冷たい風が吹き出すと、マユミの木が目にとまる。塀の上に枝がのびている。垣根ごしにのぞいている。
「やっ、マユミだ」
昔の恋人に出くわしたぐあいだ。しばらく、しげしげと見つめている。やつれているようでもあれば、ふくよかになったようにも見える。
へんな木である。いつもそこに枝をのばしていたはずなのに、目にしなかった。目にしたはずだが、気にとめなかった。春には小さな花をつけていただろう。さ緑色で、四弁の花びら。白い花が集まって房のように下がっていた。そのはずなのに覚えていない。
冬の到来とともに、やっと気がつく。無数の実ができるからだ。四弁の花が丸みをおびた四角形をつくり、やがて熟して薄い紅色をおび、つぎには四隅から裂ける。まさにこのときだ、「やっ、マユミだ」と気がつくのは。
なにしろ茶ばんだ殻のなかに、あざやかな紅色がチラチラしている。目のさめるような真紅。植物学では「仮種皮」などとヤボな名づけがされているが、大切な種子をくるんでいる紅の下着。血のように赤いのはほんのしばらくだけだが、そのあでやかさに、つい目をそらしたくなるほどである。
マユミは漢字では「檀」。一般には「真弓」と書く。真は「本当の」といった意味で、真の弓。木質がしなやかで弾力があるところから、古来、弓の材料とされてきた。
庭木にちょうどいい。樹高が三メートルから五メートルと、ほどがよくて、夏は葉を繁らせて影をつくってくれる。冬は葉を落として、陽ざしを遮らない。五月から六月にかけては四弁花が目を楽しませてくれる。九月ごろから結実をはじめ、秋の終わりの落葉がはじまるころ、木の実の集団をつくり、そんなある日に紅のパンティを見せてくれる。
最後の一点が、昔の道徳家に警戒されたのだろう。いけ花の世界では、「出家の祝言と、初住まいの祝い」に、マユミは禁物とされてきた。裂けてのぞいた赤いものがいけないらしい。
別名が「山錦木(やまにしきぎ)」。人のあまり入らない山に、ひっそりと花をつけていて、白い花が錦のように思わせるせいだろうか。コブシ、エンジュ、ズミ、クロモジ、ヤマボウシ・・・・・・同じ白花の仲間たちのなかで、いちだんと地味で、めだたない。花のわりに葉が長い楕円形で大きいせいもある。
紅葉がたけなわのころ、山は木の実でいっぱいだ。タラノキ、ニワトコ、ヤマブドウ、グミ。小鳥がついばんでいれば完熟のしるし。ヒヨドリの飛行を追っていれば、きっといきつく。
ブナの実やクリなどは、その場でいただくわけにいかない。わが家への ――誰にもよろこばれない―― お土産。ネコの大好物のマタタビ。ナンテンやイチイは鑑賞するだけ。いちど小鳥に誘われてナナカマドの実を食べてみたところ、口が文字どおり、ひん曲がった。猛烈な苦さが三日たっても舌から抜けなかった。
そんな一日、わが町に帰りつき、歩いて自宅に向かうすがら、生け垣からマユミが、にこやかに迎えてくれる。葉が落ちて気づくのだが、枝の伸び方が自由奔放で、低木なのに大きく見える。寒風をものともせず、勇壮に立ち向かうぐあいで、そのたたずまいからも、弓の材料として好まれたのではなかろうか。
昔の恋人は、あっさりと別れるのがいい。つややかな下着をチラリと見やってから背を向ける。マユミの実は風が強いと、音をたてて落ちる。何やらうしろから呼びかけられた気がするが、かまわずズンズン歩いていく。
真弓(マユミ) 画:外山康雄
花データ
ニシキギ科の落葉小高木/花期:5~6月。花は黄緑色。実は熟すと4つに割れ、橙赤色の種を出す。枝に弾力があり、弓に使われた。
外山康雄「野の花館」だより
11月30日は、朝からみぞれまじりの雪。積もりはしないと思いますが、残っている木々の葉も少なくなり、すっかり冬の風景になりました。
昨夜の強風で、野の花館入り口にあるナナカマドも実だけになってしまいました。今年は山の実が豊作のようで、鳥たちも食べずに残してくれていて、訪れる人の目を楽しませてくれています。
12月1日は久しぶりの快晴。巻機、八海、谷川の山々は真っ白。青空にくっきりと立ち、雪国に住んでいる幸せを感じるひとときです。宿木を見つけるのは、こんな晴れた日です。はるか頭上、鳥の巣のように見えます。冬山帰りの友人が届けてくれた宿木を描いてみました。
- 個展のお知らせです。
- 2006年1月11日(水)~24日(火)
伊勢丹新宿店本館6階プロモーションスペース
- 2006年2月4日(土)~12日(日)
新潟県長岡市宮本東方町江口だんご本店
- 2006年2月28日(土)~3月12日(日)
新潟県立植物園
12月25日~3月15日までは、野の花館も館外催しのため、休館させていただくことがあります。お出での節は、前もって野の花館まで、電話等でお問い合わせください。
(12月7日)