草花の知恵

第3回「ホタルブクロの繁栄」

わが庭では着々とホタルブクロが勢力を拡大している。はじめは南東の角で、ほんの二、三株だった。翌年には対角にひろがりはじめ、やがて太い一本の筋になった。夏ごとに幅を増していく。いまや東の塀沿いを占めているドクダミ集団を脅かす勢いである。

見たところは可憐な植物なのだ。薄紅色で袋状をした花をつける。中にホタルを入れて遊んだとのことで「ホタルブクロ」の名がついたとか。たしかに提灯に似ていて、明かりをともしたくなるものだ。

花のはじめは白っぽい。やがて淡い紅をつけ、先端が少し反り返る。虫を招き入れる合図のようだ。

ホタルブクロが着々と勢力をのばすのは、二つの繁殖システムをもっているからだ。一つは種子による。いま一つは根をのばし、栄養をためこんで仲間を増やす。

根のほうは地中のことで見えないが、種子繁殖は虫が媒介をするので、日ごとに経過が見てとれる。庭に面した部屋の壁に双眼鏡をつるしていて、繁栄の秘訣をながめている。

虫は大型のマルハナバチか、全身が黒っぽいトラマルハナバチ。花のほうは、つぼみ、雄性期、雌性期と変化する。いちばんふくらむのは雄性期のときで、なるほど、マルハナバチには入りやすい。吸蜜のためにもぐりこむ。お尻をのぞかせていたのが、つぎにはすっぽりと隠れる。背中で雄しべをこするぐあいになり、花粉を身につける。

雌性期の花は先っぽの反り返りが大きく、いかにも進入を求めている。イキな黒装束のトラマルハナバチが訪れると、重みでゆらりと揺れたりして、⁠してやったり」といった風情である。雄性期より花弁がこころもちしまっていて、そのぶん這いこむときに雌しべに触れる。

蛍袋(ホタルブクロ⁠⁠ 画:外山康雄
蛍袋(ホタルブクロ) 画:外山康雄

種ができるのは、七月の終わりから八月にかけてのころ。花がしぼみ、カサカサになる。あでやかな提灯のころの面影はどこにもない。老いさらばえ、白っぽい繊維のもつれのようだ。

この変身ぶりに勢力拡大の秘訣があるようだ。種子はごく小さい。繊維のアミの穴から風のぐあいで四方にまき散らされる。それも一度にではなく、アミのひろがりによって、何度にも分けて散布するしくみ。たしかにそのほうが、確実に子孫をのこせるにちがいない。

わが庭でまず対角にのびたのは、それが風の通り道であるからだろう。芽を出し、根を下ろせば、しめたものだ。こんどは左右に根をのばす。ドクダミの大集団には、当初は敬意を表して近づかなかったが、いつのまにやら、けっこう食いこんでいる。境界に近い辺りでは、たがいに根をからませ合って、熾烈な争いをしているのではなかろうか。

媒介役のマルハナバチだが、わが家の玄関わきの車庫の奥に巣をつくっている。車庫ではあれ車はなく、本を詰めた段ボールが積み上げてある。そんな奥に巣をつくり、しきりに出入りしている。

庭へ行くには、玄関をまわって塀沿いに向かわなくてはならない。マッチ箱のような家ではあるが、それなりに手まひまがかかる。庭の隅には使わなくなって久しい犬小屋がある。巣をつくるのに打ってつけで、職住接近の点でも便利だと思うのだが、なぜかぐるりと廻った表の側の隅を選んだ。たぶんハチには、そうするだけの理由があるのだろう。

早朝に次々と飛び立っていく。どこやら出勤のサラリーマンと似ている。九時近くに、すっとんでいくのがいる。寝坊したサラリーマンが、ネクタイをしめながら大あわてに飛び出していくぐあいで、ついほほえみたくなる。トラマルハナバチが多いようだ。トラマルの兄貴は夜遊びが好きで、それで寝すごすのではなかろうか。

蛍袋(ほたるぶくろ) 画:外山康雄

蛍袋(ホタルブクロ) 画:外山康雄

花データ

キキョウ科の多年草/花期:6~8月。花は白色か淡紅色の広鐘形。子供が花の中に蛍を入れて遊んだと想像してつけられた名前。

外山康雄「野の花館」だより

山菜採り帰りのHご夫妻が手のひらにのせ、届けてくれた5本の銀竜草(ぎんりょうそう⁠⁠。登山のおりに少し歩いたところでお目にかかる腐生植物です。薄暗い、湿気のあるところに咲いていて、ちょっと気味悪いので「ユウレイダケ」なんて呼ばれています。

図鑑で調べると「白色」となっていますが、目の前にあるのは微妙な透明感のある青灰色の素敵な形をしたモデルです。

丈は5センチほどで、とにかく可愛い。5本ともそれぞれの格好でユーモラスに立っていて、ゴスペルグループを連想させてくれます。各パートもそれぞれ決まっていて、歌声も聞こえてきそうな雰囲気です。ちゃんと目もあり口もあり、耳もあるように見えます。背の高さには少しずつ凹凸もあります。

花びらはなく、花粉も、もちろんなく、スケッチするにはやさしい植物のはずなのに、思うようにいきません。その日はあきらめ、翌朝5時起きで再挑戦。ハミングしながらスケッチしたら、今度は大丈夫。無事、彩色にこぎつけました。

銀竜草には、色々な色があります。単なる白色ではありません。

私はたいてい、バックには色をつけないのですが、清々しい山の空気を表現するため、たっぷりの水で青と赤の絵の具をちょっと混ぜ、塗ってみました。

完成です。出来上がった作品とモデルの銀竜草を一緒にギャラリーに並べました。小さなハガキサイズの作品ですが、私としては「よかったかな」の自己評価です。ここ1週間のうちにご来館いただければ、愛嬌のある銀竜草と作品が一緒にご覧いただけますよ。

野の花館では、このほかにも、作品とモデルの植物を並べて展示しています。季節の花々と絵をお楽しみください。

(7月5日)

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