Agile Conferenceは、2002年から毎年アメリカで開催されている世界最大規模のアジャイルイベントです(2008年のみカナダ、トロントで開催) 。世界中のアジャイル実践者が集まり、自分の経験と実践上のノウハウを気軽な雰囲気の中で話し合います。マイク・コーンやリンダ・ライジングなどのようなアジャイル界隈の著名人のセッションに参加することもでき、食事やセッション外の時間に直接会って交流することができます。カンファレンスで学んだ内容は、職場に持ち帰って翌日から実践できるようなものばかりです。
2012年に開催されたAgile2012には日本からも30人前後の方が参加され、その時の模様はManasLink ONLINEに掲載されています。
今年は8月5日(月) ~9日(金)までの5日間、米テネシー州のナッシュビルで1,600人の参加者を集めて開催される予定です。
今回、私もこのAgile2013カンファレンスで発表することになりました。1108通あった発表申請の中から採用されたのです。今回はセッション提案が採用されるまでについて紹介します。
Agile Conferenceの概要
既存のソフトウェア開発に疑問を感じた17人が2001年2月11日から13日にユタ州で集まり、アジャイルマニフェストを纏めたのがAgile Conference開催のきっかけです。Agile Conferenceはその翌年から毎年開催されています。
当初は「AgileXXXX」というカンファレンス名はヨーロッパのまったくAgileとは別のイベントで使われていたため、「 Agile Development Conference」という名称でした。しかし、2005年からはAgile2005という名前を使うことができるようになり、改名されました。また開催場所も最初はユタ州でしたが、2006年から他の都市でも開催されるようになりました。
Agile2013はカントリーミュージックで有名なナッシュビルで開催されます。会場は、ナッシュビル郊外にあるゲイロード・オープリーランド・リゾート・アンド・コンベンション・センターです。このホテルは2,881部屋あり、世界で27番目に部屋数が多いホテルです(ちなみに品川プリンスホテルは3,680部屋であり、世界で15番目です) 。ホテル内に大きな庭園があり、週末になると遊びに来る人が多いそうです。
なぜAgile Conferenceに発表申請したのか?
Agile2013セッション提案に応募した理由は、1つはAgile2012に参加された人からいろいろと興味深いお話を聞いたことです。先にも挙げたManasLink ONLINE に掲載された写真や参加情報もとても楽しそうでしたし、そこからリンクされたページにも興味を引かれました。2013年には自分も参加したいと強く思うようになりました。
しかし、実際に参加するために調査を始めたら、すぐに問題に直面しました。日本から通常に参加するには表1 のような費用がかかります。約50万円が安いか高いかというより、カンファレンスのためにこれだけの大金を用意するのは私には無理です。
そこで調べてみると、75分のセッションをもつとカンファレンスの参加費が免除され、4日間のホテル代と食事代も無料になることを発見しました。なお、セッションを2つ以上もつと、セッションごとに500ドルもいただけます。しかし、参加するのも初めてなので1つのセッション提案でも採用されるかわかりません。欲張って複数の提案を提出するよりも、まずは1つの提案に集中することにしました。それで採用されたら行く、不採用だったら2013年は諦めると決めました。
表1 Agile2013に参加するのにかかる費用(概算)
項目 金額 備考
参加費 2,099USドル アライアンスメンバーになった場合
ホテル代 約1,000USドル 5日間の食事代を含む
航空券 約16万円 カンファレンス推奨の航空会社を使う場合は割引あり
雑費 約3万円 現地の交通費他
計 約50万円
応募したもう1つの理由は、グローバル化が進む中、日本からの発表がもっとあっても良いと思ったからです。欧米ではScrumやリーン開発がいわゆる「トヨタ方式」を由来としていることから、日本をアジャイルの国だと考えています。トヨタに限らずアジャイルは戦後の多くの日本企業で行われていた手法を元にしています。表2 のように過去のAgile Conferenceでも日本からセッションをもつ人がおられました。が、最近では少なくなりました。
