五月の庭は勢いがいい。木には若葉が燃えるようで、柵も草花に埋もれかげんだ。
ひそかに「時の庭」と呼んでいる。ある詩人の本で知った。四季おりおり、木や草や花によって、時の移ろいを、まのあたりにすることができる。
おおかたは鳥や風が運んできた。それが、いつのまにか大きくなった。あわただしい人の世とちがって、ここはひっそりと、微風のそよぎのように時が流れる。それにつれて、さまざまな記憶が立ちもどってくる。
幼いころ、端午の節句にはカシワ餅をつくった。アズキのあんも自家製だった。うすくのばした皮にくるんで丸め、葉っぱで包む。名はカシワ餅だが、カシワではなく、サルトリイバラの葉で包む。裏庭や山裾あたりで簡単に手に入ったからだ。蔓性の植物で、ほかの草木に巻きひげを巻きつけてのびていく。
不器用な植物もいれば、不運な草花もある。しかし、知恵と工夫に欠けたものは、この地上に一つもいない。草花のそなえた生きる技術ときたら、知れば知るほど驚嘆に値する。
猿がとるので猿捕茨、そんなふうに教えられた。トゲがあるので、猿のように器用にとらないとトゲに刺される、こちらの意味だったかもしれない。
ずっとあとで知ったが、省エネの天才である。茎は針金のように堅い。葉っぱの根もとから糸のようなひげをのばす。二本が対になっていて、先端は「?」を逆さまにしたかたち。
まわりの植物に巻きひげをからませて這い上がっていく。二本ずつが巧みにバランスをとって、不思議な網をつくっていく。どんな強風でも、しないだり、たわんだりしてやりすごす。
立つためのエネルギーを極力きりつめ、背を伸ばすのにまわすわけだ。そのために巻きひげとトゲを発明した。サルトリイバラは、きまって繁り合った中に生えているものだ。ひしめいた中のほうが生きやすい。グングン伸びて、受け皿のかたちに葉をひろげ、真っ先に陽光を受けとめる。
巻きひげと葉っぱは上下の方向についている。そこがつけ目であって、葉の先っぽをつまみ、下に引くと、つけ枝からハラリと取れる。下に引きすぎるとトゲにチクリとやられる。慣れるまで何度もかすり傷を負わされた。
下の葉は早くに出たぶん、こわばっていて、茶色がシミ状にちらばっている。なるたけ若い葉を狙うので、ときには背のびするまでになる。うっかりころげこんだら、トゲの集中攻撃を受ける。茎を守るために全身で攻めてくる。
カシワ餅はいかにも五月の食べ物であって、時の庭のお供えに打ってつけ。正確には「イバラ餅」だが。これだと、口の中がイガイガになりそうで、手が出ないだろう。
大きな釜にセイロをのせて蒸した。蒸せぐあいによって匂いがちがってくる。甘いような匂いになったころにセイロを下ろし、蓋をとると、さきほどまでの澄んだ緑が黄金色に変わっていた。
アツアツを頬ばっていて、ふと気がつくと、手の甲に五線譜ができていた。サルトリイバラの仕返しが、赤い線を引いている。「消毒」と称してペロリとなめてから、またアツアツにかぶりついた。
猿捕茨(サルトリイバラ) 画:外山康雄
花データ
ユリ科の落葉蔓性低木/花期:4~5月。茎にまばらに棘があり、他の草木に絡みついて伸びる。実は10~11月に赤く熟す。
外山康雄「野の花館」だより
4月も終わりに近づくと、19年ぶりの大雪だった今年の冬の厳しかったことも忘れてしまうから不思議です。桜は今、満開ですが、雪の重みで太い枝があちこちで折れているのを見るにつけ、「ああ凄い雪だったのだ」と今さらながらに思います。そんな大雪でも、満作の花は例年より見事でした。
猩々袴、延齢草、辛夷、越の寒葵、大三角草、岩梨、百合山葵、越の子貝母、夜叉柄杓と描き、今日は山荷葉に挑戦したのですが、なかなかうまくいきません。
次々と春の花が届きます。1枚でも多く描きたいのですが、何故か春は落ち着きません。
(4月29日)