屋にあるhueが発光します。アラームを止めるには、実際に布団を出てhueの色を確認し、スマートフォンで選択する必要があります。今後は「カーテンが自動的に開く」⁠家族を巻き添えにせずに起きる」などの改良を加えて行きたいと話しました。

家族を起こさずに自分だけ目覚められるようにしたいという塚谷さん
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湯村翼「シリコンキーボードを使って寝返りセンサーつくった」

湯村さんは市販のシリコン製PCキーボードを入力デバイスに活用し、睡眠中の寝返りログがとれるセンサーの開発事例について紹介しました。シリコン製キーボードを枕の上に敷き、タオルを敷いて睡眠します。頭の動きで自動的にキーボードが入力されるので、これをJavaScriptで取得し、グラフに描画する仕組みです。PCとの接続は有線で行われていますが、今後はBLE対応で無線接続にして、スマホアプリに進化させたいといいます。

シリコンキーボードを店頭で探すのが意外に難しかったとのことだ
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きゅーこん「赤外線学習リモコンR2-D2~アプリや音声コマンドでホームオートメーション」

スターウォーズファンの⁠きゅーこん⁠さんは、R2-D2型・汎用音声入力赤外線リモコンを開発しました。無線でインターネットに接続されており、ボイスだけでなく、Androidアプリでも制御できます。これにより戸外でのエアコン操作や、発話による録画番組のCMスキップなどが可能になりました。制御システムにはRaspberry Piが使用され、センサーには無指向性マイクや、USBで接続する赤外線リモコンアダプタ「irMagician」が使用されています。ボイス認識には大語彙連続音声認識エンジン「Julius」を活用しました。

今後は「R2-D2の頭部回転やライトの点滅にも挑戦したい」とのこと
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簗瀬洋平「実家サポートエンジニアとして生きない」

ハードディスクレコーダーで番組が録画できないが、調べてみるとハードディスクの空き容量不足だった……。こうした実家からの呼び出しに疲れたという簗瀬さんは、製品やサービスの組み合わせで遠隔操作する方法を紹介しました。鍵は2台のnasne+PS Vita TV+Torne for Vita TVと言う構成に、スマホやPC上で番組予約などができる「Gガイド.テレビ王国CHAN-TORU」の組み合わせ。これでネットを介しての録画状況の確認や番組整理を行っているそうです。

市販品とソフトウェアの組み合わせで遠隔サポート体制を確立
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徳久文彬「おうちハックチャレンジ」

徳久さんはゲーム画面の画像解析を行い、照明やエアコンなどのスイッチを自動調整するソリューションを紹介しました。ゲーム内で建物の炎上シーンなどが表示されると、画面の色を解析して自動的にエアコンの設定温度が上がり、室内が暑くなる……と言った仕組みです。他にスイッチの紐を引っ張って、エアコンと照明を同時に操作するシステムや、ユーザが定期的に行う行動習慣を記録し、行動予定が決められるアプリ「LeadLife」と、バックエンドを担当する「Portgate」の紹介も行いました。

家電のハックのみならず、スマホアプリで日常もハック
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ミクミンP「超低消費電力無線センサでミクさんと生活してみた」

ニコニコ動画の有名人で、ニコニコ技術部でも活躍中のミクミンPさんは、超低消費電力無線センサーの「TWE-Lite DIP」「歌うキーボード ポケット・ミク」を組み合わせ、初音ミクと仮想生活を体験できるソリューションを紹介しました。風呂センサーやドア開閉センサーを自作して室内に配置し、状況をミクさんが声で知らせてくれる仕組みです。ミクミンPさんは毎月少しずつセンサーを追加していき、家中の状況をセンシングして、ミクさんとの暮らしを深めたいと話しました。

ニコニコ技術部のエースも発表会に参加
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大和田茂「Kadecotとか」

最後に大和田さんは、自身が旗振り役をつとめるソニーCSL製ホームサーバアプリ「Kadecot」の最新状況を報告しました。家電やセンサーにWebAPIを提供するもので、OSSのフリーソフトウェアで配布され、Android端末で操作できます。液晶テレビのブラビアや、ガスで発電するECHONET Lite製品をはじめ、さまざまな対応製品が発売されており、自分でプラグインを書けば新プロトコルにも対応させられるとのこと。さまざまなOSSが公開されており、ぜひチェックして欲しいと話されました。

さまざまな家電に対応している「Kadecot」
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そもそも「おうちハック」とは何なのか?