表2 Agile Conference日本からの発表
年度 題名 発表者(敬称略)
2004年 XP "Anti-Practices" : anti-patterns for XP practice 倉貫義人、平鍋健児
2008年 Exploring user stories through mind mapping 平鍋健児、懸田 剛
Tangible Bug Tracking using LEGO bricks 懸田 剛
Learning Kaizen from Toyota (with MindMaps) 平鍋健児
Agile Communities in Japan 安井力、串田幸江
Practices of an Agile Team 木下史彦
New Car Development in Toyota 平鍋健児
2009年 The Kanban Game 安井力
2012年 Estimate of the appropriate iteration length in agile development by conducting simulation(小論文) 塩浜龍志、鷲崎弘宜、久保秋 真、坂本一憲、深澤良彰
トラック
セッション提案を申請する場合は、まず応募するテーマを決める必要があります。Agile Conferenceのテーマは大きく分けて人、プロセス、技術の3つに分類され、テーマ別に複数のトラックが用意されています。今年のカンファレンスでは合計200以上の発表/ワークショップが設けられます。
表3 はAgile2013のトラック一覧です。Agile2013からDevOpsトラックが追加されて15トラックになりました。また、今回から応募するトラックを「未定」と設定することが可能になりました。Agile2012以前は応募者がトラックを選定する必要がありましたが、複数のトラックを跨ったり、新しい分野で当てはまるトラックがまだ存在しなかったりの場合もあり、1つのセッション提案は1つのトラックにしか申請ができないため、間違ったトラックに申請すると不採用になっていました。
応募者がトラックを「未定」に設定した場合は、レビューアが内容を見て最適なトラックに割り当てます。ただ実際に試してみたら、レビューアが内容を見て最適なトラックに割り当てるまでに何日もかかりました。その後に割り当てられたトラックのレビューアが内容を評価するので、実際に内容の評価がされるまでの日数が長くなり、内容のレビュー回数が少なくなります。やはり自分でトラックを決めて、早めに申請を行う方が有利です。もしレビューアからの指摘で間違ったトラックに申請したと感じた場合は、別のトラックに再申請することもできます。
表3 Agile2013のトラック
No. トラック 内容
1 Agile Boot Camp アジャイルの初心者向け入門
2 Coaching & Mentoring メンタリングとコーチング
3 Collaboration Culture & Teams 協力的な文化とチーム
4 DevOps 開発と運用の融合
5 Development Practices & Craftsmanship 開発者と管理者、開発プラクティスと技能
6 Enterprise Agile エンタープライズ・アジャイル
7 Experience Report 経験レポート
8 Leadership リーダーシップ
9 Learning 学習
10 Lightning Talks ライトニングトーク
11 Project, Program, and Portfolio Management プロジェクト、プログラム、ポートフォリオ管理
12 Research 研究論文
13 Testing & Quality Assurance テストと品質保証
14 User Experience ユーザエクスペリエンス
15 Working with Customers 顧客との対話
著名人も多い国際アジャイルカンファレンスで肩を並べて話すには私の知識がまだ足りないと思い、トラックを決めるのに迷いました。
トラックの説明を読んでいたら、経験レポート・トラック(Experience Reports)は自分が苦労して得た見織、実践的アドバイスを共有することを目的としていました。別のテーマと異なり発表の他に6~8ページの論文を書く必要があります。最も優秀な論文には賞が与えられ、選ばれた応募にはIEEE Softwareに論文の寄稿もされます。
