マネジメントの現場 ――良いチームを作るために必要なこと

第5回開発組織におけるブランディング

マネージャーの成果向上のためのブランディング

エンジニア採用を進めていくと、ブランディングの課題がよく話題にあがります。

多くの採用候補者に認知され興味を持ってもらうためブランディングを見つめなおし社内制度も見なおすことを、過去に採用責任者をやっていた会社で行いました。最近でも筆者がCTOChief Technology Officer最高技術責任者)を務めるサイカや、顧問先でも、採用活動をする前に同様のことを行うケースが多いです。それは、ブランディングが採用活動において採用候補者の認知獲得やアトラクト[1]をするために不可欠なことだからです。

またブランディングにつながるような制度整備や社内のルール/しくみを見なおすことが、社員全員のやりがい向上やロイヤリティの向上につながってきます。社外の方へ影響を与えるだけではなく、組織に属するメンバーに対してもポジティブな影響を与えマネージャーの成果を下支えすることも、ブランディングにおける重要な役割です。

ブランディングとは何か?

ブランディングとは「企業やプロダクトに対しての共感/信頼などを通じて顧客との関係値を深めていき、顧客にとって価値あるものと感じてもらう活動」であり、簡単に言うと「感情移入してファンになってもらうようにすること」です。

これを開発組織に置き換えた場合、会社自体の存在意義やプロダクトに対する想いや生み出す価値を伝え、⁠なぜ開発に注力して、そこにどんな投資をしていくのか?」を社内外に伝え続けていくことに値します。そしてそれらをストーリー性を持って伝え、共感や納得感を持ってもらい、組織やプロダクトに対しポジティブな印象を持ってもらって興味を惹き付けます。

ブランディングは、マーケティング活動の重要な要素でもあります。マーケティングの父と呼ばれるPhilip Kotler博士は、近年「Brand Activism」⁠企業やブランドが自分たちの価値観/スタンスなどを主張すること)の重要性を語っています。そこで紹介した記事内でも書かれていますが、今までは「Value Proposition」⁠自社にしか提供できない顧客に対する価値)を伝えて価格的有利や機能やデザインの先進性をウリとして伝えることなどがブランディングにおいて重要視されていました。しかし昨今は、これだけでなく「世の中や社会のために何をしているのか」を伝えることも重要になってきているようです。

開発組織としてのブランディングを考えていくときにも、自分たちにフォーカスした価値(組織の強みやプロダクトのおもしろさなど)を伝えるだけでは十分とは言えません。会社組織やプロダクトで目指しているものを達成したときや達成を目指す過程で「社会にどういった価値や影響を与えるのか」を考え、伝えていくことが魅力的なブランディングとなるでしょう。

ありのままと想いをつなげ伝えることを武器にする

ですが「世の中のためになることをしているブランディングにしましょう!」と言って、無理やり社会的意義や理想論を考え広めても、そのブランディングは納得感がないものになります。仮にそれがきっかけで入社してくれた人がいたとしても、理想と現状のギャップに戸惑い、不満を持って辞めてしまうことになるでしょう。

ブランディングとして大事なのは現状から語る誠実なスタンスで、誇張せずにありのままも伝えるということです。会社や組織の状況やプロダクトや制度の状態、まずはありのままにまとめてみましょう。そして次に、何を目指しているのか理想的な状態を定義してみましょう。そうすることで現在と未来とのギャップが見えてきます。このギャップこそが課題であり、最も重要なブランディングの要素になります。なぜならモノづくりをする人々はこの課題解決に力を貸してくれることが多いのです。

参考までに、僕が開発組織としてのブランディング戦略を立てる際行っていることを順番にまとめてみました。

  • ❶ 現状の全社組織や開発組織、事業やプロダクトを軸にして、それぞれの強みや弱み、特徴を把握しまとめる。その際、必要に応じて各ステークホルダーにヒアリングなどを行う
  • ❷ ❶でまとめた軸ごとに、目指したい姿を理想として言語化する。その際、自社の視点だけでなく、どう社会に貢献していきたいのかもステークホルダーと話し言語化する
  • ❸ ❶と❷のギャップから課題を明確にし、その解決方法を戦略としてまとめる。その際、既存の事業計画とプロダクト計画、人員計画、採用計画が矛盾を生まないかをポイントとして押さえておく(戦略による計画変更の必要がある場合はすり合わせる)
  • ❹ 開発組織としてのビジョンや戦略を自身の想いを込めてアウトプットする