このように、第1回目から非常に盛り上がった「おうちハック発表会⁠⁠。発案者の湯村さんは「趣味で家をハックしている人達が集まって、情報交換をする場を作ることが目的でした。参加者の反応を見ると、おおいに達成できたと思っています。基調講演+ライトニングトーク+懇親会という構成もちょうどよかったので、これからも継続したいです」と振り返りました。

大和田さんも「私の(会社での)プロジェクトでは、スマートハウス関係の勉強会やコミュニティ活動に大変力を入れています。⁠Kadecot』のAPI普及を図るうえで、APIの質を高めるだけではなく、⁠APIの存在を)知ってもらう場を作ることと、ユーザのフィードバックを得ることが重要だと考えているためです。会社もその路線を支持してくれています。今回のイベントでは、この目標にかなり近づけたと思います」と述べました。

そんなお2人に、それぞれ「おうちハック」に興味を持ったキッカケを聞いてみました。まず湯村さんはと言うと、⁠大学1年生のときに友人の影響でDIYにハマり、ホームセンターで木材を買ってきて部屋の家具(本棚、テーブル、クローゼット等)をほとんど自作していました」という答えが返ってきました。デジタルだけでなく、アナログの体験が最初からあったというわけです。

そのため「ハックされた理想の家」のイメージも「非プログラマでもプログラム可能で、ちょっとしたカスタマイズが気軽にできる家が理想です。最近では、スマートフォンアプリの『IFTTT』が出て、自分の行動や習慣に合わせて動作させるアプリケーションを簡単に作ることができるようになりましたが、ああいう感じでアプリだけでなく実世界も操作したいと思っています」という、かなりラジカルなものです。

一方で大和田さんにキッカケについて聞いたところ、⁠最初は『萌え木』という、植物とその妖精をAR(拡張現実)で愛でるというシステムを作りました。それを家電に拡張した『萌家電』を作り、それが縁でスマートハウス業界に入りました。もともとAPIやDIY文化に興味があったため、それらを組み合わせた活動をと考えたところ自然に今の形になりました」と言います。

また理想の「おうちハック」についても、⁠ハードコアなハッカー向けには、電子ブロックを組み替えるように宅内の要素をいつでも再構成・再配置し、自作ガジェットも自在に組み合わせられるようなイメージです。一般向けには、ソフトと市販製品を組み合わせたソリューションをベースに、各々の趣向に合わせてカスタマイズできるというイメージです。実際は二択ではなく、中間にさまざまなスタンスがあると良いと思います」という回答が返ってきました。

発表会の世話役を務めた湯村翼さん(左)と大和田茂さん(右)
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湯村さん、大和田さんに共通しているのは、⁠ハックされた理想の家」という完成形が存在するのではなく、ハックを通して状況が変えられるという、可変性が担保されている状態を理想としていることです。もともと理想の家屋や間取りは、家族の成長によって変化していきます。そのため間仕切りを変えたり、模様替えをしたり、場合によってはリフォームが行われるのです。⁠おうちハック」もまた、そうした行為の延長線上にあると言えそうです。

世界中で盛り上がりを見せる「おうちハック」

ちなみに他の勉強会やイベントにも、積極的に参加しているというお2人。湯村さんが独立するキッカケとなったのも、⁠International SpaceAppsChallenge(ISAC⁠⁠」という、NASAのデータを使って宇宙のアプリケーションをつくるハッカソンでした。東京大会で優勝したときのアイディアが、今の事業に繋がったのです。現在はISACの事務局長としてイベント運営に携わっており、まさに人生を変える一大イベントでした。

これ以外に「ニコニコ学会β」の宇宙研究会でも運営に携わっており、プロ・アマ問わず「野生の研究者」を対象として、シンポジウムを開催している湯村さん。確かに言われてみれば、世の中の潮流とは無関係に、自分の興味を最優先させた開発事例を一堂に並べ、ショートプレゼンテーションを行うというスタイルは、⁠ニコニコ学会β」を彷彿とさせます。