また、経験レポート・トラックは論文を書くのと発表の準備を「シェパード」と言う助け人がガイドしてくれます。初めてセッション提案に応募する人も歓迎していると書かれていました。これを読んだ途端に、私も経験レポートで応募することに決めました。
後でわかったことなのですが、経験レポート・トラックの議長は責務駆動設計の考案者であるレベッカ・ワーフスブラックです。また、レビューアには世界で初めて実際にスクラム開発プロセスを利用したプロジェクトの論文を書かれたリンダ・ライジングやマネジメント分野の著作を数多く手がけているコンサルタントであるジョハンナ・ロスマンがいました。
いざ発表申請
Agile2013の応募案内ページ を参照して応募方法と日程を確認しました。重要な日付は表4 のとおりです。日付は開催されるナッシュビルの日時のようですので東京よりも14時間遅れています。セッション提案受け取り終了日は2日1日になっていますが、日本から提案を申請する場合は11日でも申請を提出することができました。
表4 応募スケジュール
日付 内容
2012年12月10日 セッション提案受け取り開始
2013年2月1日 セッション提案受け取り終了
2013年3月1日 セッション提案の編集終了
2013年4月15日 採用通知(実際には不採用通知は4月12日(金)に送られました)
2013年4月26日 発表の確認(何かの理由で発表ができなくなった場合) 、セッション概要の編集終了
2013年5月1日 セッション一覧を一般公開
2013年7月3日 会場ホテルのカンファレンス割引終了(その後の日付になると自分でホテルを予約する必要があります)
日程に合わせて申請作業を行います。申請はWebページから行います。終了日時になると権限が無くなります。たとえば、2月1日になったら申請/編集リンクは無効になりました。ただし、編集中の場合は時間が過ぎても内容を保存することができました。とはいえ、通信回線の問題などでセッションが切れる場合もありますので、時間までに内容を保存することをお勧めします。
まずは2月1日までに発表内容の概要を提出する必要があります。レビューを受けて指摘された箇所を3月1日までに修正することができるようです。採用の可否は4月15日に連絡されます。また、1月18日までに申請を提出するとレビュー回数が多くなると書かれていましたので、早めに申請を提出して、できる限り多くの指摘を修正することにしました。
レビューのプロセスは、発表提案の強い部分と弱い部分を応募者に伝え、応募者自身が考え直して提案内容を編集して再提出すると書かれていましたが、否定的な意見だけの指摘もありました。レビューを読んでかなり落ち込んだこともありますが、カンファレンスに参加するために最初から書き直して再申請しました。再申請していたら、同情してくださったのか、ダメだという返事だけではなく、問題を指摘してもらえるようになりました。
自分が良いと思ったことや、発表したい内容で申請しても採用される確率は低い。参加者のことを一番に考えて、どうやったらもっと参加者が集まり発表内容に満足されるかを考えて内容を改善するように。Agile2013は海外のアジャイル・コンサルタントが集まる場、アジャイルの基本的な話はすでにアジャイルで著名な方々で行うので私のような新米からアジャイルやScrumの説明や利点、プロジェクトでScrumを採用しただけの内容ではものが足りない。自分が実際に経験して学んだことを書くように、といった指摘をもらいました。
参加費が高いので参加者が実際に使える内容にして欲しい。参加者の多くは欧米人が多いので、日本に限定した話よりも欧米人が聞いても何かを学べ、帰って直ぐにでも使える内容にして欲しいなどの指摘もありました。
最終的に提案したセッション発表の題名は「Adapting Agile Methodology to Overcome Social Differences in Project Members」です。内容はどのようになったかというと、Scrumのプラクティスを導入することよりも、メンバー同士のコミュニケーションを促進する環境作りの重要性を学んだというものです。メンバー同士の関係は随時に変化するのでプラクティスもその変化に合わせて改善していくと効果が上がります。題名が「Adapting Agile」になっているのはこのためです。簡単に言うと、オフショアでもアジャイルの基本を押さえていれば成功させることができるという内容です。