上記のような形で生み出したものが、サイカのモノづくりビジョンです。

継続できるブランディング活動をしよう

ブランディング活動をする際、継続できない戦略を立てて実行してしまうと、逆にネガティブなイメージを植え付けてしまいます。たとえば1年に数回しか更新されないエンジニアブログになってしまったら……これを誰かが見たときには開発が盛り上がっているイメージを持てず、良い印象を抱くことはできないでしょう。質の高い発信は大事ですが、背伸びしすぎると無理が出て、継続性を失ってしまいます。この状態がブランディングおいて「言っていることとやっていることが違う」という印象を生み、マイナスなブランディングとなってしまうのです。たとえそこそこの質のものでも、継続して取り組みながら改善できる活動をしていくことが大事です。

また継続の話でよく問題にあがるのが、ブランディング貢献に対する社員の評価です。OKRObjectives and Key Result「エンジニアブログを毎月1本書く」のような目標設定などをしがちなのですが、正直こういう目標を達成しても大きな成果や成長にはつながりにくく、評価も難しいです。通常、エンジニアのブランディングは技術力が高い人が発信したほうが効果的です。ですがそのような方は日常の発信が社外からもウォッチされていて有名人というケースが多く、その影響力を踏まえて評価されているケースが大半です。このような状態で毎回ブランディング活動に引っ張り出されてしまうと、エンジニアとしての活動時間が減ってしまうので本末転倒です。

このようなことから、ブランディング活動には全社員が関われ、フェアに評価されるような通常とは別のインセンティブのしくみが必要だと感じています。たとえばコネヒトさんがやっているス・マイル制度のような組織貢献にインセンティブを与えるしくみは、合理的かつおもしろいしくみだと思います。

透明化によるブランディング

ブランディングになる新たなアウトプットを作ることのみが、ブランディング活動ではありません。社内向けツールのコードや社内開発者向けの技術ドキュメントなど、日々業務で取り組んでいるアウトプットでオープンにできるものがあるのなら、それはブランディングとして活用できるものになるでしょう。何度もこのコラムで取り上げているGoogle re:WorkやGoogle Cloudのセキュリティとコンプライアンスに関するホワイトペーパーのように知見をまとめ公開することも、業界や社会への貢献にもつながったうえで魅力的な活動をしている企業だと多くの人の目に映るでしょう。それらは社員や関わっているパートナーの方々の自信ややりがいにもつながります。

ほかにも日報やSlackのrandomチャンネル、社内MTGなどもオープンにできるかを検討してもおもしろいかもしれません。SmartHRさんが社内会議をオープンで開催してみた事例などは参考になりそうです。

個性を武器に差別する、ランチェスター弱者の戦略

経営戦略の世界にはランチェスターの法則を応用した理論があり、一般的に「ランチェスター戦略」と呼ばれています[2]⁠。その中で強者と弱者が戦うとき、それぞれの立場での勝利確度を上げる法則が記されています。簡単に説明すると、強者は人海戦術と物量によって数で相手を圧倒することが勝率を上げ、一方で弱者は差別化や集中を行い一点突破することが勝率を上げるとされています。

ブランディング活動を始めたばかりのころは、すでに大きな認知を持った相手が強者として存在する状況があって、自分たちは弱者だと考えると、それに打ち勝つためには弱者としての戦略をとることが有効です。そのためには一点突破の強みにできる個性や特徴がヒントになってきます。

たとえばサイカは、モノづくりに関しての認知が低く、まだ開発組織がどういった特徴を持った組織かが伝わりにくい状況です。B2BBusiness to Business企業間取引)向けの事業をやっているので「スーツのお堅い会社」と思われることも少なくありません。ですがユニークな一面があって、社長が起業前はプロのバンドマンとして活動していたり、エンジニアリングマネージャーが元プロのギタリストだったりして、社内では部署や職種の壁を越えてマニアックかつ熱い音楽談義が交わされることがあります。その姿を見ていて「これをそのまま伝えていったほうがよくない? 一緒の組織で音楽の話が合う人と働けるとかって最高じゃない?」と思い、広報にも協力してもらい、こっしーは音楽を語りたい!という連載企画につながっていきました。みんなが話す音楽のこだわりを知りたくて、記事として僕が読みたかっただけかもしれないですが(笑⁠⁠。

こうやって自分たちの持つ個性を強みに変えることができれば、それは自然かつ理想的なブランディング活動と言えるでしょう。会社やそこに所属する人たちが持っているバックグラウンドや個性は、ブランディングとして差別化された唯一無二の強みになる可能性を秘めています。

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