草花の知恵

第13回「カラスウリの神通力」

野の草花には、身近な動物にちなんだ名前が多い。当然であって、どちらも暮らしの友であり、すぐわきにいる。動物は目につきやすいので、先に名づけられた。動く物体の動物とちがって、植物は一つところに根を下ろし、ウロついたりしない。鳴き声を立てるともない。この控え目な生き物は、多くの場合、当の動物よりも先からいたのに、名なしのまま見すごされてきた。

わが子のときもそうだが、名づけるのはむずかしい。すでにあるものを組み合わせたり、少し変えたりして間に合わせる。一郎などと数字を入れると、あとは二郎、三郎、四郎と数をたしていくだけでいい。

草花も同じこと。ちょっとした特徴をとらえて、おなじみの動物になぞらえる。そのせいで犬や牛や狐がアタマにつくのが、どっさりある。犬だと、イヌエンドウ、イヌガラシ、イヌクサ、イヌタデ、イヌホウズキ……。イヌノキンタマ、イヌフグリなどと、微妙な部分にちなんで名づけられたものもある。抗議しようにも、草花は口をきくことができない。

大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ)
画:外山康雄
大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ) 画:外山康雄

ウシエンドウ、ウシノシタ、ウシノビル、ウシハコベ。⁠ウシクワズ」は、単に牛が食べないという点だけで命名された。人間の場合の一郎と同じように、手抜きの最たるケースである。

 狐にちなんだものは、キツネバナ、キツネノエリマキ、キツネノマクラほか、随分とある。現在とちがって、狐がまわりに沢山いたせいにちがいない。

カラスイチゴ、カラスノエンドウ、カラスウリなど、烏を名のるのも数多くある。人間社会から狐はおおかた姿を消したが、烏は健在だ。いまも、うるさいほど飛びかっている。それだけ生きのびる知恵と適応力をそなえているからだ。

カラスウリは実が熟して赤くなり、そののち黒味をおびてくるので、カラスの濡れ羽色との連想から名がついたのだろうが、生きのびる知恵と適応力の点でもカラスと似ている。大都会の猫の額ほどの庭でも、いつのまにかつるをのばして、陽当たりのいいところに巻きひげでからみついている。省エネと効率の天才というものだ。

烏瓜の実(カラスウリ⁠⁠ 画:外山康雄
烏瓜の実(カラスウリ) 画:外山康雄

たしかにそこにいて、葉をひろげ、花をつけているのだが、ほとんど気づかれない。白い花びらは夜に開いて、朝にしぼむ。夜遊び好きの仲間だが、夜に元気づく人間は「夜の花」がおめあてであって、庭の花などに用はない。

夜の蛾を呼びよせるためなのか、懐中電燈で照らすと、白い花びらの先っぽが細く裂けて、糸のようにのびている。レースのようでもあって、さながら女性の下着である。昼間ながめると、クルクル巻いたゼンマイ状をしていて、なんてこともない。この点でも、どこかしら「夜の花」の特性と通じるものがあるような気がする。

一般には「カラスウリ」と卑俗な名前だが、別名の一つを「たまずさ(玉章⁠⁠」という。手紙をあらわす雅語であって、もしかすると気持ちを伝える手紙の代わりに、カラスウリの実がやりとりされたことがあったのかもしれない。

実を割ると黒いタネが出てくる。これが大黒様を思わせるというので、縁起物に使われていた。財布に入れておくと、お金がふえるというのだ。

それは大人たちの欲深い想像であって、私たちは子供のころ、カラスウリの汁を足に塗ると、走るのが速くなると信じていた。だから運動会が近づくと、学校の行き帰りに庭先や藪かげなどを注意して見てまわった。赤い実を見つけると、宝物のように大切にしていた。晴れの日のためにとっておいて、毎日撫でさすっていたので、磨いた玉のようにつやつやした赤味をおびていた。

いよいよ運動会の当日、駆けっこの出番の前に汁を出して、脚だけでなく手や首元にも塗りつけた。ヒンヤリとして涼しく、気のせいか全身が軽くなったような気がした。たぶん、サロメチールに似た成分を含有しているのではなかろうか。カラスウリのつるがのびたのを目にすると、神通力を念じて、息せき切って走っていた幼いころを思い出す。

大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ) 画:外山康雄

大犬の陰嚢(オオイヌノフグリ) 画:外山康雄

花データ

ゴマノハグサ科の越年草/花期:3~5月。花は青紫色で花後には実がなる。実の形は雄犬の陰嚢に似ている。帰化植物。

烏瓜(カラスウリ) 画:外山康雄

烏瓜の実(カラスウリ) 画:外山康雄

花データ

ウリ科のつる性多年草/花期:8~9月。花は白で花びらの先は5つに裂け、先で糸状になる。種は黒褐色でカマキリの頭に似る。絵は実の状態のもの。

外山康雄「野の花館」だより

5月5日、野の花館前の雪がやっと消えました。雪割草(大三角草)が鮮やかな色を見せてくれています。庭木は6~7本折れてしまい、今冬の雪の重さを物語っています。雪消えが遅れたので、桜満開の中の雪景色。皆さん感激していました。

春は片栗、猩々袴が山を占領しています。なぜか、辛夷が少なく、山の景色もちょっとアクセントが少なく感じます。

碇草、山荷葉、二輪草、蒲公英、越の小貝母と届きました。山荷葉が今にも開きそうな蕾をのせてズンズンのびる姿は驚きです。急いで描いてみました。葉が開ききったものは色を塗るのが難儀です。花の姿を素早くスケッチし、葉から色を塗って行きます。大胆に筆をおいて、濃淡を見逃さないように色づけします。1~2時間で描き終えないと形が変わります。翁草、破れ傘が、顔だしたと窓から報告。春は忙しい。

(5月11日)

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