湯村さんは「ホームネットワーク系のガジェットをつくるスタートアップは、いま世界中で爆発的に増えており、Kickstarterなどでも多数出展されています。もっとも、こうしたガジェットは日本の大手家電メーカーでも、10年以上前から考えられていたものばかりです。しかし大手は『コンプライアンス』⁠市場規模』⁠相互接続性』などを理由に参入するのをためらったり、参入しても失敗を続けていました」と振り返ります。

これに対して、そうした「大手の事情」をまったく気にしないスタートアップが、時代の追い風を受けてガンガン進んでいるのが、世界の潮流なのだとか。本イベントの発表者も、まさに「野生のホームネットワーク研究者」であり、本職の研究者より実践面で先を行っているのではないか……そんな風に説明してくれました。

また、大和田さんも「国内の組織としては我々(Facebookのグループページや、⁠おうちハック発表会⁠⁠)が先端を行っていると思っています。しかし、単独でブログなどに家のハックについて言及している人は、とても増えてきています。関連製品(たとえばスマホから操作可能な赤外線学習リモコン)が増えてきたことも、ひとつのシンボルとして挙げられるのではないでしょうか」と現状を分析しました。

本イベントの集客もFacebookのグループページを中心に、TwitterとFacebookでなされました。ライトニングトークの発表者も、ほとんどが参加者のなかから自発的に決まったとのことで、コミュニティの活性化ぶりが感じられます。そもそも、今回のようなイベントがスピンアウトして開催されたことが、その「熱さ」を物語っていると言えるでしょう。

一方で海外では、ホームオートメーションが市場としてある程度確立しており、ヨーロッパではknxというプロトコルが大きな市場を形成しているとのこと。これに対してアメリカではControl4など、高所得者階層向けのシアターシステムが昔からたくさんあり、さまざまなベンチャー企業も生まれてきていると言います。これまではデジタルの中で閉じていた行為が、どんどんアナログの世界に浸食してきているのです。

企業とコミュニティの良い関係とは?

このように、まさに世界規模で成長を続けるスマートハウスやホームネットワーク業界。それらがいち早く日本でも勉強会として立ち上がり、企業と連携してコミュニティを形成しつつある様は、日本のコミュニティ文化の成熟ぶりを示す一例と言えそうです。

湯村さんは「主催者本人が『コミュニティを盛り上げたい』と本気で思っていることが大事だと思います。企業として企画する場合も同じで、担当者が仕事だから仕方なくやっていたりすると、盛り上がらないと思います」と回答し、企業人として本気で取り組まれている大和田さんは素晴らしいと賞賛しました。

終了後も飲み物を片手に交流が続いた
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しかし、なかには企業とコミュニティの論理がぶつかり合い、不幸な結果になってしまう例も少なくありません。湯村さんも「ハッカソンやアイデアソンが『流行ってるらしい』⁠低コストで良い事業企画が生まれるらしい』という理由で開催されていますが、そういうイベントは大抵悲惨になっているようです」と警鐘を鳴らします。

また、大和田さんは「ハッカソンではなく『発表会』という形は初めてでしたが、コミュニティ活動の路線としてはずっと変化しておらず、これからもこの路線でやって行きたいと思います。Kadecotの普及という目標もありますが、そこにこだわり過ぎず、これからさらに盛り上がるであろう『ホームハック』の世界をユーザ側から盛り上げるのに貢献するような活動がしたいです」と抱負を語りました。

ハッカソンの成功例として、大和田さんは「Yahoo! Open Hack Day」を挙げました。世界各国のYahoo!で開催されている開発イベントで、24時間でプロトタイプを開発し、Web上で発表するというもの。日本でも2013年から一般参加者を交えて開催が始まりました。自身が主催するハッカソンとは、規模も目的も違うとしつつも「そもそも論に陥ったときには、いつも思い出して参考にしています」と語ります。

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※募集はすでに終了しています

企業が規格を独占する時代から、コンソーシアムを設立して共有する時代、そして広く規格を解放し、コミュニティを巻き込んで浸透させていく時代……。IT業界はそうした移り変わりの最先端に属しています。そこで求められるのはエバンジェリズムやコミュニティマネジメントであり、⁠おもしろがって人を巻き込む力」です。湯村さんと大和田さんの取り組みも、まさにその1つなのかもしれません。

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