夏から秋にかけての楽しみは、リンドウとヤマノイモ。なんだかヘンな取り合わせである。リンドウは紫の花の女王のように愛されてきた。句や歌に詠まれ、「県花」などにもされている。いっぽうのヤマノイモは、名前からしてヤボったい。花が咲くなんて初耳、という人も多いだろう。
ちゃんと花をつける。これ以上ないほどの純白で、小さな玉が総状につく。リンドウの紫はとびきり深い色合いで、いかにもホレボレと見とれるが、ヤマノイモの白い花も負けず劣らず美しい。ただこちらには、人が足をとめないだけ。
オヤマリンドウ、ホソバリンドウ、エゾリンドウ。花の形は少しずつちがうが、出くわすところはほぼきまっている。山の中腹から上の湿ったところ。信州の霧が峰のような高層湿原では、霧の中から鮮やかな紫が目にとびこんでくる。どういうわけか群生せず、一つ、二つがひっそりと咲いている。その点でも清らかな花の印象を与えるわけだ。
立ちどまり、つぎにはしゃがみこんでながめている。そんなとき気がつくのだが、とっくに先客がいた。マルハナバチの仲間だろう、アブに似たのが飛び交っている。リンドウの蜜は花の一番奥の「腺体」といわれるところにたまり、それが五つもあるそうだから、ハチやアブにはこたえられない。モゾモゾともぐりこみ、花粉まみれで這い出てくる。女王様はなんとも上手に、種の仲介役を働かせている。
リンドウやヤマノイモという不似合いなコンビをとりあげたのは、実のところ、花のせいではない。根がおめあてだ。正確にいうと地下茎にあたるのだろうが、どちらも立派な一物をそなえている。リンドウは薬用、ヤマノイモは食用。役目はちがっても人間のために、ずいぶん貢献してきた。
リンドウは「龍胆」と書く。花の優雅さからは想像もつかないが、ニョキリと太い地下茎をもち、昔の人は龍の胆(きも)になぞらえた。煎じて飲むと、とびきり苦いが、胃がスッキリする。それで思い出したが、薬用植物の多くは胃のクスリである。昔の人もけっこうストレスがあって、胃を痛めていたのだろうか。
ヤマノイモの白い花にも先客がいる。こちらは甲虫のようなのが、白い玉を抱きかかえてムシャムシャやっている。実になるとセンベイのように平べたいのがくっついた形で、中に種が入っているとは、とても思えない。
植物学の初心者には、ヤモノイモがいい教材になるらしい。種子と、むかごと、芋と、繁殖の方法を三つもそなえており、それぞれで発育の仕方がちがうからだ。どうちがうのかまでは知らないが、たしかに不思議な植物である。センベイ状の果実も変わっているが、むかごというまん丸な玉をつくって、これにも栄養を貯える。人間のオスの生殖器とそっくりで、じっと見つめるのは多少とも気恥かしい。
ただし、おイモ狙いの人は、玉などには目もくれまい。植物学では「塊茎(こんけい)」というそうだが、深々と地中にのびて雄大だ。ナガイモは丸まって長く、ヤマイモはコブコブしていて長い。ミミズのようにウネウネとのびたものもある。
何であれとり立てが一番旨いもので、山の宿でヤマイモ料理にありつくと、ふだんの三倍くらい食がすすむ。食べすぎても腹にもたれず、翌朝は壮快に空腹感を覚えるから、いかにこれが優れた食べ物であるかがわかるのだ。
食べ手には理想的だが、収穫はタイヘンだ。つる性植物の特性で、たいてい斜面に生えており、危なっかしい姿勢でまわりを丹念に掘っていく。大物ほど深く掘らなくてはならないので、まるまる一日がかり。せっかく目をつけていたのに、もうよかろうと出かけてみると、イノシシに先まわりされていたりする。
「どうしてわかるんでしょうかネ」
山宿の主人によると、同じ日の早朝に先まわりされている。地中の実りぐあいを正確に判断している。
人間が道具を使って一日がかりなのに、イノシシはあっというまに掘り出すらしい。前脚で掘りすすみ、後脚で土を掻き出す。穴が深くなると全身が隠れて、お尻の尻尾だけがリボンのように揺れているそうだ。
御山竜胆(オヤマリンドウ) 画:外山康雄
花データ
リンドウ科の多年草/花期:8月~9月。他のリンドウに比べて小ぶり。茎頂にしか花をつけず、その花もあまり開かない。
竜胆(リンドウ) 画:外山康雄
花データ
リンドウ科の多年草/花期:9月~11月。根は苦く健胃効果があり乾かして生薬にする。花は筒形で長く五裂した裂片は晴天に開く。
外山康雄「野の花館」だより
新作、箙藤(えびらふじ)です。花が終わると、小さなかわいい豆ができます。野の花館は、梅雨真っ只中で、昨日今日は寒いくらいです。東京はいかがでしょうか? 雨に濡れた山の緑は、とてもいい色です。
(7月5日)