実はこ内容に至るまでにいろいろなことがありました。最初に提案した内容への意見は「発表会を間違えたのでは」といったものです(そこまで言われるとやる気を失うって(汗) ) 。そこで最初から書き直して次の日に提出しました。しかし「まったく興味がない」との返事。このようなことを1週間繰り返しいたらお情けからか、問題点を教えてくれるようになりました。
結果的には次の箇所を省くことになりました。
(1)会社説明
(2)Scrumの説明
(3)Scrumの利点
(4)Scrumを採用したことによるメリットおよび結果
しかし、これらを省いたら内容が無くなってしまいました。迷っていたら、文化の違いについてもっと説明して、違いがありながらどのようにしたら成功することができたのかを説明をするように助言されました。最終的には手とり足とりで書き上げました。
他の人から言われて気がついたのですが、Agile2013セッション提案はアジャイルで行われています。レビューアがProduct Ownerチーム、シェパードがScrum Master、応募者が開発チームに相当します。チームメンバーが自分で「良い」と思う対案を応募の締め切りにギリギリ提出するのではなく、早い段階でプロダクトオーナーに連絡して、お互いで内容に合意した後に具体的な提案文を作成するのです。
最初はいろいろなことを言われてかなり暗い気分でしたが、結果的にはアジャイルの個人授業を受けることができたので、セッションに応募してよかったと思います。今は指摘された点に注意してアジャイルの本を読み返しています。
提案内容を編集できる3月1日まで内容を修正しました。締め切った後はもう4月15日まで待つしかありません。正式に採用の通知が届くまではやっぱりダメになると思っていました。4月12日になると、Twitterで採用の可否通知が届いたというメッセージが現れ始めました。13日になる応募したほとんどの人に通知が届いたようですが私にはまだ届いていません。もうダメだったと思っていたら、14日の夜に図1 の採用メールが届きました。
図1 採用通知
採用後の手続き
採用通知が届いたら7月までは休めると思い、その間に良いプレゼンテーションの仕方でも勉強することにしました。まずプレゼンテーションをする部屋や設備を把握することが基本です。今回で初めて参加する私はまったく何も知らないので、カンファレンスの運営者へメール連絡しました。偶然にも次の日にWebページに設備情報が掲載されたとメールが届きました。このページを参照して驚いたのは、192人用の部屋であることです。どう考えてもこんなに人が集まるとは思えません。
続いて運営者から、自分で人を集めるように書かれたメールが届きました。
さらに、部屋が足りなくなる場合があるので、早めにホテルを予約するようにというメールが届きました。宿泊費は免除されますが、どうやら自分で部屋を予約する必要があるようです。また金曜日と土曜日は他の顧客でも混み合うので部屋の予約ができなくなる場合があるそうです。
まずは東京からの航空券を予約しました。旅行会社に電話して見積もってもらったら、すでに安売り航空券は売り切れになっていました。また、ナッシュビルから東京への便はナッシュビルを午前に出発する便しかないことも知りました。せっかくなのでカンファレンスの最後までいることにして、ナッシュビルに1泊多く滞在して、土曜日にナッシュビルを発つことにしました。
今度はGoogleでホテルを調べました。開催されるGaylord Opryland Hotel & Convention Centerは観光地のため、他のホテルよりも宿泊費や食事代が割高のようです。ネット上での書き込みではGaylord Opryland Hotelは室内に広い庭があるため、その庭の手入れに相当なお金を必要としており、宿泊やレストラン料金が高くなっていると書かれていました。しかし私の発表は初日です。着いた日に発表するほど体力がないため、前日着にしました。
最後に
Agile2013に参加できることも嬉しいですが、今回の応募でアジャイルの本質を学ぶことができたことも嬉しかったです。まだ発表までには多くの課題がありますが、それらからも多くのことを学ぶことができると思っています。最初から諦めずに、やってみれば以外とできてしまう場合もあることを実感しました。もし、これから発表までの準備に興味がありましたら、Facebookの「Let's go to the Agile Conference」グループに参加してください。
最後になりましたが、恥がないように発表を終わらすように頑張ります。