草花の知恵

第9回「千両と万両」

数ある花のなかでも、とびきり豪華な名をもっている。冬のイロどりとして、しばしばコンビでいわれるが、千両はセンリョウ科、万両はモクセイ科、親戚筋のご両人といったところだ。

景気のいい名前を受けたのは、華やかな実のせいだろう。常緑種なので、冬でも緑を失わないところにもって、まっ赤な実をつける。千両は葉のシンにかたまったかたち、万両は小さな房となって垂れるかたち。

どちらも小つぶで、ふだんだとめだたないが、ものみな霜枯れの冬場には、赤い点々が無数の瞳のように見える。ものさびしげな庭にチビっこが集まって、つぶらな瞳でこちらを一心に見つめているようで、つい芝居の要領で「千両!」⁠万両!」などと声をかけたくなる。

千両(センリョウ⁠⁠ 画:外山康雄
千両(センリョウ) 画:外山康雄

「仙蓼」といった字があてられるのは、中国から入ってきたのではあるまいか。インドやマレーシアや台湾でも見かけるが、姿がややちがう。もともと暖かいところの植物であって、わが国では関東以西、それも太平洋側に多いようだ。東北や北海道ではお目にかからない。

原産地より寒いところで適応するため、少しずつ進化をとげたのだろう。葉はやや厚みをもち、ツバキのような光沢がある。革のようになめらかなので、それだけ寒冷に堪えやすい。波状の小さなギザギザをそなえている。

高さはせいぜい大人の胸ぐらい。木陰などに生えると五十センチばかり。群生状に葉をつけ、夏に黄色っぽい小花をつける。花自体はごく地味で、ほとんど目にとまらない。晩秋になって、がぜん存在を示しはじめる。小さな実が色づき、華麗なブローチのように変わるからだ。人間でいうと、若いころはその他大勢だったが、定年ちかくなって、にわかにのしてきたといったタイプである。人間の場合、その手のタイプはアクが強かったり、策謀好きだったりもするものだが、植物にはまるで縁のないこと。空気が凍りついたような朝など、千両・万両の赤い実が、せい一杯のいのちのありかを教えてくれる。

万両(マンリョウ⁠⁠ 画:外山康雄
万両(マンリョウ) 画:外山康雄

私の育った関西では、庭の隅などでよく見かけた。その名前から、縁起物としても好まれたのではあるまいか。シャレた家では、枝先をチョイと切って一輪差しにした。お花の世界では「いささかくつろげて、ゆるゆるとたつる」の要領で扱うそうだが、そんなにモッタイぶらなくても、一輪あるだけで、部屋を一点に集約したような力がある。千両には赤い実のほかに黄色の実もあった。お花の本でたしかめたところ、黄熟のものを「黄実千両(きみのせんりょう⁠⁠」といって珍重するらしい。

子供のころのことで、珍重などせず、実をむしりとって仲間とぶつけ合ったりした。いま思えば、千両、万両を投げっこしていたわけで、なんとも豪勢な遊びだった。

千両はよくあるが、万両はあまり見かけないような気がする。⁠千両に勝る」ということで万両と名づけられたのだろうが、たしかに縁起物にせよ、万両だと欲張っているように思われかねない。赤くなる万両のほか、黄色や白い実をつけるのもあって、それぞれ黄実(きのみ)万両、白実(しろのみ)万両というそうだ。玄関の生け花に、万両と福寿草があしらってあると、少々ムシがよすぎる気がしないでもない。

あるとき愛知県の豊橋へ取材に行くことになり、車中で地図をながめていて、⁠千両」という地名を見つけた。ただしセンリョウではなく「チギリ」と訓む。近くに男川(おとがわ)が流れていて、山の名が炮烙(ほうろく)山。

ついでに近辺を見ていくと、蘭があった。これで「アララギ」と訓む。保久と書いて「ホッキュウ⁠⁠、大柳は「オウガイ⁠⁠。⁠御内蔵連」などもある。⁠ミウケソウレ」というらしいが、人間の命名術には、千両の花もたまげるのではなかろうか。

千両(センリョウ) 画:外山康雄

千両(センリョウ) 画:外山康雄

花データ

センリョウ科の常緑小低木/花期:6~7月。実は緑から黄色、赤色に変化。実が上を向いてつく。お正月の生け花に好まれる。

万両(マンリョウ) 画:外山康雄

万両(マンリョウ) 画:外山康雄

花データ

ヤブコウジ科の常緑低木/花期:7~8月。センリョウ、アリドオシと共に真冬に赤い実をつける縁起物植物として愛好されてきた。

外山康雄「野の花館」だより

雪降りが続いています。暮れの11日からです。途中、晴れの日は2日のみ!積雪はとうに2mを超え、3mに達しようとしています。昨冬も近年まれな豪雪でしたが、12月からこんなに降ったのは、初めての体験。1月~2月もこんな調子で降り続いたら・・・・・・。考えないことにします。

降雪前に一株小さな鉢に移植した赤い実をつけた藪柑子(やぶこうじ)が唯一雪から救出できた緑です。そうそう、雪囲いをした間からはみ出ていたと、届けてくれた、赤や白の山茶花も雪を逃れた大事な仲間です。

そんな「野の花館」のお正月ですが、館内には秋の終わりの大文字草も残っており、寒葵(かんあおい)はすでに花開き、春蘭(しゅんらん)も蕾がふくらんでいます。降りすぎている雪も多ければ一層春芽吹く花達も豪華に咲き競うことと思えば、我慢しなければと思うのですが・・・。

一面雪の中で、夜叉柄杓(やしゃびしゃく)の黒ずんだ実をみつけたと、届けてくれました。かすかに新芽が赤く、春を告げているようです。

(1月6日)

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